鉱山内部の狭い坑道に炎が広がる。
怪物とエンカウントしたところから始まる計画は滞りなく進んでいた。デュースが引き寄せ、なるべく最奥から入り口付近へと誘導。頃合いを見計らいグリムの炎をエースの風魔法で広げて元の場所へ戻る事を阻害したのだ。その隙に二人と一匹は魔法石があるはずの場所へと向かう。炎という明かりで目がくらませれば人の一人や二人が暗がりに駆けて紛れるなど容易いことだ。
残る怪物とデュースは一対一。その間に二人と一匹に魔法石を探し出し確保してもらう。……という単純かつ力押しの作戦。
一見デュースの負担が大きく思えるが、本人としては特にそう感じてすらいなかった。逆に怪物と探す側を分断した方が好き勝手に術を使えて気が楽。善意で怪物と対峙する方を引き受けたわけではなく、割と打算的だった。
炎の向こうに二人と一匹が駆けていくのを目端に確認してデュースは一つ息をついた。表情が抜け落ちる。
「さて、と。おそらくは己の中に生まれた悪いモノに呑まれた誰かの成れの果てであろう異形さんよ、ここは通さんからな」
感じ取れる念の中でも一際強いものは執着、そして強欲。
人は生きながらにして鬼になることもある。デュースは前々世の記憶から良く知っている。それと似たようなものだろう。生きながらにして異形と成りはて、まともに生きることも死ぬことも儘ならずして、この場所と執着を向けた何かに縛られる存在。生者では無いのならば、悪意を持って留まり続けているのであるのならば、デュースが容赦も手加減もする必要などないのだ。
……まあ、そうは言っても囮として引きつけておくだけであるため、こちらから攻撃を仕掛ける等ということは無いのだが。
断片的に理解出来る言葉として、石は渡さない、帰れ、立ち去れ、オレの、出て行け、この辺りが上げられる。この言葉を繰り返している事からあまり知能は無いのだろう。デュースはそう判断していた。……そもそもあの頭部では脳があるのかどうかも分からないが。
坑道内が特別狭い訳ではない。だが怪物の巨体が空間を塞いで中々に手狭さを覚える。得物を振り回すのは広い場所が良い。その点でデュースの方が自由に動けて有利なのだ。
つるはしを上から振り下ろし、右から横に薙ぎ、左に薙ぎ、また上から振り下ろす。何かのコマンドか、と言いたくなるような単調な攻撃だ。
デュースは怪物が相手を認識できる範囲を探りながら間合いをとり続ける。移動する間にいつの間にか行き止まりに突き当たったが、片眉をヒクリと動かすだけの薄い反応のみ。相手を追い詰めたことを察した怪物が動きを緩めるのを目端に捕らえてデュースは薄ら止めを細めた。
今のデュースは身一つでここに立っている。非常に身軽なのだ。手元にマジカルペンはあれど、それは勘定に入らない。
タッと土壁を蹴り怪物の上空に飛び上がる。蹴った箇所の土が僅かに崩れて地に落ちる。怪物がデュースの動きを把握する前に、それなりの勢いを伴って地面に着地した。
一撃一撃の強さや重さでは勝てないが、俊敏さではデュースに軍配が上がる。要するに、当たらなければ万事解決なのだ。どれだけ一撃の破壊力が大きかろうとも当たらなければ意味が無い。
悔しげに、憎らしげに、恨みを込めた地を這うような呻きを上げる怪物は完全にデュースの動きに踊らされていた。
さて、ここからどう動き回る道を選択するか、と視線を隈無く抗争へ滑らせる。それとほぼ同じくしてグリムとエースがデュースを呼ぶ声が坑道内に反響した。
「ずらかるんだゾ! こんな所とっとと出て帰るんだゾー!!」
「ちゃんと石見つけた! 行くぞ!」
「良くやった、すぐ行く!」
怪物から目を離さず短く返答するとデュースはマジカルペンを地面に向けて振り下ろす。ゴゴゴッという地響きと共に地面の形状と質が変化した。怪物が一歩足を踏み出した途端、膝から下が地面に吸い込まれる。泥に足を取られて怪物はその場で滅茶苦茶に暴れ始めた。つるはしが土壁に突き刺さりそのまま垂れ下がる。
一人分の範囲に限定してデュースは簡易的な足止めの罠を作ったのだ。魔法で地面の中に水を集めて高速でかき回す。生じたのは沼もどき。その結果がこれである。地響きはその時動かした土と水の動きによって発生したものだ。なお、広範囲にしなかったのは坑道の環境に影響素与えたくなかった、という点が大きい。魔力消費を抑えるためでもある。
