壁外調査
その通達があったのは、エルヴィンがクララと話すため、早朝の食堂に顔を出した次の日だった。
「二週間後か…」
新兵の一人が呟く。
昼食後の休憩時間、新兵たちが食堂で井戸端会議をしていた。
午前中、二週間後に壁外調査を行うと通達が出たのだ。
人類総出のウォール・マリア奪還作戦から三ヶ月が経っていた。
それまで壁外調査が行われていなかったのは、全兵団による作戦の分析と報告に追われていたからだ。
「今回は、前回の奪還作戦の報告との真偽を確かめるために出向くそうだよ。」
別の一人が言う。
「こんなこと言っちゃあなんだけど・・・、それって意味あるのかな。」
誰かが呟くと、すぐさま反論の意見が出る。
「あるに決まってるよ!
そうでないと、これまで犠牲になった人たちが報われない。
私たちは、前回の奪還作戦で亡くなった多くの人たちのためにも、彼らの戦果を記録しに行かなくちゃ。」
そう勇敢に話したのは、クララが調査兵団で初めてパンを焼いた日、クララが調査兵団に来てくれたことに礼を述べていたハンナだった。
だが、その握りしめた拳は、心なしか震えていた。
奪還作戦では、本当に多くの人が巨人の餌食になってしまった。
あんなに多くの人が居ても、巨人には勝てない。
新兵たちも、自分の成す術のなさを実感しながら、ただ人々が巨人に食べられていく光景を目の当たりにした瞬間でもあった。
新兵たちは、ハンナの話に頷きながらも、無言で次の壁外調査への不安を押し殺そうとしていた。
クララは、調理場で片付けをしながら、そんな新兵たちの話に耳を傾けていた。
壁外調査の日がやってきた。
予定では、どこかの旧要塞で夜を明かしながら、三日後の夕方には帰還する予定だ。
クララには、積荷の許す限りのパンを目一杯用意し、兵士たちの無事の帰還を祈ることしか出来なかった。
出発の直前、クララに話しかける一人の兵士がいた。
ハンナだ。
「クララさん、行ってきますね。」
強張った顔で、必死に笑顔を作って言う。
クララには、その笑顔が痛かった。
一緒にウォール・ローゼに逃げ込んだ、花屋の奥さんや他の仲間たちを思い出す。
三ヶ月前の悪夢を思い出す。
“行かないで”と言えたらどんなに楽だろうか。
でも彼らは調査兵団。
人類に心臓を捧げ、壁の外へ出て人類の礎の一歩となるよう誓った人たちだ。
クララ一人の想いだけを伝えるわけにはいかない。
「・・・どうか、無事に帰ってきてね。
美味しいパンを、沢山用意して待っているから。」
そう言うのが精一杯だった。
「うん!帰ってきたら沢山食べるから、覚悟しておいてね!」
ハンナは元気よく頷いてはウインクし、そして勇敢に壁外調査へと出向いて行った。
調査兵団が壁外調査へ出発した夜、クララは眠れず食堂で一人祈っていた。
いくらどんな簡単な壁外調査でさえも、兵士の犠牲無くして帰還したことはない。
きっと今回の壁外調査でも、多くの兵士が犠牲になって帰ってくるだろう。
“どうか、みんな無事で”
クララは、神妙な面持ちで溜め息をついていた。
「なんだ、まだ起きてたのか。」
声がする方を振り向くと、ジェームズがお茶を入れに調理場に来ていた。
「壁外調査なんぞ、これから何度でもあるんだから、毎回そうしてちゃあ身がもたないぞ。」
いつもジェームズの物言いはぶっきら棒だが、今日のジェームズの様子は、クララを心配しているようだった。
それはまるで、自分も経験してきたことのような顔で、クララを見つめていた。
ジェームズがクララを気付かって声を掛けてきたことに、クララは思わず泣きそうになる。
「あの、ジェームズさんは・・・」
クララは、言葉選びに迷いながら質問する。
「今まで何度も、壁外調査に出て行く兵士たちを見送ってきたと思います。
きっとその度、沢山の帰って来ない兵士たちがいたと思います。
そんな兵士たちの死を、ジェームズさんはどうやって受け入れてきたのですか?」
ジェームズは、カウンターに肘をついて遠くの方を見ながら物思いにふけったように考え込み、そして言った。
「さあな。でも・・・」
少し間を置いて言う。
「死ぬってなんだろうな。」
いつものぶっきら棒な口調からは想像出来ない、優しい口調だった。
「会えなくなるから悲しくなるんじゃろ?
