おじゃま虫たちC

〜リヴァイの場合〜



847年12月29日。

兵士たちは休暇を与えられ、年明けまで実家に帰る者、友人と出掛ける者、兵舎でのんびり過ごす者、それぞれが思うように過ごしていた。

調理場のメンバーもまた、ジェームズは親戚の家へ、ヴィリーは実家へ、ティアナは友人の家へ帰省していた。

クララは、年末とあって調理場の大掃除に精を出していた。

帰る場所もないし、兵舎に残っている兵士も少なく用意する食事も数が少ないので、落ち着いて作業に取り組んでいた。





昼三時を過ぎた頃、クララはコンロを分解し、こびりついた汚れをひとつひとつ丁寧にゴシゴシと洗い流していた。


「随分と大掛かりな掃除をしているようだが、今何か食べる物はあるかね?」


作業に没頭していたクララは、突然食堂に現れたエルヴィンに驚き振り向くと、随分とお腹を空かせている様子だった。


「あら!お昼いらっしゃらないから、どこかへ出掛けてるのかと思っていました。
朝もいらっしゃらなかったでしょう?
もしかして、今日まだ何も食べてないの?」


「ああ、今日中に終わらせたい仕事が山積みでね。
早々に終わらせたかったんだが、なかなか終わらなくて。
無事に年を越せるかどうかも心配だよ。
でも流石に腹が減っては作業も捗らなくてね。」


そう言っては、やれやれと溜め息をつく。


「団長さんも大変ですね。
今日も冷えてるから、あったかいスープ入れるわね。」


クララは調理場の掃除の手を止め、エルヴィンの昼食に付き合うことにした。






エルヴィンの前には、温められたスープとパンが、ふんわりとした美味しそうな香りを漂わせながら並べられていた。

クララも、自分用の紅茶を淹れては、エルヴィンの横に腰掛けにっこりと微笑む。


「どうぞ、召し上がれ。
じきに夕飯だから、今はこれだけにしておいて。
ある程度決まった時間に食べないと、身体の調子が整わないよ。」


「はは。まるで母親だな。」


「それ、ハンジにも言われた事あるわ。
私、こんなに大きな子供を持った覚えはないわよ。」


エルヴィンはひとつ笑うと、温かいスープを一口すすった。

身体も心も芯まで温まるスープだった。





人気のない兵舎。

二人は何も話さずただ肩を並べながら、エルヴィンは食事を摂り、クララは紅茶を飲んでいた。

その雰囲気は、落ち着いていて、ほっこりとした時間だった。






「年末年始はどこも行かないのか?」


エルヴィンはふとクララに尋ねる。


「ええ。行くところないもの。
馬にも乗れないから近所を散歩するくらいかな。」


クララはふふっとはにかむ。


「あ、でも、年越しは毎年残った兵士たちで食堂で宴会するんでしょ?
ハンジが言ってたわ。
去年は部屋で引きこもってたから知らなくて。
今年はそれに混ぜて貰おうかな。
そう言うエルヴィン団長は?」


「私かい?
私は、明日は王都で忘年会と称する飲み会があってね、全兵団の幹部たちが集まる予定だよ。
ただの付き合いの飲み会だから、正直なところ、余り行きたくないんだ。」


エルヴィンは苦笑いする。


「ここでの年越しは、君もいるなら今年は私も参加しよう。
いつもは王都の飲み会で無理に飲まされ潰れてしまって、年明けまで泥のように眠っているんだが、そうならないように気をつけるよ。」


エルヴィンの発言にクララは驚く。


「あら、エルヴィン団長、お酒強いってお聞きしたんだけど、それでも潰れちゃうの?」


クララは面白半分で聞いていた。






「ダリス・ザックレー総統が、どうも私に飲ませたいらしく、毎年その飲み会では飲まされてしまう。」


「酔っ払ったエルヴィン団長、ちょっと見てみたい。」


ふふふとクララは笑う。


「見せモノじゃないよ。
フラフラして情けない醜態だ。
いつもミケに介抱されている。」
「じゃあ、帰ってきたら私が介抱してあげよっか?」


空かさずちょっと悪戯な質問をしてみる。

どう答えていいか解らずちょっと戸惑っているエルヴィンに、満足気なクララ。


「ごめんごめん、冗談。」
「いや、冗談じゃなくてもいい。」


今度はエルヴィンが空かさず真顔で言う。

少し悪戯言って困らせてやろうと思っただけなのに、真顔で答えられるとクララの方がドギマギしてしまい、照れ笑いする。

エルヴィンもクララの照れ笑いにつられて微笑みながら、そっとクララの頬を撫でる。

ピクリとクララは小さく反応する。

いつもキスしようとすると、何故か邪魔が入る二人の間。

今日はどうだろうか・・・





周りの気配を気にしながら・・・





そして





とても久しぶりに





二人は静かにそっと触れるだけの口付けをした。






「おい、エルヴィン」


背後から声が聞こえ、クララは慌ててエルヴィンから離れる。

エルヴィンはその気配に気付いていたのか、特に慌てることもなく、ゆっくりとその声の主の方に向き直した。


「また覗き見か。
趣味の悪いやつだな、リヴァイ。」


“また?”

