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TopMain徒花のゆくえ
「いて、」

男前な顔立ちが歪むので一瞬手が止まるものの、一々気遣っていたらきりがないので「平気?」と訊きながら治療を進める。

「平気。ありがとうね、名前ちゃん」

礼を告げる声は温かく柔らかで、それでいて男性的だからつい聞き惚れる。やっぱり杉元さんの声好きなんだよな私。いや、顔も好きなんだけど。と、くだらないことを考えて仕上げに薬を塗る。
私は元々医療の心得なんて微塵もなかったが、カノさんがいるときに本当に基礎的なことは教わった。みんながあまりにも怪我してくるので、緊急手当てぐらいはできるようにならないといけないという危機感にかられたのだ。
とはいっても、杉元さんの怪我は擦り傷打ち身程度で酷いものは無かったので、簡易的な手当てで終わった。土方さんと死闘を繰り広げてこの怪我らしいから、杉元さんって底知れない。

「すごいよね、土方さんは大怪我だったのに」
「……怒ってる?」
「怒っ…てはいないかな、別に」

嫌味のつもりで言ったのではなかった。感想を口にしただけで。ただそれが杉元さん的には責められているように感じたのだろう。そう言われてみれば、私の大好きな土方さんは目の前の杉元さんによって結構な重傷を負わされて帰ってきているわけだが、だからといって杉元さんに憎悪が芽生えるみたいなのは不思議なくらいなかった。
土方さんが理不尽に殺されでもしたら、きっと相手が憎いのだろうけどそうではないのだ。土方さんは自分の意志で戦地に赴いている。だからそこで負った怪我というのは、土方さん自らの選択の上に伴ってしまった結果だ。私が何か個人的な感情を挟むようなものではない。
けれどやっぱり、土方さんが怪我をして帰ってくるたび苦しくて悲しくなってしまうのは、土方さんが選んだ道の延長線上に死があるのかもしれないと強く再認識させられるから。まあ、本人は死ぬつもりなんて一片もないのだろうけれど。

「お互い様ってやつでしょ。こういうの」
「はは、なるほどね」
「どうせ土方さんだって容赦なんてしないんだから」

そう言うと、杉元さんはうん…と帽子を目深に被り、少しほの暗い顔をした。

「…殺すつもりだったみたいだよ、俺のこと」

微かに感じる怒気にちょっとはらはらしたけど、私に向けられているものではないし。現状、杉元さん達と手を組むことにしたわけだからここで急に暴れたりはしないだろう。杉元さんの迫力にもドキッとしたけれど、土方さんがそんなことを画策していたことにもびっくりした。私にとって杉元さんは危険人物とかそういうのではなかったから、水面下で何が起きているのかもよく分かっていない私には寝耳に水だ。

「そうなんだ。それは…、よかった」
「よかった?」
「杉元さんが殺されなくて、よかったよ」

杉元さんは少々驚いた顔をしてから、訝し気に眉を寄せる。

「土方に言えって言われたの?」
「もう…そうじゃないよ。だって、私はべつに杉元さんのことも白石ちゃんのこともアシㇼパちゃんのことも嫌いじゃないもん」
「まあ…、そっか。ごめん」

素直に謝ってくれた杉元さんに、やっぱり嫌いになんてなれないと思う。以前、行動を共にしていた時だって杉元さんは良識ある人だったからよく頼りがちだったし、白石ちゃんを交えながら恋バナだってしたことある。あと私が少女世界を読んでると恥ずかし気に「俺にも読ませて…?」と言ってくるので並んで楽しんだこともあった。そう、私たちはそれなりに仲良くしていた方なのだ。

「私、土方さんと出会ってなかったら杉元さんのこと好きになってたと思うくらいには杉元さんのこと好きだよ」
「よせやぁい」
「(カワイイ)」

こんなに男前なのに褒め言葉とか直球の言葉に弱い杉元さんは本当にかわいい。土方さんに出会ってなかったら、というのもお世辞でも何でもない。それぐらい杉元さんは魅力的だと思っている。

「前に都丹さんから聞いたんだけどさ、杉元さんって昔の土方さんと似てるんだって」
「俺が土方に?」
「ちょっと分かるなあって。なんとなくだけど」

私が杉元さんを好意的に思っているのは、杉元さんが杉元さんだからであって土方さんに似てるからという理由ではない。けれど、似てると言われるとなんとなく分かるものがある。私が土方さんの若かりし頃を知っているはずもないし、周りの人間に又聞きしたくらいだけれど。感じとれるものがどこかにあった。
杉元さんは気分を悪くしたわけでもなく、ただ他人からの評価を珍しそうに受け取って、ふうん…と考え込んでいた。不意に視線を上げた杉元さんは、じっと私の顔を見つめる。

「今までなんとなく訊けなかったけど、さ…、名前ちゃんってなんで土方についてんの?」
「……土方さんに買われた身だから?」

何で、と言われると惚れたから、なのだが、恐らく杉元さんが訊きたいのはそうではないだろうと、土方さんとの出会いを思い出して口にしたのがあまりにも語弊を招くものになってしまい。目の前の杉元さんがドン引きの顔を浮かべるので、私は慌てて取り繕った。

