おじゃま虫たちD
〜お酒の場合〜
847年12月30日、夜。
全兵団のトップである、ダリス・ザックレー総統の号令で、全兵団の幹部たちが王都のとあるレストランに、忘年会と称する飲み会のため大集合していた。
調査兵団からは、エルヴィン団長を始め、ミケ分隊長、ハンジ分隊長、リヴァイ兵士長の四人が参加していた。
これは、毎年行われる慣習だ。
普段混じり合わない憲兵団、駐屯兵団、調査兵団の三兵団だが、この時だけは意見交換も兼ねて、お酒を交わしていた。
いつも涼しい顔をして調査兵団の団長職をこなしているエルヴィン団長は、ここでは格好の餌食で、その仮面の裏を暴こうと、多くの人間が酒を注ぎに彼の元へやってくる。
特に酷いのが、主催者のザックレー総統だ。
毎年飽きずに潰れるまでエルヴィンに酒を注いでは、その様子を見て満足していた。
酒には決して弱くないエルヴィンだが、年末ということもあり、いつも仕方なくそれに付き合っていた。
そして今年もまた、それは変わりなかった。
「おい、エルヴィン。馬には乗れるか?」
王都での忘年会の帰り、リヴァイが乱暴に言う。
ミケに抱えられながら、エルヴィンは馬の前に運ばれるが、身体が思うように動かない。
「すまない。今年も無理そうだ。」
「ねぇ、エルヴィン。
やっぱり来年は馬車を手配しようよ。」
ハンジが苦笑いしている。
「いや、馬車を手配すると、観念したかと今よりさらに酒を勧められそうだからやめておく。」
それを聞いて、三人は成る程と納得はするが、自分の長がこれ程までグダグダに潰れるのを見るのは、毎年いい気はしなかった。
だが、調査兵団の置かれる立場は厳しいもので、ただの飲み会で他兵団に言い掛かりがつけられるほど、強いものではなかった。
やれやれと、ミケは自分の馬にエルヴィンを乗せると自分もその前に乗り、ハンジがエルヴィンの馬を引き、四人は兵舎への帰路に着いた。
兵舎へ帰宅したのは、もう日が変わる頃だった。
少し馬に酔ったのか、馬を小屋へ連れて行くのも待たず、エルヴィンは真っ青な顔をしながら「水・・・」と兵舎の中へ消えていった。
ミケ、ハンジ、リヴァイは、やれやれとその情けない長の後ろ姿を見送っていた。
食堂では、クララがランプを灯しながら新兵たちに借りた本をくつろぎながら読んでいた。
兵舎に残っている人間は数えるほどだから、食事は適当なものを出せば良いので、この年末年始は久しぶりに夜更かしを楽しもうと思っていた。
それに、今夜食堂にいれば、もしかしたら酔っ払ったエルヴィンを見れるかもしれない。
そんな淡い期待も寄せながら、消灯時間が過ぎてからも食堂でのんびりとエルヴィンたちの帰宅を待っていた。
ガタガタ・・・
大きな物音がしたので、クララは驚いて音の方を向く。
すると、そこには普段の姿からは想像出来ないエルヴィンの姿があった。
いつも堂々と背筋をピンと伸ばして歩くその大柄の巨体は、前屈みに折れ、足はもつれて今にも倒れそうだ。
「エルヴィン団長!!」
クララが慌てて駆け寄ると、その顔を確認するなり「水・・・」と一言言い放つ。
クララは近くの椅子にエルヴィンを座らせては、急いでコップに水を注ぎ、エルヴィンに差し出す。
身体が思うように動かないのか、コップを持つ手もおぼつかないので、クララはエルヴィンの右隣に腰掛け、右手でコップを口元に運ぶ。
そして、左手でその大きな背中をよしよしと撫でた。
クララに抱えられたような格好になったエルヴィンは、酔っ払いながらも心地よい感覚に溺れ、ついその胸へ身体を預けていた。
「・・・エルヴィン団長っ・・・!?」
不意にエルヴィンが自分へ体重を預けるので、クララは驚く。
そして、クララの右肩に顔を埋めるエルヴィンの呼吸に胸が高鳴るのを覚え、ついその髪をそっと撫でては彼の香りを胸いっぱい吸い込んでいた。
そして、ぎゅっとその大きな身体を抱きしめた。
クララに抱き締められたエルヴィンは、まるで子供のように、安心してスヤスヤと眠りについていた。
そんな可愛らしいエルヴィンに母性本能をくすぐられながらも、クララにはエルヴィンの体重は重く、支えているのが必死だった。
「エルヴィン、大丈夫?
