とあるイグニ寮生との攻防


秋も深まり冬の息吹が感じられるようになったとある日。肌を刺すような冷たい空気はなりを潜め、仄かにあたたかな陽ざしが降り注いでいる。季節は冬目前だというのに春のような温かさすら感じる。小春日和とはまさにこのことだ。
そんな束の間の穏やかさに浸る間もなく、デュースは廊下の一角で青いベストを着用した生徒に声を掛けられた。

「……あの、ちょっ、ちょっとお時間良いデスカ」
「ん? ああ、はい」

ベストの色で分かるようにイグニハイドの寮生だ。黒いスクエアタイプの眼鏡、幸薄そうな風貌。赤みがかった銀髪が目元を僅かに隠しているせいで表情がはっきりと見えない。──デュースはその生徒に覚えがあった。敬語を使って話しかけてきてはいるが学年はデュースの一つ上の二年生。
何やかんやと事件発生率の高いNRC。恐喝、詐欺まがい、傷害、挙げだせばきりがない。表立ってはいないが心霊現象案件も発生している。その摩訶不思議現象とも言える案件が大きく騒がれないのは偏に当事者が言いふらすことをせずに口を噤んでいるからだ。今しがた声をかけてきたこの生徒もまた、同様に口を噤んだまま自身の内に事を秘めている一人である。
また何かしら面倒ごとがあったのだろうか。無意識のうちにデュースの眉間が僅かに寄る。しかし、見る限り特に何かが憑いているわけでもなさそうなのだが。
そんな内心での疑問や懸念とは裏腹に、眼前に立つ生徒が発したのは予想だにしなかった言葉だった。言い淀んだかと思えばそのままガバリと勢い良く頭を下げられる。

「ゲーム実況する時に一緒に居てくれませんか……! あの本当に居るだけで良いんで!!」
「……は? ゲーム実況?」
「ホラゲ、なんです……極東にある国の……!」

はあ、とよく分かっていないながら生返事を返したデュースは訝し気に眉をひそめた。そろそろと伺うように上げられたその顔を見下ろす。自分は某寮長のように願望を叶える依頼や請け負っているわけではないのだが。都合の良い便利屋のような扱いをされるのではたまったものではない。
周囲にたまたま居合わせたイグニハイド生と思われる生徒は「極東のホラゲ」という単語に無言で十字を切った。

「あの国のホラゲは、その、えげつなくてですね、あの、本当に、ボク一人でやるの、本っ当に無理で……」
「いや、やらなければ良いのでは?」

デュースの返答は至極尤もだ。しかし、頼み込む彼としても引けない理由があったのだ。

「リクエストが! 来ちゃったんですよぉ!」
「左様ですか。でも僕には関係が無い事ですね」
「そう言わず、ご慈悲を……師匠……ご慈悲を……」
「あなたの師匠になった覚えは無ぇです」

必死な形相で縋りつく相手を前に、それでもデュースは心を動かされることはない。現実でも相手をしているというのに何故ゲーム上でも生者でないモノを相手どらなければならないのだ。御免被る。
ぺこり、一礼をしてデュースはさっさと話を切り上げることにした。

「お断りします。営業は終了しました閉店がらがらー」
「あ˝あ˝あ˝そんな! そんなこと言わないでぇ!」
「またのお越しもお待ちしておりません」
「師匠、お師匠……! そこをなんとか……! ご慈悲を!」
「慈悲? ここに無ければないですね」
「無情!」

踵を返そうとしたデュースの行く先を遮るようにイグニハイド生は小走りで移動し両腕を広げた。それを避けるように右へ左へと足を進める。まるでステップを踏んでいるかのような動き。カバディか、何やってるんだあいつらは、などという呟きがちらほらと聞こえてくる。

「……一応理由だけお聞きしましょうか」
「専門家が欲しかったからです」

デュースの問いかけに、周りをウロチョロと動き回っていたイグニハイド生の表情が一瞬にしてスンと無に近いものに変化した。大真面目に、心の底から思っていた言葉がコロッと口からこぼれ落ちたのだ。
実況の最中、一緒に居てくれるだけでいい。それは何も解説者欲しさや恐怖感を和らげるためだけに願ったわけではないのだ。それだけならば何もデュースでなくとも事足りる。同じ寮の趣味に理解のある生徒に交渉すればよい話だった。むしろゲーム実況に突き合わせるとなるとそちらの方が話は早い。プレイするゲームのタイトルを告げれば即座に断られる可能性は大だが。
それを何故、デュースに声掛けしたのか。もし、万が一、何かあった場合でも心霊的事象に関する専門家とも言えるこのデュース・スペードが近くに居れば。それだけで精神の安定剤にも等しい効果がある。……まあ要はかなり打算が入った依頼交渉だったのだ。
それを正確に察知したデュースはジトリと目を据わらせ右手をひらりと振った。

「他をあたってください。では」
「えっ、えっ、聞いたのに助けてくれないんです!? ここは折れて参加してくれる流れでは……!?」
「んなわけあるかい。……ん˝ん˝っ、甘っちょろい考えは捨ててくださいね。僕、便利屋ではないので。……ああ、それこそアレです、オクタヴィネルに行かれてはいかがです?」

けんもほろろに自分の願いを突っぱねられ続けた彼は軽く涙目だった。情けなくも眉が下がり、口角も下がり始めている。それでもあきらめきれずに再度口を開きかけた、その瞬間。

「ふふふ、お聞きしていましたよ。随分とお困りのようですね」
「う、わっ」
「ヒェッ」

どこから聞きつけたのか、第三者の声が割り込んできた。ぬるっとごく自然に現れたのはオクタヴィネル悪徳三人衆と名高い人物のうちの一人。デュースはのけぞり、イグニハイド生は身をすくませた。
ど真ん中ではないにしろ衆目のある廊下でやり取りをしていたことが災いしたのだろう。逃げられそうにはない。デュースは隣で体を縮こまらせた彼にチラリと視線をやり小さく息を吐く。内心で合掌したのだった。
しかし、これで自分が追いすがられる可能性も増加したような気がしなくもない。どうしたものかな、と思案する。眼前でにこやかに問いを投げかける男、それに怯えてデュースの後ろに隠れようと画策する男。デュースは視線を遠くに投げた。我関せずの態度を貫こうとしたデュースにも頻繁に声をかけてくるため、暫くは解放されなさそうだ。


2020.11.23.
2021.12.25.企画サイトへ収納
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ねくすと→「げーむはしょせんげーむ」「じっきょうしゃそっちのけでかいせつ」「きょうふのすえにタコがしぬ」
嘘です。