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お見合い。まさか自分にそんな単語が降りかかってくるとは思ってなかった私は、怪訝な顔つきで母を見返す。

「お見合いっていってもそんな堅苦しい話じゃなくてね、ちょっとお食事してみない?って」
「…どこの誰と?」
「最初からそんな嫌そうな顔しないの!ほら、近くに大きいお家あるじゃない?お庭が豪華な」
「ああ…、うん」
「そこの息子さんと、どうかなってお話よ。ママあそこの奥さんと仲良くてね、お互い子供がいい歳なのにまだ結婚してない〜って話題になったら、ついそんな話が」

母の交友関係など特段把握しようともしていなかったため、あそこの大きい家の奥様と仲が良かったなんて初耳だ。息子とは会ったこともなかったが、そんな風にセッティングされた場で食事をしなければならないというのは相手関係なしに純粋に面倒だった。
私がきっぱり断ろうとすると、言わずともそうしようとしてるのが分かったのか母が若干怒った様子で止めてくる。

「もうっ、いまだにママは娘の恋人の話ひとつも聞けないのよ!いい加減、面倒くさがっていないで少しくらい努力してみたらどうなの!」
「う……、」

正直耳が痛い話ではあった。普通に何も意識せず生きてきただけだが、不思議なことに色恋の一つもなくここまで来てしまった。触れることがなかったせいか、段々とそういったことは面倒という認識が染みついて無意識に避けてしまっている始末。
男だらけの職場にいながら色めいた経験など皆無だ。だが孫の顔が見たい母の気持ちも分からないでもないため、取りつくこともせずに無碍にするのもかわいそうに思える。

「…とりあえず食事するだけでいいの?」
「もちろん!もし気が合わなかったら、それは今回が縁がなかったってことで済ませるから!」
「……分かった」

きゃいきゃいと喜んでいる母の姿を見たら、食事するくらいならと思う。それにもしかしたらこんなに乗り気でなくとも、相手が超絶な好みの男性かもしれない。運命の出会いなんてどこに転がっているかわからないものだ。食わず嫌いもよくないし、と何とかポジティブに気分を立て直したのだった。


そんな出来事があったのがこの前のこと。あれよあれよという間に食事の日程は決まり、その日が普通に仕事日だった私は休みをとらなければならなかった。
引き受けたときは無理にポジティブな方向へ思考を傾けていたが、時間が経つごとにやはり億劫になってきているイベントに、なぜ有給を使わなければならないのか。怒りすら湧いてきて、むしゃくしゃしていると不意にクザンさんに顔を覗き込まれる。

「どしたの」
「うわあっ、え、な…何がですか」
「や、なんかイライラしてねェ?」

ずばり言い当てられて、そんなに分かりやすかっただろうかと慌てて気分を立て直す。いけない、仕事中なのにイライラした様子を表に出すなんて社会人失格だ。

「すみません、気を付けます」
「いや別にいいのよ、当たり散らされたわけでもねェし。ただ悩みでもあんのかと思って」
「悩み…」

悩みといえば悩みなのだろうか。根本を正せば、私がこんな歳にもなって恋人の一人もいないことがいけないのだ。だからといって恋人ができないことが悩みなんです、なんて内容をクザンさんに打ち明けるわけにもいかず、私は笑顔で取り繕う。

「いえ、大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます」
「ふ〜ん、そう?ま、何かあったら頼ってくれていいから。名前ちゃんのためなら火の中水の中、」
「クザンさん水は無理でしょう」
「いや、うん、そうなんだけどね…」

もしクザンさんが恋人なら楽しいんだろうな、と思ったりはする。普段から仕事で一緒にいて、軽口こそ多いがクザンさんとの会話は苦に思ったことはない。相手との距離感をはかるのがクザンさんは上手いように思える。今のように相手の機微にもよく気がつく。
背も高くて黙っていれば格好良くて強くて、一緒にいれば誰だってドキドキぐらいしてしまうのではないだろうか。

「(…いや、もしかして私だけ?)」

そこまで考えて、はたと気づく。私の理想ってクザンさんだったのか、と。

「そんなに見つめられるとドキドキしちゃうんだけど。…名前ちゃん?」
「えっ、あ、すみません。ぼーっとしてました」
「ほんとに大丈夫?具合悪い?」
「だ、大丈夫です!」

本気でクザンさんが心配し始めたので、私は話題を逸らそうと「あ、あの、」としどろもどろに切り出す。

「頼ってくれていいって先ほど言ってくれましたよね」
「うん?やっぱり何かあった?」
「あ、いえ何かあるっていうか、お休みをいただきたくて」
「休み?別に構わねェけど、珍しいじゃないの」

本当に休みを取得するなんていつぶりの話だろうか。クザンさんの秘書になる前も、わざわざそんな用事もなかった私は休むことがなかった。
クザンさんの秘書になってからはなおさら多忙すぎてそれどころではなかった。クザンさんは少し驚いた顔をしていたが、休む理由までは別に尋ねてこなかった。

「名前ちゃんほんと頑張ってくれてるし、何日でも休んで大丈夫よ」
「いえ、一日で結構です。そんなに休んだらここが書類の海と化します」
「それも…そうね……」

クザンさんはその未来が想像できたのか、やけに神妙な顔で頷いた。
自分で話題を逸らしたものの、胸に残ってるもやもや。聞いてはいけない、と理性ではわかっていたが、何を焦っていたのか私は勢いに任せて口を開いていた。

