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TopMainそれって愛でしょ
ガチャ。…バタン。開けたばかりの扉を私は速攻で閉じた。どう見ても怖い人たちが中にいたからだ。慌てて部屋の位置と今日の注文内容を思い出す。頼んでくれたのはモモンガ中将で、確かに執務室ではない場所にお願いされたからいつもと場所が違うけれども、どう考えてもここではない。それは確かだ。
だって、だって、絶対海軍ではない方々が中にいた。海兵でも人相が悪い人は沢山いるが、人相だけのレベルじゃないのだ。纏う雰囲気が悪役というか、倫理観がないのが一発でわかるような…。

「嬢ちゃん」
「ヒャッ…!!」

目の前で閉じたはずの扉が開いてきらりと光るサングラスがこちらを不気味に見下ろす。私は声にならない悲鳴を上げて立ち尽くした。

「へ、部屋をまち、間違えました…ごめんなさい…!」
「ほォ?嬢ちゃん海兵じゃねェな。それは?」

肩にかけているデリバリーの品々が入ったバッグを指さされて、回らない頭で説明をする。

「わ、私海軍にカフェデリバリーをしてる者でして…これはコーヒーとかお菓子とか、そういう…」
「フッフッフッ、どうりでいい匂いがするわけだ。おれにも出してくれよ」
「わっっ…!?」

大きな手に腕を引かれて、有無を言わさず部屋の中に引き入れられる。中にはもう一人黒いふわふわなコートを身にまとった強面の男の人がいて、心臓がキュウと握りつぶされたかのように縮み上がった。なんで、なんで私はこんな目にあっているんだ。
というか、よくよく見たら知らない顔でもない。絶対そう。思考停止しそうな頭を必死に回転させて私は思い出した。二人共七武海の人たちだと。思い出した瞬間、その場で卒倒しそうになるのを何とか耐える。ママごめんね、私今日が命日かも。

「おい、なんだその小娘は」
「カフェデリバリーだと。どうせ退屈してるんだ。コーヒーの一つでも出してもらおうぜ」

そう言われて怖い二人から視線を投げられ、私は真っ白になった。え?出すの?本当に?すると不思議なもので、私の口からは命知らずな言葉が飛び出た。

「た、タダで?」

ああ終わった。なんたって私はこんなこと言ってしまったのだ。でもバッグの中身は普段有料で提供してるものではあるし、そんな端からタダでも飲めるだろみたいな雰囲気出されるとこっちだって商売なんだという気持ちが湧いて出てしまい。私は泣きそうになりながら言い訳を連ねる。

「あの、一応将校さんたちにもお代頂いてるものなので……」

流れる沈黙に、次の瞬間には首切られてるのかもと腹を括っていると、サングラスの人の大きな笑い声が響き渡った。

「フッフッフッ!そうだよなァ!安心しろ、タダでもらおうなんて図々しい真似はしねェ。払うもんは払うぜ」
「あ、ありがとうございます…」

そう言われてしまっては振る舞わない理由がないので、私はテーブルに準備し始めた。元々モモンガ中将に頼まれたものではあるが…ごめんなさい。非常事態なので許してください。モモンガ中将への言い訳も考えながら用意をしていると、だんだん頭も冷えてきてようやく二人の名前を思い出す。
そうだ、ドフラミンゴとクロコダイルだ。マリンフォードに住んでいると、海賊らの手配書には目を通すことがあまりない。少なくとも私は気にする必要がないと感じているので。だが、そんな私でもさすがに七武海の顔は覚えていた。いや、もういっそ知らない方がよかったのかもしれないけれど。

「…どうぞ」

二人分のコーヒーとお菓子を並べて私が勧めると、ドフラミンゴさんは気分よさそうにティーカップを手に取った。クロコダイルさんは手元の葉巻をふかすばかりで飲まないのかなと思ったが、しばらくして葉巻を灰皿に押し付けるとコーヒーを口に運んだ。ドフラミンゴさんはチョコチップクッキーもぱくぱくと軽快に食べて、指先をぺろりと舐めた。

「中々いけるな。嬢ちゃんが作ったのか?」
「いえ、母です」
「へェ…」

もう提供はし終わったことだし帰ってもいいかな、いいよね、だっている意味ないもんね。自問自答を繰り返し自分の都合のいい方に結論を持って行くと、私は及び腰でそろりと後ずさる。

「あの、私はこれで…」

ささっと手元の荷物を抱えドアに体を向けると、途端に視界が暗くなり大きな手がドアの開閉を阻止した。

「まあ待てよ」

すぐ後ろからドフラミンゴさんの声が降り注ぐので、私はドフラミンゴさんの巨体に囲われている状態なんだということがよく分かる。こ、こわーーーい!!…と、叫んで泣きだしたくなるくらいには恐怖を感じた。同じくらい巨体であるクザンと常日頃一緒にいるものの、クザンに恐怖を感じたことなど一度もない。それはクザンがそういう風に振る舞っているからなのだと、この時になって初めて気が付いた。

「おれたちはありがたくもない説法を聞かされて、その上長い間待たされて退屈してるんだ。可哀想だとは思わねェか?」
「か、かわいそう……」

かわいそう、可哀想ってなんだっけ。こんな人たちが可哀想だなんてことあるのか、いやないだろ。そうは思うものの、首を横には触れなかった。

「ちょっと暇つぶしに付き合ってくれよ」
「で…でも、その、何も面白くないですよ…私なんて」
「まァそんなに身構えるな。楽しくお話といこうぜ」

楽しいわけがあるかと思いつつ逆らうこともできずに着席する。すると、クロコダイルさんが咎めるように「おい」とドフラミンゴさんに呼びかけたが、ドフラミンゴさんは聞き入れるつもりは全く無いようだった。クロコダイルさん全然帰してくれる気のやつじゃんこれ。

