おじゃま虫たちB

〜ヴィリーとティアナの場合〜



また別の日の早朝。

クララとエルヴィンは、いつもの中庭のベンチで肩を並べて座っていた。

今日こそ二人きり。

二人は時折顔を赤らめ見つめ合いながら、パンの試食をしていた。

お互い口にはしないが、今日はどちらからキスするのかなと淡い期待を寄せながら、タイミングを見計らっていた。


「クララ・・・」


「はい」


まだ呼ばれ慣れない響きに、クララの心は跳ね上がる。

エルヴィンがクララに向き合い、頬を優しく撫でる。

額と額がコツンとぶつかる。

クララはそっと目を閉じる。

唇と唇が触れるまであと数センチ・・・










「あ!!クララさーーーーーん!!!」





突拍子も無い陽気な声が遠くから聞こえてきた。

二人は慌てて距離を取り、声のする方へ向き直すと、研修員のヴィリーが二人の元へ駆けてくる。


「ど、どうしたの?ヴィリー。何かあった?」


クララは慌てつつも平穏を装いながら、ヴィリーに尋ねる。


「おはようございます、エルヴィン団長。」


「あ・・・あぁ、おはよう。」


エルヴィンもまた、平穏を装いながら答える。


「作業が終わったので散歩をしていたら、偶然見掛けたんです。
クララさん!
そのパン、さっき横でこっそり作っていたパンですよね!
エルヴィン団長だけズルいっす!
僕にも味見させてください!」


ヴィリーがクララの抱えてる籠の中身を覗いては、目を輝かせながら中のパンを見つめていた。

クララとエルヴィンは、ガクリと肩を落として拍子抜けし、さっきまでの緊張の糸がプツリと切れた様に笑いが込み上げてきた。


「そうね、私こっそり試作のパン作ってたものね。
それは悪かったわ。
ヴィリーも一つどうぞ。」


クスクスと笑いながらクララはヴィリーにパンを差し出す。

ヴィリーは嬉しそうにそれを受け取っては、クララの横に腰掛け、もぐもぐとそのパンを頬張った。






「いつも、クララさんと団長はここでパンの試食をしてるんっすか?」


ヴィリーが直球で聞いてくる。

ひっそりと行っていた二人の試食会。

別にやましいことはしていないけど、二人きりで会っていることが誰かに気付かれるとなると、少々気恥ずかしさが込み上げてくる。


「と・・・時々ね。
エルヴィン団長もお忙しいから、そんないつもいつも付き合って貰えるわけじゃないしね。」


何言い訳しているんだろうと思いながら、舌がしどろもどろになる。


「そうなんですね!
やっぱり、上司への報告連絡相談は大事なんっすね!
“ホウレンソウ”って言うんでしょ!
わざわざ新作のパンの報告までするなんて、流石っす!」


新作のパンの報告?

わざわざ団長に?

いやいや、報告するならジェームズ料理長にでしょ!


クララとエルヴィンは心の中で大きく突っ込みながら、目をパチクリさせる。

そんなヴィリーの斜め上の回答に二人はなんだか可笑しくなる。

女性兵士たちがこぞって“ヴィリーは残念なイケメン”と言っているが、少し理解できた気がする。


「そうよ、ヴィリー。
ホウレンソウは大事よ。
こないだこっそり計量用の計りを壊したでしょう?
ちゃんと報告してくれないと。」


「げ!!知ってたんっすか!
5台もあるから、1台くらいと思ってました。」


「その発想はいけないな。
私の部下なら、随分と説教ものだよ。」


横で聞いていたエルヴィンも、からかい半分で真面目な顔をして話に加わってくる。

まさかの自分へのお説教に、ヴィリーはベンチの端でシュンと小さくなっていた。

そんな様子がまた可笑しくて、クララとエルヴィンは目を合わせてはクスクスと笑い合っていた。






ヴィリーが余りにもシュンと縮こまっているので、少し可哀想になり慰めてやろうかと思った時、並々ならぬ殺気めいた声が聞こえてきた。


「ちょっと!!ヴィリー!!
こんな所で何してるの!!」


もう一人の研修員のティアナだ。


「もうすぐ焼き上がりの時間よ!
早く戻ってきて!
・・・というか、ほんとアンタ信じらんない!!」


ティアナは、クララとエルヴィンを驚いた様子で順番に目をやっては、ヴィリーの耳を思いっきり引っ張る。

ヴィリーと違ってティアナはとても勘の鋭い女の子だ。

見たこともないようなクララとエルヴィンの柔らかい雰囲気に全てを察知したティアナは、ヴィリーの耳を引っ張る力をさらに強める。


「痛い、痛い!
ちょっと待った、ティアナ!
すぐ行くから待てよっ!!」


痛がるヴィリーをよそに、ティアナは言う。


「ほんと、アンタってサイテー!
空気読めないにもほどがあるわよ!」


ヴィリーは何のことやら分からぬ様子で、首を傾けながら引っ張られてた耳をさすっていた。


「ほんと、ティアナって怖え。」


ギロリとティアナはヴィリーを睨んだ。






そんなヴィリーとティアナの様子を可笑しく見ていたクララは、自分の左側に座ったエルヴィンの右手をこっそり握っては軽く微笑み、そして立ち上がった。


「もう焼き上がりなのね。
私も一緒に戻るわ。
ついゆっくりし過ぎちゃった。」


「え・・・でも、クララさん・・・」


ティアナはエルヴィンの方をチラリと見る。


「私は構わない。
新作パンの報告はもう受けたからな。」


エルヴィンは悪戯たっぷりな笑顔で言う。


「今日もありがとう、エルヴィン団長。
また食堂でお待ちしているわね。」


クララは微笑むと、ヴィリーとティアナを引き連れて食堂へと帰っていった。

ティアナは何度も何度も振り返りながら、エルヴィンに申し訳なさそうに、何度も何度もお辞儀していた。

そんなティアナにエルヴィンは軽く手を振って、調理場へ戻る三人を見送った。






エルヴィンは、今日もまた邪魔が入ったなと残念な面持ちだった。

クララに握られた右手が僅かに熱い。

ヴィリーが来なければ、どうなっていただろうか。

キスだけで済んだだろうか。

正直なところ、最近クララを目の前にすると、理性が飛びそうな自分がいる。

しかし、その先へ進みたいという欲求さながら、その先へ進めない関係が、自分たちにはちょうど心地良いものなんだろうかと、ある意味安堵に似た溜め息をひとつ小さく吐いていた。


「残酷な世の中だよ・・・」


エルヴィンは、一人呟いていた。




花季 -hanagoyomi-