過去生の記憶を思い出してから二ヶ月ほど経ったとある日のことだ。不良仲間だった数名がデュースの家を訪ねてきた。――後に色んなモノを引っ憑けて。
「……話は外で聞く。そっから、入ってくるな」
刺すような視線に制されて不良達の足が止まる。人間である彼らに敷地内へと入り込まれてはいるが、まだ家の中に招き入れていないためセーフである。一応。そう思わなければやっていられない。本当なら敷地内に入れるのも避けたかったが違和感を覚えて外に出たときには既に遅かったのだ。
デュースは足早に刈り揃えられた芝生を踏み街路へと向かう。
「も、戻ってきてくれないか?」
「はい?」
「お前が来なくなってから、その、色々あって」
「はあ」
「もっ、もう限界なんだよぉ! けが人は出るし事故るの多くなるし!」
「はあ?」
気乗りしないぼんやりとしたデュースの返答に不良達は顔を強ばらせ必死に言いつのる。縋るように、と言っても良いくらい切羽詰まった様子で。さほど頻繁にツーリングに参加したり峠を攻めたり、他それに準ずる行為などはしてはいなかったはずだ。そもそもマジカルホイールで車道を走るようになった期間もそれほど長くない。多く見積もって一ヶ月程度だ。更に言うなら基本的にグループに属するというよりは単独で行動することが主。ちょろっと出入りしていた人間がたった一人が抜けたからといってこんなに必死になるだろうか。いくらなんでも可笑しい話である。
グループ同士、もしくは内部で抗争でもあったか? とデュースは首をかしげた。
サラッと話を聞いたところによると、なにやら小さな怪我や事故が頻発するようになったのだという。
単純に不注意や気の緩みが招いたのでは? と問いかければ全員が首を横に振る。見晴らしも良く障害など何も無いところで事故が起きるのだ、と。そしてそれはデュースがマジカルホイールに関わる全てをすっぱりと止めた時期から急増したのだ、と。
んなアホな。半眼でその言を聞いたデュースはふと彼らの後に居た人ならざるモノ――死霊や異形が消えていることに気付く。いやまさか、だがしかし、と思考を巡らせる。導き出される結論をあまり認めたくない。僅かに眉を寄せため息を吐いた。これはあながち彼らの主張も間違いでもなさそうだ。
デュースがツーリングに参加するときは決まって小さな事故すら起きること無く無事に終わる、それがマジカルホイール乗りとして関わってきた者達の共通認識なのだという。そのことからデュースが加わる日には昼夜問わず参加者が多かったのだとか。端的に言うならば「交通安全のお守り」扱いをされていたらしい。……そんな話、初めて聞いたんだが。何とも言えない表情で目の前の数名を見据える。もしや、二ヶ月前にツーリングに参加しない旨を伝えた際にやたらと引き留められたのはその認識のせいか。デュースは軽く頭を抱えた。
その後断り切れず、一度きりを条件にツーリングに半ば強制参加させられる事になったのだった。いや、この際それはまだ良い。より厄介だったのは、後日改めて、とはならなかった事だ。思い立ったが吉日。そうと決まれば走りに行こう。今から。そう主張する数人に囲まれる。勢いに押され、結局促されるまま車庫に眠ったままのマジカルホイールを引っ張り出してくる羽目になった。この野郎共、さては端から断らせるつもりなど無かったな?
(まあ、「スピードは出さない、規定通りに走る、今回が最後、お前達とは二度と乗らない」って宣言したし、もう無いだろう)
予防線を張りはしたものの、何となくスッキリとしない感覚にデュースは顔を歪める。素直に表情を直結させた結果だ。不良数名もそれを見て浮かれた気持ちを少し落ち着けたようだった。
……なお、人はこれをフラグという。
花壇にグラジオラスが咲き誇っている。ふんわりと波打つピンクやクリームホワイトの花弁。緩やかに吹いた風に伸びた茎ごと花が揺れる。シレッと仄白い腕が一本紛れていたが見ないフリをした。デュースの後ろに続く不良達が騒がない事から分かるように常人には見えないモノだからだ。日に日にスルースキルと面の皮の厚さが鍛えられていく。
「デュースの相棒はずっとシンプルなシルバー一色だったからなぁ」
「アレはアレで格好いいよな、磨き抜かれた銀」
へえ、そうだったっけ。そうだったな。内心で相づちを打つ。もう乗ることは無いと思っていたせいか関心が薄い。
車庫へ到着し、マジカルホイールカバーを外す。そこに収めていたマジカルホイールの車体を見るなりデュースは絶句した。
綺麗な磨き抜かれた銀のボディだと不良達は言っていたが、デュースの目に映るマジカルホイールは前輪もフロントフェンダーも錆のような赤に染まっていた。
違う。赤と言うよりも、これは、この色は。酸化した血液の色に酷くよく似ていた。外したカバーを両手に持ったままのデュースの顔が強ばる。心臓が嫌な跳ね方をした。
自分の記憶にあるマジカルホイールは確かに綺麗なシルバーだった。この二ヶ月で何かあったのだろうか。自分は触った覚えが無い。デュースに対する嫌がらせで勝手に誰かが悪趣味な塗装した可能性はゼロでは無い、が。いや、いや、それよりも懸念すべきは自身が加害者か否か。
(……………え、俺、何か轢いてたのか??)
