オーバーブロット

24

バットが空を切る鈍い音がリドルの放つ魔法の轟音にかき消される。
クロウリーに避難するよう通達され誘導されていった寮生のほとんどはこの場から逃げ終えている。この場に居る、いや残ったのはごく少数だった。真っ先にリドルに特攻をかけたエース。このままでは寝覚めが悪いと炎を吐いたグリム。その援護をしたデュース。グリムが居るため必然的にこの場に残る選択をした監督生。そして、リドルと縁深い上級生二人。
リドルが放つ魔法に関する攻撃のほとんどを他の面々に任せて、デュースは主に常人には視えないモノの対処に当たっていた。必要とあらば当然マジカルペンを振っているが。
魔法の威力の一つ一つが凄まじい。一瞬でも動きを止められたなら。そう考えた瞬間、前触れも無く薔薇の木が降ってきた。慌てて目前に立つエースの背を掴み引き寄せる。

「おわっ」
「気を付けろエース!」
「悪ぃ!」

戦闘はある意味お手の物だ。問題無く動ける。
自身が先陣を切って戦っていた、というわけではないが護身術を会得している。かつて本丸でデュースの指導にあたった数振りのお墨付きだ。要は、かなり動ける。人間基準ではあるが。それは先日のドワーフ鉱山での一件で既に二人と一匹には知られていることだった。
そんなデュースが積極的に前線へ出ない理由が幾つかあった。障害が多すぎるのだ。物理的に。飛んでくる魔法も高威力なため一人ではいなしきれない。そして、監督生を後ろに庇っているため下手に動けないのだ。
監督生のことはなるべく後ろに下がらせている。それこそリドルの視界に入るか入らないかのギリギリに。

(……ドワーフ鉱山の時もそうだが、使えるはずの術を使わずに戦うのって本当にキツいな。縛りプレイとか勘弁してくれって感じだ)

誰も好き好んで自ら使える手段を封じているわけでは無いのだ。
陰陽術を使用するにも人目が多すぎる。残念ながらこの場に居る物は皆、出会って一週間と経たない人間ばかり。正直な所あまり信用しては居なかった。そんな状況で霊力を駆使した術をぶっ放そうという考えは微塵も無かったのである。
周囲の目をかいくぐり、デュースは一時的にマジカルペンをポケットにしまう。入れ替えるように人差し指と中指に挟んで取り出した物を宙に投げた。紙を名刺程度の大きさに切り小さな札を作り、更に針のように形成させた飛び具。それをジャケットの内ポケットに偲ばせておいたのだ。鎖の形を取りかけていた靄――瘴気が霧散する。
それとは別に仕込んでいた小道具、霊力を込めた水晶を連ねたブレスレットを右腕に嵌めている。瘴気を振り払うように腕を振れば拳に触れた靄が消えていく。
細々と積み重ねていたちょっとした仕込みが今役に立っていたのだ。だが、明らかに何も無い場所にバットを振っている様子に訝しげな視線を送られていることにも気付いている。
周囲の瘴気がある程度薄くなったのを確認してデュースは再度マジカルペンを構えた。





度重なる攻撃にリドルの動きがどんどん鈍くなっていく。それを肌で感じたデュースはマジカルペンを懐にしまうと両手でバットを握りしめた。

「ちょっ、ちょいちょいちょい待ってデュースちゃん! まさかそれでリドルくんを殴る気!?」
「寮長は殴りません! 後のヤツです!」
「それもそれでどうなの!?」

ケイトの叫びを背後にデュースは一気に距離を詰める。刀を振り下ろす動作と同じように一撃。リドルの背後に浮かぶ継ぎ接ぎだらけの化生に浴びせたのだった。
魔法での攻撃は当たらなかった。それはデュースもその目で確と見た。ならば今、この手に持つ破邪の力を持つ道具でならばどうなのか。急拵えだったとはいえそれなりに力を有しているのは先ほどで実証済みなのだ。

