責任
「ハンジ、そしたらエレン達は任せた。」
「了解した。
エルヴィンも、検討を祈る。」
廊下に出ていたクララは、話し声が聞こえて驚く。
エルヴィン?
まだ目覚めたばかりのあなたが、どうしてこんなところに・・・
声の元を辿って行くと、深刻な顔をして話をするエルヴィンとハンジがいる。
ハンジは、エルヴィンとの会話の後、クララには気付かず急ぐようにしてその場を去っていった。
エルヴィンは、去っていくハンジを見送りながら、その後ろで自分への視線に気付いて振り向く。
その姿は、既に調査兵団の団服を纏っていて、今から外出する様子が伺えた。
「エルヴィン・・・どこか行くの?」
クララは心配でならなかった。
右腕を失い、一週間も寝込んでいたあなたはまだ目覚めたばかり。
一体そんな身体でどこへ行こうというのか・・・
「クララか。
今から私は王都へ出掛けてくる。」
「え?そんな身体で?
まだ安静にしていなきゃ・・・」
「クララ・・・」
エルヴィンは小さく微笑みかけては言う。
「ありがとう。
だが、行かなければならない。」
クララを見つめるエルヴィンの瞳は何かを見据えていて、その奥に潜める信念は、決して誰にもゆるがされることの無いもののように思えた。
「そう・・・」
クララは俯く。
きっと何を言ってもその信念は曲げられない。
この場に留まって、まだ痛むであろうその右腕の治療に専念して欲しいけど、その願いはきっと届かない・・・
「心配ばかりかけて、すまない・・・」
俯くクララは、エルヴィンにそっと頬を撫でられ驚き、目の前の存在を見上げる。
困った顔をして僅かに微笑むエルヴィン。
ううん。
そんな顔をさせたい訳じゃない。
私なんかが、あなたの進む道を遮ってはいけない・・・
クララはぎゅっと小さく唇を噛み締めて、エルヴィンに言う。
「お気を付けて。
無理はしないでね・・・」
それだけ言うと、精一杯の笑顔をエルヴィンに向ける。
エルヴィンは、そんなクララの頭を優しく撫で、額に軽くキスをする。
クララは胸がぎゅっと締め付けられる。
「ありがとう。」
エルヴィンは優しい笑顔でそう一言囁き、颯爽と王都へ出掛けて行った。
エルヴィンはその後一旦帰っては来たが、またすぐに出掛けて行く。
何が起こっているのかクララには解らなかったが、何か大きなことが起こっているのは身近に感じ取れ、心配でならなかった。
調査兵団の兵舎は先日の壁外調査以降、人の気配がない。
命を落として帰ってこれなかった兵士。
怪我をして治療に専念している兵士。
動ける兵士もどこかへ出掛けている。
そして、新しく入団した104期の新兵たちもまたどこかへ。
ハンジやリヴァイも不在のままだ。
あんなに活気に溢れていた兵舎は、まるでもぬけの殻のようだった。
作る食事もさほどなく、時間を持て余しているクララは、気晴らしに近くの小さな町に足を運んでいた。
「ねぇ、今朝の新聞読んだ?」
「えぇ、怖いわね・・・」
「ここから調査兵団の兵舎は近いもの。
物騒だわ。」
「うちの子供達にも近付かないように言ったわ。」
井戸端会議をしている主婦たちの声が聞こえる。
『調査兵団が民間人を殺した』
『一部の団員は出頭命令に背き未だ逃亡中』
『それらしき人物を見かけたら至急憲兵に情報提供を願う』
先日からそんな情報が町を覆っている。
俄かに信じられない話ばかりだが、民間人はそんな話を信じてやまない。
街はいつもと変わらない風景だが、クララにはまるで別世界のようだった。
足はふわふわと浮いているようで、この今居る世界が現実なのかどうかも実感できないような感覚。
慌ただしく食事を作って過ごしていたあの毎日は、一体どこへ行ってしまったのだろう・・・
つい最近まで過ごしていた日常のことなのに、今ではすっかりそんな気配もない。
クララは街中の様子をぼんやりと眺めながら、とぼとぼと歩いていた。
そんなとき、とある一角で号外が配られている。
「みんな、必見!ベルク社の号外だよ!!」
「衝撃的事実が明らかになったよ!!」
クララは慌ててその号外が配られているところへ足を運ぶ。
「す、すみません!私にも一部・・・」
号外を求める人の波に乗せられ、もみくちゃにされながらやっとの事でその号外を受け取る。
受け取った号外に目を落としたクララは、その目を大きく見張ってはその場に立ちすくんでいた。
『リーブス商会は、中央憲兵に脅されていた!』
『民間人殺害の罪は、調査兵団に被せられていた!』
『フリッツ王は偽の王である!』
『本物の王はとある地方貴族として世を忍んでいる!』
号外の中には、目まぐるしいタイトルが渦を巻いていた。
そんな歴史の大きな流れに、クララはただ身震いする他なかった。