簡易的で浅いとはいえ坑道の外へと出るまでの時間稼ぎくらいにはなるだろう。チラリと一瞥してデュースは出口へ向かった。
振り返ったときには既に怪物が罠から脱出し、うろうろと彷徨っていた。だが、魔法石を持ち出した光景を怪物に見せていない。デュース以外の存在を感づかれていない。知能もそこそこしか無いようだった事を考えると、しばらくは魔法石が無くなったことにも気付かないだろう。
……と、思ったのだが。
「嘘だろ!? 気付かれねーと思ったのにもう追っかけてきた!」
追いかけてきたのだ。怪物が。
魔力の気配で追ってきたのだろうか。そうだとするのなら、何という執着心だろうか。まあ己が身を滅ぼし異形と成りはてるまでの凄まじい執念ともなると、こうなるのも当然なのかもしれない。
デュースはマジカルペンの形状を脇差しに変形させた。少々不格好だがある程度の形にはなっている。刀よりも棍棒に近い形かもしれないが、昨晩の内にマジカルペンの扱いに慣れておこうと色々いじくりまくっていた成果だ。
「……あれ? 石が無くなったことに気付いたのか。奪った相手が誰なのか、そこまで考える知能はあったんだな、意外だ……」
「何ぶつくさ言ってんだデュース! このままじゃ」
「ああ、まあそう焦るなって。おらよっ!」
脇差しの形状をとったマジカルペンで一閃。風が逆巻いた。風が鋭い刃となって怪物の腕を引き裂く。――風魔法を使った鎌鼬だった。
ぱっくり割れた腕からボタタッと黒いインクのような粘りけを含んだ何かが地面に落ちる。鎌鼬で負った傷は痛みを伴わないという。いやそれとも、怪物には元々痛覚が無いのだろうか。腕に傷を負いながらも怪物は勢いを落とすことなく突き進んでくる。
さりげなく彼女を背に庇いデュースはマジカルペンを元の形状に戻した。次いで開いた口から飛び出たのは攻撃のための呼びかけだった。
「グリム、炎! エース!」
「わ、分かったんだゾ! 任せろ! スペシャル特大ファイアー!」
「さっきと同じ要領ってわけね、りょーかい! やってやろうじゃん!」
鋭く端的に指示を飛ばせばどちらもすぐに適応してくる。グリムの炎とエースの風で盛大に燃え上がった火柱が怪物の身を焼いた。存外良いコンビネーションを見せてくれるではないか。そう内心で呟きデュースは怪物が悲鳴を上げて後退る光景を見据える。
立ち上る火柱が収まる頃、所々を焦がした怪物がその場によろめきながら立っていた。それでも一歩、また一歩、と歩み寄ってくるのがより不気味だ。
そして不意に硬く握られた大きな拳が振り上げられる。最後の悪あがき。その矛先が、一番弱い者に――魔法も使えず身体も小さい彼女に向けられた。それを許せるほどデュースは悪意を持ってこの世に留まるモノに対して寛容ではない。眉がヒクリと痙攣する。
「――ぅおるぁああ!」
刃のような鋭い霊力を纏った足が空を裂く。華麗な回し蹴りが怪物の頭部に決まった。良い具合に地面にめり込む。怪物は完全に沈黙していた。
「うっそだろお前!! トドメ物理!? 魔法じゃねぇの!?」
「……あ。しまった普通に忘れてた」
「そこ忘れんなよ! オレら仮にもまーほーうーし!」
「つい反射、っていうか癖で」
「どんな癖!?」
エースのツッコミが冴えわたる。特に意に介した様子もなくデュースは困った顔で地に伏した怪物を見つめた。本当に反射的に身体が動いていたのだ。なお庇われたはずの彼女もまたちょっぴり引いていた。
そんな二人のやり取りなど興味ないと言わんばかりにグリムは怪物を睨み付けていた。地面にぺたりと腹を着けながらジリジリと地面に突っ伏したままの怪物に近づいていく。完全に警戒しながら近寄る猫の図だ。
デュースがそれに気付きエースを手で制すれば、彼もまた状況を理解したのか口を噤んだ。それぞれが警戒し、ある程度の距離を保ちながら怪物の様子を窺っていると、それは突然変化しはじめる。
炭酸水の泡が弾けるように、水蒸気のように、そして砂のように顔のない怪物は跡形もなく消えた。
「やっ、やった……! おっしゃ!」
「お、オレ様たちが勝ったんだゾ!」
