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TopMainそれって愛でしょ
いつもより人の多い店内であくせく動き回る名前を見つめながら、コーヒーに口をつける。空いている時間に訪れることが多かったため、店内に響く話し声が多い雰囲気はクザンにとって新鮮だった。
テリーヌショコラで仕事の疲れを癒しながら店の様子を眺めてると、名前がクザンの視線に気が付いて他のテーブルで下げた皿を片手にクザンのテーブルへと歩み寄ってくる。

「お代わりは?」
「んー、じゃあお願い」
「はーい」
「忙しくて大変ね」
「うん。なんか今日ちょっと混んでる」

とは言うものの、疲れてる様子はあまりないようで、名前の仕事への慣れを感じる。普段ならこのまま何か世間話でもするところだったが、さすがにそうは言ってられないようで名前は足早に奥へと引っ込んだ。
会話の余韻を転がしつつ、これからのことを考えてクザンの気分が急降下する。

「(あ〜〜…遠征行きたくね〜…)」

明後日には遠征のため、マリンフォードを発たなければならない。普段から何もかも面倒なことに変わりはないのだが、折角気に入りの場所ができたというのにしばらく来れないという事実は、気分を更に落ち込ませた。
深くため息をついて物思いという名のうたた寝にふけっていると、コーヒーポッドを持った名前がテーブルの前に立つ。

「またお昼寝?」
「…いや、ちょっとナーバスになってた」
「なんかあるの?」

コーヒーを注ぎながら不思議そうな顔をする名前を、じっと見つめる。名前ともしばらく話せなくなるな、と思うとつい熱心に見つめてしまう。その視線が居心地悪かったのか、名前は「な、なに」とたじろいだ。

「ん〜〜…、ここしばらく来れないのよ」
「そうなの?……お仕事?」
「そ、」

短く答えてまたため息をつく。すると、注ぎ終えたカップを置いた名前がテーブルに視線を落としながら「がんばってね」と言うものだから、弾かれたように顔を上げた。

「あらら…、ありがと。早く戻ってくるわ」
「うん。早く戻ってきて売り上げに貢献して」
「したたか〜」

珍しく素直な言葉に驚いたが、続ける会話がいつも通りで自然と口の端が緩む。二人でくすくす笑っていると、他のテーブルから呼ぶ声が聞こえてすぐさまそちらに視線を向ける名前。離れる後ろ姿に未練が残ったが、早く遠征を終わらせて帰ってこようとクザンは自分に言い聞かせた。

お代わりのコーヒーも飲み終えてぼちぼち帰ろうかと立ち上がると、それに気づいた名前が駆け寄ってくる。ポケットからお代を取り出して名前に渡すと、何故かじっと名前に見上げられた。

「…お仕事、ちゃんと頑張ってきてね」
「ちゃんとって…どんだけ怠け者認定されてるのおれ。こう見えても仕事はできるのよ?かっこいいんだから」
「へえ〜?デスクワークからは逃げてばっかりなのかと思ってたけど」
「ひどいイメージだわ〜。当たってるけどさあ」
「当たってんじゃん」

そう言って子供っぽく笑った名前に、かわいいなと素直に感じた。あまりにもナチュラルに湧いて出た感情に、我に返ってあれと首を傾げる。それは果たして異性として感じたのかどうなのか、いまいち決めつけられず、クザンはとりあえず流しておくことにした。
店のドアを開けて外に一歩踏み出すと、後ろから「気を付けてね」と名前の小さな声が聞こえて、クザンはそれに軽く手を振って応えてから店を出た。本部への帰り道を数歩進んでから、こみ上げる行き場のない感情に思わず足を止める。この持て余す衝動をどうしたらよいのかと審議をした結果、どうしても声に出したくなって、クザンは顔を覆いながら「行きたくね〜〜」と叫んだのだった。


それって愛でしょ 3話


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