一件落着また騒動

15

学園に戻ったデュース達を待ち構えていたのはキョトンと目を瞬かせる学園長――クロウリーだった。
曰く、本当に魔法石を取りに行くなどとは思ってもいなかったらしい。自ら提案しておいてこれである。そもそも退学取り消しなど端から考えていなかったのでは無いだろうか。じとりとデュースの目が据わる。

その後、ドワーフ鉱山での出来事を説明するため学園長室へと移動することになった。説明するのは良い。報連相は大事だ。だがしかし、デュースとしてはそれ以前に明確にさせておきたいことがあったのだ。――それは、デュースがシャンデリア破壊に関与していないということ。
おそらく既に寮長へ通達されているはずだ。ハーツラビュル寮の新入生が退学になりますので手続きを進めます、と。あの厳格を形にしたような寮長に。入学からわずか一日目にしての退学通知。たとえ取り消されて無事に学校生活を送れるようになったとしても、この先目を付けられ、生活し辛くなるだろうことは容易に予想できる。早々に誤解をといておきたい。
学園長室に着くなりデュースはエース達よりも一歩前へ出る。次いでにっこり爽やかな笑みを浮かべ口火を切った。その瞳は冴え冴えとした鋭く笑っていなかったが些事である。

「今、ここで、はっきりさせておきたいことがあります、学園長」
「何ですか?」
「再度申し上げますが、シャンデリア崩落の件について、僕は一切関与しておりません」
「ですから、君が修復していたことこそが動かぬ証拠なのだと……」
「では先ほど食堂に居たはずの生徒に証言を募りましょう。誰も僕が関わっていたとは言わないでしょうね」

弁明するならば、デュースは戦闘後であることも相俟ってアドレナリンが大量に分泌された状態だったのだ。だから校内における最高責任者である学園長相手に啖呵を切れてしまった。まあ、必要に駆られればいつでも同じ事はするだろうが。

「僕も気が動転して先ほどの時点で伝えきれなかったことは自分にも非があるとは思います。ですが、直接シャンデリア破壊の犯行を直接見たわけでも無いというのに無関係の生徒を退学処分にするというのは……いささか短慮ではありませんか?」
「まァ、私が見たのは確かにシャンデリアが壊されてからの光景ですが」
「その場で魔法を使用した形跡をたぐる、などという方法も取れたかと思いますが?」
「それは……」

そして、クロウリーの判断についても釈明を入れよう。
まず大前提としてここはNRCである。そう、学園長を始めとした教師陣、生徒、誰もがプライド高く我が強く協調性もない者ばかり。要は個人的主義かつ自己中心的な考えの生徒が大多数。自分の利益になるならともかく、他人のために動くなんてもってのほか。
故に、あの状況においてシャンデリアの修復をしている生徒が居るとすれば「騒ぎを聞きつけた教師が来る前に証拠隠滅をするため修復をしている」としか考えられなかったのだ。この認識だけでも学園生徒の素行が知れる。
だからクロウリーはつい先刻の大食堂でデュースに対して現行犯である、という判断を下したのだ。

「まあ、魔法石を発見できたこともありますし、きちんと取り消していただけるのでしょうけれど。これで本当に退学になっていたならかなりの問題ですよね。その当たりをいかがお考えなのでしょうか。お聞かせ願えますか」
「ならドワーフ鉱山へ赴く前に言えば良かったじゃあないですか。今言っても逆に怪しいだけなんですよねぇ」
「先ほども申し上げましたように僕としても気が動転していたんですよ。何しろ入学初日で退学と言われたんですから。……それに、現行犯と断定した相手の話を聞くとは到底思えませんでしたので」

マシンガントークのデュースと飄々と取り付く島もないクロウリー。双方が言葉を重ねていくごとに室内の温度が下がっていくような錯覚に襲われる。蚊帳の外に置かれた二人と一匹が身体を強ばらせた。グリムはスススッと彼女の足もとに身を寄せた。
え、なにこれ、どういう状況。ポツリとエースの呟きが床に落ちる。彼はデュースが共に魔法石を求めてドワーフ鉱山へ向かうことになった経緯を忘れていた。
息苦しさを感じた頃になって、このままではいけないと彼女は意を決して声を上げる。

「が、学園長デュース君が言ってることは本当なんです! あの、本当にシャンデリアを壊す原因に、デュース君は関係ないんです、違うんです、そのっ」

鉱山の麓でデュースに庇われたと認識したことも彼女の心を強く持たせ、その行動を後押ししていた。正義感ではなかった。だが事実をねじ曲げたままデュースが誤解されて問題児扱いされたままなのはイヤだと思ったのだ。デュースの主張は紛うことない事実なのだから。
冷え冷えとした空気が霧散する。

