くずおれた牙城

39

クルーウェルが変わった門だ、と呟いたものの正体は朱塗りの鳥居。それに対する訂正も補足もせず、デュースは目を僅かに細めるだけで応えない。口を噤んだままだ。

鳥居をくぐり、石造りの階段を上り、辿り着いたのは悠然と構えた朽ちた門だった。扉が意味を成していない。崩れ落ちた土扉の隙間から見えるのは荒廃した日本家屋。生き物の気配は欠片も無い。それどころか人ならざるものの気配もほとんど感じられなかった。
人の手が入っていない事が一目で分かるほど老朽化が進んでいる。それどころか意図的に破壊されたような痕跡も見られた。オンボロ寮よりも酷いのではないだろうか。
そう考えるクルーウェルの横でデュースは顔に緊張と不安をにじませている。
何故ならば、この門構えにひどく見覚えがあったのだ。
前々世──審神者時代に幾度となく見たもの。此処は本丸の正門だった。懐かしさを覚えると同時に心臓が冷えるかのような錯覚に襲われる。
くずおれた本丸。招集された審神者と刀剣たちが築き上げた、その牙城の成れの果て。
生と死を跨ぎ、過去に身を投じた戦場いくさばに再び足を踏み入れることになろうとは。いくら「複数の過去生を思い出す」という稀有な出来事に見舞われたデュースも予想だにしていなかった。

(……縁を手繰られて引き込まれたか、過去の清算か、はたまたただの偶然か、どれだ)

肩が無意識のうちに強張る。隣で同様に警戒しながら周囲の様子を窺っているクルーウェルに視線を向け、デュースは逡巡した。

(いや、今はそれを気にしている場合じゃないか。一般人を連れ立っての厄介ごと、最近多いな……)

彼は明らかに耐性の無い只人だ。
おそらくこれから原因を探るためにデュースは探索せねばならない。そのため対抗手段を持たないクルーウェルを連れだって行動を共にするのは悪手だった。何せ一般人だ。いくらデュースが専門的な知識を持ち合わせ、慣れているとはいえ正直手に余る。
しかしこの門の外に置くにも不安が残る。合流できなくなる可能性もあるためだ。空間が断絶されでもしたらいくらデュースとて対処のしようがない。いったい、どうしたものか。

思考をぐるぐると巡らせながら所持品を確認していく。ジャケットに仕込んでいた物──札や浄化用のスプレー、香袋、鉱石が主軸の霊具。加えてジャケット自体も刺繍を施しているため魔除けの効果を持ち合わせている。そして、購買部で購入した複数。
……リュックは残念ながら校舎に置きっぱなしである。しまい込んで持ち歩いていた物は手元にない。
言霊と霊力を駆使して守りを固めることは可能だ。しかしクルーウェルは一般人であるからして、有事の際に目に見えて判断できる方が良いと考えていた。ついでに言うならばデュースも気を配る事項が少し減って楽になる。
様々な制約があるせいで出来ることも行動も限られていた。どうにも思案に余る。
ううむ、右手で顎をゆるやかに擦りデュースは口を開いた。

「……先生、このジャケット着てくれませんか? 背も先生の方が高いし、サイズは小さいかもしれないんですけど、前開けた状態なら多分着用可能だと思うんです」
「は?」
「…………そんな珍妙なものを見るような顔しないでくださいよ」

悩みぬいた結果がこれである。
唐突すぎる提案にクルーウェルは虚を突かれたのか、何とも形容しがたい表情で見返す。目が雄弁に「何を言っているんだコイツは」と語っていた。
その頬が若干引き攣っているのを見止めてデュースも表情がスンと薄くなる。どこぞのスナギツネのような虚無顔。無言でジャケットから細々とした道具を取り出すと、軽くなったそれを目の前の彼へと差し出した。

「何も理由なく言ってるわけじゃあ無いんですよ?」
「まあそうだろうな」
「ジャケットに刺繍してるのでちょっとしたお守り代わりになります。おそらく一回くらいはでかい攻撃の身代わりになる……はずです」

