最近になって、自分たちが「退学RTAカルテット」と言われていることを知り、デュースは虚無感を覚えた。スンと表情が抜け落ちる。遺憾の意。しかし完全に否定が出来ないという事実。
厳密に言えば、当時の彼女は監督生という立場ではなかったし入学すらしていなかったのだが、この学園の生徒にとっては些細なことらしい。単純にそこまで興味がないとも言う。
冤罪による退学未遂騒動を思い出し、デュースはそろそろ
取り立て? いやまさか。オンボロ寮の一室の使用許可を取り付けに行くのだ。おそらく、よっぽどのことがない限り断られることはないだろう。
「ちょっと、学園長室に行ってくる」
「分かった、行ってらっしゃい」
「うん。……あと、エース」
「何?」
「悪いが留守の間、監督生たちを頼んだ」
「おー、分かった」
エースを前に、デュースは僅かに視線を外して会話をする。それに気付かないエースではない。目を細めると素っ気なさを感じさせる声色で応えた。機嫌は良くないらしい。だが了承の返答があるだけ良いだろう。
僅かに視線を床に落としたデュースはそのまま教室を後にした。
予想と違わずクロウリーはオンボロ寮の一室を使用する許可を出した。むしろそれで冤罪による退学未遂の謝罪と対価になるのなら、と歓迎すらしていた。
なお、監督生に対する言及と言えば。
「あの建物に人が増えて、むしろ監督生くんも安心でしょう」
これである。
その様子から、やはりクロウリーは監督生の性別に気づいていないのだとデュースは確信した。
「あと何点か、聞き入れてほしいことがあるのですが」
「ふうむ、まあいいでしょう。流石にオンボロ寮の一室を貸し出すだけではつり合いが取れませんからね」
その主張は尤もだと思ったのか、クロウリーは渋ることなく承諾した。お約束の「私、優しいので」の言葉もついでのように添えられる。今のデュースには白々しく聞こえてならない。
自分以外の生徒に貸し出す許可を出さないこと、寮を自由に使用する権利を監督生とデュースに限定すること、敷地内にデュースがどんな魔法を施しても文句を言わないこと。
そういった条件を幾つか飲ませるに至るまで多少の攻防があったが、今は割愛しよう。
結果として、オンボロ寮敷地内の使用許可および提示された権限をデュースに付与する、という条件の元で締結と相成った。
(一応報告しておこう)
学園長室を出てしばらく歩いた廊下の片隅に立ち携帯端末の画面に指を滑らせる。進展を気にしているであろうクルーウェルに連絡を入れたところ、すぐさま電話が鳴った。
スピーカーにしている訳でもないのに廊下に響く「Good boy!」の声。何人かの生徒がギョッとした顔で振り向く。それを気にした様子もなくキンと痛む耳を抑えながら、デュースはその場を後にするのだった。
その日の晩、デュースから報告を受けたハーツラビュルの上級生三人は、非常に複雑な面持ちでその報告を聞いていた。
監督生が女性であることを踏まえて配慮に欠けるのではないか。常駐するわけではないとはいえ、年頃の男女が一つ屋根の下。恋人でもないというのに。……そんな考えから止めるべきかどうかと迷っていたのである。
何故ならば、彼らはクルーウェルたちとは違って知らないのだ。デュースが過去生の記憶持ちであり中身年齢が少年のそれではないということを。
難しい顔をしている上級生たちを前に、デュースはシレッとこう宣う。おそらくは疲れが抜けきっていなかった。
「監督生は孫的な感じというか、家族的な感じです。あっちからしても特に問題は無いですよ」
「……は?」
そう。監督生としてもデュースとしても、問題は無いのだ。むしろ頼れる相手が滞在する可能性があるというのは彼女にとって精神の安定に繋がっていた。女の一人暮らしよりも信用できる身内との同居の方が安心できる、という状況に似ている。
何を言われたのか一瞬理解できなかった三人は、その言葉を噛み砕いて把握するまで僅かに時間を要した。無理もないだろう。どこかしっかりしすぎる一面を持つ後輩だとは思ってはいれど、まさか同級生を孫だと言い始めるとは思うまい。
「あと、定期的に滞在していた方が変化に気づけますし、防犯的な意味でもやっぱり人の出はある方が良いです。監督生はむしろ僕が滞在することに喜んでいたようなので……あのセキュリティーの概念が破綻している場所じゃあ無理もないとは思いますけど」
その言は尤もである。故に三人とも口を噤むほかなかった。
決まった曜日を決めず、不定期に足を運ぶ方が防犯として効果がある。外泊届を出す手間を少しでも減らせないか。
そう主張するデュースは、外泊の届出なしにハーツラビュル寮とオンボロ寮との間を行き来する権利をちゃっかり手中に収めた。オンボロ寮の一室を我が物とし、次いでその権利まで得た。実にしたたかである。いくら精神的にダメージを負ったまま回復しきれていない状態だとしても、やる時はやる。必要な物を入手する機会は逃さない。そういう男なのだ。
なお、それが出来ないときは余程疲弊しているか限界が近い時である。
デュースが去った後、リドルが混乱した様子で口を開き、そして──。
