出会いとシャンデリア

12

入学式の翌日、自身のクラスや教科のオリエンテーションを終えたデュースは寮に戻ろうと鏡舎に足を運んだ。誰も居ないうちに自室でやりたいことがあった為だ。
――だが、その計画も頓挫することになる。この場に飛び込んでくる男子生徒と、それを追って駆けてくる一人と一匹に関わる事よって。

「どいたどいたぁ!」

どこか聞き覚えのある声にデュースは肩をビクリと跳ね上げた。
はたしていつ、どこで。そう考え答えに辿り着く間もなく目の前に男子生徒が現れる。よくよく見てみればハーツラビュル生であり、更に言うならばルームメイトにしてクラスメイトの一人だった。奇しくもデュースが仲良くなれなさそうだな、と考えていた人物。
何事だろうか。目を瞬かせてデュースは身体を後へと退ける。しかし、次いで縋るように飛んでくる声。

「そっ、その人! 罰則の掃除をサボる悪い人! です! 止めてぇ!」

必死に駆けながら息をきらせて訴えかけてくる、気休め程度の男装をした少女。――後にオンボロ寮の監督生と呼ばれる人物である。
一瞬だけ躊躇したがデュースは胸ポケットに手を伸ばした。

「罰則のサボりは駄目だろ。……ええっと、進路妨害妨害……そらよ」

ヒョイッとマジカルペンを振るう。実家で菜園に使用しているちょうど良い重さの軽石を召喚した。ちゃんと位置も調整して進路を阻害する場所へ落としたため、大きな怪我をすることは無いはずだ。

「うぉぉおおおおお!? おまっ! 殺す気か!?」

跳ねた髪の男子生徒は大袈裟にのけぞる。そしてワタワタと青い炎を耳から出しているぷっくりした動物と、息を切らせてようやく追いついたらしい男装少女に捕まった。これで一件落着、なのだろうか。
男装少女は怪訝な顔で落ちているちょっと大きめな軽石とデュースとを交互に目線を走らせている。ポツリと「大釜じゃ無い?」と聞こえたのは果たして気のせいだろうか。さして気になる事でも無かったためデュースの意識は男子生徒の方へと戻った。

いやしかし、安全性を考えて軽石にしたし、きっちり計算して落としたというのに。殺意があったと思われるとは非常に心外である。……まあ、クッションを召喚すればよかったかな、と今になってちょっとだけ思ったが既に済んだことだ。

「心外だな、ちゃんと避けられるような位置に落としただろ。あとこれ軽石だぞ。めっちゃ軽い」
「軽石だろうが何だろうがこれ石! しかも無駄にでけぇ! 当たり所悪かったら死ぬヤツじゃん!!」

非常に元気よく詰め寄られる。直に当たれば確かに擦り傷が出来ただろうが、重さ自体は本当にそれほど無いのだ。おそらくこの大きさでも片手で持ち上げられるはず。
今にもため息をつきそうな顔でデュースは言葉を返す。

「だから位置は調整したって言っているだろう。それとこれ、めっちゃ軽いんだぞ」
「石が軽いわけ無くねぇ? ってか俺が避けられなかったらどうしたつもりだよ!?」
「まあ、その時は足の指が腫れる程度だろ。とりあえず持ってみろよ」
「はああ? 重…………くない。え、軽。こんなにでかいのに気持ち悪ッ!?」

随分と騒がしい男である。軽石を持ち上げてぎゃーぎゃーと声を上げる男子生徒を横目で見て、デュースは捕獲する側だった相手の方へと顔を向けた。

「それで、なんでまた罰則なんてことになっているんだ?」
「ええと、それは……かくかくしかじかで……」

雑用係と名乗った彼女が眉を下げてその問いに答える。
ハートの女王の石像を傷つけた罰として窓ふき百枚。そうなる経緯をザックリと聞いたデュースは頭痛に襲われた。ううん、と呻きながら右手で額を覆う。

「………………いや、普通に、マズいことじゃないか。何で罰則から逃れられると思った? むしろ罰則放りだして更に重ーい罰則が来るとか考えられなかったのか?」
「えっ、いやそのー、バレなきゃ追加の罰なんて与えられるわけ無いじゃん?」

自分さえ良ければそれで万事OK論。なんというヤツだ。デュースは思わず半眼で目の前の相手を見やる。いや、この学校でこれはある意味基本的思考であるのだが、生憎とデュースはまだそのことを知らない。
何とも言えない表情を浮かべながら、デュースはパッと軽石を元の場所へ戻す魔法を発動させこの場から消した。

「ってか、そういやお前、誰?」
「デュースだ。同室で同じクラスだったはずだろ。覚えろとは言わないが、完全無視はしないでくれよ」
「へー。そうだっけ?」

あまり興味のなさそうな返事。自分から聞いておいてこの態度とは。やはりと言うべきか、現時点で彼のことはどうにも好きになれなさそうだ。
目の前に立つ彼の顔から視線を外し、ふと覚える違和感。何だ? と眉を寄せてデュースは原因に気付いた。

