鉱山と怪物

13

ぶつくさと文句を言いながら歩くエースの背を小突いてデュースが足を運んだのは闇の鏡の前。この頃になると過敏になっていたデュースの精神も落ち着きを取り戻していた。
何となく嫌な予感がしたため寮に取りに行きたい物があったのだが、そう口にした瞬間エースとグリムに「逃げるつもりか!?」と異口同音に叫ばれた。こんな時だけ仲良しな一人と一匹に呆れた目を向けてデュースは寮に戻るのを断念した。
まあ、何かあれば召喚魔法で手元に呼び出せばいいだろう。にぎにぎ、と右手を開閉させて今ここに無い刀を脳裏に思い描いた。
退学の危機に曝されているとは思えないほど落ち着いているデュース、むっすり唇を尖らせているエース。その後で雑用係の彼女は肩身が狭そうに縮こまってしまっている。チラリと一瞥してデュースはその肩を叩いた。

「さ、行こう」
「……は、はい!」
「おー。パパッと行って帰ってきますか……あ〜あ、にしても何でこんな事になっちゃったかなぁ」

肩を落として気怠げにため息をつくエースへと顔を向ける。いくら嫌だと嘆いても、今日の晩までにこのミッションを達成させなければ皆揃って仲良く退学なのだから。腹をくくって探索に行くしかないのだ。
……まあ、デュースからすれば完全なるとばっちりなわけだが。こうなってしまった以上仕方が無い。学園長に抗議しようにも話を聞き入れてくれる様子ではなかった。ならば魔法石を無理矢理にでも探し出して眼前につきだしてからオハナシを聞いてもらう他ないだろう。
平静を装っては居るがデュースはちょっぴり頭にきていたのだ。伝統ある歴史深いシャンデリアの破損は確かに衝撃だっただろう。だがしかし、善意で修復作業を行った生徒に対して退学通告をするなんて、なんたることを。デュースの中身が年相応だったらきっと泣いていた。まあデュースが学園長と同じ立場だったのなら同じくデュースに疑いの目を向けたかもしれないが。
今考えても詮無きことだ。ふるふると首を横に振り鏡へと歩を進める。

「時間が無いしな、とりあえずサクッと行って帰ってこよう。……移動もマジカルホイールがあれば楽だったんだろうけどなぁ」
「あったとしてどうやって持ってくつもりなわけ??」

エースからのツッコミは聞かなかったことにした。





――ドワーフ鉱山
闇の鏡に導かれて辿り着いた先に広がっていた光景にデュースは息を呑む。明らかによろしくない空気が漂っていた。デュース達が現れたことを敏感に察知したのか、森中のざわめきがどんどん大きくなっていく。しゅるりと木の根の隙間に縄のような、蛇のような何かが滑り込んでいくのを目端に捕らえた。

(やっぱり無理言ってでも刀持ってくりゃ良かった……失敗したな)

視界の隅にチラチラと蠢く何かを見止めて僅かに身構える。黒い靄が流れていった。木々に寄り添うように白い花が咲いていた。だが、ゾッとするような違和感を覚えて目を細める。よく視ればそれは花などでは無かった。手が花を模っていたのだ。うえぇと口に出さずに呻くとデュースは顔をしかめた。
うぅ、と声が聞こえてマジカルペンに手を伸ばすが、その声の主がグリムだと分かり息をつく。なんとも紛らわしい。

「うぅ、何か出そうなんだゾ……」

震えた声で呟くグリムをチラリと見下ろすとデュースは興味深げに目を瞬かせた。
すぐ傍に居るんだけどな。むしろグリムの頭に栗鼠のような小さいのが乗っているんだけどな。そう思ったものの口を噤んだ。採掘場があるはずの方向へと顔を向け視線を逸らす。魔獣とはいえウロチョロ動き回っているモノが視えていないらしい。つくづく不思議な生き物である。
耳をぺたりと伏せて前へと進むグリムを余所に、デュースはリュックからがさごそと携帯用の霧吹きを取り出した。精製水に水晶を入れたものを常備していたのだ。寮の部屋に置いてある物とは違い片手に収まる大きさ。水漏れなどの可能性も考慮してプッシュするスプレータイプ。内容量は心もとないが携帯するにはかなり重宝していた。それをシュッと一吹き。霧吹きでソレを狙えば瞬く間に消えていく。

(……キリが無いな)

