彼女の要望により「性別を伏せて学園生活を送る」ということになった。学園長への申告もあまり乗り気では無い様子だったため、デュースとエースは暫く様子を見守ることしかできない。
そんな彼女にエースは理解しがたいと言わんばかりに顔をしかめていた。わざわざなぜ自ら苦境に立たされに行くのか、と言わんばかりの表情。
だが、デュースは過去生の経験と彼女の表情から、監督生の思考が何となくだが理解出来た。出来てしまった。……おそらく彼女は信用していないのだ。この世界に連れてきた鏡も、あの場所を宛がった責任者たるクロウリーも。もしかしたらこの世界自体に良い思いを抱いていないかもしれない。
彼女が魔法を前に目を輝かせる様子をデュースは一度か二度しか見ていない。昨日あれだけ乱発していたというのに。魔法自体が嫌いというわけでは無いだろうが、積極的に関わりたい様子には見えないのだ。なお、彼女が目をきらめかせたのはデュースがコップを召喚し彼女に水を与えたときである。
その後エースと監督生を伴いハーツラビュル寮に戻りはした。そこまでは良かった。だがエントランスへ向かう途中の道すがらに先輩から声を掛けられ、薔薇を赤く染める作業を手伝わされただけで終わる。
法律に反しているため寮内に入れられない、そう言われエースは追い出された。手作業でペンキ缶と刷毛を持ち一仕事終えた彼はひどく憤慨していた。騙された、と。ある意味で自業自得である。デュースは特に何も言わずにそれを見送る。薄情者ー! と叫ぶ声が聞こえた気がしたが恐らく気のせいだろう。デュースとしても鬼では無いのでスマホで連絡を取りつつ鞄と学習道具くらいは届けることにした。
マジカメへの写真には顔面をぼかす魔法を咄嗟に掛けて映らないようにしたのだが、その際に先輩と一悶着あったのはまた別の話である。
◇
元雑用係の彼女が生徒として通う初めての一日。午前中が滞りなく終わった――と思いきや、グリムが脱走したり、その捕獲に手間取ったり。何やかんやと色々あったが一段落した後にデュースは彼らと共に食堂へと来ていた。
もしや夢が示唆していたのはこの捕獲に関するゴタゴタなのだろうか。それだけならば良いのだが。どうにもスッキリしない感覚にデュースは首裏に手を当て摩るのだった。
デュースは適当に食べたいものを取り分けながらはしゃぐグリムに呆れたような視線を送る。もはや隠すつもりは無い。グリムにはもうマジックアイテムの「見えないリードのついた首輪」でも着けておくべきだろう。もしくは一言で動きを封じ込められる首輪。何かしらあったような憶えがあるぞ、と記憶を辿る。脳内で幾つか候補を絞るとその内購入する決意をするのだった。
テーブルへ移動する最中に「温玉が崩れた」などとテンプレ不良に絡まれはしたものの上手くいなしてご退場願った。
やはりというかなんというか、入学して三日と経っていないが小物臭漂う言動の輩が目につく。腕章を見る限りハーツラビュルの寮生だったのだが、もしやハーツラビュル寮はがっちがちな規則に縛られている割に元の素行が良くない生徒が多いのだろうか。
スンと表情をどこかに落としてきたような無表情のデュースを横目で見て、エースは昨日の強烈な回し蹴りを思い出しては一人で腕をさするのだった。
(怒らせねーようにしよ。流石にあの足技はえげつなさ過ぎてもう間近で見たくねーな)
賢明な判断である。
エースにそんなことを思われていることなど知るよしも無くデュースは席に着く。エースはその隣に、監督生も倣うように彼の前に座った。ようやく席に腰を落ち着いた彼らの目の前で誰よりも早く食事を口にし、食レポを始めたグリムに三人は苦く笑ったのだった。こうも欲求に忠実なのは動物だからなのだろうか。
食べながら会話を重ねていく二人と一匹の横でデュースは黙々と食事を進めていく。寮についての話に差し掛かるなりヒョイッと違和感なく混ざり込んできた一つ声。手にしたフォークを止めデュースは顔を上げた。
うげっ、と顔を歪めたエースが見上げる先には橙色の波打つ髪が揺れている。それは今朝、上手いこと調子に乗せて薔薇の色塗りを手伝わせてきた寮の上級生――ケイト・ダイヤモンドだった。
