2月 チョコレートコスモス

赤やピンクや白の可愛らしいイメージで、時折黄色の姿もみせるコスモス。

薄く柔らかな花びらと、風に揺られながら細くすっと伸びる姿は、まるで奥ゆかしくて愛情深い女性を表しているようで。

それはまるで、恋する乙女の象徴のよう。

そんな中に、一風変わった赤茶色のあなた。

濃いダークな色合いのあなたは、香りまでもがビターで少しほろ苦い。

落ち着いたアンティークな色合いは、決して色褪せることはないでしょう。





***



「ミーナちゃん!今日はもう買い出しは終わりかい?」


早朝。花市場で、沢山のお花を抱きかかえて歩いているところに、威勢の良いおばさんの声が耳に響く。


「あ!おはようございます。
はい、今日の仕入れは終わったので、今から帰るところです。」


振り向きそう伝えると、そうかい!とにこやかに答えてくれるおばさんは、花市場の競りを取り纏めているここの代表の奥様。

今日も、慌しい競りのお手伝いを終えたとこだとおばさんは言う。


「2月はたいしたイベントもないからねぇ、花もそう売れないだろ。」

「そうなんですよ、商売あがったり。」


困りましたね、とわざとらしい溜息を吐いてみせると、おばさんは豪快に笑う。


「でも、ミーナちゃんなら、その愛嬌でなんとかなるよ!」


そう言うと、私の抱えている花の束の上に、新聞紙に巻かれた一束の花をパサリと乗せる。


「この季節に珍しい花が手に入ってね。
売るほどの量もないし、ミーナちゃんにあげるよ。
今日の彩りに使えるかもね。」

「今日?」

「そう。なんだい、若いのにチェックしてないのかい?
帰ったらカレンダーよく見るんだよ!」


ひらひらと手を振って行こうとするおばさんに、大きな声で問いかける。

だって今、沢山のお花で両手が塞がってて、とても中身を確認なんてできない。


「え?なになに?何のお花??」

「帰ってからゆっくり堪能するといいよ!じゃあね。」


おばさんは、そう楽しそうに言うと、足早に次のお客さんの元へと去って行った。





お店に戻り、仕入れた花を手際良く水切りをしながらバケツに移していく。

市場のおばさんから貰った花。

その花もまた、新聞紙を解き中身を確認する。

出てきたのは、一風変わった色の花。

茎は細くてしなやかで、小ぶりなその花びらは、まるでチョコレートのように渋みを帯びた焦げ茶色。


「わぁ!チョコレートコスモスだっ!」


誰もいない朝の店内に、思わず感嘆の声が上がる。

コスモス・・・って言うくらいだから、秋とか少し肌寒い頃に咲く花なのに、こんな真冬に手に入るなんて思いもしなかったから、本当にびっくり。

おばさんも、“この時期には珍しい”って付け加えていたくらいだから、もしかしたら手に入ったチョコレートコスモスは、これが全部なのかもしれない。

そう思うと、本当に貴重なお花だし、そして何より、それをわたしに快く譲ってくれたことに嬉しさが込み上げる。


「わぁ、どうしよう。
こんな貴重なお花、何に使おう・・・」


そう呟いた途端、思い出したのはさっきのおばさんの会話。





『今日の彩りに使えるかもね。
帰ったらカレンダーよく見るんだよ!』





慌てて壁に掛けてあるカレンダーを覗き込む。


「2月14日・・・
え!?今日ってバレンタインデー!!」





足元からさあっと冷えるような感覚に、小さく身震いが起こりそうになる。


「わぁ、どうしよう・・・すっかり忘れてた。」


バレンタインデー。
恋する女の子が大好きな人に告白する日。


わたし、エルヴィンさんに何も用意してない。

チョコレートは貴重なお菓子だから、こんな当日にチョコレートはまだ売れ残っているだろうか。

何より今から開店だし、外にお買い物に出掛けることさえもできない。

加えて、今日エルヴィンさんに会う約束もないときた。

完全に手詰まり。


はぁ、と盛大な溜息が店内を充満する。


だけど、いつもわたしのことを親身になって考えてくれているエルヴィンさんに、何か少しでもお返ししたい。

そんな想いばかりが強くなる。



お正月の日にわたしの悩みを打ち明けてから、エルヴィンさんは強引に迫るような素振りは全くと言っていいほど見せてこない。

頭を撫でられたり
肩を抱き寄せられたり
ぎゅっと抱き締められることもあるし
キスだってする。

そして、その度にいつもわたしの顔色を伺ってくれて、目が合うとニコリと微笑んでくれる。

そんなエルヴィンさんの優しさに、胸はキュンと締め付けられるし、幸せな気持ちが心の奥から溢れてくる。





だけどね・・・





最近、少しだけ、物足りない。

自分で言っておきながら、もっとエルヴィンさんに触れていたいと思う自分がいる。

確かに、身体を重ねることを考えると、まだ怖さが拭えないんだけど。

なんて、わがままなんだろう。

本当にそう思う。



だから、今日は絶対絶対、エルヴィンさんにいつもの感謝の気持ちを伝えなきゃ。

なのに、バレンタインデーのことをすっかり忘れていた自分に、心底嫌気がさしちゃうよ・・・





そんな時、腕に抱きかかえていた“チョコレートコスモス”が、ふわりと風に揺れる。

思わず顔を寄せその香りを嗅いでみると、ほのかにチョコレートのようなビターな香りが胸をいっぱいにする。


「よし!決めた。」


わたしは花屋の娘。

だったら、お花のバレンタインでいこう!

