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TopMain徒花のゆくえ
「あれ、尾形」

雪かきをするために外に出ると、どこをほっつき歩いていたのか分からない野良猫が帰ってきていた。そこそこ驚いたけど、正直尾形なぞどこへ行こうが私はどうでもよかったので再会できた喜びみたいのはこれっぽっちも湧いてこない。

「どこ行ってたの」
「樺太」
「その目どうしたの」
「毒矢が刺さった」
「うへえ」

商売道具だろうに片目を怪我しているようだったから訊いてみれば、痛々しい答えが返ってきて思わず顔を顰める。毒矢、と聞いて思い当たるのは一人の少女のことだったが、詳しい経緯は訊いてもどうせ話してくれないだろうというのは何となく分かったのでそれ以上は尋ねなかった。

「ジジイは」
「今外出てる」
「……」

ハア、とこれみよがしにため息をついた尾形はずかずかと家の中に入っていく。腹が減っているのならご飯ぐらい出してやらなきゃいけないので一緒に私も家に入る。雪かきはどうせ今日も暇をしている門倉さんとキラウㇱさんに任せればいいし。

「味噌汁ならあるけど」
「要らん」
「お茶は」
「……」

頷くぐらいしろクソ尾形、と思いつつ一々突っかかってるときりがないのでお茶を淹れに台所に入る。ついでに部屋で花札していた門倉さんの尻を蹴っ飛ばして雪かきさせに行かせた。これぐらいしか役に立たないんだからほんと。

お茶を淹れてから戻ると、尾形は火鉢の前でぬくぬくうとうとしていた。尾形の身なりからまあ長旅をしてきたんだということは分かる。疲れが溜まっているんだろう。「ん、」と横にお茶を置いて、ついでに私も火鉢のそばに腰を降ろす。尾形なんかと一緒にいたいわけじゃないけど、二人共寒がりだから火鉢の周りに集まってしまうのは前々からよくあることだった。
当たり前だが集まったところで二人の間に朗らかな会話などあるわけもなく、流れる沈黙と火鉢の温さに私も段々と眠くなってくる。うつらうつらと瞼が重くなってきたところで、不意に掠れた尾形の声が響いた。

「抱かれたのか」
「……は、」
「俺がいない間、ジジイには抱いてもらえたのか?」

唐突に落とされた不躾な質問に眠気もどこかへ飛んで行ってしまう。尾形の顔を見やれば人を小馬鹿にするような笑みを浮かべていて、嫌がらせなのだとすぐ気が付いた。本当に、火箸でぶっ叩いてやろうかな。

「…答える義理はないはずだけど」
「その反応はやってないな」
「このクソ尾形……」

あまり汚い言葉遣いをすると永倉さんに叱られてしまうのだけれど、今はこの場にいないし尾形への苛立ちが勝ってしまったのでもう仕方ない。私もとっととその場を立ち去ってしまえばよかったのに、逃げたら負けだと変に意地を張ってしまい腰をあげることはしなかった。

「はッ、相変わらずただの愛猫のままか」

鼻で笑った尾形を睨みつける。別にいいじゃないか、愛猫でも。土方さんに愛でてもらえるなら私は何だっていい。とは思いつつも、どこか胸の端が焦がれるのは事実で私は何も反論できなかった。すると、尾形がいつものように髪を撫でつけながら私を挑発的に見つめた。

「持て余した体、俺が抱いてやろうか」

これもまた嫌がらせでしかない発言であることは明白だった。一言で終わる返事はしないくせに嫌味や皮肉のためならよく回る口に舌打ちが飛び出そうになる。だが私はぐっと堪えて、ここで大袈裟な反応をしてはいけないと一度深呼吸をした。

「私が乗るとでも?」
「別に欲求不満は恥じることじゃない」
「あーこわい。詐欺師の口調だ。……あのねえ、そんな嫌がらせしたって土方さんは心乱したりしないよ」

それは、事実だ。尾形もそれを分かっているのか、ふんと鼻を鳴らしてそっぽ向いた。これ以上私をからかっても楽しくないと思ったのだろう。尾形ってこういう子供っぽいところあるよな、と呆れながらも、私は外の門倉さん達の様子を見に立ち上がった。こんな野良猫、放っておくに限る。

