「げーむはしょせんげーむだというのに」


イグニハイド寮の一角。とある部屋にデュースは居た。
薄暗い室内の光源はテレビ画面と小さな室内灯のみ。右には赤みがかった銀髪のイグニハイド生、左には緩くうねった白波のような銀髪のオクタヴィネル寮長。片や黒いスクエアタイプのメガネ、片や細いシルバーのオーバルタイプのメガネ、それぞれが光を反射してその奥の瞳が窺えない。
ただ一つ言えるのはこれ以上ないほど空気が張り詰めているということだ。
タイプの違う銀髪メガネの上級生二人に両隣を固められたデュースは、内心で嘆息した。

両者共に、ただひたすらに無言。その場に流れるのはTVのスピーカーから流れるゲームの音声のみ。彼らの正面にドンと座している画面には暗く静かで、しかしおどろおどろしい空気を醸し出す光景が映し出されている。
夏の廃屋。完全に日が落ち切らない空が薄暗い。画面全体が薄墨色に染まっているかのようだ。
カサリと物が擦れる音が妙に大きく聞こえる。湿気を含む風がぬるく吹いていることがうかがえる音が、ふつりと途絶えた。

──ザザザッ

一瞬、画面に砂嵐が流れる。その一拍後、廃屋を映し出していた画面一杯に半透明の亡霊が出現していた。恨みがましい目でプレイヤーを見つめている。何をするわけでもなく、動くことも無く、ただぼうっと。それはそれで不気味だ。
それだけでもう、デュースの両隣に距離を詰めて座る二人は限界を迎えてしまったらしい。

「ひっ!」
「ヒィ!」

静寂が破られると同時にデュースの両隣で体を震わせ小さな悲鳴を上げる二人。無意識なのか全力で縋られ、掴まれ、締め上げられる両腕。ひしっと、なんて言葉では生ぬるい。

「痛い、痛い痛い痛い痛たたたっ」
「無理無理無理無理」
「何なんですかこれ心臓に悪いんですよいい加減にしてくださいほらほらどうにかしてくださいよ本職なんでしょう早く!」
「……作り物によくもまあここまでビビれますねぇ。ああ、あとゲームプレイヤーは本職ではないです」
「どうでもいいんですよそんなことはこの際!」
「何この理不尽」

全力でしがみつかれた両腕の血流が滞り始めたのを感じて緩く腕を振る。だが、あらん限りの力が込められた二組の両手は離れない。
コントローラーの操作しにくいんですけれども。そう告げれば僅かに緩められるが、それだけだ。
ジトリと据わった目で画面を見つめて、デュースは盛大に重く深い息を吐いた。しがみつく片方はとある寮の寮長であることも頭痛を増幅させる要因の一つ。吸盤で吸い付いたら梃子でも離れない、そんな自身の性質をここで生かしてほしくは無かったな。そんなことを考えながら淡々とコントローラーを操作してゲーム内の危機を切り抜けていく。
プレイするのはデュースではなかったはずだというのに、いつの間にかこの状態だ。実況者だったはずのイグニハイドの二年生がぎゃあぎゃあと泣き喚き一向に進められなかったせいである。

「ちょっと、先輩が実況者なんですからプレイ放り投げてもせめて実況はしてくださいよ」
「ひぃぃいいい無理無理無理でござる師匠の鬼畜!!」
「居てくれるだけでいい、って言ってたのは一体誰ですかねぇ」
「ごめんなさい師匠! でも無理です!」

デュースを師匠と呼ぶ彼の目には涙が浮かんでいる。比喩ではなく、実際に。

「……とりあえずこの扉を抜けるまでは進めてあげますから。その後は先輩が操作に戻ってくださいよ」
「……んぐぬぅ」
「なんて?」
「善処しますぅ……」

本当かよ、それ体のいい断り文句じゃないか。デュースは思わず内心でそう呟く。
半眼で右腕にしがみつく相手を見やると口をへの字に曲げた。視線を画面に戻せば、体のどこかしらが欠損した半透明の死霊が蠢いている。

「アンタがやると決めたホラゲでしょうに。責任もってやってくださいね」
「東の国のホラゲ舐めてましたすみませんこんなにやべぇとは思ってませんでしたすみません師匠助けてください」

彼の言う「東の国のホラーゲーム」とは、ザックリ言うならば和風のホラーゲームである。デュースにとっては馴染み深いもの。
しかしデュースの両隣で震える二人にとっては未知の文化であった。東洋のホラー文化──詳細に言うならば極東と呼ばれる地域のホラーやオカルトの文化は他とは一線を画している。精神的にじわじわとダメージを負わせてくるものが多いのだ。あと、結構えげつない。

「操作交代に応じない場合、僕は寮に帰らせてもらいますので。あしからず」
「ああああそれだけは! それだけは何卒ご勘弁を!」
「デュ、いえ師匠さんこの際僕と契約しましょう損はさせません」