水飲めた・・・かい・・・」
そこへ、一緒に王都へ行ってたハンジたちがやってくるが、食堂へ入るなり、エルヴィンとクララが抱き合っている姿を見せつけられたので、三人は言葉を失い引き返そうとする。
それに気付いたクララは助けを求める。
「ハンジ、行かないで!
エルヴィン団長寝てるの、重い助けて。」
「・・・・・・。」
ハンジは、まじまじとエルヴィンを観察しては、すっかり眠ってしまっているのを確認してから、クララに言う。
「どうやったら、そんな抱き合った状況で寝れるわけ?クララ。」
若干にやけ混じりのハンジ。
「し・・・知らないよ。
お水も飲めそうになかったから、隣に座って支えただけよ。」
「あら、そう。まあいいや。
それよりエルヴィンどうする?
寝てるみたいだから、相当重いよ。」
ハンジはミケとリヴァイに相談する。
「俺は遠慮する。
ミケ、お前が連れて行け。」
「は?俺一人でこの巨体を運べと?」
「か弱いハンジさんは遠慮するよ?」
「「誰が、か弱いって?」」
三人仲良く?牽制し合っている。
いやいや、もう重いんです、早くして・・・
クララの身体はすでにエルヴィンの重みで痺れていた。
三人が、エルヴィンをどう部屋に連れ帰るか相談しているその時、エルヴィンが少し意識を取り戻し、耳元でクララにしか聞こえない小さな声で囁く。
「・・・クララ」
エルヴィンのお酒混じりの熱い吐息が耳元にかかり、クララの痺れた身体は尚一層の熱を持ち、いたたまれなくなる。
そして、右肩にもたれかかるエルヴィンは、顔を傾けては、クララの首筋に吸い付くようなキスをした。
「・・・っ」
クララは慌ててエルヴィンを見ると、焦点の合わない潤んだ瞳で見つめてくるエルヴィン。
そして、唇に纏わりつくようなキス・・・
そのまま全体重がクララにのしかかり、クララはバタンと掛けていた長椅子に押し倒されていた。
エルヴィンのキスから逃れるように顔を避けては、クララは恥ずかしさと戸惑いを隠すように声を振り絞った。
「ハンジもう限界!」
「おい、立て!この酔っ払い!」
「酔った勢いで押し倒すとか、どれだけ欲求不満が溜まってるんだか・・・」
「クララさえ良ければ、このままにしててもいいんだよ?」
三人はそれぞれ思うことを口にしては、エルヴィンを担ぎ上げクララから引き離す。
当のエルヴィンはだらりと力無く、されるがままに引き起こされている。
もはや意識もないのだろう。
言われていることに反論する様子もなかった。
結局、ミケとリヴァイの二人掛かりで、エルヴィンは部屋に回収されていった。
ハンジもまた、皆の荷物を持って、その後をついていった。
その後ろ姿は、とても楽しそうにしている気がした。
食堂に残されたクララもまた、右の首筋を手で覆いながら、真っ赤な顔をして部屋へ戻っていった。
重い頭と激しい喉の渇きでふと目が覚める。
エルヴィンは、身体をゆっくりと起こしては、ここが自分の部屋だということを辺りを見渡しては確認する。
昨日は王都で沢山飲まされた。
帰り、ミケの馬の後ろに乗せて貰ったところまでは覚えていたが、兵舎に帰れるという安心感からか、その後の記憶がない。
きっと部屋に戻ってきたのも、一緒に行った三人が介抱して連れ帰ってきてくれたに違いない。
毎年のことながら、頼りになる部下たちがいることに、エルヴィンはひっそりと感謝の意を滲ませていた。
ところで、今は夕方のようだが、何時だろう?
喉が酷く乾いた。
それに、クララに食堂での年越しパーティーに参加すると言っていたことも思い出していた。
エルヴィンは、重い頭を抱えながら、食堂に向かうことにした。
エルヴィンが食堂に着くと、残った兵士たちで簡単な宴会が行われていた。
人数も少なく、二十人程といったところだろうか。
「やぁ、エルヴィン!
やっと目が覚めたかい?
調子はどう?」
ハンジがエルヴィンに気付き、声をかける。
ハンジと一緒に飲んでいたクララもまたエルヴィンに気付き、微笑みながら声をかける。
「おはよう。酔いは覚めたかしら?」
「ああ、まだ二日酔いは残っているがな。
でもなぜ酔っていたことを?」
エルヴィンは帰ってきた時の記憶がないため、不思議に思う。
「ああ、エルヴィン。
昨日はクララも食堂で私たちの帰りを待ってくれていたんだよ。
それで、その時・・・」
「あ!ハンジ!!お腹空かない?