デュースは据わった目でジトリと周囲を見渡した。
人があまり立ち入らない、人の手が入らないような場所は人ならざるモノの温床になっていることが多い。お決まりのようにウヨウヨと居る。下手をすれば力の強い厄介な異形や化生の住処になっている場合もある。
まあ、つまり、何が言いたいのかというと。――もの凄くいっぱい居る。
霧吹きで何度シュッとしても湧いてくる黒い靄、仄白い小さな手、真っ黒な土に塗れたような小さな足。逃げていったと思えば少し時間を置くと戻ってきて周囲に纏わり付いてくる。
余りの多さにデュースは辟易した。今ここに自身の手に馴染んで久しいあの刀を召喚しても良いが、おそらく全ては捌ききれない。前々世で慣れ親しんだ術で蹴散らそうにも、雑用係の彼女やエースたちの視線があるためなるべく避けたい。
一掃できるような手段があれば良いのに。そう考えてふと脳裏に浮かぶ銀色。

「やはりマジカルホイールを学校に持ち込めれば今回の件も万事解決だったのでは?」
「なんて??」

その呟きを拾ったものの内容を呑み込めず理解しきれなかったエースは聞き返した。にへらと曖昧に笑ってデュースは視線を逸らす。それ以上の言及はないことに内心ホッとしながら後ろ頭を掻いた。

もう乗らない、と不良達に言ったもののデュースは必要に駆られて何度かマジカルホイールで夜の道を乗り回していたのだ。その名残である。何かを考えるより一瞬で片付けられてしまう楽さを覚えてしまったが故の発言。
これを人は脳筋という。


少し進んで小屋を発見するが、随分と長い間放置されている空き家だった。デュースは何となく予想できてしまったため中には入らず外で待機する。興味本位で中に入っていったエースとグリムが出てくるのを待つことにした。
そんな中、雑用係の彼女が眉を下げ、不安を顔に浮かべてデュースに話しかけようと口を開く。だがどうにも言葉を見つけられないのか不発に終わった。それを察したデュースはチラリと視線を彼女へ向ける。相も変わらず、先刻彼女の胸元付近で生じた蝶のようなソレは、付かず離れずの距離で灰色の翅をはばたかせている。

(なんであのタイミングで生じた? 発現条件が分からなくなってきたぞ……)

デュースの懸念とは別な意味で問題が増えた気がしてあまり良い気分では無い。この蝶のように視えるモノが何なのか、ある程度の予想はついていた。だが決定打に欠けているため確信には到っていなかったのだ。今回のことで固まりかけていた仮定に自信が無くなっていく。デュースが顎に手を当て思案にふける中、彼女は終ぞ話しかけてくることは無かった。

「なーんもない。魔法石があるとすれば炭鉱の中だよね。とりあえずそっち行ってみよーぜ」
「ああ」
「ま、まだ蜘蛛の巣取れないんだゾ……」

埃に鼻をむずむずさせて顔を歪めたエース、顔に引っかかった蜘蛛の巣を取ろうと苦戦しながら出てくるグリムを迎える。グリムのリボンにドクロ型の蜘蛛がぶら下がっていたがデュースは指摘せず視線を逸らした。エースが指摘しないということは、つまりそういう存在なわけだ。下手に指摘して無駄に混乱を生むのは得策ではない。昔からずっと気を配ってきたことでもある。
気付いても、視えていても、デュースの胸の内に秘めたのならそれは外からみれば無いのと同じだ。沈黙は金なのである。

そのまま自然と歩き出してから数分。一同は鉱山の入り口、ぽかりと口を開ける坑道前に立っていた。
ビビってる、ビビってない、という無限に続きそうなエースとグリムの応酬を背後に聞きながら、デュースは一人さっさと鉱山内部に入っていく。それに気付いたエースが「協調性まるで無いのな!?」と叫んだ。

「置いていくぞー」
「あーもう、行く! 今行くから!」
「まっ待ってスペード君!」

慌てて追ってくるエースがデュースに続いて坑道に足を踏み入れる。
――暗視の術、という前々世で重宝した術がある。それを自分の両眼にかけてデュースは鉱山内部の探索を開始した。結晶が所々見え隠れしている。そして、やはり居る大量の人ならざるモノ。おそらくは、だが。デュースが巻き込まれてこの場に居るということは何かしらの意味があるのだろう。外とは比にならない程にうようよと蠢いているソレ等を見て眉を寄せた。
魔法石の捜索と回収はデュース一人でも事足りるだろう。むしろ一人の方が人の目を気にせず自由に術を使えるため早く終わるかもしれない。だが、この状況を作った原因の一人と一匹が何もせず成果だけに便乗するというのは頂けない。あくまでデュースがこの場に居るのは手助けをするためだ、と空き家からここに来るまでの道すがら決めたのだ。
デュースは無言でマジカルペンを取り出しゆらりと小さく揺らす。小さな光の球体を幾つか出すと足もとや頭上を照らすように動かした。暗視の術で視界良好なデュースはともかくグリムの手綱を握らなければならない彼女にこの暗闇はキツかろう。エースは自分でやってくれ。いや、耳から炎を出しているグリムが居るから足もとは大丈夫かもしれない。
ほとんど喋らず無言だがデュースの心中は実に雄弁である。
そうこうしている間に仄白いゴースト達にエンカウントした。ひいぃ!! と叫ぶ二人と一匹にチラリと目を向けてデュースは首を傾げる。

