新兵と私




クララは、ジェームズに早めの夕飯を少し分けてもらい、部屋に戻ろうとしていた。

今日は朝から休みなく働いたので、心地良い疲労感がクララを襲っていた。

いつもクララは熟睡できていなかったが、今日は良く眠れそうな気がした。





小さく欠伸をしたその時、廊下で誰かに呼び止められた。


「新しいパンの調理人さん・・・」


クララは不思議に思って後ろを振り向いた。

話しかけてきたのは、まだ幼さの残る若い女兵士だった。


「なんでしょう?」


ここに知り合いはいないし、ましてや誰からか紹介などもされていないのに、何の用事だろうと不思議に思っていた。


「・・・あの、少しお話できるでしょうか。」


女兵士はもじもじとクララを誘い出し、中庭へ向かった。






誘い出されたクララは、中庭の隅にひっそりと設置してあるベンチに、その女兵士と座っていた。

呼び出しなんかされて、一体何事かと思いつつ、少しの沈黙が流れていた。

すると、女兵士はコホンと一つ咳をして、改まって話し出した。


「お呼び出ししてしまってすみません。
私はハンナと言います。
昨年、調査兵団に入団しました。
今日のパン、美味しかったです。」


彼女は、自己紹介を始めた。


「ありがとうございます。
私はクララと言います。」


「あの・・・、クララさん。
クララさんは、その、もしかして、ウォール・マリアのグリュックブレッドの奥様ではないでしょうか。」


クララはドキリとした。

店の名前を聞くと、言いようのない衝動に駆られる。


「・・・ええ、そうですが」


すると、ハンナは目を輝かせて言った。


「やっぱり!!
今朝のパンを食べて、そうじゃないかなと思ったんです!!」


ハンナは続ける。


「私、子供の頃からグリュックブレッドの大ファンで!
よく、妹と一緒にお遣いにも行きました。
そして、焼き上がりのふわふわのパンを食べたくて、こっそり帰り道につまみ食いしていました。
今朝、とても懐かしくって、そしたらなんだか食べながら泣けてきちゃって・・・」


そう言いながら、ハンナの瞳からポロリと大粒の涙が溢れる。


「・・・あ、ごめんなさい。
もう泣かないだろうと思ってたのに・・・」


そう言いながら、ポロポロと涙が溢れてくる。


「私、巨人がウォール・マリアに攻め入ってきたあの時、訓練兵として内地で訓練を受けていたんです。
もちろん家族はウォール・マリアにいました。
運悪く、家族や親戚、友人でさえも、今日まで誰にも会えずで。
だから、クララさんのパンを食べたら、つい・・・」


そう言うとハンナは言葉に詰まり、うずくまるように体をかかえ、声を殺して泣き出してしまった。






ハンナの話を聞き、クララは胸が痛くなった。

自分も、もう会えない親戚や友人、そして夫ブルーノのことを思い出していた。

そして、愛する人を失って心を痛めているのは、何も自分だけじゃないんだと実感した瞬間であった。

ましてハンナは、自分よりもひと回り以上も歳下の女の子。

なのに、悲しかったはずの当時、彼女は立ち止まらず訓練兵として強く生き、そして今は調査兵団に入団して人類に心臓を捧げている。

そう思うと、今まで無気力にパンを焼いていた自分が恥ずかしくなり、居たたまれなくなった。


「あなたは強いわね、私なんかよりずっと。
私は、家族とお店と仲間を失って、もう自分は死んだ方がマシなんじゃないかなと思っていたわ。
今だってそう。
どうすれば、何も考えずに生きていけるか。
そればかり考えている。」


ハンナは、泣き腫らした顔を上げて力を込めて言った。


「そんなこと言わないでください。
クララさんのパンは、皆を幸せにすると思います。
今朝だって、あんなに嬉しそうな皆を見るのは初めてでした。
私だってそうです。
今朝のパンを食べて、昔の楽しかったことを沢山思い出しました。
家族に愛されていたことを沢山思い出しました。
朝から、力が湧き出てくるような気持ちでした。
志半ばで星になってしまった家族や友人のためにも、生きている私が頑張らなきゃって。
だから、今日はクララさんにお礼が言いたくて。
調査兵団に来てくださって、ありがとうございます。」


クララは居たたまれなくなって、瞳を揺らしながら、ハンナをそっと抱きしめた。


「話してくれてありがとう。
私のパンが、少しでもあなたの力になってくれたのなら、私の人生もまだまだ捨てたもんじゃないのかもしれないわね。
明日からも頑張ってパンを焼かなくっちゃね。」


そう言うと、クララは本当に久しぶりに、優しい笑顔を作っていた。






次の日、また朝早くから、調査兵団の宿舎には、ふんわりと優しいパンの香りが漂っていた。





朝食から賑わう兵士たち。

昨日と何も変わらないように見えたが、パンを焼くクララの表情は、少し柔らかくなったように見えた。





多くの兵士たちが


「ありがとうございます」


「いただきます」


「ごちそうさま」


次々にクララに声をかけていく。

ハンナもまたそのうちの一人であった。





クララは、まだ一人一人の声かけに丁寧に返事ができるほど作業と心に余裕はなかったが、それでも、昨夜のハンナの話が心の奥でクララに力を与え、瞳に輝きを与えていた。


「またここで一から頑張れるかな・・・」


そうクララが思えるようになるまで、そんなに多くの時間はかからなかった。




花季 -hanagoyomi-