チョコは手に入らないかもしれないけど、チョコレートコスモスのバレンタインだなんて、わたしらしくていいじゃない。

そう心に誓い、今日はお店を早々に閉めて、夕方調査兵団本部を訪れる決意をした。





夕方。チョコレートコスモスの小さな花束を抱えて、調査兵団本部を訪れた。

年末に、玄関ホールにクリスマスアレンジを飾って以来、ここへは時々足を踏み入れる。

最初はハンジさんからの依頼だったけど、今ではわたしからの感謝の気持ちも込めて、玄関ホールのお花の飾りは、わたしからの寄付という形にさせて貰っている。

いつも人類のために命を懸けて頑張っている調査兵団の兵士たち。

そんな兵士たちに、少しでも癒しを届けることができるなら、花屋としてこれ以上の喜びはない。





玄関ホールに足を踏み入れると、おととい飾ったばかりのわたしの花が、まだ形を崩さず綺麗に生けられていた。

バレンタインのことを忘れてなければ、今日生けに来た方が自然で良かったのにな・・・

なんて思いながら、わざわざエルヴィンさんに会うためだけにここへ来たことに、なんだか恥ずかしさが込み上げる。


そう思いながら玄関ホールの花を見つめていると・・・


「ミーナさん!こんにちは。」
「ひゃっ!」


突然背後から声を掛けられ驚いてしまう。


「なんでそんなに驚くんですか!」

「やだもう、ニファさん!急に脅かさないでくださいよ。」


振り返ると、挙動不審なわたしに可笑しいといった様子で、ニファさんがケラケラと笑っていた。





ニファさんは、ハンジさんの班の班員。

ここでお花を生け始めた頃、ハンジさんが軽く紹介してくれて以来、ニファさんはわたしに気軽に声を掛けてくれるようになった。

男の人が大半の調査兵団。

加えてわたしにとって、知らない人ばかりのこの場所では、声を掛けてくれるニファさんの存在は、とっても心強い。

会う度、ついいろんなことを話してしまうものだから、最近ではわたしとエルヴィンさんが恋仲だってことも、気付かれちゃってるくらい。

といっても、別に隠してるわけでもないんだけどね。

でも、そんなこと自分から言うことでもないし、何よりほら、エルヴィンさんってみんなの上司にあたる人じゃない。

だから、何となくとっても言い辛くって。





「で、どうしたんですか?ミーナさん。
お花なら、おととい生けてたんじゃないの?」

「や・・・えっと、その、少し、用事が・・・」


もごもごと口籠っていると、ニファさんはあぁ!と何かに気付いたように、ポンとひとつ手を叩く。


「あぁ!今日バレンタイン!
エルヴィン団長なら、団長室にいると思いますよ。」


ニファさんに見透かされたような瞳でみつめられ、図らずも頬に熱が集まる。


「えっ、あ・・・そうなんですね・・・」

「何恥ずかしがってるんですか!」

「だって、突然来たから、迷惑じゃないかな・・・って。」


素直にそう伝えると、ニファさんは軽くポンポンとわたしの背中を叩いた。


「そんなわけないじゃないですか!
ほら、行くなら早く行かないと!取られちゃいますよ。」

「え?」

「だって、団長朝からみんなのチョコを受け取るのに忙しそうです。」


思わぬ言葉に身体が固まる。





「そう、だよね・・・わたし、お花しか持って来てないし、必要ないかな・・・」


考えてもなかった。

そりゃそうだよ。

だって、あんな素敵な人が自分のリーダーだったなら、好きになっちゃう人だっているはずだもの。