まぁだからな、ワシが死んで、向こうの世界でまた偶然会えたりしたら、また食事の世話でもしてやるかと思ったりな。
あんまり深くは考えてねぇよ。」
ジェームズはそっと目を閉じて、何か思いを馳せていた。
その姿は、たまらなく寂しそうだった。
「まぁ、だからと言うわけでもないが、帰って来ない奴が居ても、それは自分と奴らとの出会いはそこまでだったってことだ。
でも記憶ごと無くなるわけじゃあない。
奴らのことを忘れないようにするのが、残されたもんの務めってもんだろうが。」
閉じていた目を開き、クララに向かって言う。
それは、これからクララが通る道を諭すように。
気付けば、クララの瞳から涙が溢れていた。
夫ブルーノのことを思い出していた。
今まで、思い出すたび辛くなるから、思い出さないように必死に努めていた。
でも、ジェームズの言葉が心に染み渡り、ああ、思い出は思い出として、忘れずとっておいて良いんだと思える自分がいた。
“いつかまた会えたら”
そう心に閉まって、明日を歩いているジェームズ。
自分もそう歩きたい・・・
クララは涙を拭い、ジェームズに小さく微笑んだ。
「ジェームズさん、ありがとうございます。」
「俺は何もしてねぇよ。」
ふいっとクララに背を向ける。
「今回の壁外調査は三日間だ。
時期に忙しくなるだろうから、余計なことは考えずにしっかり休め。
ただでさえいつも休みなしなんだ。」
そう言っては、ジェームズはお茶を飲んで、そそくさと食堂を後にした。
クララもまた、態度こそぶっきら棒だが、ジェームズの優しさで気持ちに落ち着きを取り戻していた。
そして、そっと食堂の灯りを落とし、部屋へと戻っていった。
三日後の夜。
多くの傷付いた兵士たちが、壁外調査から帰還していた。
看護する人出が足りず、クララも簡単な手当てを手伝っていた。
明らかに、出発した時よりも兵士の人数が減っていることには気付いていたが、誰が居なくなっているのかには、クララはまだ目を逸らしていた。
夜が更け、怪我人の手当てが大方ひと段落ついた頃、クララは中庭のベンチで一人溜め息をついていた。
覚悟はしていたものの、三日前の朝は元気だった兵士たちの酷く傷付いた様子を見ていると、壁外での惨状を想像せずにはいられなかった。
「クララさん・・・」
後ろから声を掛けられ振り向くと、そこには左腕を包帯で固定したディルクが立っていた。
いつも人懐っこくクララに話しかけてくるディルクだが、今日は力なく酷く落ち込んで、今にも泣きそうな顔をしていた。
ベンチに腰掛けていたクララは、ディルクを自分の隣に座るように促すと、ディルクは泣き崩れるようにクララの隣に座り込んだ。
そして、堰を切ったように話し始めた。
「クララさん・・・、ハンナが、ハンナが、死んじまった。」
ディルクは泣きながら続ける。
「巨人が後ろからやってきて、俺の班の先輩を次々と食べていくんだ。
俺なんかよりもずっと腕の立つ先輩が、だぜ。
俺、足がすくんじまって、立ち止まってしまったんだ。
で、次は俺が食べられる番かと思った時、近くに居たハンナの班が助けに来てくれて・・・
動けなくなって今にも食べられそうになっていた俺のことに、ハンナが気付いて、俺の代わりに戦い出したんだ。
でも全然歯が立たなくて、ハンナは・・・」
言葉にならなくて、ディルクはただ悔しそうに肩を震わせて泣いていた。
「・・・なんで、なんで俺だけ助かったんだろう」
クララは何も言えず、ただディルクの背中をそっと撫でていた。
どのくらい時間が経っただろう。
ひんやりとした風がクララとディルクを撫でていく。
それは、心を凍らせていくほどに、寒くて冷たい風のように感じた。
クララは、以前にもその冷たい風を感じたことがあった。
一年前、そう、あの超大型巨人がウォール・マリアに攻め入ってきた時だ。
その風は、クララの心を奥底まで凍らせ、生きる希望と笑顔を奪っていった。
もがいてももがいても、決して溶けることはなかったクララの心は、クララを生きる屍の様に様変わりさせていた。
だが、自分一人では溶かせなかった心を、優しく溶かし、今のクララに戻してくれたのは、目の前にいるディルクであり、ハンナを含めた新兵たちであり、ここにいる調査兵団の人たちだった。
