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TopMain徒花のゆくえ
「で、誰が聞き込みにいくんです」

ふむ、と永倉さんの問いに土方さんが顎に手をやる。囚人らしき人物の目撃情報を入手するため、とある旅館で詳しく話を聞きたいらしいのだが、こんなぞろぞろ聞き込みに行っては明らかに目立つ。誰かを遣わせようという話の流れに、私は淹れたお茶を置きながら顔ぶれを見る。旅館を経営している夫婦は若いらしくあまり警戒されずに話を聞きたいとのことだが、なにしろ面子が濃い。

そんな中、はたと思いついた私はお盆を置いて、夏太郎くんの隣にすすすと近づく。不思議そうにこちらを見た夏太郎くんに構わず、その腕を取って私は夏太郎くんの肩に頭を預けた。

「若夫婦に見えます?」
「えッ!?」

私の問いは夏太郎くんではなく土方さんに向けたものだ。土方さんは夏太郎くんにくっついた私を見て意図を察したのか「なるほど」と頷いた。

「確かに二人なら怪しまれんな」
「じゃあ張り切って行ってきまーす!」
「えッ、あ、そういうことか!」

一足遅れて理解した夏太郎くんは「が、頑張ります」とぎこちなく意気込んだ。

***

次の日、私と夏太郎くんは並んで出かけて行った。若夫婦のふりだから二人共特別な格好はせずに普段着で。夏太郎くんには「この前買ってもらった着物は?」と言われたが、あんな土方さんに買ってもらった高い着物を私だけ着てたら逆に怪しまれる。確かに次のお出掛けで着る〜!とご機嫌で言いふらしていたのは私だけれども。

お目当ての聞き込みは旅館の主人らだったがその前に周辺の情報も集めておこうと、二人で適当な蕎麦屋に入って周りの声に耳を傾ける。それっぽい話をしている人いないなあと思いながら蕎麦をすすっていると、目の前の夏太郎くんが口の端に葱をくっつけてるものだから笑ってしまう。心優しい私は、手を伸ばして指先で葱をとってあげた。

「ついてますよ、あなた?」
「んぐッ」
「そそっかしいんだから〜、うちの旦那さんは」

と、ふざけた口調でからかえば、夏太郎くんが蕎麦をつまらせたようでげほげほと大きく咳き込む。それにちょっと申し訳なくなりながら水を差し出すと、受け取り流し込んだ夏太郎くんはバツが悪そうに俯いた。

「この小芝居必要ある…?」
「せっかくなんだから、なりきらせてよ」
「で、でも…こんなことしてたら俺土方さんに殺されるんじゃねえかって…」

もごもごと夏太郎くんがそんなことを言うものだから、思わず吹き出す。

「そんなこと心配してたの?平気だよ〜、土方さんだもん」
「??」
「土方さんは私に対して嫉妬とかしないよ」

土方さんが私のことをある程度大事にしてくれているのは勿論理解しているけど、私を自分のものにしたいとか、囲っておきたいとか、そういう感情を一切抱いていないことくらい分かる。裏を返せば執着してないってことで、それがどういう意味を持つのか。結局のところ私には分からないでいる。執着しないことが土方さんなりの大事に仕方なのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
本当のことは、こわくて訊けない。今は土方さんの傍にいられるだけで幸せだから、余計なこと突っ込んで面倒に思われたくもないし。でも時折、さびしくなるときもある。不思議そうな顔をする夏太郎くんに、自分のわがままな気持ちも切り捨てるように「そういう人だから」と言い切った。


蕎麦屋の主人にも軽い聞き込みを終え、私達はお目当ての旅館へと向かった。到着すると、人の好さそうな女将がにこやかに迎えてくれて、隣の夏太郎くんがデレっとしたのが分かる。別に実際はどうでもいいんだけど、そこは新妻らしく夏太郎くんの服の袖を引いてちょっと不機嫌そうな顔をしてみせる。それで女将は私たちのことを初々しい若夫婦と認識したらしく、微笑ましそうに見守られた。計算通り。