わたしなんかより
毎日エルヴィンさんの近くに居て
エルヴィンさんのことをよく見てて
そして、何気ない会話を交わして・・・

そんな人、きっとここには沢山いるはずだもの。



さっきまで、突然来ちゃって恥ずかしい・・・くらいにしか思ってなかったわたしの心は、一気に急降下。

やっぱり、帰ろうかな・・・





「大丈夫、大丈夫!
ミーナさんからなら、どんなものでも喜んで受け取ってくれますって!」


再びわたしの背中をポンポンと叩きながらニファさんが言うので、思わず彼女の顔を覗くと、にっこりと微笑んで、わたしを勇気付けてくれた。





コンコン・・・

団長室の扉をノックする。


「誰だ。」


奥から聞こえてきたのは、愛おしい彼の声。

あぁ、どうしよう。

いざ実際来てしまうと、たちまち身体中が緊張で固まってしまう。

どんな顔してわたしを出迎えるかな。

喜んでくれるかな
それともやっぱり迷惑かな・・・

恐る恐る扉を開けて覗き込む。


「あ、あの・・・」


すると、机に向き合い書類仕事をしていたエルヴィンさんは、書き物の手を止め、みるみるうちに目を丸くして、わたしに問いかける。


「ミーナ。どうした、こんなところに?」

「い、いえ、お届け、ものを・・・
忙しいのに、お邪魔しちゃってごめんなさい。
あの、すぐ帰りますね。」

「いや、その必要はないよ。」

「でも・・・」


団長室に足を踏み入れるのは初めて。

もちろん、机に向かって仕事をしているエルヴィンさんを見かけるのも初めて。

今まで、そんな姿覗いてみたいなと思っていたから、自然と胸が高鳴る。

だけど、それが叶ったと同時に罪悪感が入り混じる。

だって完全にわたしお邪魔だもの。





「で、何を届けに来てくれたんだい?ん?」


入り口付近でもじもじと立ち竦んでいると、エルヴィンさんはこちらへおいでと言わんばかりに、優しく手招きしてわたしを中に入るよう促す。

そんな優しい仕草のエルヴィンさんに逆らえるはずもなく、おずおずとエルヴィンさんの元へ歩み寄る。

そして、腰掛ける椅子の隣にやってくると、彼は座ったまま私の腰に手を伸ばした。

触れられたことでドキンと胸が高鳴る。


「あ、あのね。今日バレンタインでしょ?
だから、これ・・・」


そう言って、チョコレートコスモスの花束を差し出す。


「チョコはなくって・・・ごめんなさい。」


やっぱり、チョコもあった方が良かったかな。

チラリと部屋の片隅に、纏めて置かれたプレゼントらしきものたちが目に映る。

きっと、今日一日で女の子たちに貰ったバレンタインのプレゼントに違いない。

チクリとわたしの心を刺激する。

わたしのエルヴィンさんなのに・・・





「いや、嬉しいよ。それで?」

「え?」


チョコレートコスモスの花束を受け取ったエルヴィンさんは、椅子に腰掛けたまま、ほんのり悪戯顔でわたしの顔を見上げるように覗き込む。


「バレンタインのプレゼントってことは、その後に付け加える事があるんじゃないのか?」


あ・・・そっか、そうだよね。

でもなんだかあからさまに催促されるとちょっと照れてしまう。

でも、今日はそんな日だから、伝えなきゃだよね。

そして、そんなこと催促されるのは、きっとわたしの特権だから、自信持っていいのかな。

そう思うと、視界の隅に映る沢山のプレゼントだって気にならない。

随分とゲンキンねと思いながらも、頬の筋肉が緩んでくる。