「……そこまで必死になられると、私も考え直さざるを得ませんねぇ」

ううむ、と唸った学園長はかぎ爪のついた手を顎に当てて思案にふける。ペストマスクに覆われた顔の半分が見えないせいで表情は分かりにくいが、どうやら本当に困っているようだった。

「何か?」
「……いや、そのですね。スペードくんが本当にシャンデリア破壊に関与していないとなると、私は無実の生徒を退学させようとしていたと言うことになりまして……まあ大人の事情というか責任問題と言いますか……その、ね?」
「ああ、それは後日改めてオハナシアイをしましょう。大丈夫ですよ、僕、寛容なので」
「いやはや全くもって安心できませんねぇ」

つい先ほどまでの冷ややかな応酬とは違い、朗らかさを醸し出しながらのやり取り。頬が上がり口角が上がれど双方の表情は笑みとはほど遠かった。
クロウリーは全く目が笑っていない形だけの笑みを向けてくるデュースを前に、少しだけ過去の自分を恨みたくなる。一時的にとはいえ面倒な生徒を敵に回してしまったのだ、と。今まさに感じているからだ。
目の前に居るのは十六才の生徒だというのに、一端の大人を相手にしているようで羽の据わりが悪い。どこか老成したものを感じて目前の存在のアンバランスさを認識せずには居られなかった。
クロウリーが感じた違和感は、デュースの前々世の顔が全面に出た結果である。政府職員や審神者界での腹の探り合いにおいて培われた話術や表情の取り繕い、微々たるものだがそれらが反映されていた。何しろ所属する政府であろうと敵が潜んでいても可笑しくない環境だったもので。
僅かに身じろぎしたクロウリーに向け、デュースは悲しそうな顔を作ると、こうのたまう。それはそれはお手本のように眉をハの字に模った悲しみの表情だった。

「こんな虫の一匹も殺せないような気の弱い生徒に酷い言いようですね」

デュースが声色も変化させ哀しげにそういうのを隣で聞いた二人と一匹は思わず二度見した。それはもう綺麗な二度見だった。
どの口がそれを言う? 彼らの脳裏に浮かぶのは、あの怪物と堂々と渡り合い最終的に物理で沈めたデュースの姿。いけしゃあしゃあとよく言う。
ぼそぼそと小さな声でエースとグリムが言葉を交わした。

「こ、こんな奴だとは思ってなかったんだゾ……」
「面の皮厚すぎね? 良い性格してるわー」

聞こえてるぞ、とデュースは内心で呟く。だがその目はクロウリーから逸らされることない。その上相変わらず暖かみが失せている。
デュースの冷えた視線を一身に受けたままクロウリーは一つ息をつくと口を開いた。

「……分かりました、スペードくんの退学通告に関してこちらに完全なる非があると認めましょう。正式に後日謝罪とお詫びの品を僅かですが贈らせていただくこととします」
「はい、確かに。謝罪をお受けいたします」

両者共に、応酬の際にかぶった薄ら寒い笑みの仮面を剥ぎ、至極真面目に言葉を交わした。正式なやり取りをする以上その辺は確りとしなければならない。何事もけじめは必要だ。
どことなく肩を落としたクロウリーは数秒の沈黙の後、再度口を開いた。

「……それでは、ドワーフ鉱山でのモンスター遭遇の件について、お聞きしましょう」
「分かりました。誰かまとめて話した方が良いですか?」
「ううん、そうですねぇ。では主軸を一人、その他は話の補足をお願いしましょうか」

そうして本来の目的であるドワーフ鉱山で繰り広げた出来事の報告に入る。坑道内でゴーストとの遭遇から始まり顔のない怪物の討伐まで。
協力してモンスターに立ち向かい打ち勝ったのだ。そう聞いた途端、クロウリーは大袈裟なくらい声を上げて感動の声を上げた。
嘘くさいな、とデュースは内心で呟く。心の中で思うだけならセーフである。
結論から言うとエースの退学は無事に免除された。そして話は膨らみに膨らみ、話の矛先は彼女へと向けられた。――猛獣使い的な才能がある。そうクロウリーは告げる。その瞬間彼女の顔から血の気が失せた。元々とんでもないミッションを終えた後だったせいか顔色は良くなかったのだが、今では紙のように白い。それに多少なりとも思うことがあるデュースは双眸を細めた。
あれよあれよと話は進み、彼女とグリムが学園に生徒として通えることとなった。雑用係から生徒へのジョブチェンジ。何とも驚きの展開である。
魔法石がグリムの首元にぶら下がり光を受けて燦めく様子をデュースは流し見る。魔獣に魔法石。本当に大丈夫なのだろうか。脳裏に浮かぶのは、先ほどの黒い石に反応したグリムの姿と懸念だった。