「……ところで、一緒に居たあの黒いヤツ居なくなってるが良いのか?」

ウロチョロしていた黒い毛玉が消えていた。雑用係の彼女が愕然とした様子で狼狽えながら泣きそうに顔を歪めている。

「あんの! 毛玉……!」
「グ、グリムいつの間に……!」

顔に描かれたハートマークが歪むほどに凄まじい形相でエースが吠えた。
その声にデュースはどことなく落ち着かなさをおぼえて僅かに身じろぎする。ああ、やはり、どことなく記憶の中の誰かを彷彿とさせる声だな。横目で彼へ視線を投げるとほんの僅かに目を細めた。

「まあ、乗りかかった船だ。手を貸そうか」
「お、お願いします!」
「お前のせいであの毛玉が逃げたんだから当然だろ! 窓ふきも手伝えよ!?」
「いや、それは関係ないだろ。……後でキッチリ学園長に絞られるんだなこのハート野郎」
「ウゲッ」

ジトリと恨みがましい目を向けられたが、罰則に関する事はデュースには関係の無い話である。ちょっと言葉尻がとげとげしくなってしまったのはエースの態度に比例してしまった結果だった。あまり良くない対応だったな、と頭の隅で少しだけ反省する。自分の態度を改めるかはまた別の話だが。
中身に五十代後半のシンシと三十代のシュクジョが含有されているのに大人げない? 肉体はぴちぴちの十代である。

(さて、と。ローファーで思い切り走ってすっぽ抜けなければ良いんだけど)

トントンと靴のつま先で地面を叩く。今履いているのは昨日まで履いていたウォーキングシューズではなくローファーだ。紐靴などで固定できる形状はないため出せるスピードは劣る。だがこちらを嘗めきり悠々と駆けていった毛玉一匹に追いつけないほどではない。
授業が本格的に始まっていないため空っぽに近いリュックの紐を調節する。下手に動かないように。やはり動きやすさ重視で選んで良かったな、と内心で呟く。
行くぞ、と彼らに一声掛けてデュースは走り出した。後の二人のことなど見てはいなかった。校舎の外へ飛び出し黒い毛玉を追いかける。
それほど道幅も広くない一本道。グリムが道から逸れずに駆けていくおかげでデュースとしても追いやすい。口角が僅かに上がった。ひょっこりと地面に生えている仄白い手を光景の中に視てデュースは足裏に力を込めて地面を蹴る。大股でソレを飛び越え駆け抜けた。おそらくはこの道を通る生徒の足を掴んでいるだけの存在だろう。引きずり込もうとするのはもっとハッキリと視える。特にソレを気にするわけでもなくどんどんグリムとの距離を詰めていく。
タタッと後に足音を聞き、エースが同じスピードかそれ以上で走っているのを察した。スニーカーな分、デュースよりは動きやすいようだ。
幾人か生徒が歩いているのを散見できるが、誰もが巻き込まれたくないのかさりげなく距離を取っている。小さな相手を捕らえるには障害物は無い方が楽なのでデュース達にとっては願ったり叶ったりである。
そして、デュースとエースはちょこまかとせわしなく逃げ回るグリムにあと一歩という所まで近づいていた。

「……さあ、追いついたぞ、観念しておとなしくするんだな」
「ふな゙ぁ゙!!」

――後にグリムは語る。この時のデュースの目は狩る側の眼をしていた、喰い殺されるかと思った、命の危機を感じた、と。

ぼわりと青い炎を吐いたのは恐らく生存本能からだったのだろう。もろにその炎を受けそうになったエースが慌ててマジカルペンを振るった。風に煽られて炎は頭上へと巻き上げられた。チリッと火の粉が舞う。
下手にこの二人をぶつけたら物理的に大炎上しそうだな。そう判断したデュースは一人と一匹の間に割って入るようにエースより前に身を乗り出した。

「合わせろジュース!」
「デュースだ。ってかそんな事せんでもこうすりゃ良いだろ――いでよ大釜!」
「おあっ!?」
「ふな゙!?」

エースの真横、グリムの真上に大釜を出現させる。釜口を下にして小さな身体の真上から垂直に落とした。ドン引きしたエースの声とグリムの悲鳴が上がる。
簡易的な檻の代わりだ。流石に小動物に似た姿形をした動物を押しつぶすような真似はしない。たとえ生態の分からぬ魔獣とはいえ。……常人の目には視えない異形などはまた別であるが。
無事にグリムを捕獲したためデュースはお役御免と言わんばかりに手を振った。

「無事に捕獲したことだし俺はこれで失礼するよ。エースは罰則、キミは仕事、頑張ってくれ。それじゃあまたな」
「えっ」

役割は終えた、そう言わんばかりに手を上げてデュースは別れを告げる。頭は既に自室でやるべき事を考え出していた。
しかし、その思考を遮るかのように耳へと届くか細い声。キョトリと眼を瞬かせたデュースは顔を上げる。