「トレイ、ケイト。ボクはその、いまいち普通の友人間の距離感などに疎いんだと思う。だから、いまいち理解できなかったのだけれど、あの、友人間で、しかも男女間で、お爺様と孫と言いあったり家族然とするもの、なのかい……?」
トレイとケイトに宥められる羽目になった。何とも要らぬ所に飛び火している。
冗談で呼び合うことはあれども実際の家族のような振る舞いをすることは無いに等しい。それを説明し、納得させるまでに少しばかり時間が掛かった。
なお後日、デュース同席のもと、彼ら三人がこれから協力する旨を彼女に直接伝える機会を設けたのだが。その折に「そこまでしてもらっても、何もお返しが出来ないです」などと言われ、三者三様に悲痛な顔を晒したというのは……また別の機会に話すことにしよう。
□
──そんなやり取りがあった翌々日の事である。
デュースはあまりよく睡眠を取れていなかった。言わずもがなエースを愛染に重ね見ていたことが発覚した一件が、尾を引いているのだ。
「おはよう、スペード! いい天気だな!!」
「ん? おはようジグボルト。……ああ、本当だな、綺麗に晴れている」
廊下ですれ違ったセベクと挨拶を交わし、少し話をする。声量を抑えるよう頼んだ以外はごく普通に会話ができる相手だった。
彼の言葉で、デュースは今日の天気が心地の良い晴れであることに気づく。洗濯物がよく乾きそうだな。内心で呟き空に視線を向けた。
セベクの話を聞くに、リリアから「同級生との親睦を深めるのも修練の一つだ」と言われたようだ。それでデュースに声を掛けるのだから彼の中でリリアの存在はそれほどまでに大きい。おそらくは先日の顔合わせが記憶に残っていたのだろう。
しばらく話をした後、ジッと見つめられたのだが、何か付いていただろうか。制服を見下ろしたが特に普段と変わりない。この時のセベクが何を思っていたのか、それは昼食時に判明する。
デュースは珍しく一人で大食堂へ足を運んでいた。
監督生とエースたちはそれぞれ別件で呼び出しを受けて席を外している。監督生に至ってはクルーウェルからの呼び出しであるため、むしろ一番安全な場所で食事をとれるのではないだろうか。購買部で購入した昼食用のパンを持参して研究室に向かったのだから食事の心配はない。
……おそらくクルーウェルは監督生の分の昼食も用意しているだろう。しかし確証はなかったためデュースは指摘することなく監督生を送り出したのだ。
食欲はない。だが、食べなければ体がもたない。
良い体作りは食事から。そう口酸っぱく言われて数十年を過ごした前々世の記憶は未だ根強い。……しかし前世において、真っ先に削る費用が食費だったということからは目を背けることにした。
閑話休題。
そもそも、薔薇の王国や輝石の国、そしてこの学園での料理はバターの使用頻度が高い。過去生を思い出してからの、特に今のように食欲が奮わない時のデュースにとっては天敵であった。比例してあまり油を使用しない和食への思いが日に日に募っていく。
はあ、と決して小さくない息を吐き、緩慢な動きでカトラリーを手に取った。そんなデュースの真正面の席に、コトリと食事が乗ったトレーが置かれる。
「先日ぶりじゃの、デュース。相席良いか?」
「おわっ、びっくりした。構いませんよ」
「今日は一人か?」
「ええ。監督生とグリムはクルーウェル先生に呼ばれていて、エースは部活での招集があったようです」
古風で独特な喋り方。リリアが常と変わらぬ笑みを浮かべて立っていた。視線を周囲に巡らせるが、セベクとシルバーは居ない様子。珍しいこともあるものだ。
……その件についてはデュースの方も同様に一人であるため人のことは言えないが。
「わざわざ僕のところに足を運ばれたのは……何かありましたか?」
「うむ。ちと、セベクに気になることを聞いた故にな」
「左様でしたか」
ふぅん、と目を瞬かせ、デュースは僅かに首を傾げた。
挙げられたのは今朝がた珍しく会話をした人物の名。ジッと見据えていたのは、やはり気のせいではなかったのだ。それでもセベクが何を告げ、リリアがデュースのもとに足を運んだのかは見当もつかないが。
流れるような動作で椅子に腰を下ろした彼は、薄らと目を細める。
「で、何かあったのじゃろう? おぬしがそうまで意気消沈し、不調すらきたしかけているなど。……ふぅむ、先日の話にあった人の子に関わる事かと思っておったが、そうではないと見える」
射貫くように見据えられてデュースは動きを止めた。普段あまり関わりがないはずの相手からそう断じられるくらい、余裕が失せているのだろうか。取り繕えていなかったのだろうか。ずきり、鈍く頭痛がする。
食事に手を付ける様子もなく、リリアは仄かに笑んで口を開いた。
「どれ、わしに話してみよ」
「……い、や、そこまでしていただかなくとも」
「構わぬ。それとも、わしでは聞き役には不足かの?」
デュースの顔がわずかに強張る。──梃子でも動かない。そんな威圧すら感じた。
(少々強引になるが、これは早いうちに吐かせるが吉じゃろう。……先日は気付かずにおったが、なるほどこれではセベクもわしに報告するわけじゃ)
