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TopMainそれって愛でしょ
海のさざめき、カモメの鳴き声、青い空。それとむさくるしいスモーカーの胸板。

「はあ〜〜」
「…うるせェぞ」

これみよがしについたクザンのため息に、スモーカーが舌を打つ。だがそんなスモーカーの反応もお構いなしに再度クザンがため息をつき続けていると、見兼ねたたしぎが「どうかされたんですか?」と声をかけてきた。

「聞いてくれる?」

待ってましたと言わんばかりにクザンは顔を上げる。たしぎは若干それにたじろぎながらも力強く頷いた。

「は、はい!私でよければ」
「放っておけたしぎ」
「実はねェ…悩みがあって」
「な、悩み」
「そう、恋の悩み…」
「えっ!」

だから言っただろうがとでも言いたげにもう一度舌打ちを響かせるスモーカーとは案外正反対に、たしぎは食いついた。

「名前さんのことですか!?」
「あ、うん。…そういえばたしぎはこの前会ったな」
「はい!お店にもお邪魔させていただきました!」
「え?そうなの??」

寝耳に水である事実に思わず前のめりになる。ざわつくクザンの胸中をよそに、たしぎはにこにこと頷いた。

「ヒナ大佐と一緒に、改めてこの前のメガネのお礼を言いに行ったんです」
「あ〜〜そう…そうなの」

また退路を一つ絶たれたことに、クザンは小さく項垂れた。メリアと名前の繋がりでさえ肩身の狭い思いをすることが多々あるのに、ヒナもたしぎもとなってはもうお手上げだ。完全包囲された海賊の絶望感を少々分かったような気になっていると、たしぎが不安そうに眉を下げる。

「名前さんと何かあったんですか…?」
「ん〜いや、別にトラブルがあったわけじゃねェんだけど……あーなんだその…」

記憶が飛んで言いよどむことはあれど、言葉にしづらくて口ごもることはそんなにない。う〜んと一頻り唸った後に、一周回ってなんだか諦めのような感情が湧いてきたクザンは空を仰いだ。

「おれァ、結婚なんて自分の人生でするつもりなかったんだがな…」
「なまえさんとご結婚を!?!」

たしぎだけでなく、周りにいた海兵たちが一部ざわついた。人の話盗み聞きしてないで仕事しなさいよもう、という言葉は自分にも返って来そうなので飲み込む。

「いやいや…まだ気が早いから。結婚なんかしちまっていいのかなって話よ、おれの悩みは」
「…というと?」
「……たしぎはさァ、自分が一般人だったら海兵の配偶者になりたいと思う?」

予想外の質問だったらしいたしぎは目を丸くする。

「いつ死ぬかも分かんなくて、配偶者のこと一番に守りにもいけなくて、もしかしたら私怨でとばっちりを受けるかもしれないのにさ。ましてや、おれ……おれだよ?おれなんだよなァ……」
「……驚きました。クザン大将って意外と、その……」
「卑屈かねェ、やっぱ。この前名前ちゃんにも言われたわ」
「いえ、そんな!ただ、名前さんのこと本当に大事にしていらっしゃるんだなと…」

大事にもするだろう、自分とは対極にあるといっても過言ではない一般人だ。肉体的にも精神的にも。だが、もしかしたら自分は名前のことを見くびりすぎているのかもしれない、という自覚も徐々に湧いてきた。案外、名前はクザンと一緒にいることに腹が据わっているようにも見える、ような気もする。
と、いつものように思考が迷宮入りしそうになっていると、たしぎが曇りのない眼でクザンを見つめた。

「その人と生涯を共にするかどうか、決めるのは結局相手じゃないでしょうか」
「…うん」
「クザン大将が心配している色々も、名前さんが受け入れると決めたのであればいいと思います。むしろ、そこで勝手に決められる方が私は嫌だろうなって…」

もっともである。そこら辺の意思確認も結局怖がって名前に切り出せていないのが事実だ。そう思うとやっぱり己は自分勝手な男なのかもしれない、と改めて自省の気持ちが湧いてきてため息が漏れた。

「そんなもん背負わせたくないっていうおれの気持ちも、ただのエゴってわけね…」
「す、すみません!出過ぎたことを言いました!」
「いいのいいの。今のおれには正論が必要だから」

正論しか言わないたしぎに相談したのはやはり正解であった。受けたダメージもデカいが。帰ったらきちんと問題解決しなければ、と思うものの、まだ踏み切れずにいる自分もいて。

「まずは背負わせる側のおれが覚悟決めなきゃな…」

クザンのぼやきは海風に攫われて誰にも拾われることはなかった。話も一区切りついたところで昼寝でもするかとアイマスクを下げようとすると、ぬっとスモーカーが仏頂面でクザンの横に立った。

「人生相談は終わったか」
「なに、まだまだ議題は沢山あるけど」
「仕事だ。働け」

くいっと顎をやった先には海賊船が見えて、クザンはやはりアイマスクを下ろす。

「お前一人でいいでしょうがあの程度」
「足代わりにおれの軍艦乗ってるんだ。乗車賃分くらいは働くのが道理だろ」
「上官を労働力として扱うかね、普通」
「使えるものは使う主義でね」

このまま昼寝を決め込んでもスモーカーに蹴っ飛ばされるというオチが見えるので、クザンはのっそりと立ち上がった。

「仕方ねェ。たしぎ先生の人生相談料もあるし、やっといてやるよ」
「えっ!あ、ありがとうございます!」
「こちらこそ」

次の瞬間、空気がパキリと凍る音と悲鳴が響いた。

***

本当ならば一度本部へ戻ったらすぐにまた出る予定であった。しかし、名前の顔だけでも見たいと深夜に不審者よろしくこそこそ家へと立ち寄る。マリンフォードを空けて長く経つ。クザンだってそろそろ名前不足で限界だ。
静かに寝室の扉を開けると、すよすよと健やかに眠る名前がいた。久しぶりに会う姿に飛びつきたい気持ちを堪えて、傍に寄ってしゃがむこむ。するりと手のひらで頬を撫でていると、名前のまぶたがうっすらと開いた。

「くざ……」
「あ、起きちゃった…?」
「んん……」

覚醒しきってはいないようで、うとうと何度も意識を手放しつつ言語化まで届かなかった不思議な声を出している。

「ゅめ…?」
「フフ、どうだろうね」

名前の寝ぼけた様子がかわいくて、意味もなくはぐらかしてみたりすると、名前がずいっとクザンの方に体を寄せた。

「くざん」

体を寄せて名前を呼んだところで力尽きたのか、名前は既にまぶたを下ろして寝息を立て始めていたが、求めていたことが分かるようで、クザンは名前をぎゅうと抱きしめた。

「あー…もう……行きたくなくなったわ…」

これからまた会えなくなる分、吸っておかなきゃと、本人が起きていたら気持ち悪がられそうな思考に至ったクザンはしばらく名前を抱きしめて浸っていた。名前が寝苦しそうにし始めたところでようやく離れて、クザンは家を後にする。
名前のことを小さくしてポッケに入れて持ち歩けたらいいのに、とか、突飛でやばいことを考えるくらいクザンは疲れていたが、それを誰にも言うことがなかったのが不幸中の幸いだった。


それって愛でしょ 27話


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