寮の決まりは守らないといけないけど後輩には優しい先輩だから、とケイトが笑う。彼の肩を抱くように仄白い手が乗っていたがデュースは丸っと無視した。
(寮内と寮外で区切りを付けているのか……領地というか国のようだな)
ふとした考えに片眉をヒクリと動かす。ほぼ同じくして、ケイトの隣に立ちデュースを含めた一年生三人と一匹を見守っている人物と視線がかち合った。昨日の朝、寮長であるリドルの横に立ち飼育当番について説明していた生徒である。ぱしり、目を瞬かせデュースは小さくお辞儀をしておいた。
「そういえば今朝から思ってたんですけど、高校生男子にちゃん付けって……」
「はははっ、それはケイトの愛情表現というか親愛を示す呼び方でもあるんだ。余り深く考えない方が良いぞ」
「はあ。左様ですか」
デュースの多少うんざりしたような言葉に、ケイトの隣に立つ眼鏡の生徒が朗らかに補足をいれていく。レンズの奥で蜂蜜色が細められた。
アンタは誰? と問うエースは明らかに先輩に向ける態度では無い。だがそれを気にした様子も無く彼は笑った。次いで行われる軽い自己紹介にデュースたちも各々お辞儀なり一言を返していく。
「俺はトレイ。トレイ・クローバー、ケイトと同じくハーツラビュル寮の三年だ。まあつまりお前たちの先輩だな」
副寮長のトレイが名乗り、さりげなくエースの隣に座る。どうやらこのまま相席で食事を済ませるつもりらしい。
寮の新入生を気に掛けているのだと言われればそうなのだがデュースは少し身構えてしまう。元いた面子が昨日騒動を起こした者ばかりであるため、監視の目ではないかと有りもしない裏を読もうとしてしまったのだ。
ポンポンと弾む疑問と返答。エースたちがケイトやトレイから学校の寮についての簡易的紹介を受けている間、デュースは黙々と昼食を口に運んでいた。……口に含んだは良いが一向に飲み込めない。食欲がそれほど内政で喉を通らないのだ。最近のストレスのせいで胃がもたれそうだったが食べなければ身体が持たない。だから口には入れる。このループだった。
むぐむぐと咀嚼しながらデュースは目の前で繰り広げられる会話の聞きに徹していた。先輩が目の前に居るというのにマイペースである。
そしていつの間にか各寮の特色や生徒の特徴の説明は終盤に差し掛かろうとしていた。
「彼は子どもじゃ無いぞ。俺たちと同じ三年の……」
「リリアじゃ。リリア・ヴァンルージュ」
トレイの言葉を遮るように、さらりとつややかな黒髪が頭上から靡く。とんだ既視感だ。頭上から降ってくる声と、上から逆さまにのぞき込んでくる顔。小さく悲鳴を上げて肩を震わせる者、身体を後に退けた者、それぞれの反応を見る余裕がデュースには無かった。
――黒髪にマゼンダのメッシュ。いや、インナーカラーとでも言うべきか。少女と見紛うばかりの整った容姿。とても見覚えのある相手だ。
『――はたしておぬしとは、どうなることかのぅ』
『現実世界でおぬしに会えるのを楽しみにしておるぞ、今回の出会いで縁は繋がったからのぅ』
定義上、推測上ではいつ出会っても可笑しくは無いはずだった。デュースもそれは分かっていた。だがこうも期間を空けずに再会するとは思っても居なかったせいか面食らい、両目を見開いたままその場で硬直したのだった。
ビシリと固まったデュースを置いて会話は進んでいく。
「遠くから見るだけでなく、気軽に話しかけに来ればよかろう。同じ学園に通う学友ではないか」
離れた場所で待機している約二名。彼らの品定めをするような暖かみのない視線や、突き刺すような視線は完全無視らしい。
二言三言、言葉を交わしたリリアは自身を見上げるデュースにようやく気付いた。そして緩やかに紅い双眸が見開かれていく。
「おや? おお、ふむ、久しいのう人の子。かような場所でまみえるとはのう」
「ご無沙汰しております、……尊きお方」
返答に窮して苦し紛れに無難な言葉を口にする。はたしてこれはどう反応するのが正解なのだろうか。こてり、首をかしげたデュースは目を瞬かせた。
デュースの返答にリリアは相好を崩した。彼の声色が弾んだのをこの場の誰もが察するほど分かりやすい変化。
「おお! 忘れてはおらなんだか! 嬉しいのう」
「いや、中々忘れられませんて」