***

土方さん達が帰ると、尾形から一通り事情聴取が行われたようだった。掻い摘んで話は聞いたけれど、私にとってさして重要なことではない。夕飯を作る方が私には最優先任務だった。段々と大所帯になってきて私一人では結構大変なので、キラウㇱさんにも手伝って貰いながら夕飯を作る。そして夕飯を終え風呂も終えると、冬らしい静かな夜が訪れるものだから、風呂上り私はぼんやりと外の雪を見つめた。

「名前、湯冷めするぞ」

柔らかい土方さんの声に顔を上げる。私は、昼間の尾形との会話がずっと頭の端にあって、土方さんが帰ってきてからどうも普通に接することができずにいた。土方さんは何も悪くないのに、私の口はすぼまるばかり。目線を合わすことができないでいる私は「さむいです」とだけ呟いた。察してほしかった。
すると土方さんは微笑んで「一緒に寝るか」と私を手招く。土方さんはいつも私を甘やかしてくれるけれど、これはとびっきり甘やかしてくれる時の雰囲気だ。私はむずがゆくもありながら嬉しさが隠せず、さっと立ち上がって土方さんの腕に飛び込んだ。

土方さんと一緒に寝るのはこれが初めてではない。今まで何度か、私が寂しいときとかよく一緒に寝ている。けれど、今日はそのどの日よりも土方さんとぴったりくっついていたくて、寒さを理由にして布団の中でぎゅうと抱き着いた。

「猫は寒さに弱い」

土方さんはくつりと笑って私の頬を撫でる。いつもはこういう猫扱いも気にしないが、今日は尾形の「ただの愛猫」という蔑称事件があった後だったため、私はふてくされた。

「…ねこじゃないです」
「そうだな、名前だ」

私の反論に土方さんはあっさりと頷く。最初から分かってますよみたいな顔して、ずるい。恨みがましい視線を送り続けていると、土方さんの手がするすると私の両頬を包み込んだ。
あ。と思った頃には唇が塞がれて、目を閉じる。雪を解かすみたいなやわらかくてあつい口づけに、甘く痺れていく感覚がする。息をする暇がないわけではないけど、ゆっくり深呼吸もさせてもらえない意地悪な間に、段々と正常な思考も奪われていった。

こうしていじけてみせると即座に察し、機嫌をとるところとかが女の扱いが上手いとされる所以なんだろう。私も私でしっかりご機嫌取られてしまっているし。でも、普段は困らせてはいけないと我慢している方なので今夜くらいは許されてほしいと思うのは、わがままだろうか。

眉間に寄っていた私の皺が跡形もなく消えたところで、土方さんがあやすように私の名を呼ぶ。腹の底までびりびり響いてくるような低い声が心地よくて目を伏せると、土方さんがまた笑った気配がした。

「機嫌はなおったか」
「…まあ…」
「大方、尾形に余計なことを言われたのだろう」
「……」

そこまでお見通しだったかとちょっと現実に引き戻される。瞼を上げて土方さんを見つめると、やさしく、けれど鋭い眼差しが私を射抜いていた。

「…土方さんは、」

私のこと。…大事ですか、とか、少しでも執着してくれますかとか。これからもずっと一緒にいること許してくれるんですか、とか。訊きたいことが浮かんでは消えて、虚しくて。結局形にならなくて私は「なんでもないです」と俯いた。

「……長生きしてくださいね、土方さん」
「急にどうした」
「だって、老人は寒さに弱いから…」

弱ってる所なんて一度も見たことないけど。と思いつつ先ほどの意趣返しのつもりで言えば、土方さんの腕が腰に回ってきて、ぐいと力強く引き寄せられる。びっくりしていると土方さんが私の鼻をきゅっと摘まんだ。

「私はあと百年生きるつもりだ」

土方さんなら本当に生きられる気がするの不思議。でも本当にそうなったらいいなあ、と自分の気持ちを噛みしめると、少し泣きそうになった。

「…私も生きられるかなあ」

私の涙が、不老不死の薬になったりしたら訳ないのに。そんな絵空事を考えて、私の瞳から零れた雫は土方さんに気づかれることなく布団に染み込んでいった。


雪夜に溶ける


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