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TopMain恋情ブレンド
ボルサリーノさんに確認してもらわなきゃいけない書類があるから、と私は執務室を出たはずだったのだが、何故か後ろにくっついてきているクザンさんにため息を禁じ得ない。

「別にクザンさん来なくていいんですけど」
「ん?まァいいじゃない。暇だったし」
「暇じゃないですよ何言ってるんですか!今日中に終わらせなきゃいけないタスクいっぱいあるでしょう!」
「聞こえな〜い」
「クザンさん!」
「痴話喧嘩は他所でやってくれないかねェ〜」

クザンさんと言い合っていると、ボルサリーノさんから制止が入る。そういえばここはボルサリーノさんの執務室だ、と思い出した私はくっついてくるクザンさんを引き剥がして、ボルサリーノさんの机に駆け寄った。

「す、すみません!あ、これ確認してもらいたい書類です」
「はいありがとうねェ。じゃあ確認するからちょっと待っててもらえるかい〜?」
「名前ちゃん痴話喧嘩については突っ込まねェの?」
「うるさいですクザンさん」

これ以上絡まれて仕事の邪魔をされたくないため、ぴしゃりとシャットアウトする。私に怒られたクザンさんはわざとらしくいじけて、ソファーに座る私の横にぴったりと座った。
どうにか引き剥がそうとして私が悪戦苦闘していると、書類に目を通し終えたボルサリーノさんが「うん、大丈夫だねェ」と承認のハンコを押下する。ボルサリーノさんの腕を待機させる前に、私はクザンさんを投げ出し書類を受け取る体勢を作った。

「確認ありがとうございます」
「い〜え〜。でもこれ期限までに通るかねェ」
「根回ししてあるのでたぶん大丈夫ですよ。スムーズに承認されると思います」
「おー、さすが名前ちゃん。優秀だねェ〜」
「でしょ?うちの名前ちゃんはできる子なのよ」

ボルサリーノさんに褒められて照れていると、何故か後ろのクザンさんからも参戦してきて、いたたまれなくなってくる。もちろん褒められるのは嬉しいことだが、ここまで総出で褒められると逆に恐縮してしまった。

「わっしの秘書にもなって欲しいものだよォ」
「えっ」
「ちょっと!」

後ろにいたクザンさんが凄い勢いですっ飛んできて、私の肩を抱いて引き寄せるものだから足元がふらつく。
肩に回ってきたクザンさんの手に密かにドキリとしたが、素知らぬふりをした。本当にこういう軽率なスキンシップはやめてくれないだろうか。

「だめだめ、名前ちゃんはおれのだから」
「…別にクザンさんのものなわけじゃないですけど……」
「つめたい!」
「おォ〜、これはわっしに乗り換えるべきなんじゃないかい〜?」

クザンさんがそんなのだめ!と騒いでいると、無骨なノックと共に野太い声が部屋に響き渡る。

「ボルサリーノ、入るぞ」

突然威圧的な声が聞こえてきたものだから、心臓が嫌な音を立てて硬直してしまう。そんな私を見かねたクザンさんがそっと私の前に立ってくれて、内心小さく感謝をした。
入ってきたのは案の定サカズキさんで、私は思わず姿勢を正した。サカズキさんが入ってきただけで、緩かった空気が張り詰めたような気がする。

「…なんじゃ、クザンもおったのか」
「いちゃ悪い?おれだってちゃんと仕事してんのよ」
「名前ちゃんの邪魔してるだけでしょうが〜」
「名前?」

クザンさんの後ろにいる私に気が付いたサカズキさんから視線を向けられて、私は慌てて頭を下げた。

「お、お疲れさまです!」
「…今日もクザンの世話で大変じゃのう」
「おれって名前ちゃんに世話されてるの?」
「されてるように見えるねェ」
「されちょるじゃろうが」

二人に立て続けに言われたクザンさんは「そんなに?」と肩を竦める。珍しく喧嘩でもなく棘もない会話を三人がしている、と私は人知れず感動してしまった。
冷静に考えてみれば、この部屋に海軍の最高戦力が集結している状態であることに気が付く。自分がとんでもない場所に身を置いていることを自覚してみると、軽く目眩がした。

「それでサカズキは何の用だい〜?」
「話があったんじゃが…、まァええ、出直す」
「あ、すみません!私たちが居座ってるせいで…」
「気にしない気にしない」
「クザンさんが言うセリフじゃないですから!」

サカズキさんの怒りに触れてないんだろうかとひやひやしていると、ため息ついたサカズキさんはクザンさんに「はよう仕事に戻れ!」と一喝して、部屋を去っていった。
サカズキさんが出て行ったドアがぱたんと完全に閉まったのを見届けてから、私は詰まっていた息を吐き出す

「…名前ちゃん、随分とサカズキが苦手よねー」
「えっ!いや、そんなことは……」
「えェ?凄い分かりやすかったよォ〜」
「うっ…」

二人から追及されては隠しようがなくて項垂れる。やはりサカズキさんは普通に怖い。
仕事上、サカズキさんと直接話さなければならない場面は度々あるが、いつも緊張でがちがちになってしまう。別に理不尽なことで怒ったりしない人であることは重々分かっているが、それでも怖いものは怖かった。

「すみません…やっぱり、ちょっと…怖くて」
「ま、怖いわな。普通に考えて」

もう少し怒られるものかと思ったが、案外しっかりめに慰められて拍子抜けする。立場的にサカズキさんを擁護してもいいんじゃないだろうか。いや、サカズキさんが畏怖の対象であることは何も私だけではないことは分かっているため、当然の反応といえばそうなのだが。

「名前ちゃん借りてきた猫みたいになってたもんな」
「ほんとすみません…」
「いや謝らなくていいのよ?そんな名前ちゃんもかわいいしね」
「…セクハラです」
「急に嫌そうな顔しないでよ名前ちゃん…おれ傷つくわ……」

クザンさんとの会話で畏まっていた私の肩からは一気に力が抜けていき、じわじわと緊張していた気持ちが解れていく。すっかりいつもの調子を取り戻し、クザンさんとやりとりをしていると、傍から眺めてたボルサリーノさんがぽつりと呟いた。

「怖がってるサカズキと目の前のクザンは一応同じ立ち位置なんだけどねェ〜」
「……く、クザンさんは特別です」
「えっ告白?」
「違う!」

言われてみればサカズキさんやボルサリーノさんと同等の権力を持つクザンさん相手に、こんなに畏まらなくてもいいのかと思ったが、今更目の前のクザンさんを見ても意識の改善はできなさそうだ。
だってどうあがいてもクザンさんはクザンさんなのだから仕方ない、と訳の分からない理由付けを自分の中で済ませて私は納得したのだった。


恋情ブレンド 3話


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