おじゃま虫たち@
〜ジェームズとハンジの場合〜
早朝、いつものように、調理場ではパンを焼くふんわりとした良い香りが漂っていた。
いつもと違うのは、クララ一人ではなく、ヴィリーとティアナも一緒だということだ。
特別なことはしないが、ひとつひとつの作業を丁寧に進めるクララに、ヴィリーとティアナには毎日驚きがあった。
“こんなに丁寧にパンを焼いている人を初めて見た”
毎朝二人はクララの作業に感心しながら、一生懸命クララの技術を覚えようと、見様見真似でパンを焼いていた。
そして、時間に余裕が出来ては、一緒に新しいパンのアイデアを出し合ったり、三人で王都へ奉納するパンを焼いたりと、クララはこれまで以上に忙しい毎日を送っていた。
だがそれ以上に毎日充実していた。
教えるってことが、こんなに満たされる気持ちになるなんて思ってもいなかった。
自分の焼くパンの技術が、他の人へと伝わっていく。
言い表せないような感謝の気持ちでいっぱいになり、自分にも使命が出来たような気がして、誇らしく感じていた。
そんなクララを、調理場の奥からジェームズは毎日嬉しそうに眺めていた。
そして、生き生きとパン作りの指導を進めるクララに、感心と尊敬の念を抱いていた。
仕事にやりがいが生まれた事は、大いに結構な事だ。
実はジェームズは、クララのことを調査兵団に来る以前から知っていた。
クララが難民としてウォール・ローゼに逃れてきて、生産者として活動している時、その仲間にジェームズの友人が居たのだ。
“凄いパン焼きの娘がいる”
“そのパンを食べた者は、必ず笑顔になる”
そう言っていたのを思い出す。
今は亡き友人だが、その友人はクララのことを絶賛していた。
基本的には無表情の女だが、気遣いに溢れており、時折見せる笑顔は周りを重労働の大変さから解放し、クララに想いを寄せる男も少なくないと言っていた。
だがクララは誰にも心を開くことなく、毎日を淡々と過ごしていると言っていた。
どんな女なんだろうと、話を聞く度ジェームズはいつも興味を示していた。
クララがあのウォール・マリア奪還作戦への参加除外者だと聞いた時は、その噂の女なら、ここ調査兵団での調理人の適任者になるかもしれない・・・そう思い、ジェームズはエルヴィンに彼女を連れてきて欲しいと願った。
だから、クララがこの調査兵団で明るく過ごし、そして働くことに意義を見つけていることに、誰よりも喜びを感じていた。
だが、それと同時に一つの心配事があった。
エルヴィンとのことだ。
最近はクララが忙しすぎて、二人仲良く話をしている様子がない。
いつもなら、食事にやってきたエルヴィンにクララがさりげなくお喋りし、それに僅かな微笑みで返すエルヴィン。
ほんの数分の二人を、ジェームズは毎日楽しみに見ていたのだが、研修員が来てからはそんな様子も見かけなくなっていた。
本人たちはあまり自覚していないようだが、長年調理場から兵団内の人間関係を見てきたジェームズからしたら、二人が想いを寄せ合っているのは明白だった。
ましてエルヴィンのことは、頼りない新兵の時から団長になってからの今まで、ずっと見守ってきた。
先日の、食堂で兵士たちに研修員が来ることになったと話をした後のクララを見つめる様子は、ジェームズも恥ずかしくなるくらい、エルヴィンの瞳は優しさを秘めていた。
今までずっと、何かに囚われたように猛進してきたエルヴィンが、心安らぐ場所を見つけたのかと思うと、ジェームズには胸が熱くなるものがあった。
ただ、ここは調査兵団。
エルヴィンの考えていることも手に取るように解っていた。
“いつ死ぬかわからない兵士”
遺される者の辛さ、遺していかなければいけない者の辛さ。
それは、ここに居る全ての者が感じている現実である。
それにクララもまた、毎日明るく仕事をしていて皆忘れがちだが、彼女は彼女で夫を亡くし一度人生を見失っている。
お互いに、色々考えるとあまり恋に深入り出来ないのだろう。
不器用なジェームズなりに二人を応援しつつも、どうにも出来ないもどかしさが、いつも心の奥底にあった。
研修員が来てから一ヶ月ほどが経った頃。