大好きって伝えようと、口を開こうとしたその時・・・





誰かの訪問を知らせるノックの音が部屋に響き、思わずエルヴィンさんの机の足元に身を潜めた。





「エルヴィン団長・・・」


団長室を訪れたのは女性のようだった。

可愛らしい声で、ほんのり緊張している様子が声からも伝わってくる。

兵士なのかな、それとも兵舎で働く人なのかな。

机の陰に隠れているから、声の主がどんな人なのかは想像もつかない。

だけどエルヴィンさんは、当然だけど声の主のことは知っているようで、何ともないように続ける。


「あぁ、何か用かい?」

「あの、いつもお世話になっていることのお礼と、いつも沢山のお仕事お疲れ様の意味も込めて・・・あの、受け取ってください!」


緊張感マックス!と言わんばかりに、その女性は声を振り絞って何かを差し出した様子。

きっと、バレンタインのプレゼントだよね。

雰囲気的に、全然義理っぽくもないんだけど。

なんか

落ち込む・・・





「ありがとう。喜んで受け取るよ。」

「はいっ、あ、ありがとうございます!」


なんともないようにプレゼントを受け取ったエルヴィンさんの声は穏やかで。

わたし以外にもそんな穏やかに接しているんだと思うと、心の中がもやもやする。


「お忙しいところすみません、失礼しましたっ!」


そんな嫉妬に心が渦巻いているわたしがこの場にいることに気付くことなく、その女性は意気揚々と団長室を後にした。





エルヴィンさんの足元で、膝を抱えて丸くなる。

わたし、何しに来たんだろ。





「・・・で、君は何そんな所で隠れているんだい?」


頭上から、少しはにかんだ声が聞こえてきて、思わず上を見上げる。

すると、眉尻を下げたエルヴィンさんが、わたしのことを呆れたように見つめていた。


「だって・・・」

「君は、私の妻になるんだろう?もっと堂々としていてもいいんだよ。」

「でも・・・なんだか邪魔しちゃいけない気がして。」


再び膝を抱えて丸くなる。

だって仕方ないじゃない。

わたしの知らないエルヴィンさんがここにいて、いろんな人から慕われていて。

そんなこと考えていると、目頭が熱くなってきてとっさに鼻をすすってしまった。

すると、エルヴィンさんの溜息が聞こえてくる。





「仕方のない子だね」





ギィッと椅子を引く音が聞こえると、ふわりとエルヴィンさんの香りがわたしを包む。

頬に添えられた手に力が込められると、膝にうずくまっていたわたしの顔はエルヴィンさんの元へ向けられる。

と同時に訪れる甘い時間。

特に他の誰かがこの部屋にいるわけではないけれど、机の陰に隠れながらのそれは、まるでいけないことをしているようで。

優しい優しいキス。

エルヴィンさんは、啄ばむようにわたしの唇を確かめる。

きっとこの後、エルヴィンさんはわたしの様子を伺うようにわたしの顔を覗き込むの。

あの新年にお話してから、いつもそう。


ふわりと唇から温かい感覚が離れてゆく。


ほらね。

だけど・・・

足りないの。

まだ閉じた目を開きたくない。

もう少し、キスして。

さっきの女の子には見せないあなたが欲しい。

だって、エルヴィンさんはわたしのなんだもん。

ぎゅっとエルヴィンさんの首に抱き着き、自分からキスをせがむ。





わたし、あなたのこと、大好きなの・・・





キスをせがんだ途端、エルヴィンさんはわたしの頭をぐっと力強く抱え込み、熱いキスが唇を覆った。

