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TopMainそれって愛でしょ
「届けましょうか?」
「え、ここそんなサービスもやってんの?」
「やってないけど、クザンさん常連だし、良くしてもらってるし」

仕事に追われて来たくても中々足を運ぶことができない、と愚痴を漏らしたクザンさんにそんな提案をしたのが数日前の出来事。そして私は今海軍本部前に佇んでいた。

本来なら私なんか立ち寄る用事もなければ、中に入ったことすらない建物だ。マリンフォードで暮らす上で、いつも視界には入っているものの、まさか自分が寄り付くことになろうとは考えもしなかった。

話は通しておくから、とは言われたが、やはり不安で早くなる鼓動を押さえつけて門番をしている海兵におずおずと歩み寄る。そろりと近づく私に気が付いた海兵は、爽やかに「どうかしましたか?」と声をかけてくれた。

「あの、青キジさんに届け物があってまいりました。名前といいます。お話って…、」
「ああ!はい、名前さんですね。クザン大将からお話聞いてます。少々お待ちください」

どうやら無事に話は通っていたようで、スムーズに理解してくれた海兵が守衛室に戻り、電伝虫で誰かに連絡を入れる。しばらくした後、戻っていた海兵が私のペンを差し出した。

「ここにサインお願いできますか?」
「あ、はい」

差し出されるがままにサインをしていると、海兵がちらちらと守衛室の電伝虫を見ながらちょっと困ったように笑う。

「今、クザン大将に連絡してみたんですが、席を外されてるみたいで…。とりあえず中に入ってても問題ないと思うので、クザン大将の執務室に行ってみてください」
「執務室…」
「あ、場所分かりますか?」
「分からないですね…」

正直に答えると海兵は親切に場所と行き方を教えてくれたが、正直私はちんぷんかんぷんだった。中に入ったら絶対迷う、と確信していたが「大丈夫ですか?」と聞かれて、だいじょばないですとも答えられず、曖昧に笑って頷く。
だが、あまりにも私の様子が分かりやすかったのか「分からなかったら他の海兵に遠慮なく聞いてくださいね」と言われてしまった。今更になって帰りたくなってきながら、私は門番の海兵にお礼を言って本部に足を踏み入れた。

案の定、予想通り、私は本部内を不確かな足取りでうろうろしながら迷子になっていた。帰りたい、と心の中で半べそをかく。道行く海兵に声をかけてみようとしては尻込みして一歩踏み出せない、というのを繰り返してばかりで、私のメンタルは徐々に削れていっていた。
しかし、こうしていても埒が明かない。次通った海兵に絶対声をかけよう、と意気込んで待機をしていると、案外すぐに人が近づく気配がして私は腹を括った。

「あの…!」
「ん〜〜?」

声をかけてから思ったより大きい人影にびっくりして見上げると、これまたとんでもない人で私の頭は真っ白になった。

「(大将黄猿に声かけちゃったーーっ!!)」

声にならない悲鳴を上げて硬直してると、私に気づいた黄猿さんは私に目線を合わせるようにかがんでくれる。私の服装を見て海兵ではないことが分かったのか、黄猿さんは優しく声をかけてくれた。

「どうしたんだい〜?」
「う、あ、えと、ちょっと道を尋ねたくて、」
「お〜〜、迷子だねェ」

迷子、と改めて人に言われると恥ずかしさや情けなさがこみ上げる。うっと言葉に詰まりながら「青キジさんの執務室って…」と言うと、黄猿さんがサングラスの奥の瞳をぱちぱちと瞬かせた。

「クザンに用があるのかい〜?」
「はい、届け物を頼まれてて」
「……キミ、名前は〜?」
「?、名前です」
「お〜、名前ちゃん。覚えたよォ。わっしはボルサリーノ」

ボルサリーノ。思い返してみればクザンさんの話に度々名前が出ていた気がする。まさか自分がクザンさん以外の大将と話す羽目になるとは夢にも思っていなかった。だが冷静になって考えてみると、同じ大将であるクザンさんとはあんなに打ち解けられているという事実が、改めて異質なものに思えてくる。
やはり大将はそれなりに威圧感があるものだな、と実感しながら見上げていると「連れってってあげるからついておいで〜」と手招きされ、私はボルサリーノさんの後を慌てて追いかけた。

「名前ちゃんは今日は何を届けに来たんだい〜?」
「コーヒーとお菓子を。あ、たくさんあるのでよかったらボルサリーノさんもどうぞ」
「嬉しいねェ」

長い、と言っても数分だったが、執務室への長い道のりをボルサリーノさんとたわいもない会話をしながら歩く。少し緊張が解れ始めてきたところで、いつの間にかクザンさんの執務室についたようで、ボルサリーノさんが重厚なドアをノックする。
変にドキドキしながらその様子を見ていると、ボルサリーノさんが返事が来る前にドアを開けるものだから、心の準備が整わずひやっと背筋が冷えた。