「監督生ってわけ? いいね、クールじゃん!」

エースにそう呼ばれて、クロウリーから正式に認定されて、彼女は今にも泣きそうに顔を歪めた。
雑用係、改め、監督生。その唇はギッと痛々しいまでに引き結ばれている。必要な備品を受け取る彼女の背をデュースはただ黙って見据えていた。




一件落着後、デュースは監督生をオンボロ寮へと送り届けていた。一方のエースは特に彼女を気にすることなく先に寮へ戻っている。
まさかとは思うが彼女の性別に気付いていないのだろうか。デュースの中に疑念が浮かんだ。世界柄、女性が大切にされる文化が根付いている。その中で女性を送らず自分だけ帰るだろうか。よほど性根がねじ曲がっていない限りそれはあり得ないはずだった。――そもそもこの見るからに崩れ落ちそうなオンボロ寮を仮住まいとして提供した学園長。彼も彼女の性別に気付いているかどうか怪しい。
デュースの中で仮説が組み立てられていく。正解かどうかは分からないがあながち間違いでは無いだろう。

「じゃあ、僕はここで。ちゃんと扉に鍵をかけて休むんだぞ。……その内片付けの手伝いに来るから、その時まで少しの間辛抱してくれ」
「えっ、あ、ありがとうっ!」
「いいや、魔法が使えない以上ここを片付けるにも人手は必要だろう。グリムだけでは心もとないしな。甘えられるときに甘えておきな」
「……うん。何か、デュース君って時々お兄ちゃんみたいだ」
「そうか?」

そう言いデュースは僅かに首をかしげた。まあおそらくは精神年齢も相俟ってそう認識されただけだろう。そう結論づけて頷いた。

「俺に「くん」付けで呼ばなくて良いぞ。そうしたいなら別だけど」
「ううん、ありがとう。そうさせてもらうね」

出会ってから数時間。デュースは初めて彼女の笑顔を見た気がした。ようやく顔や身体の強ばりが解けて緊張も和らいでいるのが見て取れる。少なからずその手助けが出来たのだと察し、静かに一つ息をついた。多少なりと良い方に持ち直せたのなら良かった。

監督生がオンボロ寮に入り鍵を掛けたのを確認するとデュースは元来た道を戻り始める。寮への扉へ向かうためだ。扉とは言っても設置されているのは鏡だが。
これで一件落着、とホッと胸を撫で下ろしたいところだったが、そうもいかない。一つ、デュースには懸念があった。監督生の傍らを飛ぶ常人には不可視の存在が消えてはくれなかったのだ。
――ああ、あの眼は、嫌だな。そう思わずには居られなかった。
元雑用係の監督生。彼女の眼に揺らめく色をデュースは前々世の審神者時代に見たことがあった。それも一度や二度では無く、複数回。同じ審神者、政府の役人、陰陽部の術士、どれもあまり良い思い出は無い。

(……まだ初期っぽいけど、どうにかなるか? この環境で?)

あれは、あまり良くない。長引かせるべきでは無い。出来ることなら原因を取り除くことが解決への近道なのだが、生憎となぜこうなっているのか皆目見当がつかなかった。これから先特別な友人となるわけでも無いだろうし距離を置くのが一番無難だろうか。
そう判断したデュースはさりげなくオンボロ寮から視線を外すと目を細めた。……関わるのは必要最低限に留めてできるだけ近寄らんとこ。
デュースの企みに反して否応なしに巻き込まれていくことになるのだが、生憎とこの時点でそれを察せはしなかった。





ハーツラビュル寮に戻るなりデュースは寮長であるリドル・ローズハートの姿を探した。庭園にも談話室にも居ないようで寮内を彷徨っていれば寮生から好奇心を含んだ視線を向けられる。どことなく憐れみや面白がるような勘定も含まれているように感じて良い気分はしない。
彼は自室に居る。そう親切な寮生に教えられてデュースは足早に階段を上がり寮長の部屋へと向かった。
ノックの後、扉越しに名乗り反応を待つ。じゃらり、と。聴く者が限られるであろう音が聞こえた。程なくして眉をつり上げ顔をしかめて彼は姿を現した。余程腹に据えかねているのか、全くの隙が無い程きつく腕組みしている。