『―――――――!!!』

力がこもった一撃を食らったソレは、言葉にならない、声にならない悲鳴を上げた。もしかしたらこれはデュースにしか聴こえていない声なのかもしれない。間髪入れず再度バットを振り下ろす。今度はリドルに繋がる鎖めがけて。
どう、と音を立ててリドルの背後に出現したブロットの化身とも言えるそれは地に伏した。ほぼ同時にリドルもまた地面に両膝を着き、そのまま倒れ伏した。
トレイやケイトが彼に駆け寄る中、デュースは一人警戒を解かずに周囲を見回していた。まだ全てが終わったわけでは無いのだ。

チラリと地面を這う鎖を睥睨し、踏みつけ、力任せに断つ。厳密に言えばこれは金属では無い。だからこそ出来た荒技だった。靴底にも仕込んでおいて良かったな、と頭の隅で考える。
鎖の擦れる音がやけに耳についた。鼓膜に付近に音が質量を持って留まっているような気持ち悪さ。ゆるく頭を振って嫌な感覚を飛ばした。――その瞬間のことだ。



ぽちゃり。水音がした。
ぽたり。ぽちゃり。水面に水滴が落ちる、その音だ。
淡々としたリドルの声が反響し、彼の記憶と思われる映像が濁流のように脳裏を駆け巡る。
審神者時代にも良く体験したことだ。意図せず、デュースは稀に相手と同調しその記憶を垣間見ることがある。その多くは相手側の強い感情を無防備に受けた副作用のようなもの。弊害とも言える。
人によって霊能力の特色は違う。視力、聴力、攻撃、防御、浄化、呪術、感知、干渉、分析、夢見、その他諸々。何に特化しているのか。十人十色、千差万別、その人により様々だ。
デュースが何に特化しているか、そう問われれば第一に「五感」であり、次いで「夢見」と「分析」だと言えよう。寝ているときに視る夢が最たるものだが、こうして何かを訴えかけられて強制的に視せられることもある。……今まさにその状態だった。

過去から始まり現在に至るまで。抑圧された状況、彼の心境、悲痛な声を伴いデュースの脳に訴えかけてくる。ぽたり、ぽたり、と聞こえるのは彼が今まで流してきた涙の音か。それとも唯の幻聴か。
徐々に現実世界に意識が戻りつつあるのを感覚的に自覚してデュースはグッと奥歯を噛みしめた。



くらくらと揺れる視界に酔いそうになりつつデュースはその場で蹈鞴を踏む。バットの先を地面に着き、それを支えに辛うじて体制を保つ。気を抜けば地面に倒れ込みそうだった。意識して目を瞬かせぼやける視界を正常に戻していく。

あれほど見事だった庭園は変わり果てていた。薔薇の木は折れ、生け垣は崩れ、地面は抉れている。
大元であるリドルとブロットの化身が倒れたからか、瘴気は大分薄れていた。まだちょっとウロチョロしているモノは居るが。デュースは召喚していたバットを魔法で元の場所に送還すると肺が空になるほど息を吐き出した。肩の力が僅かに抜ける。ぐるりと首を回せば、大分凝っていたのか鈍く痛む。
少し離れた場所で横たわるリドルを起こそうとトレイやケイト、いつの間にか戻ったクロウリーが声をかけている。意識して彼を視たところ、死に直結することはなさそうだ。視える者にしか視えない鎖も首や手足に枷が残る程度にちぎれている。

トレイの、ケイトの、懸命な呼び掛けに答えるかのようにリドルが目を開けた。
正気に戻った彼に状況と経緯の説明が為されている間、デュースは近くに佇んだままの監督生に声をかけた。安否の確認のためだ。

「監督生、怪我は無いか?」
「な、無いよ、大丈夫」

手が震えている様子は全く大丈夫には見えないが深く聞かないことにした。彼女が触れて欲しくないような空気を醸し出していたのだから、デュースはこれ以上踏み込めはしない。

リドルの感情の吐露する声が凄惨たる広場に落ちては消えていく。これまでずっと押さえつけていた感情が吹き出したように。終いには子どものように大声で泣き出した。面食らってケイトは目を見開く。トレイもまた苦い表情で悔やむようにリドルを諭した。ごめんなさい、と何度も何度も嗚咽混じりに謝罪する彼の背をトレイが支えている。
この様子を見る限り、しばらくは安泰そうだ。デュースは頭の隅で呟いた。だがしかし、このまま綺麗に終わらなかった。