「そうか?」
「ええ」
「息災で何よりじゃ」
「あなた様もお変わりないようで何よりです」
「うむ」
周囲が知り合いなのか? という疑問を抱くが、テンポ良く交わされる言葉の掛け合いを前に口を挟む隙も無い。
頬を緩めたままのリリアは何気なく視線をテーブルに着く面々へ巡らせ、そして一つ頷いた。良い事を思いついたと言わんばかりの表情だった。
「――……トレイ、すまぬがこの者をちと借りるぞ」
「は!?」
ギョッと目を剥くトレイやケイトの様子など歯牙にも掛けずリリアはデュースの食事が乗ったプレートを右手で持ち上げる。同時に左手でデュースの二の腕を掴むと立ち上がるよう無言で促した。
トレイやケイトが慌てて制止しようとするが黙殺される。二人の顔に焦りが浮かんだ。
入学式からまだ二日目だというのに自寮の後輩が他寮の上級生に目を付けられた。それも、掴み所の無いディアソムニア寮生の中でも突出して謎多き人物に。ある程度気心知れている相手とは言え、入学したての一年をそのまま送り出すのは流石に良心が痛む。
まあ、その先輩心も当の本人によって沈静化させられたわけだが。
「あ、大丈夫です。ちょっと行ってきます」
え、あれ本当に大丈夫なの? ケイトは手を引かれて歩いて行くデュースの背を見送り内心で呟くのだった。
周囲のテーブルで食事を取っていた生徒たちは当然ながら目を丸くしてその様子を見ていた。食堂に居る他の生徒も同様だ。何しろディアソムニア寮の副寮長が他寮の一年の腕を引く様子など珍しいことこの上ない。いくら彼が気さくな性格をしていようとも、自ら距離を詰め、あまつさえ触れる事など滅多にある光景では無かった。
はわわ、とケイトが両手を上げ下げしているのを視界の隅に確認してデュースは自身の手を引く相手に声を掛ける。
「あの、返してください。自分で持ちます」
「ん? これは人質ならぬ食質じゃから返さんぞ」
「……食質……」
距離にして二十メートルは離れていようテーブル。その場所まで腕を引かれているデュースは、その半ばあたりでプレートをリリアから奪還するのを諦めた。そのせいか約二名……いやディアソムニア寮生からの視線が痛い。勘弁してくれ。内心で呻いた。ある程度食べ終えていたため長居はせずに済みそうだが、それとこれとはまた別である。
コトリとテーブルに置かれたプレートの位置からしておそらく誰かの隣である事がうかがえた。そろりと視線を巡らせれば満面の笑みのリリアと目が合う。確実に彼の隣だった。
「あの、」
「遠慮せずに座るが良い。わしらも食事の途中じゃったからのう」
「……はい、恐れ入ります」
何を言っても押し切られるだろうな。そう瞬時に判断したデュースは深く考えないようにしてリリアの隣に着席する。そうすると必然的に付き従っていた二人と対面する形になる。探るような、値踏みするような視線を感じてどうにも落ち着かない。よほど得体の知れない人間に見えるのだろうか。少しだけ虚しさを覚える。
――デュースはそう考えていたが、当の二人は物珍しさでまじまじと見つめていただけである。他ならぬリリアが直接その手で連れてきた相手なのだ。必要以上に警戒するのはリリアに対して失礼に当たる。もちろん完全に気を緩めたわけではないが。
気まずげな隣人を余所に、ある一点を見やったリリアが小さく笑い声を溢した。堪えきれないと言わんばかりのそれにデュースは首をかしげた。
「く、ふふっ」
「どうかされましたか?」
「いやな、今しがたおぬしが居た場所を見てみよ」
「え? …………ああ、寮長……」
振り返ればつい数十秒前まで居た場所が騒がしい。よほど腹に据えかねたらしい寮長がエースの背後に立ち何事かを告げている。凄まれたエースの顔が引きつっているのを遠目にも確認できた。
何とも絶妙なタイミングで連れ出されていたようだ。
「あれに巻き込まれずして良かったのう」
「ありがとうございます、気付いていたんですか」
「いや唯の偶然じゃ」
「左様でしたか」
事前に察知しての行動かと思ったら単なる偶然と返されてデュースの肩から力が抜ける。あまり身構え続けるのも考えものかもしれない。
