a/hanagokoro/novel/1/?index=1
TopMainトワレに揺れる
一言でいうなれば、名前は酒癖が大変悪かった。それはもう昔からのことで、何故か、毎回、その世話を押し付けられるのはコビーとヘルメッポだった。

その日は大きな仕事を終えた後で、大変機嫌が良かったガープにより祝宴を開く宣言。若い海兵やコック達は夕方くらいから慌ただしくその準備に動き回り、ヘルメッポらもその手伝いをしていた。日も落ちてくると大分準備が整い、ガープからの開始合図と共にわっと酌み交わされるグラス。準備に回っていたヘルメッポ達は乾杯の声に一息ついていたのだが、必然の如く二人がゆっくり休めるわけもなかった。
共に、その視線にはすぐに気が付いた。恐る恐る顔を上げると、遠くからボガードの圧。名前から目を離すなという命令に他ならないその視線に、二人は無視することもできず重い腰を上げた。

「なんでまだおれ達がやんなきゃいけねェんだ!」
「仕方ないよヘルメッポさん…。これはもう場数を踏んでる僕達がやらなきゃ被害が増えちゃ……って、ああっ」

コビーが声を上げた方向を見やれば、さっそくご機嫌な様子で近くにいた若い連中を潰している名前の姿。始まってまだ間もないというのにこれだ。ヘルメッポがうんざりしてため息をつく頃には、俊敏な動きでコビーが名前に駆け寄っていた。

「なんだコビ〜!私に付き合ってくれるのか?」
「はい、ぜひ。名前さんとこうしてゆっくりお話しするのも久しぶりですので」
「本当にかわいいなコビーは〜!じゃあ私が選ぶ、ガープさん武勇伝三選を…」

名前が陽気に話しているのを聞きながら、流れるように酒をジュースに取り替えているコビーの鮮やかな手並み。ヘルメッポはその間に先ほど名前に潰された新兵の回収と、被害者を増やさないために名前には近づくなとの注意喚起。あとは同じように酒癖が悪くて喧嘩が勃発しないように、血の気の多い連中は席を離しておかなければならない。
コビーが引き付けている間に、ヘルメッポも粛々と仕事をこなしていると、唐突にどかっと背中に衝撃。酒臭さに横を見ると、肩越しに笑顔の名前と目が合った。

「おい…コビーに何しやがったんです」
「コビーなら寝たぞ」
「寝たァ!?」

振り返ると、さながら死体のように突っ伏しているコビー。どう考えても飲ました張本人は目の前のこの人で、ヘルメッポは思い切り睨めつけた。

「コビーまで潰しやがって…」
「潰してない。寝たんだ」
「そういうのを潰したって言うんだよ酔っ払い!あんたもう酒呑むなよ、絶対!」

手に持っていたジョッキを取り上げてヘルメッポが飲み干せば、ああっと残念そうな声が上がる。そしてふらふらと次の酒を探しに行こうとする名前の腕を掴んで、ヘルメッポは無理やりその場に繋ぎ止めた。

「とりあえず水飲んでください」
「おいしくない」
「美味いわ。あんたが知らないだけで飲んだら美味い」
「ほんとうか〜?」
「本当だっつの、いいから飲め」
「パワハラだ…」
「あんたがそれ言うな!」

半ば無理やりコップを口元に押し付けると、ようやく飲み始める名前。以前この人の介抱をしていた時も思った気がするが、子育てとはこんなものなのだろうか。産んでもいないのに母の苦労を体験している気分になっていると、水を飲み終えた名前が顔を顰める。

「おいしくない…」
「ただの水だろうが」
「…きもちわる……」
「はっ!?」

適当に流して酔いを醒まさせようとしていると、突然の爆弾発言に目を剥く。そこからの行動は早かった。
名前を担ぎ上げてダッシュで海辺まで向かって、海に向けて顔を出させる。トイレに行っている余裕も桶を用意する余裕もない。なら海で吐いてもらったほうが早い。海に落ちないようにだけ気を付けながら、わあわあと対応を行ったが結局名前は吐かなかった。
それもそれで人騒がせなと思わないでもなかったが、吐かれたほうが面倒だっただろうから良しとする。

一頻り落ち着いたところでしゃがみこんだ名前が「ねむい」と呟くものだから、好都合とばかりにヘルメッポは動く気のないその体をおぶって部屋に向かった。

「ねむい〜…」
「だから部屋まで運んでるだろうが」
「…ん?へるめっぽか」

後ろから手を伸ばしてぺたぺたと顔を触ってくる名前。満足するまで確認すると「めっぽじゃないか」と上機嫌になり始めるから、今まで誰だと思ってたんだとキレそうになる気持ちを何とか飲み込む。落ち着け、所詮は酔っ払いだ。いちいち腹を立てていてはキリがないのだ。

「めっぽ〜、送り狼になるなよ〜」
「あんたマジでぶっ飛ばすぞ……」

この酔っ払い相手に誰がそんなものになるか。そもそも一から十まで世話をしてやっている相手にそれはなんだ、と本気でその体を落としてやりたくなったがすんでのところで留まる。どうにかこうにか部屋まで辿り着いてベッドに名前を転がすと、楽しそうに名前が笑った。

「めっぽはえらいな〜」
「本当にな」
「こっちおいで」

寝っ転がった名前が手招きをするので、なんだと思いつつ膝を折って視線を合わせる。すると、名前の伸ばされた手にわしゃわしゃと頭を撫でられて、ヘルメッポは固まった。

「こびーもえらいけど、めっぽもえらい」
「なんの話すか…」
「そりゃあ最初はさぼってばっかりのハナタレだったけど、でも、ここまできただろ。えらいよ」

不覚にもぐっときてしまい、反射で目線を背ける。本気なのかどうかよく分からない酔っ払いの言葉を鵜呑みにすると、なんだか余計なことまで口走ってしまいそうだった。

「……サボったツケはちゃんと回ってきてますけどね」
「だからこれからもがんばるくせに。えらいな」
「何なんだ急に……」
「こびーはさっきいっぱいほめたから」
「…そうかよ」

そういえばあとでコビー回収しなきゃな、と思いつつ、ゆるゆると笑う酔っ払いの顔を眺める。やがて満足したように寝息を立て始める名前に、ようやくヘルメッポは立ち上がった。
今夜も散々迷惑はかけられたが、酔っ払いの言葉でほだされた自分がいるのも事実で。明日の文句はそれなりにしておいてやる、と甘い結論を出したヘルメッポは、後片付けのため甲板へと戻った。


トワレに揺れる 3話


prev │ main │ next