そろそろ何か食べ物用意するわ。」
ハンジが説明しようとすると、クララが話を遮るように言っては、調理場の奥にパタパタと消えていった。
それを見て、ハンジは思わず笑う。
「一体どういうことだ?ハンジ。」
益々訳が解らないエルヴィン。
「ま、クララに直接聞けばいいよ。」
ハンジは悪戯っぽくエルヴィンに言い放った。
「新年、おめでとう!!」
時計の針が十二時を過ぎた頃、食堂は賑やかな声で溢れていた。
二日酔いの残るエルヴィンは、一番奥の席でぐったりと水を飲みながら、その様子を楽しそうに眺めていた。
クララがその様子に気付き、新しく冷たい水を持ってきてそれを差し出しては、エルヴィンの側に腰掛ける。
「新年おめでとう。」
「ああ、おめでとう。」
「二日酔いは大丈夫?」
「はは、相変わらず頭が痛いが、大丈夫だよ。」
軽く年越しの挨拶を交わすと、エルヴィンはクララから受け取った冷たい水を飲み干す。
「ねえ、ちょっと外の空気を吸いに行かない?
私も少し酔っちゃった。」
「ああ、いいよ。」
ほんのり赤ら顔のクララがエルヴィンを誘い出す。
エルヴィンもクララと二人でゆっくりと話したかったので、喜んでそれに答えた。
食堂を出てすぐのベンチに二人腰掛ける。
お酒のせいでほんのり赤ら顔のクララは、いつもより何だか艶っぽく、エルヴィンは身体の奥が熱くなるのを感じる。
そんなクララの横顔を見ながら、ふと先程のハンジの話が蘇る。
「昨日は帰りを待ってくれていたのか?
全く覚えてなくてな。」
エルヴィンは苦笑いする。
「ふらふらで、お水も自分で飲めなくて・・・」
何か言おうとしたクララは、さっきより赤い顔をして言葉に詰まる。
「ミケ分隊長とリヴァイ兵長に抱えられて部屋に戻っていったんだよ。」
そう言っては、巻いていたマフラーに顔を埋める。
そう言えば、今日クララは一日中マフラーを巻いている。
マフラーなんかに顔を埋められてはキス出来ないじゃないか・・・
そんなことを考えながら、エルヴィンはクララを見つめていた。
「なぁに?」
エルヴィンの視線に気付き、クララは照れながら尋ねる。
「いや、何でもない。」
何気ない会話が心地よい。
空を見上げると、冬の夜空は星をいつもより一層輝かせ、透き通る光を散りばめていた。
アルコールで少し浮ついたクララは、夜空の星を見上げながら、エルヴィンの肩にもたれかかっては、エルヴィンを見つめて微笑んだ。
エルヴィンの肩にもたれかかったクララは、程なくしてマフラーに顔を埋めては小さな寝息を立てていた。
もう時間も遅い。
こんな寒空の下眠ってしまえば風邪を引いてしまうのは間違いないが、エルヴィンは隣の温もりをまだ手放したくない気分だった。
そっと肩を抱いてはクララを抱き寄せる。
胸がキュンと高鳴る。
本当にこんな気持ちは何年振りだろう。
そっとおデコにキスをする。
クララは全く気付かない。
愛おしさが込み上げてきて、巻いているマフラーを緩め、唇にキスしようと頬を撫でる。
顔をそっと近付けたそのとき、エルヴィンの中で時が止まる。
マフラーの下に隠されたクララの右の首元に、赤い痣があるのを見つけたからだ。
それは、誰が見ても明らかなキスマークだった。
しかも鮮明に鬱血したそれは、ごく最近出来たもの。
馬に乗れないクララは、最近この兵舎から外出したとは思えない。
そうとなれば、この兵団の誰かが付けたことになる。
しかも今兵舎にいるメンバーには限りがある。
一体誰が?
二日酔いの頭痛をよそに、妙に冴え渡る頭をフル回転させては、さっき食堂にいたメンバーの顔を思い出すが、クララは元々皆と仲が良い。
特別扱いをしている者がいるようには思えないし、むしろ、自分が一番クララに近しい存在だと勝手に思い込んでいた。
頭を鈍器で殴られたような感覚が襲ってくる。
二日酔いの頭痛とは、とても似つかわしくない痛み。
“ああ、俺は勘違いをしていたのか・・・”
そのキスマークはまさか昨日自分が酔って付けたものだとは到底気付くこともなく、エルヴィンはクララに寄り添う別の男の影を見ては、絶望の波にさらわれていた。
花季 -hanagoyomi-