3月 ミモザ
雪が解け、寒さが和らぎ、あちらこちらで新芽が芽を出す季節。
春の訪れを告げるように、辺り一面鮮やかな黄色のまあるいぽんぽん状のお花を付けるあなたは、とても愛らしくて。
サラダやケーキ、カクテルなんかにも引用されるほど、人に身近な存在のあなた。
だけどどこか神秘的で。
ふわふわのお花の中に隠される密やかな想いは、風に乗って運ばれることでしょう。
***
「おい、その花はなんという花だ。」
春。暖かくなってきた頃。
花が沢山溢れ、わたしの大好きな季節。
先日から頻繁に立派なミモザが手に入るので、仕事の合間を縫って、調査兵団のいつもの場所にお花を飾りに来ていた。
黄色のミモザに、暖色系の優しいフォルムのラナンキュラス。
我ながら胸がキュンキュンする組み合わせだわ!と思いながら生けていた時、声を掛けられ振り向くと、三白眼のいかにも怖そうなお兄さんが、わたしを睨むように腕を組んで立っていた。
「わ、わっ・・・この黄色のお花ですか?
それとも、このまん丸のお花のことですか?」
「あぁ、その黄色の花の方だ。」
機嫌が悪いのか、何なのか・・・
わたし、何か怒られるようなことしたかな。
「こ、これは、ミモザという花です。
小さなぼんぼり状の黄色の花を沢山付ける、春を象徴する低木です。」
「ほぉ。花屋と言うだけあって、説明が明確だな。」
ん?これは褒められているのかな?
まだ少し、このお兄さんの言おうとすることが掴めなくて、身体が強張る。
「あ、ありがとうございます・・・あの、この花が何か?」
「いや、先週もそれを飾っていただろう。気になっただけだ。」
わぁ!気に掛けて見てくれてたのかしら。
目付きは悪くてなんだか怖い人だけど、お花好きないい人なのかも。
なんだか親近感が湧いて来て、声が弾む。
「見てくださってたんですね!ありがとうございます!」
「あ、あぁ。・・・だが、」
テンション高く答えたわたしとは真逆の反応を見せたお兄さんは、とても言い辛そうに、少し考えた後に付け加えた。
「枯れてくると花や葉が落ちてくるから、次は違う花にしてくれないか?」
「あ、す、すみません!」
確かに、ミモザは枯れてくると葉や花がポロポロと落ちてくる。
だけど、ここは玄関ホールだし、端の方だし、花を替える際にはわたしも丁寧に掃除をしていたつもりだったから、あまり気に留めなくても大丈夫だと思ってた。
「わぁ、どうしましょう。今日ミモザなしだと、お花が全然足りなくて・・・」
「いや、次からでいい。花は綺麗だとは思う。」
お兄さんは、わたしの側に歩み寄ると、ミモザの花を手に取りそれをまじまじと見つめた。
その横顔を間近にすると、目付きが悪くて怖いと思っていたお兄さんは、とても綺麗な整った顔立ちで、なんだかお花と並ぶと様になるというか・・・
思わずその綺麗な出で立ちに見惚れてしまっていた。
「ミーナ、リヴァイなんか見つめちゃって!惚れちゃった?」
ケタケタと笑いながら、今度は聞き覚えのある元気な声が聞こえて来たので振り返ると、声の主のハンジさんと、そしてその横には呆れたような顔をしたエルヴィンさんが一緒になってわたしを見つめていた。
「ハ、ハンジさん!なんて事言うんですか!」
確かに、綺麗なお兄さんだなと見惚れてしまっていたけど、エルヴィンさんの前でそれを認めるわけにもいかず、ハンジさんに思わず抗議する。
「あらあら、ムキになってるよ、ミーナちゃん。
どうする?エルヴィン?」
明らかに煽ってる!
もうっ、ハンジさん酷いっ!
ぷうっと頬を膨らませてそっぽを向く。
「まさかリヴァイが恋敵になるかもしれないとは、それは困ったな。」
エルヴィンさんは苦笑いを浮かべたような声でそう言うと、そっぽを向いたわたしの肩を抱き寄せる。
あれ、ここ、人前だけどいいのかな。
ほんの少しくらい、妬いてくれちゃったり、したのかな。
恐る恐るわたしの肩を抱いている張本人の顔を見上げると、その目線の先には先ほどのお兄さんが映っていた。
「別に手出ししようとしてたワケじゃねぇよ。」
機嫌悪く答えるお兄さん。
ごもっともです。
ただ、ミモザの花が枯れると落ちるから、そんな話をしてただけ。
なのに、ハンジさんったら勘違いするような言い回しをするから・・・
「そ、そうですよ!先週もこの花で、葉や花が落ちてご迷惑をお掛けしたようだったので、お叱りを受けてたところです!」
慌ててお兄さんに付け加える。
すると、ギロリと横目でわたしの方を見返しては、思いもよらなかったというような声色で返ってくる。
「はっ、叱ってたように見えたのか。」
え、わたし、もしかして余計なこと言ったかな・・・?