リリアも最初は無理強いをするつもりはなかったのだ。だが、これは吐かせなければならない。そう頭の隅で警鐘が鳴った。長年の経験がもたらした勘というやつである。それを無視するつもりはなかった。彼はその勘を蔑ろにした後の悲惨さを、嫌というほど知っている。
笑みを浮かべているが、瞳は真剣そのもの。そんなリリアを前にしてデュースの肩に力が入ったのは無意識だった。
嘘はつけない。たとえはぐらかしたとして誤魔化されてはくれないだろう。リリアには気づかれないようゆっくりと息を吐き出して、デュースは口を開いた。
「……友人だと思っている相手に、昔亡くした人を重ねて見ていたことに気づいてしまったんです。情けないことに。……それが少し、いや、結構ショックだったみたいでして。以前はかなり神経質になるくらい気を付けていたので、余計に」
自身の現状を言葉にしていくだけで胸の奥が軋り、どうしようもない閉塞感に息が詰まる。
それだけで事態のおおよそを把握したリリアは一つ大きく息を吐いた。僅かに思考を巡らせた彼は、ようやくカトラリーを手に取る。
「そうじゃったか。それは、不躾に聞いてすまなんだ」
「いえ、……まあ少し驚きましたが」
「言いづらいことであったろう。……うむ、生きていく以上、遅かれ早かれ誰かとの死別は避けられぬものじゃからのう。しかしデュース。おぬし、ちぃと堅っ苦しく考えすぎではないか?」
リリアは一呼吸分、言葉を区切る。そして続けられた言葉に、デュースは一瞬戸惑いを隠せなかった。何を言われたのか理解が出来なかったのだ。
「──なに、故人を連想することなど、決して悪い事では無かろうて」
そう告げるとリリアはわずかに目を伏せる。長いまつ毛が瞳に影を落とした。言い聞かせるかのような言葉は、どこか労わるような色を帯びていた。
「たとえ重ね見たとて何が悪い。同一視していない、それだけでも及第点じゃろうに。……死した者を深く大切に思っていたほど、ふとした拍子にその面影を探すものじゃよ」
「……それは、分かっています」
「頭ではの。じゃが、今のおぬしは肝心な部分を分かっていないように見える」
苦々しく顔をゆがめたデュースに、リリアは硬い声色で言葉を突き付けた。この頑固者め、とでも言わんばかり。今が食事中でなければ平手を背に一発くらい入れられていたことだろう。
「どうにも不安ならば眼を見てみると良い。どれだけ似ていると感じようとも、それで分かることもあるじゃろう」
そう告げたきり、リリアはその話題に触れることはなかった。多少気まずい昼食となったが、デュースはともかく、リリアは特に気にしている様子はない。
その後のデュースは相も変わらず食欲が奮わず、無理やり口に押し込めることとなった。
別れ際にリリアから「少々バランスが崩れておるぞ」と言われたのだが、果たして何を指しているのか。デュースは首を傾げた。心当たりがなかったのだ。
……栄養に関しては気を付けているため、食事のバランスについての指摘ではないことは確かである。
(バランス、って何のことだ……)
疑問を抱きながら大食堂を後にしたデュースは、ふと悪寒に襲われた。ぞわりと総毛立つような不快感。
すん、と鼻で空気を吸い込み目を細める。空気に交じる植物の匂いとは別に、どうしてか乾いた土のにおいがした。項がぞわりと粟立つ。
視線だけで周囲を窺えば、ちらほらと良くないモノが漂っていた。さすが負の感情を煽る生徒が多いNRCである。
残りの休憩時間をどう使おうとそれは個人の自由だ。校内から出て行く者も少なくない。その中の、とある人物に視線を吸い寄せられてデュースは目を眇めた。
(……ああ゙? あの人、呪われてる。何で誰も気にしてないんだ……?)
片眉がひくりと動く。相も変わらず、乾いた土のにおいは消えずに漂っていた。
□
デュースが長命種族であるという誤認。それがディアソムニア寮にて薄らと囁かれていることにリリアは気づいていた。初対面時は人間であると認識していたセベクも、いつの間にやら長命種族と関わりある出自だと誤認している。
しかし、それを彼自ら否定して回ることをしていない。何故ならば──
(これもまた、目を養う修行じゃ修行。これしきのことで見誤るとはまだまだ皆青いのう)
こういうことである。
リリアは全てを懇切丁寧に教えてやるつもりなど無かった。それは寮生の成長を思うが故。何事も導いてやることが全てではない。
考えを巡らせ、悩み、そして答えに辿り着く。それこそが学びであり成長に繋がるのだ。
うんうん、とリリアは小さく頷く。次いで目を細めて周囲に席を取っているディアソムニア寮生に視線を向けた。
(いやはや、それにしても実に面白いことになっておるのう。これほどまでに皆気付かぬとは……うむ、しばらくは黙っておくことにするか)
……いや、やはりちょっぴり面白がっているかもしれない。
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2021.4.17.
2022.1.15.別館サイトに掲載
セベくんファインプレー!