「……君、登校日の初日に退学騒ぎを引き起こした生徒だね。まったく何てことをしでかしてくれたんだ。この僕が寮長となってから一度も退学者など出していないのに……! 今すぐにでも首をはねてやろう。それとも何か弁明がおありかい?」
「ああ、騒ぎをご存じでしたか。僕に関しては誤解です。学園長の誤認で退学させられかけただけですので。先ほど説明と免除を申し出に行ってきました」

デュースの目前で形の良い眉がヒクリと跳ね上がる。これまでに見せていた険しさとは全く別の鋭い目つきでリドルは顔を歪ませた。頬どころか顔全体が紅潮する。

「なんだって……? 誤認? 誤審? そんなの、学園側の責任を問うべき大問題じゃないか! なんたる怠慢だ!」

リドルの意識は既にデュースに向いていなかった。

「善意でシャンデリアの修復をしたんですけどね。タイミング悪く関わってしまったので犯人の一人にさせられかけてしまいました。まあ誤解は解けましたし追々詫びがあるとのことです。……おそらくまた学園長からの連絡があると思います」
「……そうかい、紛らわしい行動をしていたわけでないのだね。善意での行動が……やはり問題じゃないか。学園長に僕からも抗議しておこう」
「謝罪はいただきましたし、事を荒上げたくないそうです」

一度激昂したリドルは暫くすると平静を取り戻し、次いで何かを考えるかのように腕を組み直した。どこか哀れみを含んだ視線を向けられる。だがデュースは首を横に振った。困ったような顔で「学園長の意を汲んだのだ」と伝えれば苦々しい顔で頭を抱えられる。
態度から察するに、どうやらリドルにとっては許しがたいことらしい。潔癖な部分があるのだろうか。デュースは目を瞬かせた。
――なおリドルが激昂していたのは「学園側のミス」で「自寮のハーツラビュル生が規律違反扱いされた」という事に対してである。生憎とデュースはまだそれに気付けてはいない。
未だ憤懣やるせないと言わんばかりの表情のリドルに視線を落とし、しばし思案した。だがそれもすぐに止める。これでデュースが無害な生徒であると示せたので良しとしよう。そう内心で区切りを付けるとデュースはようやく本題に入ることにした。

「……寮長、この話とは別に一つ質問があって参りました」
「ふむ、なんだい?」
「ハートの女王の法律に関することです」

瞬時に空気が硬質なものに変化する。ピリリとした緊迫感すら醸し出していた。あまりの変化にデュースは目を瞬かせる。次いで薄らと双眸を僅かに細めた。

「ひとまず聞こう」

その声は鋭く刺々しい。語気が強いわけでは無いが声色がそう感じさせた。

「しばらくは覚えることすら困難です。いつまでなら猶予を頂けますか?」
「そんな甘い考えは捨てることだよ。ハーツラビュルに来た瞬間から法律は適応される。すぐに覚えるように」

リドルの苛立ちを表すかのように片足がトントンと床を叩いている。

にべもない返答。半ば予想していたことではあるが、デュースは溜息をつきそうになるのを懸命に押し殺した。今にも爆発しそうなリドルを刺激しないよう言葉を探しながら口を開く。

「なら、寮長はどれだけの期間で全て覚えきったんでしょうか。……いや、たとえ寮長が短期間で全て覚えきれたのだとしても、他の寮生は寮長とは異なる、全くの違う人間なんです。寮長が出した成果を同じように求められては少し困ります」

その問いと切実な声にリドルは初めて返答に窮した。
デュースは心底困ったような顔で肩を落とす。それは不安で仕方が無いという後輩らしい態度をリドルに印象づけた。まあ多少はただのポーズだが。騙すつもりは無い。しかし少しばかりの演出は必要だろうと判断したためである。

「新入生の自分たちはまだ学園に馴染めていません。そこに無理矢理新しい法律を詰め込もうとすると学業にも影響が出てしまいます。……成績が下がるのもハーツラビュル寮としては良くないのでは?」