ある日ジェームズは小さな悪戯を考えていた。
なかなか昼食を摂りにこないエルヴィンに、クララから食事を届けさせようと。
突然クララを寄越したら、あいつはどんな顔をするだろうか。
ついでに、クララも昼食はまだ摂っていないから、クララの分も持たせれば、仲良く二人で食べてくるだろうか。
そんな想像をしながら、昼食の片付けをしていた。
時間は2時。
先程遅い昼食を摂りに来たミケに、エルヴィンはどうしたと聞くと、午前中の会議の資料のまとめが終わらないんじゃないかとのことだ。
午後の予定はないから好きにさせておけとミケは言う。
丁度良い機会だと思った。
パン焼きと昼食の片付けがひと段落ついた頃、ジェームズはクララたちに声をかける。
「おい、ちょっといいか。」
「はい、何でしょう?」
クララは突然ジェームズに声を掛けられ身構える。
余程のことがない限り、普段ジェームズから声を掛けてくることなどないからだ。
「うちの団長さんがよ、まだ昼食に来てないようだ。
そこの食事を届けてきてくれ。」
顎で食事を乗せたトレイを指すと、クララはエルヴィンがまだ食堂に来てなかった事にも気付いていなかった様子で、急にエルヴィンのことを心配している様子である。
「それなら、俺が言ってきます!」
すかさず、横に居た男の研修員が気を利かせてやろうと意気揚々に言うので、ジェームズは苛立ちを覚える。
“お前じゃねぇ!!!”
この男の研修員は、どこか空気の読めないところがある。
ジェームズは青筋を立てながら言った。
「お前、食事を運ぶついでにここをサボろうとか思ってるんじゃないだろうな?
夕飯の芋の皮剥きくらい手伝え!」
突然訳も分からずジェームズに怒られたヴィリーは、萎縮して声も出ない。
「そんなに怒らないで、ジェームズさん。
ヴィリーは良かれと思って言ったのよ。
それに、芋の皮剥き頼むなら、普通に頼んでよ。」
クララは笑いながら話す。
「ヴィリー、ジェームズさんが芋の皮剥き頼みたいみたいだから、ティアナと一緒に手伝ってて。
私が団長室に行ってくるわ。」
ジェームズは、なんだかクララに見透かされたようにあしらわれ、少し複雑な気分になるが、まあ予定通りクララが届けてくれるならいいかと割り切り、ぶっきら棒に頼むとだけ言っては、研修員たちには芋が山盛り入ったバケツを手渡すのだった。
コンコン・・・
クララは団長室をノックしていた。
少し緊張するその手には、先程ジェームズに頼まれた、二人分の食事を乗せたトレーが抱えられていた。
クララは、エルヴィンとあと誰かいるのだろうか?と疑問に思っていたが、どうもジェームズの腹の虫の居所が悪そうだったので、聞かずに持ってきてしまった。
「開いている。」
何時ぞやの記憶が蘇る。
差し入れにクリームパンを持ってきた時だ。
あの時に、エルヴィン団長に恋してるって気付いたんだっけ。
ドアを開ける手が汗ばむ。
「失礼します、クララです。
お食事をお持ちしました。」
ドアを開けると、忙しそうに書き物をしていたエルヴィンが驚いた様子で手を止める。
あぁ、あの時と一緒だ。
クララはつい笑顔になる。
「ジェームズさんが、お昼がまだみたいだと心配なさってましたよ。」
クララの笑顔に解されたエルヴィンもまた、つられて笑顔で返す。
「あぁ、心配かけてしまったようだね。
もうこんな時間か。
有難く頂くとするよ。」
壁時計の時刻を見ながら、優しく答えていた。
クララとエルヴィンは、以前のクリームパンの時のように、ソファの前のテーブルに食事のトレイを乗せ、斜め向いになるように座っていた。
「二人分あるが、君も食べるのか?」
エルヴィンは一人では食べきれないほどの食事をみて不思議に思い、クララに尋ねる。
「ジェームズさんに言われるがまま持ってきたんだけど、私も他にリヴァイ兵長かハンジが居るんだと思ってたわ。
ミケ分隊長はさっき食堂に来てたみたいだし。」
「あぁ、リヴァイなら班の奴らが持ってきた食事をここで食べた後に訓練場に出向いて行ったし、ハンジも慌てて資料室に行ったから、しばらくここには来ないだろう。」
「そしたら、私もご一緒してもいいかしら?
