本当にあった少し不可思議な話A
「いやぁ悪いな、デュース」
「お前も災難だったな、借りているアパートに欠陥があったせいで『一か月も余所で過ごせ』なんて言われるなんて」
「本っっっ当にな!!」
エースが困り果てた顔でデュースに頼みごとをしてきたのは数日前のことだ。理由は先の会話の通りである。
住んでいる場所、一人暮らしであること、借りている賃貸の条件、それ等を踏まえてエースが声を掛けられる相手は限られていた。その中にNRCで同室でもあったデュースも含まれていたのだ。デュースであれば、よほどのことが無い限り断りはしないだろう。そんな考えも多少はあった。しかし、単純に気の置ける相手であるということが一番の決め手だったのだ。
そしてエースの予想通りとんとん拍子に話は進み、今に至るというわけである。
「でもまあ、俺の住んでいるところはちょっとその、立地的にあまり一般受けが良くないんだが……本当にそれでもいいのか?」
「良いって。ってか何度目だよそれ。墓地がちょっと近くにある、ってだけだろ?」
「いや近くというか、……うん、まあお前が気にしないならいいか」
歯切れも悪く若干言葉を濁したデュースを横目で見やり、エースはからりと笑う。何をそう気にしているのか。
──後に彼は苦虫を噛み潰したような顔で語る。あの時ちゃんと話を聞いておくんだった、と。
エースがデュースの借りている部屋に転がり込んできて早二週間。特に目立ったトラブルもなく、互いに干渉しすぎない日々を過ごしていた。
いや、そうは言えどもエースは相変わらずデュースから小言を投げかけられている。まあ部屋の主であるのだから当然と言えば当然のことだ。しかし苦言を呈されるエースからすれば慣れたもので、ほとんど聞き流していた。慣れた相手には末っ子感全開。こういう奴である。
事件──エースはそう思っている。ソレはこの若干生活に慣れてきた頃に起こった。
日も暮れ、浴室でシャワーを浴びている時のことである。ふとシャワーの音にまぎれて、コンコンと二回。軽いノックの音がエースの耳に入った。この時はデュースが何か物を取りに来たのか、伝言があるのか、どちらかだろう。そう思っていた。そして、ノックだけで声を掛けてこないのは珍しいな、とも。
「はぁい、なーにー?」
とりあえず返事はした。しかしひたすら無音。エースが予想していたデュースからの返答はない。
そこでようやく違和感を覚えたエースは片眉をひくりと動かし、むっと唇を尖らせる。内心はちょっと面白くなかった。ノックしておいて無視かよ、と。
はぁ、と盛大にため息をついた彼は仕方なしに手早く済ませてシャワールームから出ることにした。ふとシャンプーやリンスとは違う花の香りを感じる。エースはドアを開けると開口一番に機嫌を損ねていることを隠そうともせず不満を告げた。
「ねぇ、さっきのノック何だったわけ?」
「は? ノック? 何のことだ?」
「は? 俺がシャワー浴びてるときにノックしなかった?」
「ノックも何も、俺はこの部屋から出ていないぞ? 聞き間違いじゃないのか」
デュースの言葉を最後に沈黙が落ちる。手元にはエースが戻ってくる瞬間まで読んでいたであろう本が半開きだ。
よく考えてみなくとも、そういった悪戯や悪ふざけをする奴ではない。エースはそれを知っている。だからこそ、その返答が嘘偽りのないものであると分かった。分かってしまった。
──ならば先程のノックは、誰がしたのか。エースは誰に、いや、何に返事をしたのか。
ぞわり。悪寒が背筋を走ったのは、得体のしれない何かが扉を隔てた向こうに居るかもしれないという想像のせいか。決して寒くはない気温のはずだったが、エースは鳥肌が立っていた。
「……まあ、気にするな。どうせ風のいたずらだろう」
「そう、か? 風なんて吹いてなかったけど」
「じゃあ虫だ」
「そんな音出せそうなデカイ虫とか居てほしくないんだけど!?」
興味が失せたような表情でデュースは本に視線を戻している。ぺらりと紙のこすれる音がやけにエースの耳を刺激した。
──そして、その後は何事もなくエースが滞在する期間である一か月が過ぎた。
「悪ぃな、本っ当に助かったわ」
「いや別に気にしなくて良い。ちゃんと滞在費貰ってるし。……そっちの改装、今回で済めばいいけどな」
「流石に無償で置いてくれなんて言うわけないだろ!? ってか、やめろフラグ立てんなっての」
「はは、すまん。……じゃあまたな」
デュースに手を振られてエースはアパートを後にする。
アパートの敷地から出て数歩と歩かない内に、エースの鼻をかすめる香り。柔らかなそれは幾度となく嗅いだ覚えのある香りだった。強く感じたのは花の香。つられるように視線が自然と動く。エースが約一か月の間過ごしたアパートの方面である。正確に言えば、その真後ろにある空間。
──木々に遮られるようにしてではあるが、見えたのは白い十字架だった。それも一つではなく複数。果たしてそれが何であるか。そんなこと子供でも分かる。墓である。
ここでようやくエースは自分迂闊さを自覚して、約一か月前の自分を呪った。デュースの言葉足らずなど今に始まったことではない。軽く考えずにきちんと話を聞くべきだったのだ。
視線をゆるりと動かして白い十字架たちから焦点をずらしていく。全身にじとりと妙な汗をかいていた。意識してゆっくりと息を吐き出し、竦み上った身体に酸素を送る。
完全に視線を逸らした後は、もうこの場から離れることしか頭になかった。力の入らない足を懸命に動かし無意識のうちに駆け足になっていくエースを責められる者は誰も居ないだろう。
路地の角を曲がりアパートが視界から完全に消えたところで、エースは足を止める。そして内心で叫んだ。
(……あいつ、あの野郎……! 何が「近く」だよ。真後ろじゃねーかッ!!)
ひくりと口端が引き攣る。嫌な汗が背に滲む。
何が最もエースの恐怖心を煽ったか。それは、気付かなかったから。この一言に尽きる。
約一か月もこの周辺を歩き回っていたにもかかわらず、このアパートの後ろに墓地があることに気付かなかった。かなり小規模とは言え何故なのか。その理由を見つけらないのだ。なぜ今、この瞬間、アパートを後にするタイミングで気づいてしまったのかも。
そして、もう一つ思い出したことがある。
(……そういや、あのノックの音だけの、たしかハロウィーンに近かった、ような……)
エースは考えるのをやめることにした。精神衛生上あまり良くない気配を察知したためである。ある意味賢明な判断とも言えよう。
その数か月後、エースはデュースから引っ越した旨を聞きホッと胸をなでおろしたのだが。……まあそれは余談である。
2021.8.15.本館サイト掲載
2021.12.25.企画サイトへ収納
──────
■『ああそういえば盆だったな』
実録A:友人のアパートにお邪魔したのがちょうど八月、ノック音が聞こえるも友人はネットサーフィン中。真面目で悪戯するような人ではないので筆者も友人も????って状況だった。あとアパートの後ろが墓地でそれに約一か月気付かなかったのも実話。こわいね。筆者の鈍さが。
代理:夢見主くん/友人、エースくん/筆者
夢見主くんは「悪戯」って言ってるよ。この話の中ではそういうことだろうね。