良い具合に緊張感をほどいたデュースは食事を再開するでも無く、両手を両膝の上に乗せたままリリアの方へと顔を向けた。
「ええと、尊きお方」
「やはり硬っ苦しいのぅおぬし。名前で良い良い」
「恐れ、入ります? えっとヴァンルージュ先輩」
「そこは! 「リリア先輩」じゃろう! ……して何じゃ?」
「いえ、なぜ僕をこちらに案内されたのかと」
「ああそうじゃったな」
リリアとデュース、片方が一方的にはしゃいでいる会話の様子を見聞きしていたセベクは小さく鼻を鳴らした。
ふん、人間にしては礼儀をわきまえているじゃないか。胸一杯に吸い込んでいた息を吐き出す。デュースが一言でも不躾な言葉を吐こうものならこれ以上無いくらいの声で叱責するつもりでいたのだ。それも徒労に終わったが。
そんなセベクを横目で見てシルバーは気付かれない程度に息をついた。彼の思考を正確に読み取れてしまったからである。
テーブルの向かいに座る二人の思考を知ってか知らずしてかリリアは朗らかにこう告げた。
「紹介しておこうと思っての。おぬしの一つ上で二年のシルバー、同じ一年のセベクじゃ。同じ学園で生活するのであれば知っておいて損は無いじゃろう」
突然名を呼ばれ紹介された二人がぱちくりと目を瞬かせる。
ある程度予想していたとはいえ、明らかにただの人間であるデュースにそこまで気を配るとは。……リリア特有の気まぐれが発動されたか。二人の心中はほぼ同じだった。
「リリア様のご厚意、ありがたく受け取ると良い! だが少しでもリリア様に無礼を働いてみろその時は心しておけ人間!」
「これセベク」
たしなめるようなリリアの声に顔をしかめたセベクは視線を逸らし渋々といった風に再度口を開く。その唇は少しばかりムッと尖っていた。
「……それまでは同学年のよしみで気にかけてやらんこともない!」
「ああ、よろしくお願いします」
横柄とも言えるセベクの態度を前に、大して気にした素振りも見せずにデュースは仄かに笑った。その様子にシルバーはおや? と僅かに感心した。セベクの態度は初対面の相手には受けが良くない。茨の谷以外の人間となれば尚のこと。だというのにこのハーツラビュルの一年はさらりと流しただけで無く笑みさえ浮かべた。それが、どうしてかシルバーの頭の隅に焼き付いた。セベク本人は特に何も感じていないようだったが。
「僕はデュース・スペードです。改めてよろしくお願いいたします」
つい先ほどまで身構えていた人物とは思えないくらい自然な表情と態度でデュースは名乗った。初対面の二人に向けて、そしてリリアに対して。今の今までデュースはリリアに名乗っていないことをすっかり失念していたのだ。初めてであった場所が場所であったが故の弊害である。
「そうか、デュースというのか、おぬしの名は。そしてスペードとは成る程のう。うむ、良い良い。実に良い」
「今更で申し訳ないのですが」
「以前はわしが名乗るなと言ったのじゃ。気にするでない」
深く頷いたリリアは先ほどにも増して上機嫌だ。機嫌の上昇が留まることを知らない。
セベクとシルバーはその様子を見て、気になることは多々あれど口を挟まないことにした。リリアが楽しいのならばそれで良いのだ。……とはいってもセベクは物言いたげに口をハクハクと開閉させた後に言葉をグッと呑み込んでいたのだが。もちろん誰もそのことに触れない。無闇矢鱈と突いて要らぬ爆弾を弾けさせるつもりは無いのだ。
三人に食事を促してリリアは自分も残りの食事に手を着け始める。
「そういえば、いつじゃったか圧政を敷いた末に
リリアが食を進めながら至って静かにそう呟いた。それを聞き止めたデュースもまた記憶を辿る。数多の過去生、その中に該当する物がいくつも存在していた。
「見覚えも聞き覚えもありすぎてどの国のことか判断しかねますが……まあどれも多くは反乱の末に王が倒され、弱った瞬間を近隣諸国に狙われて国が落とされてましたね。割を食ったのは決まって力無い民ばかりだったので良く覚えています」
「うむ。どれも等しく悲惨。中でも多くの命が失われた時代は目も当てられぬ。一般に広く知られている歴史は、多少手を加えられていることが多いがのう」
「勝てば官軍、負ければ賊軍と言いますからね。事実がどうであれ勝者が作り上げていくのが歴史ですから」