僅かに呻く声が聞こえてデュースはチラリと隣を流し見る。苦虫を噛みつぶしたような顔だ。
降ろしたままの安っぽいナイロンの布地がシャっと音を立てる。紐で口を窄めるタイプのエコバックから取り出したるは購買部──サムが自信をもってデュースに提示した一品だ。守りの力を有している衣装一式。民族伝統の生地自体が魔除けの力を持つのか、生地に浮かぶ文様が力を有しているのか、襟ぐりに施された刺繍が効力を発しているのか。それともそのどちらもか。

「防御力的にはこっちの方が優れてるんですけど、多分着用できないと思うので苦肉の策ですよ」
「ほう、良い生地だな」
「でも先生が着るには少し小さいです。後ろのチャックとスナップ、多分閉まりませんよ?」
「そうか、ならこうすれば良い」

魔法でサイズの調節をしようとしたのだろう。彼は指揮棒を手にし、小さく振るう。だが何も起こらない。沈黙が落ちる。
そろりと自身の担任を見上げてデュースは問いかけた。

「何……?」
「……まさかとは思いますけど」
「……ああ、使えないようだな」

舌打ちせんばかりの形相。クルーウェルは指揮棒を持ったままわなわなと手を震わせた。非常に残念かつ無情な事実。この空間では魔法が使えない。
名残惜し気に衣装から視線を外したクルーウェルはデュースに差し出されたままのジャケットに手をかけた。先ほど「判断を任せる」と言った手前、進言も主張も無視できなかったのだ。
だがしかし、率直な心境はまた別である。
何しろ制服に腕を通すなど卒業以来だったのだから。内心複雑な思いを抱くのも無理はない。
促されるまま両袖に腕を通した。その時点でクルーウェルの眉間が盛大に寄る。デュースは気まずさを誤魔化すためへらりと笑った。
予想と違わず見事につんつるてん。肩幅はまだ良いが袖の長さが微妙に足りない。前のボタンを閉めるのは辛そうだ。背丈に十センチ近くの差があるのだから、そうなるのも当然である。
憮然とした表情のクルーウェルに向けた「誰も見てないんで大丈夫ですよ」というデュースのフォローは黙殺された。そういうこっちゃないのである。グッと唇を引き結んだままクルーウェルは更に白衣を羽織ったのだった。







両者共に着替え終え、主にクルーウェルに術をかける。悪意あるモノからの視線や認識を逸らす術だ。デュースはこの術を使うことが多い。
加えて細々とした霊具を幾つか、彼が嫌々着たサイズの合っていないジャケットに仕込んでいく。自分の制服だというのに着る人間が違うとこうも見え方が違うものか。などと考えながら胸ポケットの調度マジカルペンを刺している付近にピンズ型の霊具を刺した。
デュース自身はサムから購入したばかりの衣服に袖を通しているため特に霊具は装備していない。強いて言うならば、以前からつけていた手首を彩る細い銀輪とピアスくらいである。
ベストを脱ぎワイシャツの上から民族衣装を着ているせいで着心地がすごく悪い。特に襟ぐりが不快だが動けない程ではない。

そうして改めて立った門前。目を細めて出来る限り遠くまで視ようとしたが、視界に入るのは崩落した屋根や瓦礫ばかり。だが瘴気らしきものは一切見当たらなかった。
デュースの眼に映るものがただの風景同然ということは、人ならざるものもまた存在していない事とほぼ同じ意味を持つ。稀に見誤ることもあるため確実とは言い切れないが。
──しかし、一歩、足を踏み入れた途端に感じる悪寒。態度には出さず、ただ僅かに目を細めるだけで留めデュースはすばやく視線を周囲に巡らせた。
強烈な嫌悪感に身の毛がよだったのは一瞬だ。だが皮膚の下にじわじわと侵食するような不快感は消えない。こびりついたかのようだ。

「気持ち悪い」
「全くだ」

両腕を擦ったデュースに同意したクルーウェルもまた僅かに身をよじらせている。どうやら似たような感覚に襲われたらしい。
不快感は抜けないが、デュースはそのまま索敵のため術言を唱えて周囲を探りはじめた。時間を無駄に使いたくはないのだ。クルーウェルの視線が突き刺さるかのようだったが今は気にせず空間の把握に努める。
魔法ではないのならばそれは何だ。その問いには黙秘権を施行し無言を貫き通した。
てきぱきと動き回り地面に何かを書き込み、そのど真ん中にクルーウェルを立たせるとデュースはこう宣った。