「えっ!?え、えっと・・・それは、」
「何それ、ウケるー!ミーナ、リヴァイは無愛想で目付きも悪いけど、別に怒ってるわけじゃないからね。」
「えっ、そ、そんな意味じゃなくて・・・」
さらにハンジさんが笑って参戦してくるので、もうどう答えて良いかわからなくて、しどろもどろしていると、今度はエルヴィンさんが穏やかに話を遮る。
「はは、まあいい。
リヴァイ、前にも言ったかもしれないが、彼女は今度の秋に私と結婚するミーナだ。」
「あぁ、そう思って、どんな奴か声を掛けてみただけだ。」
「なんだ、やっぱりナンパしてたんじゃん?」
まだ笑いが収まらないハンジさんは、余計なことを付け加えると、お兄さんはハンジさんをギロリと睨んだ。
すみません、と小さくなるハンジさん。
「ミーナ、彼はここの調査兵団の兵士長のリヴァイだ。」
ハンジさんとお兄さんとのやり取りを、涼しい顔をして流すエルヴィンさんは、この空気に慣れているようで。
何ともなく続く会話に、ぷっと笑いが込み上げそうになる。
・・・が、会話の内容に目を見張った。
「えっ!兵士長って・・・リヴァイさんって、あの人類最強って言われてる?」
「はは、確かにそう言われてるね。」
リヴァイさんのことは、新聞で見たことある。
わたしは壁外には行かないし、巨人も見たことはないからよく分からないけれど、一人で一個旅団に匹敵するほどの強さをお持ちだとか。
毎回犠牲なくしては帰還もままならない壁外調査は、きっと、このリヴァイさんの存在なくしてはあり得ないことなんだろうと、素人のわたしにでも、それくらい簡単に思い描くことができる。
でも・・・
想像していたよりも、ずっと小柄で涼しい顔をしていることに驚きを隠せない。
だって、もっと大柄の熱い男の人をイメージしてたから。
と同時に、新聞からの情報でなく、現実の兵士さんたちを目の当たりにできることに、なんだかちょっとだけ優越感。
思わず顔がほころぶ。
「なんだミーナ、何そんなに嬉しそうにしてるんだ?」
にんまりとしているわたしを不思議に思ってか、エルヴィンさんはわたしの顔を覗き込む。
「ふふ、なんだか、エルヴィンさんに普段一緒に働いてる兵士さんを紹介してもらえるなんて、嬉しいな、と思って。」
正直にそう答えると、側で聞いていたハンジさんは意気揚々と加わってくる。
「なら、ミーナ!今晩暇?みんなで一緒に飲みに行こうよ!」
「わぁ、素敵!いいんですか?」
思わぬ提案に心が躍る。
「もちろん!ね、たまにはいいよね、エルヴィン?」
「あ、あぁ・・・だがミーナ、明日は朝早くから市場じゃないのか?私も朝早くに王都へ出掛けなくてはいけないんだが。」
ノリノリなハンジさんとは打って変わって、あまり乗り気ではなさそうなエルヴィンさんに、わたしも後押しする。
「大丈夫!だってこんな機会滅多にないし!」
「そうか。じゃあ、仕事が終わった頃に君の花屋まで迎えに行くよ。」
そう言うと、エルヴィンさんはほんの少し困ったような顔をして、わたしの頭を撫でた。
「カンパーイ!!」
ハンジさんの音頭で、飲み屋の一角で集うわたしたち。
ハンジさんを筆頭に、わたしとエルヴィンさん。
そして、お昼に話してたリヴァイさんと、あと、ミケさんという人。
ミケさんは、とても大柄でそして無口だから、ちょっぴり近寄り難い雰囲気だけど、出会って早々わたしの背後に回ってスンスンと匂いを嗅がれるものだから、さっき何事かと飛び跳ねて驚いてしまった。
だから、なんだか少し顔を合わせ辛い。
とはいえ、当の本人のミケさんは、さっきあったことは全然気にしていないようで、何食わぬ顔してご飯を食べている。
いろんな意味でマイペースなハンジさん
男前だけど目付きの悪い人類最強のリヴァイさん
匂いフェチ?のミケさん
・・・うん。
なんとも個性的なメンバー。
そんなメンバーが、ビールでひとまず乾杯したあとは、話題は必然的にわたしとエルヴィンさんのことへ。
普段の“団長”のプライベートが気になるご様子で。
グイグイと前のめりに質問攻めにしてくるのは、もちろんハンジさん。
「で、ミーナはエルヴィンのどんな所が好きなの?」
「え、そんな話するんですか?」
「当たり前じゃん!今日のメインだよ!」
「え、えっと・・・
その・・・、優しいところとか
何でもお見通しな聡明なところ、・・・とか?」
やだ、ほんと。
なんで本人のいる前でこんな話しなきゃいけないんだろ。
恥ずかし過ぎて、顔から火が出そう!
