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TopMainそれって愛でしょ
朝起きると、名前の姿が見当たらなかった。名前の寝起きが悪いのは今に始まったことではないため、今日は仕事が休みなのだろうかと思いつつ、部屋を覗く。すると案の定布団に包まっていたため、クザンはそっと歩み寄った。

「名前ちゃん起きないの…、」

クザンの声に、名前の頭が緩慢な動作でこちらを向く。すると、クザンを見つめる名前の瞳が潤んでおり、何があったのだと驚くと、鼻をすすった名前が乾いた唇を動かした。

「しぬ……」
「え、」
「…かぜ、ひいた…」

慌てて名前の額に手を当てると、なるほど高熱である。こういう時まず何をしたらいいんだと思考がぐるっと一周して何も収穫がなく佇んでいると、名前がしんどそうに枕もとの電伝虫に手を伸ばす。

「ママに連絡…」
「あーーいいよ。おれやるから」

電伝虫をクザンが取り上げて名前を横にならせると、クザンは一旦部屋を出て名前の母に通話を繋げた。風邪であることと店の仕事に出れないことを伝えて了承を得ると、名前母に『クザンさん、名前…というか、住民たちのかかりつけドクター知ってる?』と問われる。

「しー…らないすね」
『だと思った。軍人さんだものね』

海軍には海軍のドクターがいるため、住民たちがかかるドクターはあまり把握していない。そういえばあそこに診療所らしきものがあったような…という不確かな記憶が残っている程度だ。診療所の場所を聞いて他に何か気を付けたほうが良いことはあるかと聞くと『薬飲ませて寝かせとけば平気』とだけ返ってきたので、母とはそういうものかと変に納得した。
通話を切って名前の様子を見に戻ると、名前がぼんやりとこちらを見上げる。どう考えても平気じゃないだろうに思わずおろおろして「平気?」とクザンが尋ねると、名前の潤んだ瞳からぼろっと涙が零れ落ちた。

「むり…あたまいだい……うう〜っ…」
「そ、そうだよね!?ごめん、ちょっとっ、今すぐドクター呼んでくるから!!」

名前の傍に水と氷袋だけ用意をして、クザンは物凄い勢いで家を飛び出て診療所に突っ走った。診療所の扉を開けると耄碌してるんじゃないかと見紛うほどのおじいちゃんドクターがいたが、つべこべ考える暇もなく「病人!診て!」と告げドクターを背負って家に戻る。
名前の部屋にドクターを通すと、本当に昔馴染みのようで名前も何の抵抗もなく診察を受けた。ちなみに耄碌はしておらず、診る手つきはしっかりと手慣れたものであった。

「いつもの薬だしておくから、ゆっくり休むんだよ名前ちゃん」
「うん……」

ドクターが来たことで多少落ち着いたのか、名前の涙は引っ込んでおり眠たげにしている。それにクザンもほっとしてドクターと一緒に部屋を出ると、ばちんと背中を叩かれた。

「まさか大将に背負われるとはね。歳は取ってみるもんだな」
「いや〜…焦ってたもので、申し訳ない」
「大事にされてるねえ」

がっはっはっと快活に笑うドクターに気まずい思いをしながら、外まで見送る。とりあえずひと心地はついたといったところだろうか。クザンは名前の部屋を覗き、眠っているのを確認してから飯を作るべくキッチンに立った。

お粥を作り終えてクザンがリビングで部下に届けさせた書類に目を通していると、名前の起きる気配がしたため速足で部屋に赴く。そうっと覗くと、先ほどよりかは意識がはっきりしている様子の名前。

「薬効いた?」
「…うん、多少は」

鼻声で答えた名前の額に手を当てる。相変わらず熱は高かったが、先ほど泣いていた頭痛も今はないようだ。

「飯あるけど食べれる?」
「めし…」
「お粥」
「そんなん作れたんだ…」
「一応独り身長いからねェ」

とクザンが答えると、名前は「それもそうか」と鼻で笑った。事実ではあるけれど心にくる反応である。とはいえいつものような応酬ができているのだから食べる元気はありそうだ。クザンがお粥をよそってくると、名前はぱくぱくと積極的に口に運んだ。

