試しの儀

「こちらで待ちなさい」

威圧的ではなかったが、優しげでもない口調で命じ、中年の男性がその場を去ると、いよいよ口から心臓の音が飛び出そうになる。広い。ただの待合、それも平民も平民の私が通されるもっとも格の低い場所だというのに、腰掛けには立派な織物が張られ、毛足の長い絨毯が敷かれ、窓には目に心地よい金糸の薄衣、天蓋には星の装飾ときている。場違いだ。どう考えても。

(しっかりしろ、そんなこと解ってたはずじゃないか)

怯えがちになる気持ちを叱咤する。

私は場違いな場所に知らずにきたのではない。場違いな場所に、知って挑みにきたのだから。

それでも、先ほどの文官が先導する回廊を進み、明らかにしつらえの違う紺碧の扉の前に立つころには、胸を突き破りそうなほどの動悸がしていた。
文官が扉を叩く。

「失礼いたします。文官志望者を連れてまいりました」

はいりなさい、扉の向こうから聞こえた声は、私が思っていたよりも柔らかく、若かった。
低く身を屈め、片膝をついた状態で文官が扉を開けてくれるのを待つ。うなじを晒す最敬礼を部屋の外で行い、武器をもたぬこと、争いの意志のないことを示す作法だ。

石造りの床に向け、腹から大きく声を出した。

「エルハと申します。試しの場を設けてくださり、感謝いたします」

この三ノ試しーー文官による口頭試問の場にまかりこすことができるのは、二度の筆記試問に合格したものだけだ。私のほかに二人が既に入室していた。どちらも男だった。衿もとの、白さに、あさましい私は目をとめてしまった。それは、至極当然の純白だ。文官になるものは、家庭教師をつけることができる富裕な家柄の男子と相場が決まっているものだ。目にするまでもなくわかっていたはずの「差」に、性懲りもなく心がひりつくのを感じた。
ーーそれを、変えにきたんでしょ。

「顔を上げなさい」

穏やかな、しかし威厳の伴った声に一斉に礼の姿勢を解いた私たちは、文机についたその人の面立ちに、同時に息を呑んだ。

ジャーファルさま。

八人将のひとりにして、シンドバッド陛下が最も信を置くと噂され、この国のまつりごとを司るおひと、そのひと。
到底、下級文官の試しの場においでになる方ではない。

「驚かせてしまい申し訳ありません。しかし、シンドリアは、真の人手不足に苦しんでいるのです。それは、私がこの場にいることで十分にわかっていただけることと思います」

決して先走らない、しかし要点だけを的確に抑える話し方。

「シンドリアのまつりごとを、ともに支えてくださる文官を、私をはじめ皆が求めています。そして、厳しい筆記試問を潜り抜けた皆さんに、直接お会いして聞きたいことというのはひとつだけです」

ーーあなたがたは、何ゆえシンドリアの文官を志しますか。

それだけ聞くことができればいい。そう言葉を結んだジャーファルさまの瞳を見れば、これが決してやさしい試しではないことがわかった。
嘘は許されぬ。
欺瞞も許されぬ。
誠のみを差し出さねばならない。

緊張のあまり、首筋をぬるい汗が滑り落ちた。

「恐れながら申し上げます。私は、シンドバッド陛下の御代をいっそう栄えさせるため、文官となりこの力を尽くす所存にございます」

堂々とした声で、端の男性が述べた。
わずかに震える声で、私の横の眼鏡をかけた男性も続いた。

「シンドバッド陛下のシンドリアを、よりいっそうの栄華に盛り立てるべく、微力を尽くしたく存じます!」

頷いたジャーファルさまのまなざしが降る。
腹が震える。
私は、
わたしは。

「私は、」

唾を飲んで、腹を決めた。

「私は、シンドバッド陛下の亡き後も、このシンドリアと世界が、戦なく、心の貧する民なく、続いてゆくために...私の、命を捧げたく思います」

私は今日、運命を、変えにきたのだ。