こっそり隣に座るエルヴィンさんの顔を盗み見ると、何も聞いていないかのような態度で、テーブルの前のおつまみに手を伸ばしている。
うぅっ・・・
助けてっ!・・・欲しいけど、助けてもらっても恥ずかしい結果になりそうだし、これ、どうしようもない感じかしら。
わたしの話に耳を傾けるみなさんからの視線に耐えられず、思わず両手で顔を塞いだ。
「ほぉ、何でもお見通しなところは分かるが、優しいのか、こいつは。」
わたしの話に真っ先に反応したのは、思いもよらぬミケさんだった。
塞いでた顔を上げると、ミケさんは小さく薄ら笑いを浮かべながら、エルヴィンさんに目配せをしている。
その目配せに、仕方ないなと言った形で、エルヴィンさんは淡々と応える。
「好きな女性に優しくない男がいれば、それはそれでお目にかかりたいがな。」
は、恥ずかしすぎる!
『好きな女性』だなんて言われて、心が飛び跳ねそうなくらい嬉しいけれど、こんな仲間内の前で堂々と言われてしまうと、本当に居た堪れない。
ハンジさんは頬を赤らめながら、嬉しそうにわたしとエルヴィンさんの顔を忙しく交互に観察しているし、リヴァイさんだって、涼しい顔をしながらもなんだかんだと横目でわたしたちのことを見定めている。
もうっ、知らないっ!
わたし、正気じゃいられないっ!
恥ずかしさを紛らわすように、残ってたビールをぐいっと飲み干す。
「すみません!オーダーお願いしますっ!」
近くを通ったウエイトレスさんに声を掛ける。
「ミーナ、大丈夫か?」
エルヴィンさんは、心配そうにわたしの顔を覗き込むので、思わずドキリと胸が高鳴ってしまったけれど、今日はそれさえも毒で。
人前で真っ赤に顔を染めてしまう自分が恥ずかし過ぎて、とても居心地が悪い。
メニュー表のお酒一覧に目を通す。
目に留まったのは、カクテルの『ミモザ』。
わぁ!今が旬のミモザだわ!
そう思い、思わず声を上げる。
「これ!飲んでみたいっ。ミモザ、ひとつお願いします!」
ウエイトレスさんはオーダーを聞いて厨房へ戻ると、手際良くミモザのカクテルを運んできてくれた。
「美味しい!ジュースみたい。」
オレンジジュースがベースのこのカクテル。
色合いもミモザの花の色のような鮮やかな黄色ということもあって、気分も高まってくる。
わたし、あまりお酒は強くないけれど、これなら何杯でも飲めそう!
「ミーナ、ペースが早い。もう少しゆっくり飲みなさい。」
心配してくれるエルヴィンさんを他所に、段々と気分の良くなってきたわたしは、つい調子に乗って答えた。
「大丈夫大丈夫!」
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「えるびんしゃーん。もうあるけないー。」
ミーナの気の抜けた声を聞き、溜息が思わず溢れる。
だから余り乗り気でなかったんだ。
飲みに行くメンバーからして、ミーナが話のターゲットになることは必須だった。
そして、ミーナの性格からして、恥ずかしがってしまうことは目に見えていた。
そんな解りきっていた雰囲気の中、ミーナは照れ隠しのためか飲みやすいカクテルを次々と飲み干すし、何やら途中から陽気になってくるし、危ないとは思っていたがこの有様だ。
歩けないと地べたに座りこもうとするミーナに背中を差し出すと、嬉しそうに抱き着いてくる。
耳元にかかる吐息、そして、背中に感じる柔らかいモノ。
一応、こう見えて私も忍耐強く我慢してるものだと、自傷めいた笑いが込み上げる。
ミーナの悩みを聞いてからというもの、彼女の意に沿うようにとあまり過激な触れ合いはしないようには心掛けている。
だが、最近キスした時に感じる、ミーナの物欲しそうな視線。
このまま抱いてしまってもいいのではないか?