ゴーストこれは見えてるのか。やっぱり謎だ)

この実体すら持ち得そうなゴースト、デュースが視えている人ならざるモノとは定義が違う存在なのだろう。どちらが悪質かなどと比べるつもりは無い。だが陰湿な分、目には視えない方が厄介だ。悪意も害意も段違いにそちらの方が高い。殺意すら抱いている事もある。
そんなことを考えながらデュースは脱兎の如く駆けだしたエースとグリムの後を追って走り出した。とはいっても全力は出さない。硬い顔で必死について行こうと足を動かす彼女の横を併走する。最悪の事態を想定しての行動だった。
そうして走ること幾ばくか。デュースは息切れすることなく動けているが隣を走る彼女と後ろを追ってくるゴーストが息切れし始めた。……はて。ゴーストも息切れとはこれ如何に。つくづく謎が多い存在である。そのまま走り続ければ諦めたのかゴースト達の姿は消えた。
だが問題は次から次へと湧いて出るものだ。特にこういった場所では。

「撒いたのはいいんだが、また別に居るんだよなぁ、多分近くに」
「へ?」

視線を無駄なく周囲に走らせながらデュースは姿勢を低く構えた。人ならざるモノ、異形、化生、形を持たない何か、それ等に対するデュースの感覚は常人のソレとは比べものにならないほどに鋭い。
ピリリと首筋が粟立つ。両腕に鳥肌が立つ。良くない存在が近くに居るのだと肌で感じた。――瞬間のことだ。エースとグリムの悲鳴が坑道内に響く。
右手にランプを掲げ、ガガガガガッとつるはしを地面に引きずりながらソレは現れた。坑道の地面に滲む黒。頭部の割れたインク瓶から中身がしたたり落ちる。――顔のない怪物化け物がそこに居た。
ねっとりと蠢いて生者に絡みつこうとする靄に生理的嫌悪感が込み上げてくる。うえぇ、とデュースは嫌悪を隠そうともせず顔を盛大に歪めた。何事かを喚きながらつるはしを振り回してくる怪物を前に中々悠長な態度である。わぁわぁと騒ぎ慌てふためくエースやグリムとの温度差が激しい。その後で今にも卒倒しそうなほど真っ青な顔で彼女が後退った。

怪物の喚きを良く聞けば「石は渡さぬ」と言っているようにも聞こえる。一瞬鋭く坑道内が光に包まれたのは魔法石にグリムの炎が反射したのか、魔力に反応したからなのか、どちらなのだろうか。ほう、と目を細めてデュースはうっそりと笑った。

「石があるって分かっただけでも重畳じゃないか。さて、どこにあるかねぇ」
「のんきにそんなこと言ってる場合かよ! 逃げるぞ!」
「あんなの相手に出来るわけ無いんだゾ!」

ずんぐりとした体格の怪物。見るからに俊敏さは感じられず、動きは大ぶり。だが一撃は強く重い。つるはしをぶん回していることもあり下手に近づけば凶器の餌食になるだろう。当たりでもしたら大怪我、最悪命に関わる。

「ぅ、あっ!」

足の竦んだ彼女が石に躓いた。よろめく。身体が傾ぐ。それを見逃す怪物ではなかった。隙を見せたもの、弱いものから狙われるというのはどの世界でも共通。ヒッと喉を引きつらせた彼女を振り返りデュースは体を反転させ駆け戻る。その双眸が細められ剣呑に燦めいた。

「伏せていろ」
「っ!」

彼女が両腕で頭を庇い蹲ったのを確認して、デュースは一瞬のうちに怪物のランプを持つ手の近くまで肉迫した。真横に薙がれたつるはしを避ける。サッとしゃがみ込むと同時に、右足で怪物の踵部分めがけて足払いをかけた。怪物はバランスを崩し後ろ向きに転倒。後頭部を強かぶつけた怪物の頭部からインクがぼたたっと地面に落ちた。

「よし、行くぞ!」
「っ! ん、うん!」

顔を上げた彼女の頬は涙に濡れていた。それもそうだろう。見るからに危ない目になど遭ってきたことのない様な、擦れていない空気を纏っている。命の危険を感じたことも無いのだろう。それが今、こうして命の危機に曝されているのだから。
彼女の二の腕をつかみ、引き上げるようにして立たせるとデュースはそのまま走り出した。
手荒い対応になってしまったが緊急事態だ、見逃してほしい。誰にともなくそう呟いてデュースは彼女を先導する。その際に同じようにあの怪物から逃げる小さな化生を蹴飛ばしてしまったのは内緒だ。まあ、この場に居る中でデュース本人にしか視えぬモノではあるのだが。