離脱をほのめかせば両側から全力で引き留められる。SAN値が削られているであろう状況で名前をハンドルネームに言い直したのは流石と言えよう。さりげなく契約を持ち掛けているのは、それほどまでに縋りたいからか。
蠢く亡霊をサクサクと撃破してデュースはコントローラーを手放した。それを右隣に回して、操作権をこのホラゲを実況することとなった元凶である彼の元へと戻す。それにより自由になった右腕にようやく血が通った。鬱血していそうだな、と手を開閉させながら頭の隅で呟く。

「先輩も、手を放して頂けません?」

促せば渋々と言った様子でデュースの左腕が開放された。随分と長いこと拘束されていたような気がする。
ぐるぐると両腕を回し、ついでに肩も回す。その横では恐る恐ると操作を再開した彼が悲鳴を上げていた。

(どーしてこうなってしまったかなぁ)

デュースはそう嘆息せずにはいられない。予想していなかったと言えば嘘になる。しかし、まさかここまでとは。
自身がゲームをプレイする側にカウントされるとは思っていなかったのだ。ただ解説を加えて東洋の知識を補っていけば良いだろう、と考えていただけに多少疲労感を覚えつつある。

扉を通り抜けたことにより亡霊が消えた画面。映し出されているのは廃屋の内部だ。狭く、埃が待っている廊下。土壁に罅が入り一部が崩れている。
プレイヤーが操作するキャラクターがゆっくりと歩を進めるその進行方向の壁から、ぬっと出現する半透明の手。部屋に二人分の悲鳴が響いた。
よくもまあ、こうも作り物でビクビクできるものだ。

(早く帰ってクローバー先輩に貰ったクッキー食べたい)

そろりと足元に寄ってきた小型の亡獣を指打して遠ざけながら、頭の隅でぼんやりとそんなことを考えた。

なぜデュースがホラーゲームのプレイ現場に居合わせているのか。事は数日前まで遡る。
廊下で交渉を繰り広げていたのが良くなかったのだろう。己の利になりそうな物事に目ざとい、とある寮に情報が飛んでしまったのだ。物の数分でオクタヴィネル寮長であるアズール・アーシェングロットが登場した。たまたま近くに居たのだ、と言っていたが実際どうなのか定かではない。(前話参照)
その後、アズールにより逃げ道をふさがれ、イグニハイドの二年生には追いすがられ、モストロラウンジへと足を運ぶ羽目に。何やかんやでホラーゲームの実況現場に同席することと相成ったというわけである。

数日前の攻防を思い出しながらデュースは部屋の壁に走らせていた視線を画面に戻した。
どうやらいつの間にかマップが切り替わるくらい進んでいたらしい。プレイヤーが操作するキャラクターが人形の飾られている一室を横切るところだった。
通り過ぎると同時に、ひな壇に飾られていた人形の首がコロリと落ちる。音も無く、てん、てん、と床を転がっていく首。その顔の両目に瞳は無く、ただ二つの虚ろが画面越しにプレイヤーを見つめている。
操作していたイグニハイド生の身が竦み上がった。大袈裟なくらい跳ねる肩。両手に力が入りすぎて押すつもりのなかったボタンを押してしまったらしい。

「う、わ、ひぃぃぃ!」
「アッちょっと何をやって……! ……っ!」

結果、落ちた人形の首を持ち上げてしまった。声にならない悲鳴が上がる。

(ホラー苦手なのに、なんでアーシェングロット先輩はこの実況に単身で乗り込んできたんだろう。契約しなければ良かったのに。……契約する時も顔とか引き攣ってたし、引くに引けなかったのか?)


意地を張らなければ良かっただろうに、等とは思っていても口には出さない。
デュースはこの日何度目かになるかもわからないため息を吐いた。頬杖をついて誤操作のためか荒ぶる画面を見つめる。この調子ではエンディングへ行きつくまで、かなりの時間を有しそうだ。前途多難である。

──この日の夜、風呂から上がったデュースは部屋に戻るなり同室の三人から戦慄の目を向けられた。視線は両腕に釘付けである。デュースの右腕にはうっすらと、左腕にはくっきりと手形が残ってしまったのだ。
手形それぞれの犯人である先輩二人。彼等から菓子折りを丁重に差し出されたのは完全なる余談である。







よほどこのゲームと実況が印象深かったのか、はたまたトラウマとなったのか。後日アズールが学園生活の中でうっかり口を滑らせた。デュースを呼び止める際にハンドルネームを口にしてしまったのだ。

「ああ、師匠さん良い所に」
「えっ」
「あっ」
「ん〜? アズールってばサバちゃんに弟子入りでもしたの、ウケる」
「……先輩、これ多分暫く言われると思うんですけど」
「……すみません」

──結果、しばらくデュースは師匠、お師匠と呼ばれることになったのだ。面白がってクルーウェルやサムが呼び始めたのも呼称が周知されるに至った一因だろう。
悪乗りする時はとことん乗る人間が集うNRC。おもちゃを見つけたかのような顔で自分を「師匠」「お師匠さん」と呼ぶ知り合いを前に、デュースは何とも言えない表情を浮かべたのだった。


2021.2.19.
2021.12.25.企画サイトへ収納
──────
尻切れトンボですが、すみません。ちょっと飽きました。