あまりにも自然にリリアが己の経験を語るように話し始めたせいでデュースもそれにつられた。自身の過去生の経験も含めて口にしてしまったのだ。うっかりと。だが幸か不幸かリリアもデュースもそのことに気付いていない。
淡々と繰り広げられる会話は何とも血生臭い。その間もデュースとリリアの手はほとんど止まらないのだから、どちらもそのような話題になれていることを否が応でも慣れていることを周囲に窺わせた。思わずシルバーはカトラリーを操る手を止める。
「そうさな。わしも魔法史の授業を受けていて時折伝わっている歴史と事実とを混同しそうになって困っておる。……そろそろボケが始まる年かのう。まだまだ若い者には負けぬと思っておったんじゃが」
「え、いや、まだまだお若いと思いますけれども……?」
しょんぼり、眉を悲しげに下げてリリアが憂いを口にした。思わず瞠目してデュースはリリアの方へと顔を向ける。間違ってもボケという言葉とは程遠い印象しかない。ああだが、外見に惑わされそうになるが話を聞く限りかなりの長命だろう。容姿などどうとでも出来るのかもしれない。とはいえ種族的にもまだ老人の域ではないだろうに。……実際の所どうなのだろうか。
デュースの頭上に疑問符が浮かんでは消えていった。
「ふふふ、冗談じゃ冗談」
「で、すよね。少しびっくりしました」
「そうかそうか。……そろそろ話を戻すとしよう。まあつまりはちょっぴり見覚えのある事態になりつつあるぞ、という忠告じゃ」
「ご忠告痛み入ります」
「いやなに、単なるお節介というヤツじゃよ。危ういと思ったのなら身を引くのも一つの選択じゃからの」
「……ええ、心しておきます」
身の振り方を考えろ、という意味を含んだ助言。寮外から見ても状況は良くないらしい。いやそれとも、その空気に気付いたのは永く生き多くを見てきたリリアだからこそなのだろうか。
カツリ、とカトラリーを置いたデュースはティーカップに手を伸ばす。残っていた紅茶を一気に飲み干すと音を立てずにカップを置いた。めざとくそれを見止め、リリアはどこか残念そうに声を上げる。
「行くのか」
「はい。お昼をご一緒させて頂きありがとうございました。それではまた」
「うむ、それではまたのう」
それでも彼は引き留めることをしなかった。デュースの顔が改まり、空気が引き締まったことを肌で感じたためだ。一言二言を残しデュースは席を後にする。
難儀な奴じゃのう、というリリアの呟きは誰に届くことも無く宙に溶けた。
◇
デュースが促されて座ったテーブル、リリアたちの周囲はディアソムニア寮の生徒が多く座っていた。
寮同士のわだかまりがあるわけでは無いのだが、なぜかディアソムニア寮の寮生は少しばかり他寮生から距離を取られることが多い。加えて妖精族や人や獣人、人魚などとは一線画した種族に連なる血筋の者も多く在籍している。それ故プライドは山のように高い。そんな彼らが一所に集まるような形になるのは最早自然の流れだった。
その中に突如としてリリアが連れてきたデュース・スペードという存在。一端の生徒が動いたならともかく、寮内に留まらず茨の谷においても重鎮であるリリアが手を引いた相手。注目されないわけが無かった。
そこに先ほどの会話である。多くのディアソムニア寮生の中に誤解が生まれかけていた。デュースは普通の人間のように見えても妖精族や他長命な種族と近しい血をその身に持つ人物だ、と。後にデュース・スペード混ざりもの説、人外説がまことしやかに囁かれることになる一因でもあった。おそらく本人が知れば頭を抱えるであろう。
ディアソムニア寮の生徒の特徴の一つとして口数が少しばかり少ないことが上げられる。いや、言葉が足りないと言うべきか。大事なことこそ口にしないともいう。今回はそれが徒となった。誰も考えを口にしないためデュースもリリアも否定することが出来ない。否定されない以上勘違いは続く。
そうして妙な共通に意識は定着していくことになるのだった。
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2020.9.8.支部にも投稿しました
2022.1.2.別館サイトに掲載