誘われるように口は半開きになり、その隙を見計らったかのようにエルヴィンさんの舌が割り入ってくる。


食べられちゃう・・・


そんな気持ちにさせられるような深く蕩けるようなキスに、息をする間も与えられず無心にそれに応える。

こんなキスは初めて。

なんだか、わたしのことを求められているような気がして、ぎゅっと胸が熱くなる。


お願い、もっと、もっと抱き締めて。


前のめりになって、求めるように抱き着くわたしを、エルヴィンさんはほんの少しもブレることなく、いとも簡単に受け止めてくれる。


「だいすき・・・」


息を吐いた合間にそう呟くように溢すと、わたしの頭を抱え込んでいた手は、わたしの髪をとくようにすくい取る。

髪の中に入れられた指先は、わたしの身体を反応させるには充分な刺激で。

思わず身体が弓なりになってエルヴィンさんの元へと重心が傾く。


「どうした?」


よろめいたわたしを受け止めながら、反応を楽しむかのように、悪戯な声のトーンでエルヴィンさんはわたしの耳元で囁くと、髪に入れた手とは反対側の手で、わたしの背中を撫で上げる。


「うぅ・・・んっ」


反射的に溢れた吐息に、今のは自分の声かと恥ずかしくなって耳を塞ぎたくなり、ギュッとエルヴィンさんの胸元にしがみつく。

すると、優しくぎゅっと抱き締め返してくれる。

あったかい。

その大きな胸の中で、エルヴィンさんの匂いを胸いっぱい吸い込んだ。





「ちょっと調子に乗りすぎたね。」


抱き締め合っていた身体からエルヴィンさんはそっと距離を取ると、わたしにそう呟いた。

思わず顔を上げて彼の顔を覗くと、ほんのり困り顔。

あ・・・

わたし、エルヴィンさんにしがみ付いていたから、怖いと思ってると思われたかな。

でも、そうじゃなくて。

だってわたし、無意識のうちに、エルヴィンさんを求めてた。

本当は、もう少し先の甘い誘惑に誘われたい。

だけど、到底そんなこと口にはできなくて。

もっとぎゅっとして欲しい・・・

でも、こんな状況でそんなこと言ってしまうと、続きを催促しているみたいになってしまうから、エルヴィンさんの胸元に顔を埋めながら、ただひたすら、違うと首をぶんぶんと横に振ることしかできない。




















「この花には、どんな意味があるんだい?」

「え?」


どうしたら良いかわからなくなっていたこの状況を変えるように、エルヴィンさんはさっきわたしが手渡したチョコレートコスモスの花束を手にする。

それは、わたしへの気遣い。

ごめんなさい、面倒な彼女で。

でも、もう少し、甘えさせてください・・・


「あ、そんなことまで考えてなかった・・・
このお花ね、チョコレートみたいな色だから、名前がチョコレートコスモスって言うんだけど、バレンタインにちょうどいいやってくらいの気持ちで。
香りもね、ほんのりチョコの匂いがするんだよ。」


エルヴィンさんが手にしている花束を、香りを嗅ぐように促し、わたしも一緒になってその花束に顔を近づけた。


「ね?」

「ほんとだね。」


花束を挟んで至近距離で目が合うと、どちらからともなくにっこりと微笑む。

言い表せないほどの、幸せな時間。





「君も知らないようなら、一緒に調べてみるか?」


相変わらず、誰もいないのに机の陰に潜みながらひそひそ話。

なんだろ。

ちょっぴりくすぐったい。

だけど、調べるってどうやって・・・?