『レイス家の隠し子“ヒストリア女王”君臨!!』
『調査兵団、エルヴィン団長の変革!!』
ある日の新聞の一面には、大きく派手な文字が彩りを与えていた。
クララは食堂の片隅でそんな新聞に目を通していた。
ヒストリア・・・
彼女は実は104期訓練兵の中に“クリスタ”という名で調査兵団の中に紛れており、クララも何度か話したことがあった。
小柄で可愛らしい彼女が、まさかの世を忍んでいた王家の血筋の者だったなんて。
身近でよく知っている人たちが世界の大きな流れを作っていることに、クララは戸惑いを隠せないでいた。
そして、実際にその場を見たわけではないので、実感が沸かない。
本当に、別世界の話のよう・・・
呆然と新聞を読んでいたら、外から人の騒めく声が聞こえてきてクララは顔を上げる。
「エルヴィン団長!」
「お疲れさまです!」
「おめでとうございます!」
どうやらエルヴィンが帰舎したようだった。
クララは急いで外へ出る。
ちょうど馬車から降りようとしていたエルヴィンは、酷く疲れた顔をしていた。
おかえりなさい・・・
でもその愛しい人の髪は乱れ、髭も無造作に生え、殴られた後なのか目元は腫れ上がり、口元にも痛々しい傷が跡を残していた。
クララは、無意識のうちにエルヴィンを出迎える兵士たちを掻き分け、エルヴィンの胸に飛び込んでいた。
「エルヴィン!!
いっぱい、いっぱい、心配した・・・」
涙を流しながら突然胸に飛び込んできたクララに、エルヴィンは驚く。
「クララ・・・」
迎え出てくれていた兵士たちの視線が刺さる。
「みんな見てるよ。」
小さな声でクララに囁く。
しばらく無言でエルヴィンに抱き付いていたクララだったが、俯きながらエルヴィンの声に答えるように呟く。
「・・・いつか、言ったじゃない。
みんなの前でいちゃいちゃしよっかって言ったら、名案だって。」
クララはそう言って、抱き締める力を更に強める。
「今日は私、人目なんて気にしない。」
エルヴィンの胸元に顔を押し付けながら話すクララの声は、小さく震えていた。
「そういえば、そんなことを言っていたな。」
エルヴィンは優しく微笑んで目を瞑り、片腕になった左腕でぎこちなくクララを包み込み、ぎゅっと抱き締め返す。
しばらくすると、エルヴィンはクララの頬を撫で、上を向くように促す。
クララもそれに応え、愛おしい眼差しでエルヴィンを見つめる。
そして、人目もはばからず
二人は熱いキスを交わした。
『マリーより巨人の方がいいなんて
お前はどうかしてるよ!』
エルヴィンは、クララと公衆の面前で抱き合いながら、先日のナイルとの話を思い出していた。
確かに・・・
俺は愛する者の側にいることより、巨人を選ぶだろう。
でもそれは、人類を・・・いや、愛するものを守るため。
ナイルのように、組織に従い地位を守ること・・・
それが容易にできたなら、どれほど良かっただろうか。
だが自分にはその選択はできない。
自分は、壁の外がいかに危うい状況なのかを知っている。
更には、壁の中の安全も、今危ぶまれている。
そして・・・
調査兵団に入団し心臓を公に捧げ、また、団長にまで昇進してからは、沢山の仲間や部下を犠牲にしてきた。
今更引き返すことは出来ない。
また、ここまで自分を昇りつめて来られた一端を担っている、自分の子供の頃からの夢を想う。
この夢のために、一体どれだけの犠牲を払ってきたのだろうか・・・
「クララ・・・」
優しく微笑むエルヴィンは、クララを愛おしそうな眼差しで見つめてはいるものの、どこか遠くを見つめながら、その存在を自分の胸の中からそっと遠ざける。
クララもまた、そんなエルヴィンの心中を察して、唇を小さく噛んでは俯く。
“エルヴィンの進む道を応援したい”
それは、クララの心からの願いだ。
だけど・・・
もうそろそろ一人の人間として生きて欲しい。
これだけ自分を犠牲にしてきたのだから、もう自分を大切にして欲しい。
なくなった右腕。
身体中の傷。
それらを見ると、そう思わずにはいられない。
そして・・・
ささやかながら、自分のことを一番に見て欲しい欲求。
口にしてはいけないのは、解っている。
言うつもりも、さらさら無い。
だけど、心の何処かであなたが私を選んでくれるのではないかと期待している自分がいる。
だから余計に、それが叶わない現実に切なくなる。
この生き辛い時代を恨みたくなる。
お願い、神様。
彼にどうか平穏を与えてください。
世の中に、希望と平和を与えてください・・・
そう祈りを捧げ、クララは新しい時代を築こうとしているエルヴィンに精一杯の笑顔を向けた。
「おかえりなさい。」
花季 -hanagoyomi-