クララはエルヴィンの言葉の意味が解らずしどろもどろしていたが、その様子には全く目もくれず、リヴァイは淡々と続ける。


「お前のタイミングが悪いんだろ。
見たくて見たわけじゃねぇ。

・・・しかし、食事を摂る場所なのに舐めた掃除をしやがって。」


リヴァイは食堂を舐めるように見渡す。

食堂の掃除は、昨日新兵たちが休みに入る前に総出で行っていたが、綺麗好きのリヴァイには到底気にいるような出来ではなかった。






「兵長!どこから始めましょう。」


後からついてきたリヴァイ班のメンバーが食堂に入ってくる。

おそらくリヴァイに言われて連れてこられたのだろう。

様々な掃除道具を抱えていた。


「あ、エルヴィン団長に、クララさん!」


ペトラが中に座っていた二人に気付く。


「やあ、ペトラ。
リヴァイに言われて食堂の掃除か。
今日から休みだっていうのに、君たちの上司は加減がないから大変だな。」


ははっと笑ってエルヴィンは言う。


「お前に言われたくねぇ。」


リヴァイは不機嫌そうにエルヴィンに反論しては、リヴァイ班のメンバーに指示を出す。


「おい、さっき言った通りに、まずは天井の照明からやれ。」

「え、でも・・・
エルヴィン団長は食事中では・・・」


ペトラがエルヴィンの方をチラリと見ては、テーブルの上のまだ微かに残るスープの湯気を見つめていた。


「構う必要なんかねぇ。
こいつが遅く食事に来たのが悪い。」

「忙しく仕事をしていたのに、気遣いはなしか。」

「その割には楽しんでたようじゃねぇか。」


エルヴィンとリヴァイは小慣れた会話を続ける。

エルヴィンはやれやれとお手上げのポーズを取り、残っていたスープを一気に飲み干す。


「じきに夕飯だから、また来るよ。
クララ、ごちそうさま。
リヴァイ班の皆もリヴァイに付き合って貰って悪いな。」


エルヴィンはそう言っては立ち上がり、食堂の入り口へ向かった。






「ところで、エルヴィン。
団長室の掃除は終わったのか?」


リヴァイはエルヴィンに尋ねる。


「いや、まだだ。
手をつける時間もなさそうだ。」


そして、少し考えた後に続ける。


「ケツの青いガキでも、邪魔をされては良い気はしない。
お詫びに後で団長室も掃除してもらおう。」


「てめぇの私情などクソくらえだが、団長室が汚ねぇのは俺も我慢ならねぇ。
後でこいつらと行く。」


話を聞いていたリヴァイ班の四人は、さらに追加された掃除に肩を落としてがっくりしている。

クララは、“邪魔?”“私情?”と先ほどからのエルヴィンとリヴァイの会話の意味が解らず疑問に思うが、それよりもリヴァイ班が不憫になり苦笑いする。


「お掃除大変ね。
人一倍頑張ってくれてるから、後でみんなにクッキーでも焼いておくわ。」


クララはリヴァイ班の皆にウインクした。


「クララさん!!!」


“女神様!”と言わんばかりに、グンタ、エルド、オルオ、ペトラの四人は目を輝かす。

そして、そうとなればと、四人は持ってきた脚立を使いながら、手際良くライトの掃除を始めた。

グンタは毛ばたきでまず埃を落とし

エルドは水拭き

ペトラは乾拭き

オルオは落ちてきた埃をほうきとちりとりで取る


「なんで、立体起動も天才で高いところも得意なこの俺が下で埃取りなんだよ。
だいたい・・・グフッ」


余所見しながら掃除をしてたオルオは、テーブルにぶつかり舌を噛む。


「そんなだから掃き掃除なのよ。
しっかりして、オルオ。」


ペトラは天井から呆れ顔で言う。





その慣れた連携を感心した様子で一通り見た後、エルヴィンはクララに軽く微笑み、そして食堂を後にした。




花季 -hanagoyomi-