「パーティーでの気疲れかねェ…、ごめんね」
「…別にクザンが謝ることじゃないでしょ」

考えられる風邪の原因と言えば、それぐらいしかなかった。しかし、名前がバツが悪そうにするものだから、クザンはそれ以上謝るのをやめる。

「というか、うつるとあれだし、あんまり一緒の部屋にいないほうが…」
「大丈夫でしょ。風邪ひいたことないし、おれ」
「バケモノか…?」

信じられないという眼差しを向けられたが、本当のことである。周りですら風邪でダウンしているの見かけたことがない。故に今日憔悴している名前を見てあんなに焦ったのだ。

「まあ…軍人だし、そういうこともある…あるのか…?」
「あるんじゃない。いや、知らないけど」

ゆっくりと話をしていると、名前もお粥を完食したのでクザンは「何かあったら呼んでね」と言い、盆を下げ退出する。リビングには下りたが、何か容態が悪化してはと考えるとそわそわしてしまうので相変わらず見聞色で名前の様子を窺いながらクザンは仕事を進めた。家にまで仕事は持ち込みたくない主義だが、今日は特別に在宅勤務である。


名前の看病をしながら一日を終えたクザンは、ベッドには入らずリビングのソファーにいた。夜が一番熱が上がると名前本人も言っていたので、一応待機をしているのである。何せ病人の看病など慣れていないので、万全を尽くした方がよいかと思ったのだ。
そんなこんなで深夜にリビングで浅い眠りについていると、かたりと物音がしたのと同時に名前が部屋を出る気配がした。慌ててクザンが様子を見に行くと、ふらふらとしながら階段を下りてくる名前。その頼りない体をクザンが受け止めると、名前はクザンの肌にすりと顔を寄せた。

「つめたい……」

ほぼ寝言のようなものではあったが、どうやら熱くてベッドを抜け出してきたらしい。確かに名前の体はかつてないほど熱く、眠れなくなるのも納得だ。寝室よりかはリビングの方が空気が冷えている。冷気を求めてこちらに出て来たのだろう。
暑がっている名前をベッドに戻すのは得策ではないかと思い、クザンは名前を抱き上げてソファーへと連れていった。とにかく冷たさを求めている名前が、クザンにぴったりとくっついて離れないので、この時ばかりはヒエヒエの実でよかったと心底思ったクザンである。

そのまましばらく寝かしつけてやると、苦しそうにしていた名前がすやすやと心地よさげに寝息を立て始める。それに安堵しつつ、クザンはまた名前の抱き上げて寝室へと運んだ。ベッドに寝かせると、名前の寝汗が気になったので額と首筋を軽く拭ってやる。
やはり、病で苦しんでいる姿をみるのはなかなかどうして心臓に悪い。名前は一般人レベルの健康体であるとは思うが、クザンからすれば非力でしかない。それが病にもかかると、今にも火が消えるんじゃないかという心配が尽きなかった。

「早く良くなってな、名前ちゃん」

汗で貼りついていた前髪を梳いて、クザンは枕元に置いてある氷袋を手に取った。既に溶け切って中身はただの水になっていたので、袋を開けて中の水を氷結させる。そして氷を素手でいい感じに砕いてから、また名前の額に乗せた。案外、ヒエヒエの実って看病に向いている力なのか?などど、くだらないことを考えながら、クザンはまたリビングに戻った。

翌朝、熱が下がり切ってそこそこ回復したらしい名前がリビングで寝こけていたクザンを起こした。

「クザン」
「んァ……、はっ」

クザンがバッと起き上がると、顔色の良くなった名前が視界に入る。

「熱下がった??」
「だいぶ。まだ本調子じゃないけど」
「そっか、よかった…」

胸を撫でおろすクザンに、名前が何かを言いたげに口ごもるので、吐き気でもするのかとクザンは案じた。が、そうではなかったらしく。クザンの寝癖を手のひらで撫でつけながら、名前が小さく口を開く。

「看病ありがと。迷惑かけちゃった」
「いや、迷惑じゃなくて当たり前だから」
「でも…」

名前の言葉を遮るように首筋に手を当てると、いつも通りの体温だった。

「元気になってよかったよ」
「……うん」

迷惑だなんて、少したりとも思わなかった。仕事の穴埋めは多少必要だろうが、そんなことは些事だ。仕事を投げ出して他人の看病をするなど、名前がいなかったらすることがなかった経験だろうなと思うと、少し可笑しかった。

「そういえば私、深夜に…」
「ああ、寝ぼけてたね。かわいかったけど」
「わ、忘れろ……」
「えェ〜?いや〜…、」
「忘れろ!!」

ヒエヒエの実の有効活用の仕方を改めて知ることができた夜なので、忘れるのは無理な話であった。


それって愛でしょ 25話


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