正論だ。一部生徒の成績不振はリドルも悩んでいたことだ。だからこそ一言で突っぱねることが出来なかった。ぐっと下唇を噛むとリドルは眉を寄せ思考を巡らせた。
ルール違反は見逃せない。見つけ次第罰さなければ他に違反者が増える事に繋がり無法地帯になってしまう。――それがリドルの頭を占めている思いだった。だが、確かに、勉強の基礎を疎かにさせる状況を寮長であるリドル自ら作り上げるわけにはいかなかった。

「……見当しておこう」
「ありがとうございます。とりあえずしばらくはそこまで厳しく罰せられないと考えても問題ありませんか?」

ホッとしたように顔をほころばせたデュースの問いに、リドルは心底仕方なさげに答える。是とも否とも取れる返答だった。

「程度に寄るけどね。一日に何度も違反するようならすぐにでも首をはねる。……猶予期間については明日の朝、通達する。そろそろ時間だ。部屋に戻るように」
「……分かりました。お休みなさい寮長」
「ああお休み」

はあ、と大仰に溜息をついてリドルが扉を閉める。それを確認するとデュースはくるりと踵を返した。その一瞬で表情がスッと抜け落ちていく。リドルと対峙していた時に浮かべていた表情は完全に成りをひそめていた。
とりあえず、目下の懸念を一つ解消した。そのことは大きな成果である。

(……予想はしていたけど、過度な抑制と弾圧かぁ。まあ何事も過ぎれば毒って事なんだよな。……とりあえずアプリへの項目登録をさっさと済ませてしまおう)

そう考えながら自室への道を急ぐ。自分の作業に入りたいのもそうだが、ルームメイトにもこの事を伝えてやらなければ。何しろ本来ならばデュースが忘れてさえいなければ今朝の内に分かったことなのだから。


寮の自室に戻るとエースと入れ違いになる。どうやら空腹が祟り満足に眠れそうに無い、とのことだった。食べ物を求めてふらりと部屋を出て行く。どこへ行くとは告げられなかったがおそらくは購買にでも行くのだろう。
そんなデュースの予想を裏切り彼は寮のキッチンへ行ったらしい。そしてなぜか特徴的な首輪を付けて帰ってきた。

「オレこの寮出て行くわ!」
「は?」
「じゃあ後よろしく!」
「はあ?」

嵐のように来て、突風のように去って行った。エースの得意とする魔法のように。
ぽかんと口を開けたデュースと同室他二人。顔を見合わせるが何が起きたのか分からず首を傾げ目をぱちくりさせるばかり。ペラリ、ページがめくられる音が室内に響いた。

「何あれ?」
「さあ知らん」
「それよりもハートの女王の法律の方が大事」
「ホントそれな」

誰もエースの首を彩っていた赤と黒の首輪には触れない。心配など欠片もしていなかった。薄情という無かれ。何しろこの寮を出て行ったとして行く場所などそうあるとは思えない。暫くしたら帰ってくるだろう。誰もがそんな考えを一瞬にして頭の中で組み立てたのだ。
そうして夜は更け、消灯時間を過ぎる。おそらく寮の正面玄関と裏玄関も施錠されただろう。だが、いくら待てどもエースは帰ってこなかった。
うろんと目をエースのベッドへ向けデュースは溜息をつく。他のルームメイトは既にベッドに入って寝る体制だ。まだ明かりを消してはいないがそろそろ消さなければ注意されるだろう。
一つ息をつくとデュースはスマホに指を走らせた。どうせ身一つで出ていったとはいえスマホは常備しているはず。そう考えデュースはトークアプリで行き先を問う。……オンボロ寮とだけ返ってきた。

(オンボロ寮ってことはあの子の所か。……え、女の子の所に押しかけていったのか?)

デュースの中で「エースが監督生の性別に気付いていない説」が確実なものとなった瞬間である。何とも言えない表情を浮かべてスマホの画面を見つめると、スッと表示を消す。既に半分夢の中のルームメイトに一言声を掛けて部屋の明かりも消した。
とりあえずは、翌朝になってから彼を迎えに行くことにするのだった。


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2020.8.8.支部に投稿しました
2021.12.30.別館サイトに掲載
原作においてのプロローグの話でした。が、この話におけるプロローグというか序章は前話のため、一章とひとくくりに換算しました。主軸が成主なので。
今回の見所、筆者的には律儀にツッコミを入れてくれるエースくんと何やかんやと考えることを途中で放棄して脳筋な成主。いやぁ、好き。
戦闘シーンは書いてて楽しかったので多分定期的に書くかもしれないです。予定よりも長くなってきてしまっているので分割して更新していきます。

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スペードは夢見が叶うか
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