そう思うこともあるが、正直なところ、彼女がどこまで気を許してくれるかわからないところもあり、上手く誘いきれない。
かといって、こんな酔い任せなのもどうかと思いながら、なんとも言えない気持ちでミーナの家までの道のりを歩いた。
「ミーナ、着いたよ。家でゆっくり寝なさい。」
「ぅ・・・ん?もう、おうち?」
背中でこくりこくりと舟を漕ぎ始めていたミーナは、相変わらず気の抜けた声でそう答えると、あくびをしたのか大きく深呼吸する気配がした。
「明日、お互い早いだろ?私も兵舎へ帰るよ。」
「やだやだー、えるびんしゃん、いっしょにねよ?」
「君は・・・言ってることが分かってるのか?」
「うん!えるびんしゃんの、うでまくらでねるのー」
駄々をこねながら再び首元にぎゅっと抱き着いてくるミーナが可愛らしくて仕方ないが、今日は何かと都合が良くない。
今すぐ正気を取り戻す事は不可能に近いし、明日の朝は早々に解散になることは目に見えている。
そして、このミーナの泥酔の様子から見ると、仮眠程度で目が覚めるとは思えないし、目が覚めた所で二日酔いだろう。
完全に我慢大会ではないか・・・
はぁと大きな溜息しか出ないが、強く突き放すことが出来ないのは、惚れた側の弱みというやつか。
ミーナに言われるがまま部屋の鍵を受け取り、そのドアを開ける。
通い慣れたその場所だが、寝室にまで足を運ぶのはあのお正月以来のこと。
ベッドにミーナを降ろすと、彼女はいそいそと布団の中へ潜り込み、そして私にも一緒に入るよう促す。
「・・・ミーナ、どうなっても知らないよ」
呟くように自分自身への言い訳を口にしながら、再び溜息を吐き、誘われるがままミーナの広げる腕の中へ潜り込んだ。
布団に潜り込むや否や、私をぎゅっと抱き締めながらミーナはすうすうと気持ち良さそうな寝息を立てる。
全く、予想通りだ。
再び溜息を吐きそうになるが、幸せそうに眠るミーナの顔を見ていると、案外悪くもないものだと穏やかな笑みが溢れる。
顔にかかる髪をよけるように頭を撫でると、くすぐったいのかふふっと小さく笑いながら身体を捩らせる。
抱き締めてくる腕の力が弱まると、片肘を立て彼女の寝顔を眺めながら、もうお決まりのようになった彼女の頭を撫でる。
ふわりと香る花の香り。
香水とはまた違う、花の青臭さの混じる花屋の仕事終わりのこの香りは、いつもミーナらしさを感じる。
しかし・・・
どうしたものか。
少し開いた可愛らしい唇は、お酒のせいで血色が良くなっているのか、いつもよりほんのり赤みを帯びて潤いを纏っている。
呼吸する度に強調される胸元は、もはや誘惑以外の何者でもない。
そっと唇に自身のそれを重ねる。
決して嫌がることもせず、ミーナも無意識のうちに受け入れるところを見れば、キスすることへの抵抗は全くないのだろう。
ゆっくりと舌先で唇を舐めとれば、小さく吐息が溢れた。
ゾクリと背中が粟立つのを感じる。
辞めておけば良かった・・・
本当に我慢大会以外の何者でもない。
そこまでしておいて全てお預けとは、中々キツイものがある。
「ミーナ、君が悪いんだからな・・・」
再び自分自身への言い訳を小さく溢すと、胸元のボタンを数個外し、膨らみの境目を露わにする。
視界に広がる柔らかなその白い肌に、思わず生唾をゴクリと飲み込む。
顔を寄せ、胸元に緩く吸い付くと、鮮やかな紅い花がひとつ咲く。
今夜は誘惑にかられる度この紅い花を咲かせ、明日解散した後のミーナの反応を想像しよう。
とはいえ、その側の膨らみに手を伸ばしたい衝動に駆られない筈がない。
が、そこは、なんとか僅かに残る理性で耐え忍んだ。
もちろん、いつだって触れたいと思っている。
キスするだけの関係で到底満足出来るわけがない。
きっとそう遠くないうちに、この華奢な身体に自身の欲望をぶつける時が来るだろう。
だが、それだけが望みではなく、ましてや到達点でもない。
大事にしたい。
私と一緒になって良かったと、心から思ってほしい。
生涯ずっと無邪気な笑顔を向けて貰いたい。
欲しいのは、ミーナの心。
その為ならば、いつまでも君の側に寄り添おう。
春の陽気な風と共にふわふわとそよぐ君はどこか神秘的で。
胸元に咲いた花は、明日の二人の秘密となるだろう。
そして
その先の真実の愛へ到達するよう願いを込めて・・・
【3月 ミモザ FIN】
花季 -hanagoyomi-