震えながら冷たい風に耐えているディルクを、クララは心配せざるを得なかった。
「ねぇ、ディルク。
自分を責めないで。
ハンナが死んでしまったのは、決してあなたのせいではないわ。
そんな顔をしていたら、ハンナが悲しくなってしまう。
今日は星も良く見えるし、きっと空から貴方を見つめている。」
ディルクは、泣きじゃくっている顔を上げ、空を見上げた。
そこには、満天の星屑が広がっていた。
夜空を見上げ、少し落ち着いたディルクはクララに話す。
「ハンナが見ている・・・確かにそうかもな。
けど、俺、ハンナに伝えたいことがあったのに、結局言えずに別れてしまった。
もう伝える手段がない。
俺、ハンナが好きだったんだ。」
“うん、知ってる。
ハンナも、貴方のことを心から慕っていたわよ”
そう心の中で呟きながら、ただ静かにディルクの話に耳を傾けていた。
「俺ら、調査兵団だからな。
怖くないと言えば嘘だけど、死ぬのなんていつも隣り合わせだから覚悟はある。
ハンナが死んだことも、心のどこかで仕方のない事だったと思ってる。
でも、いつも隣に居て、当たり前の様にじゃれ合っているうちに、この幸せは永遠に続くんじゃないかと勘違いしていたんだ。
だから、結局ハンナに好きだって伝えそびれてしまった。」
そして、ディルクは深い溜め息をついていた。
「あぁ、なんで俺だけ生き残ったんだろ・・・
俺も死んでしまったら良かったのに・・・」
ディルクはぽつりと呟いた。
そのディルクの何気なく呟いた投げやりな言葉に、クララはカチンときて少し声を荒げて言った。
「何その言い草!
貴方がそんなんで、どうするの?」
突然叱咤されたディルクは目を丸くする。
「壁外調査が決まった時、ハンナは言ってたじゃない。
死んでしまった人たちの戦果を伝えるのは、生きている者の務めだって。
貴方が生きている事を後悔しているのなら、ハンナの戦果は誰が伝えるの?
だからお願い。
死んだ方が良かっただなんて言わないで。
少なくとも私は、貴方だけでも助かって帰って来てくれたことに感謝している。
おかげで、ハンナの事を一緒に語り合えるじゃない。」
クララの瞳にも、自然と涙が溢れていた。
「ハンナに想いを伝えられなかったのは、大きな後悔かもしれない。
これから先、その想いを忘れるのに時間がかかって苦しいかもしれない。
いいえ、きっと忘れる事はなく、ずっと苦しむのかもしれない。
でも忘れないで。
貴方には仲間もいる。
同期や兵団の先輩たち。
この先後輩だって出来るでしょう。
そして、私だって貴方の力になりたいと思っている。
だから、苦しい時は一緒に語りましょう。
一人で抱え込まないで。」
クララの余りにもの勢いのある言葉に、ディルクは一瞬ひるんでいたが、ハッと我に返っては子供のように大声を上げて泣いていた。
クララは居たたまれなくなって、ディルクを抱きしめる。
クララの放った言葉は、決してディルクだけに向けたものではなかった。
それは、自分自身に言い聞かせているようでもあった。
愛する者を失うことが、どんなに辛いことか。
身に染みて解っているクララには、ディルクに肩入れしない訳にはいかなかった。
“以前の私のように、凍ってしまわないで”
そう願いながら、クララは泣きじゃくるディルクを子供のようにただギュッと抱きしめ、その頭を優しく撫でていた。
「クララさん、ありがとう。」
涙が枯れるまで泣き尽くしたディルクは、自分を抱きしめていたクララから離れると、涙を拭って言った。
それはとても静かな声だった。
そして部屋に帰るディルクの背中を、クララは優しく見送っていた。
クララは思っていた。
この調査兵団で働く限り、別れや悲しみは付きものなんだと。
エルヴィンやジェームズが、事前に自分へ諭しにやって来た理由も少し解った気がした。
きっとこれから先、耐え難い別れも多いだろう。
自分にそんな環境は耐えられるだろうか・・・
しかし、凍った自分を助けてくれた兵士たち。
残された者たちと悲しみを分かち合い、ここで働き続けることは、彼らへの恩返しとなるだろうか。
クララは、調査兵団の現実を目の当たりにしながら、ぼんやりと自分の存在意義を考えていた。