「ええと、買われたのは本当なんだけど、正確には助けられたに近いというか…」

土方さんに出会う前のことを思い出そうとすると、胸が重たくなる。今が幸せすぎるから余計にかもしれない。暗い話を延々としても仕方ないし、私は自身の過去を掻い摘んで杉元さんに話した。

突然家族を失った私は、地獄を生きていた。母親の親戚筋の家に預けられたものの居場所はなく、生きる意味も見つけられないでいた。そしたらある日、顔も知らない男たちに連れ去られ、この北海道の地まで流れついた。私は親戚に売られたのだと、この地で娼婦をやっていくしかないのだと下卑た男たちに告げられた時、私の人生はここまでなんだと悟った。
だが、娼婦としていよいよ客をとらなければならないとなった時、逃げだした。流されるがまま、誰とも知らない男に消費されて一生を終えていく人生なんて私はきっと死ぬより苦しい。裸足で、足がもつれて、追いつかれるぐらいなら死にたい、と泣きながら思った時、深みのある声が降り注いだ。

「どうした」

顔を上げると、銀の髪をなびかせて鋭く研いだ刃のような瞳をした老人がいた。その人は、私の今までの“老い”という概念を覆すほど、綺麗で、強かで、格好良かった。
声をかけてくれたその人に、一瞬、助けてと縋りたい気持ちにもなったけど、面識のない人に助けを求めるのはあまりにも可能性も未来もない。でも、この人ならどうにかしてくれる気もして、私は泣きながら掠れる声で呟いた。

「殺して…」

腰に差していた刀が目に入っていたし、醸し出される雰囲気が常人のものではなかったから、もしかしたらと思った。ためらいもなく私の首を綺麗に落としてくれるんじゃないかと、見るからに訳ありの女が後生の勢いで頼んだら、刀を抜いてくれるんじゃないかと。
私は今にも泣き崩れたかったが、目の前のその人があまりにも冷静でいるものだから張り詰めた糸がぎりぎり切れない。呼吸もうまくできないまま返事を待っていると、鋭い瞳が私を覗き込んだ。

「死ぬには惜しい瞳をしている」

これから告げられる言葉で、私はこの人のために生きるんだろうなってその時にはなんとなく分かっていた。不思議なことに。

「私と来るか?」

私はきっと、この選択を死ぬまで後悔することはないんだろう。

「で、土方さんが私を身請けして、今に至ると」
「…………そっか…」
「楽しくない話でごめんね?」
「いや……違う、そうじゃなくて、なんていうか……」

杉元さんは言葉を選びきってから、細く息ついて私を柔らかく見つめた。

「名前ちゃんが今、土方の傍にいて、幸せそうでよかったなって…」

杉元さんは土方さんのことが嫌いなはずだ。一度は杉元さんを裏切っているし、アシㇼパちゃんを目的のために利用しようとしている所があるし。けれど、私の一番の幸せは土方さんだってことをよく理解してくれていて、そう言ってくれたのが嬉しかった。

「土方さん以外にもみんなに会えて、良くしてもらって…幸せだよ。勿論、杉元さんも含まれるからね」

杉元さんを目の前にして言葉にするのは気恥ずかしく、ちょっと誤魔化しながら伝えると杉元さんも照れ臭そうに笑った。

「名前ちゃんにとって、土方って全てなんだな」
「うん、そう…そうだね」

改めて第三者から言われると本当にそうでしかなくて、噛み締める事実とその頼りなさに不安が押し寄せる。私は今、幸せだ。でもずっと続くかは分からない。土方さんは規格外な人だし、私に誓いや約束をくれたこともない。それでも溺れてしまっている私は、

「…可哀想かな?」
「……そういうのって、他人が決められるものじゃないだろ。少なくとも、俺の目には土方の隣にいるときの名前ちゃんが一番かわいく見えるよ」

つい、杉元さんの優しい言葉に泣きそうになってしまって、慌てて顔を背ける。そっか、周りにはそんな風に見えるのか。土方さんの傍にいるといつも幸福で胸が詰まってしまいそうな感覚になるから、それは幸せそうな顔してるんだろう。……やっぱり私、傍にいられるだけでいいなあ。

「よっ、お二人さん!」

潤んだ目元を乾かすために上を向いてると、白石ちゃんがひょっこりと顔を覗かせる。泣きそうなところにこの阿呆っぽさしかない顔は助かる。おかげで幾分か涙が引っ込んだ。
どうしたの、と返そうとしたが、白石ちゃんの装いが明らかに外出しようとしていること、それに加えてこの浮かれよう。私はすぐにピンと来て白石ちゃんを睨みつけた。

「ちょっと白石ちゃん、また土方さんからお小遣いもらったでしょ」

白石ちゃんがあからさまにギクリと肩を揺らすので詰め寄る。

「土方さんは私のあしながおじさんなんだからね!」
「あれぇ?さっき全てって言って…」

私の予想外だったらしい怒り方に杉元さんが後ろで首を傾げていたが、これも事実なので仕方がない。

「大丈夫だって〜、名前ちゃんにもお土産買ってきてやるから」
「そういう問題じゃ…」

と言いかけたところで、いつの間にか白石ちゃんの後ろに立っていたアシㇼパちゃんが何やら物騒な棒で白石ちゃんをしばき倒した。確かストゥとかいう名前の…乱用はダメだってキラウㇱさんに教えてもらった気がする。

まあ、これは正当な制裁だし。いっか。


手をとった日


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