「お得意様は海軍の将校たちなんだろ?誰かの弱点とか弱みとか、知らねェか?」

うきうきとそれは愉しそうに問われて、全身が粟立った。絶対聞き出したあと利用するやつ。そうでしかないだろう、この人は。適当にはぐらかしても殺される気がしたが、とはいえ将校さんたちの弱点など知らない。基本的に隙のないナイスミドルたちばかりだし。隙……甘いお菓子を食べている時にふんわり空気が和らぐ可愛らしい将校さんたちはいるけれど、弱点とかではないし。

「…あ……、大将、青キジ…?は脛を蹴ると、痛がります…けっこう」
「…蹴ったことあんのか?」
「何度か…」

素直に答えると、ドフラミンゴさんは腹を抱えて笑い始めた。よく分からないけど、ウケたならまあいいか…と遠い目をしていると、ドフラミンゴさんが私を見据える。

「中々おもしれェ嬢ちゃんだな」

長くてこわい指先が、私の髪をひと房掬う。反射的に体が硬直して目を瞑った瞬間。バァンッとけたたましくドアが開く音がして飛び上がった。

「…手ェ出しちゃ、いねェよな」

安心してしまった悔しさなんて今は湧かないほど、聞きたかった声だった。突然のクザンの登場にさすがの二人も驚いたようで、数秒時が止まる。そしてドフラミンゴさんがクザンと私を見比べると、口角を上げた。

「なんだ、嬢ちゃんクザンの“オキニ”なのか?」

すごく下卑たニュアンスを感じて思わず顔を顰めてしまう。すると、クザンの背中に隠されて、暗くなった視界に安堵を覚えた。

「脛が弱点なんだって?」
「それ名前ちゃん限定のやつだから」

一触即発の空気に再度ひやっとする。大将と七武海ってどっちが強いの?というか戦っていいものなの?と目を回していると、静観していたクロコダイルさんが長いため息をついた。

「やめとけ。説教くせェ婆さんが来てるぞ」
「そうさ。大人しくしな。いいかい、二人共だよ」

振り返ると、おつるさんが呆れ返った顔をして立っていた。剣呑な雰囲気をものともせず、クザンとドフラミンゴさんの間に割って入ると、手慣れたように場を制す。

「クザン、アンタはお行き」
「でも…」
「その子が第一優先だろ」

そう言われてクザンも返す言葉がなくなると、臨戦態勢を解いて私の肩を抱く。

「ドフラミンゴ、お前はあたしとさ」
「まだ何もイタズラはしちゃいねェんだがなァ…」
「一般市民の女の子怯えさせといて何もしてないとは言わせないよ」

ドフラミンゴさんまでもびしっと叱れるおつるさん、かっこよすぎやしないだろうか。その姿に惚れ惚れしていると、クザンに誘導されるので私は地獄のようなひと時を過ごした部屋を出た。

いつもの、クザンの執務室に戻ると、ソファーに座らされて目の前でクザンが膝をつく。どこか重たい空気が流れていた。

「……怖い思いさせてごめん」
「……クザンが謝りたいならそうすればいいと思うけど…、私は別にクザンのせいだとは思ってない」

死ぬほど怖かったけど。怖かったけどクザンの責任なんて何一つないじゃないか。謝られても許すも何もない。今回の事件は全てクザンのあずかり知らぬところで起きたものだ。デリバリーを注文したのはクザンではないし、クザンは仕事中だったのだから気づかないことだってあっただろう。それでもクザンの悲愴な面持ちは崩れない。

「だって、おれがいたから名前ちゃんは本部にこうやって来てるわけだし…」
「それって出会いまで遡って反省してるってこと?」
「あー…いや、」

つまりはそういうことだ。クザンと出会わなければ、私は本部にデリバリーすることもなかったし、そうしたらカフェにずっといる私は彼らとうっかりハプニングが起きるわけもなかったと。

「私たちが付き合った事、間違いにするつもりなんだ」

多分、クザンは反射で「そうじゃない」って言おうとしたのだろうけど、飲み込んだようだった。

「…私でいいの?って言ったよね。前」
「…うん」
「改めて訊くけど、私でいいの?」

あの夜、不安がっていたのは私だけど、今や立場が逆転している。クザンってそんな風に負い目感じることあったんだ、と意外な気持ちにすらなった。思ったより私は大事にされているらしい。クザンはどこか諦めたように、拗ねたように呟いた。

「…名前ちゃんじゃなきゃ嫌」
「私だって、…クザンがいいんだけど」

そう言うと、クザンが顔を上げた。大型犬が不安がっているみたいでちょっと面白い。

「…まだ文句あるの?」
「ないです」

クザンが参ったと言わんばかりの声をあげるので、思わず笑みがこぼれた。するすると長い腕が腹に回ってきて、クザンがぐずるように抱き着いてくる。鳥の巣みたいな頭を掻きまわしてから、ぽんと叩いた。

「卑屈な男はモテないよ」
「いや、そう。本当にねェ〜…」

クザンの低い声がお腹のあたりで響くのが少しくすぐったい。微かに身をよじるとクザンが私を見上げた。

「名前ちゃん限定なのよ、こうなるの」
「よりダメじゃん」
「手厳し〜〜」

ああ、そういえばどさくさに紛れて脛も私限定って言ってたっけ。クザンの私限定って、私が考えているよりきっとずっと多いんだろうなと思えてきて、そうするとなんだかみぞおちの辺りがずっしりと温かく満たされる気がした。


それって愛でしょ 26話


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