中庭でディルクを見送った後、クララは明日のパンの下準備をしていなかったのを思い出し、食堂へ向かった。
傷付いた兵士たちの手当も全て終わったのだろう。
兵舎は先程の惨状が嘘のように、シンと静まり返っていた。
調理場に着くと、明日の朝に使う材料を倉庫から運び出し、必要な分量を量った。
明日の朝にしても良いような作業だったが、クララはとにかく今は身体を動かしていたくて、休む気にはなれなかった。
クララが調理場で作業に没頭していると、食堂の入口に物影がしてふと顔を上げる。
するとそこには、食堂を覗き込むようにエルヴィンが立っていた。
「食堂の灯りが点いていたから、誰かと思ったら・・・
まだ休んでなかったのか。」
驚いた顔でエルヴィンは言う。
「あ・・・、すみません。
なんだか眠る気になれなくて・・・
何かしている方が落ち着くので、つい。」
何かを察したのか、エルヴィンは優しい微笑みを浮かべながら食堂に入ってくると、調理場の一番近くの席へ腰掛ける。
「じゃあ、ついでに私にお茶を一杯淹れてくれないか?
少し休憩するとしよう。」
腰掛けた席の横には、エルヴィンが持っていた沢山の書類が積み上げられた。
「あの・・・
私が変に起きていたから、ご心配おかけしちゃいましたね・・・」
クララはふんわりと香り立つ紅茶を差し出しながら、エルヴィンの横の書類の山を見つめては、申し訳なさそうに言う。
「いや、気にしないでくれ。
どんなに仕事が多くても、休憩は必要だからな。」
エルヴィンは、クララが運んできた温かい紅茶を口に運んでは、ふうっと一息ついて大きく伸びをしてみせた。
そんな何気ない普通の疲れた人間味のあるエルヴィンの仕草に、クララは安心感を覚え、相手は団長だとかそんな立場は無視して、少し一緒にお茶したいなと素直に思った。
「エルヴィン団長。
私も少し、休憩をご一緒させて貰ってもいいかしら?」
「ああ、もちろん。」
クララからの誘いに少し驚きながらも、目を細めて歓迎した。
エルヴィンの向かいに座ったクララだが、特に話すこともなく、二人はただ温かい紅茶をゆったりと味わっていた。
最初に話を切り出したのはエルヴィンだった。
「調査兵団が嫌になったかね?」
突然話しかけられクララは少し驚きつつ、見つめていた紅茶からエルヴィンへ目を移すと、向き合ったエルヴィンは心配そうに自分を見つめていた。
「あ・・・
いえ、その・・・
嫌だとかそんなのではなく、今日は少し疲れました。」
何と答えて良いのか解らず、クララは伏し目がちになる。
「こんなにも人間が傷付き死んでいくなんてことは、調査兵団でなかったら異常なことだからな。
戸惑うのも無理ないよ。」
エルヴィンも、紅茶を飲みながら伏し目がちに言った。
「特に君は人類に心臓を捧げた兵士でもなんでもなく、たまたまここに居合わせた調理人だから、もし調査兵団が嫌になったんなら無理せずに言って欲しい。
無理しても何もいいことはないからな。
新しい仕事も責任持って探すよ。」
淡々と話すエルヴィンは、このような光景に慣れているのか、特に動揺している様子もなかった。
「いえ、そんなのではなく・・・」
あっけなく辞めてもいいなんて言われて、クララはちょっと悔しくなる。
そりゃ自分は兵士でも何でもないし、“人類のために”などといった、たいした志もない。
それでも、たった三ヶ月だけとは言え、調査兵団の兵士たちと過ごして、彼らに生きる勇気を与えてもらい、心意気くらいは共有してたつもりだった。
「辞めたいだなんて思っていません。
ただ、私に出来ることは何だろうと考えていただけです・・・」
この先どうしていいのか、まだ答えも何も見つかっていないクララは、やるせなくなってテーブルに頭を持たれかけた。
エルヴィンは、そんなクララを意外に思う。
今までの経験から言うと、大体一回目の壁外調査の後に、新人の調理人は辞めてしまっていたからだ。
調査兵団に調理人がジェームズしかいないのも、それが理由だった。
思いの外クララの強い面を見たエルヴィンは、ついクララをからかってみたくなった。
「流石、おばさんだな。
若い子より神経が強いようだ。」
クララが驚いて“えっ!?”と顔を上げたのを見て、エルヴィンは満足気にはにかむ。
「なによぉ、それ!