「ちょっと探索に出かけます、すぐ戻ります」
「は? 待て仔犬」
「此処から一歩も動かないでくださいね」
「Stay、待て、Stayだ仔犬、Stay」
「行ってきまーす」
「Staaaaayッ!!」

彼の怒声を背後にデュースは軽やかに駆けていく。どうにも話を聞かぬ駄犬である。
暗視の術で視界に問題が無いとはいえ、クルーウェルは細い月の光が頼りの暗闇に一人取り残されていた。両の拳を握り彼は決意する。──無事に学園へと帰り次第、徹底的に躾けてやる。絶対にだ。

ある意味で物騒なフラグが立っているなど気づきもせず、デュースは外壁沿いに小走りで敷地内を見回していく。
地面が抉れ、石や壁の破片が散乱しているため足場が悪い。百メートルほど走っただろうか、ふとデュースは足を止めた。
少し離れた建物の奥からは微かに瘴気が漂ってきている。
だというのに、デュースたちが足を踏み入れた場所はいたって清浄だった。いや、清浄というのは少し語弊がある。異様なほどに何もない・・・・。その事実にゾッと悪寒を感じたのはなぜなのか。両腕に鳥肌が立っていることを自覚してデュースは両目を細めた。劇的ではないがピリリと肌を刺激するような感覚に自然と眉が寄る。

(…………気味が悪いほど何にも無いな。本丸跡地だからか? いや、だが結界が機能していない。何かしらが入り込んで住処にしていても可笑しくないんだが……)

本丸はマヨヒガとも幽世とも言える場所に座しているのだ。結界が作用していなければむしろ厄介なモノが居つく確率は高くなる。
人が長く住まい、出入りの多いハーツラビュル寮にも良くないモノは入り込んでいた。だというのに何年と放置されているであろうこの場所に何も居ないと言うのは中々に可笑しな話だった。
疑問を解消できずスッキリしない。力を込めた唇がぐにんと歪む。はあ、と深く息を吐きだして踵を返した。
知りたいことは大方確認できた。建物の規模や配置。配属された審神者によって個性が出る庭や畑。それらを中心に見て回っていたのだ。

デュースは知れず詰めていた息を吐きだす。
増築された形跡がない。どうやら就任後のままの初期本丸のようだ。……つまり、自分が死した後の本丸ではない。前々世の審神者時代において本丸を襲撃されたのは死に際を除き二回。着任後から約一年という駆け出しの十代後半、そして、それなりの地位に就くことになった三十代後半。
審神者レベルと所持刀剣数に応じて本丸も変化する。一、二度目の襲撃のどちらも増築と改装によって敷地内の配置も外装も変えていたのだ。
だから、この場所はその二か所とも違う。

(……本当に、全く手を付けられていないんだな、この本丸は)

やるせない思いが込み上げてくる。惨状を見るに戦闘があったことは確かだ。現場からして就任して間もないうちに襲撃にあったのだろう。

小走りで元来た道を戻りながらデュースは目を方々に向けた。主に視線が吸い込まれるのは破損が激しい故に見える室内。その最中ふと足を止める。
ぽつねん、と。敗れた障子戸の傍らにくすんだ金茶色を見止め、なぜか無視できなかったのだ。ふらっと誘われるかのように手を伸ばす。シャと背負ったエコバックが音を立てた。
なだらかに湾曲した一本の棒状の物体──いや刀。両手で持ち上げればズシリと掛かる重み。常日頃から振るっていた漆塗りの刀よりも多少重量がある。
どうにも記憶を刺激される拵えだった。鞘の側面に描かれた月の満ち欠け。懐かしさを覚える。
──三日月宗近。天下五剣が一振り。もっとも美しいと言われている刀だ。
今しがたデュースの眼前に現れたのはその付喪神の依り代そのものだった。歴史修正主義者との戦いに初期から身を投じ、審神者と分霊を通し、歴史を守るために力を貸し与えてきた。そして審神者制度が発足したばかりの頃、最も入手困難と名高かった刀剣。
そんな刀が、何故ここに。デュースは持ち上げたまま全体の状態を確認する。しかし刀身を鞘から抜くことはしない。下手に触れるのは避けたかったのだ。

(……居る、な。ちゃんと。霊力切れか?)