「く、クザンさんは今まで恋人がいたこと、ありますか」
「…へっ?」

聞いて何がしたかったのかは自分でもよく分からなかったが、何故か口走っていた。クザンさんが素っ頓狂な声をあげて固まり、落ちる沈黙。やはり血迷った。
ぶわぁっと全身から冷や汗が出てきて、クザンさんが何かを言う前にこの場を去らなければ、ということで頭がいっぱいになる。

「やっぱなんでもないです!ちょっと事務室に用事があるので行ってきます!」

事務室に持っていくべき書類が入っていた封筒を引っ掴んで、私は逃げるように執務室を飛び出した。クザンさんの表情も何を言おうとしてたのかも、まったく分からなかったが、絶対に知りたくはなかった。

***

お見合い当日、朝起きた時の気分は最悪だった。どんよりと重い気持ちを何とか奮い立たせて身支度をする。別に高級レストランに行くわけでもないらしいため、綺麗めに見えるワンピースを着て、適当に身なりを整えた。
これでいいか、とリビングに行くと母に「もっとちゃんとかわいくしなきゃ!」と捕まえられて、髪の毛や小物などを好き勝手に弄られる。抵抗する気力もなかった私はなされるがままで、母がやがて満足してから力なく「いってきます…」と家を出た。

待ち合わせ場所に先に着いたのは私で、待ち合わせの時間を数分過ぎた頃にお相手らしい人が私に駆け寄ってきた。

「名前さん、だよね?初めまして、おれアルフって言います」
「あ、よろしくお願いします」

アルフさんはすらっとした普通の好青年に見えた。別に格段美形というわけでもなかったが、人は見た目ではなく中身だと、海軍に身を置いていれば身をもって知っていることなので、特に気にはならない。そもそも期待も何もしていなかったため、今更何かに落胆することもなかった。

「じゃあ行こうか」
「はい」

並んで歩きだしながら、本日はお日柄もよく、なんて定型文の会話をする。何を話したらいいかわからず、私は手探り状態で当たり障りのない話題を振った。

「急にこんな風になってしまい、なんだかすみません」
「いや、名前さんかわいいし、むしろよかった」

初対面の男にかわいい、と言われても微塵も嬉しくないのは何故なのだろう。むしろ嫌悪感すら覚えて、私は下手くそな作り笑いで「お世辞でも嬉しいです、ウフフ」と流した。
微妙に弾まない会話をしながらランチをするレストランに向かっていたが、アルフさんの歩く速度が速いことに私は静かに腹が立っていた。母に履かされた慣れないヒールも相まって、アルフさんのスピードについていくのがかなりしんどい。並んで歩く時ぐらい女のスピードに合わせることができないものか。
初っ端から気分が盛り下がりまくりで、早く美味しいご飯が食べたいということしか考えられずにいた。

やっとのことでレストランについて席に着き、一息つきたかったが先ほどからアルフさんの自分語りをノンストップで聞かされており、席についても全く安らげる感じではない。いい加減「えーそうなんですかーすごいですー」とバカみたいに繰り返すのも疲れてきた。
笑顔を引きつらせながら相槌を打っていると、料理が運ばれてきてやっとアルフさんの自慢話が途切れる。これで静かに料理が食べれる、と思ったが、そうはいかないらしい。今度は私に質問したいタイムだったらしく、アルフさんは身を乗り出して私に様々な質問をなげかけてきた。

「名前さんはどんな人がタイプなの?」
「え、えーっと…そうですね、優しい人、でしょうか」

タイプといわれてクザンさんが思い浮かんだが、思い浮かべてしまった自分が恥ずかしくてクザンさんを脳内から追い出してよくある返答をする。優しいかあ、と私の返答に頷いたアルフさんはまた自分が優しい男であることを主張するような自慢エピソードを話した後、質問タイムへと戻る。

「名前さんは海軍の事務なんだよね、大変じゃない?」
「大変ですけど、やりがいもあって楽しいですよ」
「え〜、でも男だらけの職場だよね?」
「まあ…女性は少ないですね」
「辛かったらいつでも辞めていいと思うな〜」

楽しいって言ってんだろうが、という反論もとい暴言はきちんと飲み込んだ。クザンさんの秘書ということは伏せてあるので、アルフさんはあることないこと好き勝手言っている。これであの青キジ大将の秘書だと知ったら、ひっくり返りそうだなと思いながら私はパスタを食べ進めた。

食事を済ませてレストランを出た私は早々に帰る姿勢を見せる。もし気が合っていたならこの後どこかに、みたいな話になるのかもしれないが、私は一刻も早く帰りたかった。

「今日はありがとうございました」
「うん。あのさ、よかったらまた食事でもどう?」

まさかのお誘いに思わず嫌な声をあげそうになったが、ぐっとこらえる。本当のことを言えばきっぱり断りたい。この人とこれ以上会うのは苦痛でしかなかったが、母のことを考えると断り切れずに私は泣く泣く頷く。そうしてまた約束を取り付けられ、私は史上最高に荒れながら帰宅をした。
わくわくしながら感想を聞いてきた母に曖昧な感想とまた会うことになった旨を伝えると、母は踊るように喜んだ。なんだか、無性にクザンさんに会いたくなった一日だった。


恋情ブレンド 5話


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