鉱山内部から外へと飛び出た一行だったが、一人を除いて中々息が整わない。デュース以外の皆が肩で息をし懸命に呼吸を整えている中、唯一の例外は涼しい顔で考察を重ねていた。

「まあ、執着している、守っている、となると普通に考えてあの化け物が居た付近に魔法石はあるだろうな。多分背後で何か光っていたのが見えたからその辺を探せば多分すぐ見付かる、はず。楽勝だな」

それを聞いてエースと雑用係の彼女が信じられない物を見るような表情でデュースを見る。今聞き違いでなければ、楽勝と言った。あの怪物を、化け物を間近で見て、追いかけられて、楽勝と。
ひくり、どちらともなく喉が鳴った。

「ど、どうするつもり、なの?」
「囮で引きつけてアレを定位置から引きはがして、その隙に魔法石を確保。単純だけどこれで良いんじゃないか?」

微かに震えた声で問う彼女に軽くそう返してデュースは走る最中仕舞っていたマジカルペンを胸ポケットから抜き出す。一振りして自分の愛用しているマグカップを召喚。魔法で水を注ぎ彼女へ差し出した。
次いで内ポケットから水晶入り精製水の霧吹きを取り出すと、目の前の二人と一匹にシュッと吹きかける。現時点でぴたりと張り付いてきたモノを引きはがすためだ。加えてもう一度鉱山内部に侵入する際に多少の守りにはなるだろう。気休め程度だが。
青い顔のまま了承の意を示した彼女が飲み終わったマグカップを返してくれる。無言でそれを消して戻す。提案を呑んでくれた彼女へと頷き返し、デュースは坑道の入り口へ目を向けるとぽつりと呟いた。その顔は少しだけ残念そうだった。

「……マジカルホイールがあれば簡単に終わるんだけどな……」
「さっきからお前のそのマジカルホイールに対する絶対的な信頼は何なの?」
「ううん、信頼……って言うか楽をしたいというか」
「ゴメン、ふっつうに何言ってるか分かんねーわ」

横で聞いていたエースは思わず真顔で会話に飛び込む。頭が回る奴かと思えば突然物理に訴えかけるような事を言いだした。
真面目くん、という印象を抱いていたのが覆されそうな状況にぱちくりと目を瞬かせる。

「だって、化け物なんてマジカルホイールで轢けば一発で終わるだろ」
「命が?」

しれっと何でも無いような涼しい顔でそうのたまったデュースを前にして、エースがそう聞き返したのはほぼ反射だった。何とも形容しがたい表情で目前の涼しい顔を見つめる。そんな彼を流し見てデュースは口端を僅かに上げた。

「いいや、命までは取りゃせんよ。……まあ、そもそもアレは命という概念を持ち合わせているかどうかすら微妙だしな」
「いや怖ぇよ」

え、何コイツ怖。エースは口端を引きつらせる。思っていたよりもヤバイ奴なのかもしれない。彼はここにきてはじめて目の前に立つデュースを得体の知れなさを覚えた。
ある意味で正解だが単純に頭の回る脳筋なだけである。

「それで? 行くのか行かないのか、どちらだ?」
「……お前が囮役やってくれるってんなら行っても良いぜ」
「え、それぐらいなら別に構わない。ただちょっと炎と風の魔法で補助をしてもらいたいんだけど……」

人目があるため自身が得意とする術が使えない、武器も召喚できない、そんな制限はあれど。囮としてしばらくの間アレを引きつけていることなど容易いことの内に入る。勝ち気に笑ったデュースを前に、エースとグリムは「とんでもない奴をパーティに入れてしまっているんじゃないか?」と身を寄せ合ったのだった。

一方彼女はと言うと、更に表情を強ばらせ何事かを呟いていた。

「こんなの、知らない……原作に無かったはず、だよね、どうして、なんで……」

その顔に浮かぶのは焦燥と恐れ。ふっくらとしている唇は短時間に何度も噛みしめられたせいか痛々しいほど赤く変色していた。

だがそんな二人と一匹の様子になど目もくれずデュースはこれから起こるであろう運動戦闘のために準備体操を始めている。やはり緊張感はなかった。何せあの程度の異形、化生、その他人ならざるモノを相手取ることなど良くあることなので。
むしろ霊力を伴わない単なる物理攻撃が効くことを先ほど確認済みであるため普段よりも多少気が楽だったのだ。


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2020.8.8.支部に投稿しました
2021.12.30.別館サイトに掲載

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