「「イエーッ!」」
「あー、やっと終わったな。じゃあ帰ろうか」
「「えっ」」
あまりにもデュースが自然と帰ろうとしたせいでエースの感覚がバグりかけた。
成り行きとはいえ共闘の末に化け物を倒す。そんな出来事など滅多にあるわけでは無い。ゲームでもあるまいし。いくら魔法が存在する世界とは言えどモンスターや魔獣と遭遇することすら稀だ。それこそ専門職案件である。だから今回のモンスター討伐成功は少なからずエースの少年心をくすぐった。高揚する心を抑えられなかったのだ。――にもかかわらずこのデュースの淡泊な反応。エースの頭上に疑問符がポコポコ浮いては消える幻覚をデュースは確かに見た。
エースとグリムがハイタッチの要領で両手を合わせているのがまた、何とも言えない空気を醸し出している。
「ここ感動的な場面じゃ無ぇの? 「オレたちの手でモンスターを倒したぜ!」って喜ぶところじゃないの?? え?」
「……そういうもんか?」
「えええ??」
「オレ様、コイツが本当に人間なんだか分からなくなってきたゾ……なんて心臓してるんだ?」
エースどころかグリムもきょとりと目を丸くしている。さりげなく失礼な物言いだ。
確かに情報を鑑みればエース達の反応が尤もだろう。だが、異形を相手に立ち回ることも、時に消滅させることも、デュースにとって特別な出来事でもない。その認識の差が今この瞬間の温度差を生み出していた。
「ああ、そうだ。怪我はないか? さっき狙われただろう」
「えっ、あ、だ、大丈夫。……ありがとう、庇ってくれて」
「ん。何事も無くて何よりだ」
不意に問いかけられた彼女が狼狽えながらも言葉を返す。先ほどの戦闘中に、怪物と彼女との間にデュースが割って入った瞬間があった。もしかしたら偶然では無かったのかもしれない、彼女は内心で呟いた。
「……ン? なんだコレ?」
エースと合わせていた両手を降ろし、地面に前足をついたグリムが怪物の居た場所に生じたとある異変に気付く。何か拾い上げるとしげしげ見つめた。声につられるように三人ともグリムの手中に視線を落とした。
――黒い石。それを視界に入れた瞬間デュースの背筋がぞわりと粟立つ。明らかに良くないモノだった。
(……アレの残骸か? 魔法石、ではないな。こんなに禍々しい魔法石は見たことがない)
しかしこれはどう処分すべきか。この場に放置するのも良くない。直接触れないよう何かに包んで持ち帰り、然るべき処理を行うのが最善だろうか。
しかしデュースのそんな数秒の逡巡の隙にグリムが目を輝かせて石を見つめた。
――いい匂い、そう言い口を開けたグリムに険しい視線を向ける。そんなわけがあるか。デュースは石を取り上げようと手を伸ばす。だがその手が届くよりも先に。ぱくり、と。グリムが石を食べた。止める間もなかった。
ドン引きのエース、愕然と静止の手を上げたまま固まるデュース、顔面蒼白で今にも倒れそうな彼女。三者三様、時が止まったかのようにはぐはぐ口元を動かすグリムを見つめる。
そのまま食レポをはじめた魔獣を前にデュースは目を眇め思考を巡らせた。
明らかに良くないモノだと判断した自分の感覚は間違いないはずだ。少なくともこの短時間、常人には視えぬ人ならざるモノに囲まれ、怪物に成りはてた存在と対峙していた。それで感覚が研ぎ澄まされるならともかく鈍くなることは滅多なことではあり得ないのだ。
魔獣と言うだけあって様々な面でこちらの常識は通じない。それは分かっているのだがどうにも胸がざわついた。
胡乱げな目をグリムに向けてエースが顔をしかめる。
「まあとりあえず、一件落着したことだし、学園へ帰ろう」
「そうだな、あー疲れたぁ!」
一先ず目下の課題である「壊れたシャンデリアの魔法石の変わりとなる魔法石の確保」とついでの「モンスター討伐」は完了した。残るは学園に戻り退学を取り消してもらうだけ。
だが、デュースの胸の内には多少の疑惑とわだかまりが残っている。スッキリしない顔で学園に繋がる鏡の前に立つのだった。
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2020.8.8.支部に投稿しました
2021.12.30.別館サイトに掲載