今調理場戻ったら、芋の皮剥き手伝わされちゃう。」
屈託無い笑顔でエルヴィンに尋ねる。
「あぁ、ゆっくりしていけばいい。」
そう答えるエルヴィンは、心なしか嬉しそうにしていた。
「・・・それでね、ヴィリーが気を利かせようとするんだけど、いつもジェームズさんには気に入らないみたいで、逆に怒られてばかりなの。
どうしてこう、二人とも空回りするのかしら。」
ケラケラと楽しそうに話しながら食事するクララに、エルヴィンもまた優しい表情で相槌を打ちながら、クララの他愛もない話に耳を傾けていた。
そう言えば、自分が仕事と関係ない話をするなんて珍しいなと思いながら、こんな休息もたまにはいいもんだと、昼食とクララを団長室まで寄越したジェームズに密かに感謝していた。
そして、久しぶりに話すクララはとてもとても愛おしく、ふと今は二人きりなんだと思うと、まるで少年のように心がドキドキと弾んでいた。
時折クララと目が合うと、王都へ行った日の帰り、馬小屋で楽しくキスしたことが思い出される。
クララも同じように思い出すのか、目が合うと恥じらうように目を逸らし、ふふふっと可愛い笑みを溢す。
「意識しないように心掛けているのに、そうやって照れられると私も照れてしまうよ。」
ついポロリと本音が出てしまった。
え!?とクララは驚きながらも、また可愛い笑みを浮かべては、ふふふっと笑っている。
そんな可愛らしいクララの表情を見ていると、この間の感覚が蘇り、もう一度抱きしめてキスしたくなる。
でもまさかこんな所でな・・・と、自制心を露わにしながら、団長室を見渡していた。
そのとき、バン!と団長室の扉が乱暴に開けられる。
「ちょっと聞いてよ、エルヴィン!
さっきの作戦について思ったんだけどさ・・・
あれ?クララ?」
勢いよく入ってきたハンジが、そこに居るはずもないクララに驚き混乱している。
「だからいつも言ってるだろう、ハンジ。
部屋に入るときはノックくらいしたらどうだ。」
クララとの久しぶりの楽しい時間を邪魔されて、エルヴィンは明らかに残念な溜め息を吐く。
それに気付いてるのかいないのか、クララはエルヴィンに小さく微笑み、ハンジに向き直しては言う。
「ちょっとお邪魔してるわよ。
成り行きで、エルヴィン団長とお昼食べてたの。
今日のお昼はジェームズさん特製のオムレツだよ。
ハンジは食べた?」
オムレツの言葉を聞いたハンジは、目を輝かせて言う。
ジェームズのオムレツは、この兵舎で一番の人気料理だ。
「今日オムレツなの!?
まだ食べてないよ!
というか、お昼を忘れてた!
私も取ってこよう!
クララ、まだここに居てよね!
一緒に食べよう!」
慌ててハンジは食堂に向かった。
「騒がしい奴だ・・・」
エルヴィンが溜め息をこぼしていると、クララの影がエルヴィンの前を覆う。
チュッ
気付けば頬にキスされていた。
「パンが付いてたよ。食べちゃった。」
悪戯に微笑むクララを前に、エルヴィンは突然のことに目を泳がせながら、今起こった事を必死に理解しようと努める。
そして、ようやく頭が冴えてくると、エルヴィンには似つかないような屈託無い笑顔でクララに言う。
「これは、やられたな。」
そんなエルヴィンにキュンと胸が締め付けられながら、クララもまた楽しそうに微笑んでいた。
オムレツを乗せたトレイを持ったハンジが団長室に戻ると、クララとエルヴィンの二人は会話もなく仲良く笑い合っていたので、ハンジは不思議な面持ちでそれを見つめるしかなかったのだった。
花季 -hanagoyomi-