すると、エルヴィンさんは机の引き出しに手を伸ばし、一冊の小さな辞書のようなものを取り出す。

それには、お花のイラストが沢山書かれていて、あまり本とは縁のないわたしにも馴染みのあるものだった。


「えっ?エルヴィンさん、花言葉の辞書??」

「君と付き合うことになってから、勉強してるんだよ。」

「わぁ、そんな。でもわたし、実は花言葉なんて、全然詳しくないよ?」

「それなら尚更、一緒に覚えればいい。」


そう言うと、パラパラとチョコレートコスモスのページを探し出す。










「チョコレートコスモスの花言葉は・・・“恋の終わり”だそうだ。」


え?

思わず耳を疑う。

あんな可愛らしい深みのある花がそんな意味を持つなんて。

慌ててエルヴィンさんが読んでいる辞書を覗き込むと、確かにそう書いてある。

コスモスは、ピンクや赤色の花が主流で、優しく可憐な立ち姿から、まるで恋する乙女のようなイメージをされることが多い。

だから、コスモス自体には『乙女の真心』『愛情』などの恋にちなんだ花言葉が多いみたい。

そんなコスモス。

それが、茶色く少し花の時期が終わったようなイメージになってしまうことから、チョコレートコスモスは『恋の終わり』なんて花言葉が付けられているらしい。

そんなつもり、微塵もなかったから、ショックを隠せない。

ただただ可愛いって思っていただけなのに。

無知って恐ろしい・・・


「やだ、そんな意味があるなんて、知らなかった・・・」


もう、なんだか泣きたくなる。





「随分と落ち込んでしまったな。」


言葉を失ってしまったわたしを見兼ねて、エルヴィンさんは小さく笑いながら再びわたしを抱き締める。

そんな仕草に嬉しさが込み上げるけど、それでもやっぱりショックなものはショックなままで。

自分の情けなさに、小さく溜息が溢れた。


「そんなにショックか?」

「ショックだよ・・・だって、凄く縁起の悪い花言葉だもん。
とても立ち直れそうにない。」


抱き締められながら、エルヴィンさんの胸の中で目を閉じる。

ホント、今日は空回りばかり。

嫌になっちゃう・・・


「なら、こんな解釈はどうだ?」


小さくはにかんだ声が聞こえると、エルヴィンさんはわたしの頭を優しく撫でる。


「これが人生最後の恋。それなら、私も喜んで受け取れるんだが。」


もう・・・

どうしてこの人は、こうわたしを翻弄してしまうのだろう。

そんな言い方されちゃったら、わたしだって喜ぶ以外に感情を表現しようがないじゃない。

涙腺がツンと刺激される。

涙を堪えながらエルヴィンさんを見上げると、優しい笑顔で応えてくれる。


「君の最後の恋、しっかりと受け取るよ。」


そう言って、エルヴィンさんは、再びわたしに優しく触れるだけのキスを落としてくれた。





あれから、時間に余裕のある時は、仕入れた花の花言葉を調べてみたりする。

花言葉って、本によって、人によって、あるいは地域によって言うことが違ったりするから、今までそんなに気にしてなんていなかった。

だけど、送るシチュエーションによっては、あまり相応しくないことだってあるんだなぁと思うと、まだまだわたしには勉強が必要みたい。



お店の花言葉の辞書を引いてみる。

チョコレートコスモスのページには『恋の終わり』。



だけどね・・・

あの後、わたし、書き加えちゃったんだ。

だって、花言葉は人によって言うことが違うなんてザラにあるでしょう?

だから、わたしだけの花言葉。

ずっとずっと、大切にしなくっちゃね。





わたしの『最後の恋』。





【2月 チョコレートコスモス FIN】

花季 -hanagoyomi-