同じ歳だからって、言っていいことと悪いことがあるんじゃないかしら?」
「ははは、悪い悪い。」
クララはプンプン怒ってみせたが、エルヴィンが余りにも無邪気に笑うので、クララもつい笑ってしまった。
先程までの重苦しい空気が一気に軽くなる。
それは、兵士たちが壁外調査から帰ってきたばかりの兵舎のものとは、到底思えないような柔らかい空気だった。
笑いが途切れ、小さな沈黙が流れる。
「・・・はぁ、なんだか悩むのも馬鹿らしくなってきた。」
クララは溜め息をつく。
時計を見るともう深夜十二時。
二時には起きてパンを作ろうと思っていたから、後二時間しかない。
「エルヴィン団長、二時からパンを作る予定なんだけど、もう余り時間もないから、今日はここで仮眠を取るわ。」
「ここでかい?」
「部屋に帰ったら起きれなさそう・・・」
眠い目を擦りながら、クララは小さく欠伸をした。
さっきまで張り詰めていた緊張が、エルヴィンと笑いあったことで解れていた。
「じゃあ、君が起きるまでに私はこの書類を片付けてしまおう。
女性がこんな所で一人寝てて、何かあったら私もたまったもんじゃないからな。」
「いや、もういいですよ。
おばさんを襲う人なんていないから。」
嫌味っぽくクララは言い、テーブルに身体を預けては、そのまま眠りに落ちた。
向かいでスヤスヤと眠るクララを前に、エルヴィンは持っていた書類に目を通していた。
本当は他にも山ほど仕事があり、これはミケかハンジにでもやらせようと思い、それを持って行こうと思ってた矢先のクララとの会話だった。
ふとクララを見ると、テーブルに身体を預けては、安心したようにぐっすり眠っている。
エルヴィンは不思議な気持ちだった。
同じ歳だからなのか、それとも、兵士同士などという直接的な仕事の関係ではないからだろうか、クララを前にすると、自分が団長であることを忘れているような感覚に陥っていた。
先程の会話もそうだ。
からかったりするなど、余程の仲でない限り普段はしない。
「不思議なもんだな・・・」
ぽつりと呟いては、クララが普段新兵たちに慕われているのも理解できたような気がした。
きっと、兵士同士では埋められないものを、クララは補っているのだと。
そして、クララが自分には何ができるかと悩んでいたことは、実はもう既に答えは見つかっているのになと、エルヴィンは勝手に思っていた。
時計の針が二時を指す頃。
エルヴィンは持って来ていた書類を整理しては、目の前のクララの肩をトントンと叩く。
「時間だ。私はそろそろ休むことにするよ。」
「・・・ん・・・、もうそんな時間?」
クララはだるい身体を必死に起こし、目を擦る。
「ああ、もう二時だ。
私もそろそろ限界だ。」
「エルヴィン団長、私の代わりにパン焼いてよ・・・」
「馬鹿言え。
私にそんなことが出来ると思うかい?」
「やってみなきゃ、解らないじゃない・・・」
クララの親しみを込めた会話が妙に心地良く感じられ、ふっと笑みが零れる。
「よく言うよ・・・
本当にもう行くからな。
また朝食でよろしく頼むよ。」
そう言っては、まだ眠そうに目を擦りながら力無く手を振るクララを横目に、エルヴィンは食堂を後にした。
花季 -hanagoyomi-