刀剣に確りと付喪神の分霊が宿っていることを感じる。不思議に思いながらもう一度全体をじっくりと見つめた。
嫌な印象はない。皮膚を突き刺すような感覚も無い。瘴気や穢れをまとっているようにも見えない、感じない。だが僅かとはいえ神気を感じる。つまり正真正銘、刀剣男士が宿った刀身が放置されていたのだ。
ひくりと口端が引き攣る。駆け出しの本丸と推測していたが、これは予想だにしなかった。この本丸の主は随分な豪運だったようだ。

僅かな逡巡の後、デュースはこの刀剣をそのまま持ち歩くことに決める。武器は多いに越したことはないのだ。しかし、鞘から抜いて振るう予定はない。ぶん回すだけである。力加減を間違って顕現させてしまったら目も当てられない。今のデュースは、審神者ではないのだから。
思案しながら駆け戻れば一瞬でクルーウェルの元に辿り着く。

「戻りましたー」

攻撃力の高い武器を入手した安堵からかほんの少し間延びした声色での報告。

「……Bad boy……Bad! boy……! いい度胸をしているじゃないかこの駄犬が」
「ええええ理不尽」

何一つとして説明もされず置き去りにされたのだ、むしろこの程度の罵倒で済んだことを感謝するべきである。クルーウェルは内心で毒づく。

大げさに肩を落としたデュースはそのまま探索の結果を報告。この時点で自身の眼が良いことや霊能力についてザックリとした説明も済ませたのだった。……スピリチュアルの一言で済まされてしまったのは、少しばかり解せないが。まあ深く探りを入れられなかったため良しとする。

「この周辺なら移動、というか自由に動いても大丈夫な感じです。ヤベェ見た目でも、特に「良くない何かしら」は居ないようでした。あ、けど僕から離れないでもらえると助かります」

飄々とした何も感じていない様子でデュースは告げる。それを見据えてクルーウェルは寄せていた眉へ更に力が込められた。己の理解が及ばない事象がいつの間にか展開されている事が気に食わない。いや、不安なのだ。おそらくクルーウェル本人は認めたがらないだろうが。

軽い話し合いの結果、建物の外壁に沿って中を確認し侵入が可能ならば屋内を探索、という案に落ち着いた。

「ん?」
「どうした」
「いえ、何か手に……」

しばらく歩いたのちに見つけた大穴から建物に足を踏み入れた瞬間、左手に伝わる妙な感触。言うなればバイブレーション。何かが震えているような感覚があった。

「……三日月?」

こてん、と首を傾げ小さく呟く。地味ではあるがやたらと主張を直に感じる。
この現象を何と言えば良いのだろう、デュースは眉をひそめた。右へ身体を向ければ鍔がカチカチと鳴る。歩き出せば間髪入れず刀全体がビビビと震える。逆方向──左に身体を向けた途端震えが収まった。その方向に足を踏み出す。身構えたが特に何ら変化なし。
思わず刀を目線まで持ち上げ、無言で見つめてしまう。
未顕現状態だというのにこうも動ける力があるのか。まさか顕現できるだけの力は蓄えてある状態だとは言うまいな。胡乱げな視線を送ってデュースは唇をへの字に曲げた。
刀剣男士およびその刀剣。彼らとは前々世において四十年余り共に時間を過ごしたが、かなり未知数の存在である。転生を経てなお三日月宗近の新たな一面に直面し、何とも言えない表情を浮かべた。

(罠、ではないよな、多分。刀剣自体からは穢れも瘴気も感じられないから従っても大丈夫だと思うんだけど……どうするかな)

脳裏に様々な可能性を浮かべては消していく。チラリとクルーウェルに目配せしてからデュースは一つ深呼吸をした。
小さく頭を振り、気を取り直してまた歩を進めていく。空気がかなり埃っぽいがカビの匂いは感じない。乾燥しているようだ。
床板が抜け、壁も崩落しているが辛うじて廊下だったと判断できる場所を道なりに進もうとした瞬間、再度手に伝わる震え。三日月の無言かつ体当たりな主張。
なるほどこのまま進むわけではない、と。
……ダウンジングをしているような気分になってきた。内心でそう呟きながらも導かれるがままに歩を進めるのだった。