「どう、して……?」
「は?」

雑用係の彼女が愕然とした声を上げた。――その瞬間だった。
ぶわり。彼女の胸元近くの虚空から何かが這い出てくる。翅を広げゆっくりと羽ばたく。それが一体何なのか。目視して、理解して、デュースは背筋が凍った。
ピンポン球程度の大きさの、蝶のような物体が浮いていたのだ。あのストーカー化した少女の周囲に飛んでいたモノと似てもにつかぬソレ。
過去生を含め、デュースは視えるようになってからソレが生じる瞬間を初めて視た。更に言うならば出会ってからソレを発生させるまでの時間、最短記録を更新である。全くもってめでたくない。

「っ!」
「な、なんで……」

デュースの言葉のどこに衝撃を受けたのかは分からないが、彼女の瞳が大きく揺らぐ。その拍子に彼女の腕の拘束が緩んだ。その隙を、逃亡を企てる動物が逃がす訳が無かった。

「あっ!」
「こんの狸またっ! ってかアンタもしっかり捕まえとけよ!!」

雑用係の彼女が呆然と立ちすくむ中、エースが頭を掻きむしって走り出す。捕獲大作戦もとい追いかけっこ、再びである。
元来た道を戻り、校舎内へと続く通路を通り、辿り着いたのは大食堂。
見た目通りの動物らしい動きと魔力で身体を浮かせシャンデリアに登ったグリムの挑発よりも何よりも、デュースには不安そうに身を竦ませたシャンデリアの付喪神と思わしき女性の姿に気を取られた。魔法でグリムをどうにかしようとマジカルペンを振るったエースの焦る声も、雑用係の彼女が叫ぶ声も、グリムの行動を制止するには到らない。
そして――シャンデリアが落ちた。
その瞬間のことをデュースはあまり覚えていない。覚えているのはつんざくような人ならざる彼女の悲鳴と、その周囲で狼狽える人間の声。脳裏に蘇った前々世での記憶がデュースを苛んだ。最も胸を抉られるような、心を引き裂かれるような、そんな痛みを伴う記憶。
ドッドッと自身の心臓が暴れるように脈打つ音しか聞こえない。他人が喧々囂々と何かを言い合っているのが幕越しに聞いているかのように遠くに聞こえる。床に散らばる数多のガラスパーツ。天井から落ち、罅入った細やかなそれらを前にデュースの手は震えていた。傷ついたシャンデリアが息も絶え絶えに上げる苦悶の叫びが心臓を貫くようだった。
感覚が鋭い、感受性が高い、というのは時に苦痛を伴う。無意識に同調してしまうことがあるせいだ。デュースも元々その傾向はあったが、当然対策はしていた。それが上手いこと作用しなかったのは精神状態が平常とはほど遠い状態だったからに他ならない。

(直、さなきゃ……手入れしなきゃ……早く、消えてしまう折れてしまう死んでしまう早く、早く手入れを)

左手に霊力を込めて付喪神の彼女が消えないよう状態を維持させながら、右手でマジカルペンを握り修復していく。眦がじわりと濡れる。目には僅かに涙が滲んでいた。デュース自身もなぜここまで動揺しているのか理解出来ていない。
そんなデュースに追い打ちを掛けるかのように学園長の怒号が響いた。
大食堂の惨状を確認した結果、学園長が言い渡したのは――全員退学。シャンデリアを破壊した主犯のグリム、むきになり魔法でグリムを打ち落とそうとしたエース、双方を止められなかった雑用係とデュース。他にも静観していた生徒は居たというのに、デュースが彼らと一纏めにされたのはシャンデリアの修復を率先して行ったせいでもある。感情のままに取った行動が裏目に出ていた。

「――君もですよスペードくん!」
「はあ……、はあっ!? このシャンデリア破壊と、僕は、関係ありません!」

表面上取り繕ってはいたがデュースはこの時正常では無かった。
だからエースとグリムを止めずにいた責を問われ、進んで修復に尽力した行為について言及された際に咄嗟の返答ができなかったのだ。

「君が関わっていないのだと言うのなら、なぜ修復を? こうして修復しようとしているのが何よりの証拠ではありませんか?」
「そ、れは、」

デュースはそこで口を噤んでしまった。痛そうだったから、死んでしまうと思ったから、等と答えて納得などされるものか。明らかに人ならざるモノの存在が視えていない、聴こえていない者を相手にするのは前々世でよくあった事だ。理解されず罵倒され、時に脳の異常を疑われることなど、嫌という程経験済み。そんなデュースが無自覚に錯乱した状態で相手を納得させられるだけの返答など出来るわけも無かったのだ。はくはくと口を開閉させるが言葉など出てこない。

そして、いつの間にかドワーフ鉱山へ向かい魔法石の探索を行うことになっていたのだ。それは主に雑用係の彼女の説得と交渉が功を奏した結果である。
目を白黒させ静かに狼狽えるデュースへと、雑用係の彼女は訝しげな視線を向ける。生憎と割と深刻なダメージを精神的に負っていたデュースはそれに気付くことは無かった。

「…………どうして……どうして原作と、こんなに違うの……!」

悲痛な嘆きがポツリと、大食堂の喧噪にかき消されて消えた。


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2020.8.8.支部に投稿しました
2021.12.30.別館サイトに掲載

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