「最近物騒みたいですけど、ここって柄の悪いお客さんとか泊まります?」
「そうねえ…、たまに来るわ。やっぱり奥さんといると心配よねえ」
「あ〜…、そうなんです。俺、心配性だから…」

たじたじと返した夏太郎くんの腕に絡みついて照れくさそうにすると、夏太郎くんが引きつった顔を見せた。本当に夏太郎くんはこういうのに向いてないなあ、と内心面白さすら感じ始める。
その後、話を誘導しつつ女将から引き出せる情報を一通り引き出してから、私たちは部屋に案内してもらった。女将がいなくなり二人きりになると、夏太郎くんが脱力する。

「俺こういうの苦手だ…」
「ね〜」

私が半笑いで同意すると、夏太郎くんはより情けない顔をした。

「でも私たち歳も近いし、こうして二人でいるのかなり自然だと思うから。今後も今日みたいな若夫婦のふりって役に立ちそうじゃない」
「…確かに」
「だから慣れだよ、慣れ。これからもよろしくね、旦那さま」
「やめて…居た堪れなくなるから…」

歳も近いこともあって私と夏太郎くんは結構仲がいい、ほうだと自分では思っている。それに二人して土方さんのことが大好きだから一緒の目線に立ってることが多いのだ。故に私と夏太郎くんは同志というか、友達というか。お互いにこういった艶っぽい雰囲気をおふざけでも感じたことがなかったので、夏太郎くんは居心地が悪くて仕方ないらしい。

肩を落としている夏太郎くんを横目に饅頭を頬張りながら一服ついてると、夏太郎くんがちらりと顔を上げた。

「…でも、今日過ごしてみて思った。名前ちゃんってどっかでかわいい奥さんしてても全然おかしくねえんだなって…」

それは私に言い聞かせたいとかそういったものではなく、ぼんやり思ったことをそのまま口にしただけのようだった。どっかで誰かの奥さんをして毎日家事に育児に暮らす。確かに私ぐらいの歳の女性はそういう風に生きていることの方が多くて、犯罪者集団に混ざって暮らしているなんて異色中の異色だ。
夏太郎くんは説得のつもりでもなんでもないんだろうけど。無意識に私を導くような、少し後悔しているような口ぶりだったため、私は饅頭を飲み下して夏太郎くんの瞳を見つめた。

「引き返すつもりはないよ」

土方さんと出会ったあの日から、迷ったことも、後悔したことも、一度もない。

「この恋は、なんとしても貫き通すって決めたの」

たとえ何も実を結ばないとしても、土方さんの瞳に見つめられた瞬間、一緒に生きたいと思ってしまったから。だからもう、それ以外の道は私にはなかった。
私の言葉に夏太郎くんはハッとして、そして申し訳なさそうに眉を下げた。

「わ、悪い…俺余計なこと言っちまった…」
「ううん、気にしないで」

夏太郎くんなりに私を心配してくれてのことだと、分かっている。だからこれっぽっちも怒ってはいなかった。

「俺も、土方さんに最後までついて行きたい。土方さんの役に立ちたい、認められたいって、それしか考えてねえ」
「うん」
「名前ちゃんも俺と一緒なんだよな…」
「そうだね、本当に似たもの同士だよ。私たち」

そう言えば、夏太郎くんが緩んだように笑った。二人共、とんでもない男に魅了されてしまったのだ。そりゃ心も通うだろう。私たちの絆を確かめあったところで「お風呂一緒に入る?」と言えば即答で断られた。冗談なのに。
ちなみに夜は並んだ布団で仲良く寝た。朝起きると私の寝相が悪すぎたらしく夏太郎くんを端の方まで追いやっていて申し訳なくなった。土方さんと寝るときはこんなことなかったんだけどなー、と起きた夏太郎くんに言うとまたちょっと引かれた。


似たもの夫婦


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