情報を求めて探索を続けてからさほど経たずしてドタバタと足音が聞こえてくる。どちらともなく顔を見合わせたデュースとクルーウェルはぴたりと足を止めた。ほぼ同時に中庭を挟んで向かいの回廊にひょろりと人影が現れる。
あ、人だ。デュースは頭の隅でそう呟いた。ひいこら言いながら廃墟の探索をしている男の姿。白っぽい羽織が目立って見える。人間の形を取った人ならざるものでもなく、まさしく生きている人間である。
デュースがクルーウェルと顔を見合わせ、何となしに視線を戻した瞬間。バチリと目が合った。

「人ぉ!!」

こちらを認識した途端に駆けてくる男。思わず頬を引き攣らせ、デュースはほぼ反射的に防御の姿勢を取った。このまま激突でもされては堪らない。
その斜め後ろでクルーウェルは指揮棒を構えた。万が一こちらに──デュースに危害が加えられそうになった時には容赦なく振るうつもりで居たのだ。教師として、大人として、クルーウェルには自身の生徒を守る義務がある。
しかし、そんな決意もすぐさま霧散することとなった。

「Stop! Stop it! Drop momentum!」
「ひぇ英語だうわ無理助けて光忠」

監督生と会話する感覚で口を開いた結果がこれである。制止の言葉を発した途端に身を引かれた。自動翻訳などと都合の良い作用が働くわけでもなかったらしい。
何とも情けない面で後退った男に毒気を抜かれながらデュースは再度口を開いた。

「あ。失礼。勢いを落としてくれって言ったんだ。……あと、少し聞いても良いだろうか」
「急に日本語!? ってか日本語喋れんのかよぉ!!」

言語を切り替えて問いかけたのだが、吠えるように怒鳴られてしまった。非常にうるさい。デュースの後ろでクルーウェルが不快そうに双眸を細める。三者三様に表情が歪んだ。

「とりあえず落ち着いてくれないか。はい、息を吸ってー吐いてー」

けたたましさに顔を歪めつつデュースは男に深呼吸を促す。すると彼は存外素直に指示に従った。息を吸って、吐いて。それを何度か繰り返した頃、ようやくある程度の落ち着きを得る。男は顔を上げるとマジマジとデュース達を見据えた。

「アンタ等、審神者? いや政府の人か? あ、それとも研究所の人?」
「いや、単なる一般人だよ」

おそらくはデュースの着用している民族衣装とクルーウェルの白衣を見ての発言だろう。その勘違いに乗ろうとも考えたが、デュースはきちんと訂正を入れた。中途半端に誤魔化すと後が面倒になりそうだったからでもある。
チラリと左斜め上に視線を向ければ視界に入るのは寄せられた柳眉。苛立っていることが如実に伝わってくる。その原因を何となく察したデュースは静かに問いを投げた。

「先生、彼の言葉分かりますか?」
「……いや、分からん。初めて聞く言葉だ」

彼の眉間が更に寄る。どうやら正解だったようだ。一つ頷きデュースは一歩踏み出し二人の間に挟まるような位置を取る。
──ほぼ同時に、中庭に倒れかけていた一本の枯れ木が崩れ落ちた。木が腐った臭いはしない。乾燥が過ぎたのが原因か。朽ち具合を見る限り既に限界だったのだろう。
ひぃ、とか細く悲鳴を上げた男を前に、指揮棒を構え全身で警戒を露にするクルーウェルを後ろに。デュースは過剰なまでに反応した二人に挟まれ、ただ困ったような顔で後ろ頭を掻くのだった。


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2020.12.23.支部にも投稿しました。
2022.1.15.別館サイトに掲載
この話書いているとき、見つける刀剣を三日月さんのままにしようか他の誰にしようかとちょっと悩んだんです。が、まさかの札なし鍛刀で三日月さんが来たので彼のままでいくことにしました。鍛刀でお迎え何年ぶりだ。恐い。

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スペードは夢見が叶うか
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