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TopMainそれって愛でしょ
遠征から戻ると遠征の報告やら提出書類やら、加えて溜まっていた通常業務も襲い掛かってきて、それはもうてんやわんやの状態になっていた。
ここまでくるとさすがに逃げ出すこともできずに、帰りたい眠いしんどいと思いながらコーヒーをすすって書類に目を通していると、ノックが部屋に響き渡る。一日に訪れてくる人数の多さに辟易としてたクザンはいつもより低めの声で「ど〜ぞ」と返事しようとしたところで、返事の前にドアが開く。

「クザ〜ン、これまた間違ってるよォ〜〜」

間違いがあった書類を突っ返しに来たらしいボルサリーノに、クザンはもう窓から飛び降りて逃げたくなった。だがそういうわけにもいかず、渋々手を伸ばしてボルサリーノから書類を受け取り目を滑らす。

「…これぐらいもうよくねェ?あ〜〜も〜」
「わっしがよくても、どっちみちセンゴクさんが却下するからねェ」
「ハ〜〜…、カフェ行きてェ……」

帰ってきてからクザンはまだ店に行けてなかった。待ってる、と言われたからには早く行きたいと思っていたが、不運なことに本部に缶詰め状態でまったく足を運べていない。いい加減あのコーヒーが恋しくなってきて、つい本音を漏らすとまだ目の前にいたボルサリーノが何故か反応した。

「カフェ?…お〜〜、そういえば最近若い子に手だしてるんだって〜?」
「まだ出してません」
「狙ってるんじゃないかい〜」

狙ってる、といわれると違う気がして首を捻る。そもそも、名前をそういう目で見てるのかどうかすら自分の中で定かではない。だが、そこで狙ってないと断言するのもしっくりこない。

「狙って……う〜〜ん、狙ってんのか…?いや、狙ってんのか…」
「…なんだい気持ち悪いねェ〜」
「いや…かわいいとは思ってんの。でも、手出したいってまだ、あんま考えてねェっていうか。…あ〜でも…、ん〜〜」

ボルサリーノは何かの噂程度で聞いただけだろうということは分かっていたし、クザンの話すことになんて大して興味を持たないであろうことも分かっていたが、クザンは迷走する心の内をつい口にしてしまう。すると、訝しげにこちらを見ていたボルサリーノがぱちくり目を瞬かせる。

「お〜…、珍しいこともあるんだねェ」
「は?なに、どういう意味」
「とりあえず早くそれ作り直しちゃいなよォ」

ボルサリーノはあからさまに話題を逸らすと、クザンが追及をする前にとっとと部屋から出て行った。含みのあるボルサリーノの言い方が気にならないでもなかったが、追うほどの気力はもちろん無いため、深く椅子に凭れなおす。
また一人きりになった執務室で、差し戻された書類を手元でぴらぴらと弄ばせながら、クザンの思考は名前のことで埋まっていった。

久しぶりに名前の顔を見たのが数日前のこと。マリンフォードに帰還して、店のことを恋しく思いつつも本部に戻ろうとしていたところで、偶然買い出しに出ていた名前と鉢合わせたのだ。約一か月ぶりに会うとなんだかぐっとくるものがあって思わず触れたくなったが、そこは何とか堪えた。
久しぶりのせいか会話にぎこちなさあるものの、お互い嫌ではない空気感が流れていたのがこそばゆい。名前の声に姿に、仕事の疲れが癒されているのを感じていると、不意に落とされた「おかえり」という言葉にクザンは不覚にも面食らってしまった。

部下たちに業務的におかえりと出迎えられることはあっても、それ以外で「おかえり」と言葉をかけられたのはいつぶりだろうか。その言葉をかけられるのはどこか慣れなくて、しかし広がる余韻は温かで。

そのやりとりを思い出すたびにこみあげる何かがクザンにはあった。だが今日もそれに名前をつけるまでには至らず、ただ会いたい気持ちが募る。考え込めばこむほど悶々として、限界を迎えたクザンはガタンと立ち上がった。

たとえセンゴクの雷が落ちたとしても、今会いたいのだから仕方ない。クザンは足早に本部を抜け出して店へと向かうのだった。


それって愛でしょ 5話


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