「クザ〜ン」
「なに。というか毎回思うんだけどノックした意味な…、って名前ちゃん!?」

ボルサリーノさんの後ろにいる私にすぐ気が付いたクザンさんはガタンッと立ち上がって、勢いよく時計を見やる。そして一瞬で事態を把握したのか、申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。

「ごめん名前ちゃん!迎えに行こうと思ってたんだが…」
「忘れてたんだろ〜?ひどい男だねェ」

ボルサリーノさんの大きな手が慰めるように肩に置かれて、クザンさんが「ちょっと!」と声をあげる。

「なんか仲良くなってない!?」
「クザンが迎えに行かないから名前ちゃん迷子になってたんだよォ〜」
「ボルサリーノさんが案内してくれました」
「うっ……」

自分の失敗を持ち出されると反論できないのか、言い淀むクザンさん。ボルサリーノさんがクザンさんを揶揄ってる間に、私は持ってきていたコーヒーとポンポネットを取り出しテーブルの上に広げる。水筒の中身をカップに注ぐと、部屋に漂い始めるコーヒーの匂いにクザンさんとボルサリーノさんの言い合ってる声が止んだ。

「はい、どうぞ」
「あ〜〜…名前ちゃん、わざわざありがとね、ほんとに」
「いえべつに」
「店は大丈夫なの?」
「お母さんと妹が回してるから大丈夫」

クザンさんがテーブルを覗き込んで、カップがもう一つあることに気が付いたのか「なにこれ」と呟くので、ボルサリーノさんの分と返すと盛大に顔を顰めるクザンさん。

「ありがとねェ名前ちゃん」
「いえいえ。お菓子もたくさんあるのでどうぞ」
「なんでボルサリーノも〜…?」
「案内してくれたお礼」

と言えばクザンさんは不満そうにしながらも口を噤んだ。クザンさんにコーヒーとお菓子を届ける、という仕事は果たしたのでお役御免である私は帰ろうとしたのだが、何故かクザンさんに引き留められてソファーに座らされる。

「名前ちゃんもちょっとお茶していけばいいじゃない」
「でも私コーヒー飲めないし」
「そうなの!?」

思い返せば伝えたことはなかったが、そこまで驚くことだろうか。子供舌で悪かったな、と少しむっとしていると、それを聞いていたボルサリーノさんが何か思い当たったように「お〜、そうだ」と言って執務室から出て行く。
クザンさんと首を傾げながらその様子を見送りしばらく待っていると、戻ってきたボルサリーノさんは何やら色々乗ったトレーを手にしていた。

「紅茶なら飲めるかい〜?」
「わ、すみません!」

どうやらわざわざ紅茶を淹れてきてくれたらしく、目の前に華奢でかわいらしいイエローのティーカップが置かれる。ふわりと香り立つ豊潤で甘い匂いに、自然と顔が緩む。更にボルサリーノさんは白い箱を広げると、私の前にそれを差し出してくれた。

「ドーナツだ!」
「ちょうどわっしの部屋にあったからねェ」
「わーい!」

紅茶もドーナツも純粋に嬉しくて手放しで喜んでしまう。紅茶に口をつけて、温かく喉を滑り落ちる心地にほっと一息つく。ボルサリーノさんに勧められるがままドーナツも食べると、幸せな甘みに全力でにこにこしてしまった。その様子を面白くなさそうに見ていたクザンさんがじとりとボルサリーノさんを睨みつける。

「なんか餌付けしてねェ?」
「してないよォ」

餌付けでも何でも美味しいものが食べられるなら私は大歓迎だ。クザンさんが何かとボルサリーノさんに突っかかっていたが、あまり意見が合わないのだろうと適当に結論付けて、ドーナツを無心で食べる。

「空気読んでくんねェ??」
「ん〜〜?」

よく分からなかったが二人が不毛なやり取りをしてる間、紅茶とドーナツを完食して満足感に浸っていると、ボルサリーノさんがふとにっこりと私に笑いかける。

「わっしも今度お邪魔させてもらおうかね〜。コーヒー凄く美味しかったよォ」
「ほんとですか?ぜひぜひ。待ってます」
「ちょっと!だめ!おれ店に行ったらボルサリーノいるとかぜってェ嫌だから!」
「営業妨害しないでくれます?」

その時は純粋にお茶を楽しんで何事もなく帰ったのだが、母に今日起こったことを話すと「あんた海軍大将に囲まれてたの…」とドン引きされ、よくよく考えたら確かにあの空間にいれた私やばいなと他人事のように思うのだった。だが既にボルサリーノさんのことを、遠縁のおじさんのように優しかったな、なんて思っているあたり多分私の感覚が麻痺してきている。


それって愛でしょ 6話


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