「絶ッッ対許してやらねー!」

今回の火種であり引っかき回した張本人でもあるエースは許さないと声高に告げる。ここは許す場面だろう? という視線が幾つも彼に突き刺さった。むしろケイトは実際に口に出していた。数多の視線を受けてもなおエースは意見を曲げなかった。グチグチと恨み辛みをリドルにぶつけていく、その内容たるや。エースは自身が受けた仕打ちや行為、言葉について完全に根に持っていた。それも、かなり。

「……こいつも大概空気を読まないというか、なんというか」
「コイツオレ様より根に持つタイプなんだゾ」

呆れのあまりデュースの肩から力が抜ける。深く息をつく横でグリムが同調した。その両前足で器用に腕組みをしている。
魔獣のグリムに言われるというのも相当では無いだろうか。

『何でもない日』のパーティーをやり直すこと、タルトをリドルの手で作ること、エースは腕を組んだままそれを条件に提示する。
リドル本人がそれを了承したところでクロウリーが嬉しそうに微笑んだ。一件落着。そんな空気が流れ始める。
トレイとクロウリーが付き添い保健室へと移動しかけた。――その時だった。グリムが黒い石を発見する。ちょうどブロットの化身が伏した場所の近く。
ドワーフ鉱山で見つけた物と同じだ、とグリムははしゃぎながらそれを手に取った。その光景にデュースは首裏がチリチリと焦がされるような嫌な感覚に襲われる。どうにも落ち着かない。
デュースが止める間もなくグリムは大口を開いた。第六感とも謂うべき何かが脳内にガンガンと警鐘を鳴らす。懐に手が伸びたのは反射だった。

「いっただっきまーぶに゙ゃ゙あ゙!!?」
「喰わせんぞ!」

マジカルペンを振るい、デュースはグリムの頭上に枷を召喚した。そのまま振り下ろし首を押さえ込むように地面へと固定する。ぎゃん、とグリムが舌を出して突っ伏した。突然柵のような物を召喚したデュースにギョッとしたのはグリムだけでは無い。この状況で喧嘩か? と上級生三人とクロウリーが顔をしかめた。

「前も食べるなって言っただろう!」

ころりと目の前に転がった黒い石を前にグリムがジタバタと両前足を動かす。爪先が届く。そして――

「オ、オレ様のごちそう! ……にゃんのこれしき! はぐぐ!」
「「あ」」

一瞬の隙を突いてグリムは黒い石をパクリと口にねじ込んだ。思わずエースと監督生が声を上げる。鬼の形相でデュースがグリムの顔を鷲掴むが、既に口内には無い。噛み砕いて呑み込んだのだ。
食レポしながら頬を押さえる魔獣を前にデュースの顔は険しさを増していく。その様子をつぶさに見ていた監督生は震える両手で口元を覆った。
グリムの味覚を疑い茶化すエースの呆れたような声だけが、一瞬にして凍った空気を溶かす唯一の温度だった。上級生の内、一人だけこの場に残っていたケイト。彼は顔を強ばらせるデュースと監督生を不思議そうに見て首を傾げている。
そうして決闘の末に引き起こされた騒動の一連は幕を閉じた。





寮長の座をかけた決闘および、リドルのオーバーブロットを引き起こした一件の翌日。デュースは硬い表情で目を見張った。
じゃらり、と。音が聴こえたのだ。
鎖は斬ったはずだ、粉砕したはずだ、デュースの手で確実に。だというのに何故。

――リドルの首と手足にはオーバーブロット以前と変わらず、鎖が垂れ下がっていた。


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2020.9.8.支部にも投稿しました
2022.1.2.別館サイトに掲載
文字数の関係でまた分割しました。毎回こんな感じになってしまっていますね。
これから先の展開を色々考えるとどうしてもサラッと飛ばせなくて結局原作沿いになってしまって頭を抱えています。
後半は「つめがあまい」がキーワードです

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