一番あり得るのは野生生物をうっかり轢いてしまう事故。この染まり具合を考えるとかなりの大型。だが生憎とそんな出来事は全く記憶に無いのだ。
ギョッとして不良達を振り返るが彼らは何も言わない。いやむしろ。
「シルバー単色なんて面白みも何もねぇと思ってたけど磨き抜かれたコレはカッケェって思ったぜ」
「無駄のない洗練された銀のボディ! 改造単車も良いけどこれもスタイリッシュで良いよな〜」
「…………えっと、アリガトウ」
「相変わらずキレイなシルバーだよな!」
笑顔で所々に手を伸ばし眺める始末。片言で礼を言うに留めたデュースをどうか褒めて欲しい。
彼らには見えていないということは、だ。過去生を思い出す前の視えない頃のデュースがそういった何かしらを轢いていたということではないだろうか。片頬が引きつったが幸いにも不良達は気付いていない。すぐさま表情を取り繕うとデュースは持ったままのカバーに付着している砂埃を落とすために大きく払った。車庫内にバサバサとナイロンの擦れる音が響く。
「手入れは欠かしてなかったのか? やっぱり走りたかったんじゃん」
「でも本当に一つも弄ってないよな、改造しないのか?」
「……ゴテゴテしたのは好きじゃ無ェんだ。シンプルなのが一番だろ」
せわしなく話しかけてくる不良を適度に相手しながらカバーを畳む。棚にしまい黒い合成皮革のグローブを取り出した。当然だがフルフィンガータイプだ。それをハンドルに掛けてデュースは視線を巡らせヘルメットを探す。ライダースジャケットは確か自室のどこかにしまい込んだ覚えがある。流石に捨ててはいないはずだ。
軽く車体を動かしながら不調が無いかを確認する。マジカルホイールは見た目もそうだが性能も前世や前々世で言うバイクに酷似していた。過去生のどれもバイクを乗り回すことは無かったため、今からの走行が少し不安だが、まあ大丈夫だと思うことにしよう。
まともに走るのは約二ヶ月ぶりであることを踏まえて点検は念入りに行う。これで事故を起こしでもしたら目も当てられない。
車輪の外側は先ほど見たため良いだろう、空気圧も問題無い。バッテリーは少し不安なので準備している間に充電しておく。チェーンは、張り具合は良いのだが少しばかり油が乾いているような感じがするので調整。エンジンオイルok。肝心なエンジンは異音が混ざらず普段通りの調子である。冷却水もちゃんと足りていた。燃料は魔力が原動力であるため特に心配は無い。ブレーキも前後共ok。クラッチ部分の動作を握りながら確かめ、他接続部分が緩みがちになる箇所を点々とみていく。最後にヘッド、ブレーキ、ウインカーのライトが点灯するかどうかを確認して終了。たしか点検作業はこれで良かったはず。この二ヶ月間が怒濤過ぎてそれ以前の記憶に不安を覚えてしまう。
「確かに色々いじりすぎると風の抵抗うけやすくなるもんな」
「ああ、あれか、シンプルマインド」
「いやそれ頭弱いとか単純って意味だぞ」
「エッ、スマン!」
「まあ言いたいことは分かってる。シンプル、イズ、ベスト、だ。もう間違えるなよ? 下手したら喧嘩売ってるって思われるからな」
「うえぇ、サンキューデュース……」
走行に必要な準備しながら適当に不良達の言葉に返答していく。
途中あんまりな間違いをした不良には注意を促した。どうやらあまり勉強は出来ないと見受けられる。淡々と告げたことですんなりと受け止められたらしく存外素直に頷かれ、デュースは目を瞬かせた。反発が来ることを予想し少々身構えていたため面食らったのである。この世界では不良も中々に心が柔らかいようだ。デュースの判断基準が前世、前々世に傾いているせいで余計にそう感じていた。
ジャケットと財布を取りに行く旨を伝え、不良数名には道路に出て待機しているよう促す。敷地内から彼らが完全にでたことを確認するとデュースは足早に自室へ向かう。内心で冷や汗をかいていた。免許証のことがふと頭を過ぎったためだ。そもそも自分は取得していただろうか。取得していたような、していないような。試験を受けたのかどうかすら記憶が曖昧だ。
二輪免許というのは四輪よりも短期間で取得出来る。それ故に記憶に残らなかったのだ。しっかりと教習所に通い免許を取得しているというのに。複数の記憶がごちゃ混ぜになった弊害がここでも出てきた。
過去生の感覚が強いせいでデュースは偶に実際の年齢を成人済みだと誤認しつつあった。酒の瓶などを手に取り慌てて棚に戻すなんてことが何度あったことか。
そして今まさに、当然のように免許を持ったつもりで居た。だが現在デュースは十六才を辛うじて過ぎたばかり。過去生を思い出す前はまだ十五才。前世、前々世の日本では二輪の免許を取得出来るのは十六才からだ。確かヨーロッパ圏も基準はほぼ変わりなかった記憶がある。それの所為で若干混乱しているのだ。
もしかして:無免許、なんて言葉が脳裏を過ぎる。
いや世界線が違うから法律も違うのではないか、だが似かよっている点が多すぎる、しかし、いやでも、などと思考がぐるぐる頭の中を駆け巡る。背中はジトリと嫌な汗をかいていた。心臓が脈打つ速度がどんどん速くなる。唇を噛みしめ階段を駆け上がった。
結果として財布に免許証はあった。試験を受けてしっかり取得しているのだから当然である。証明写真に写る過去の自分は酷く尖った顔をさらしていたが。無免許で乗り回していたわけではない、という安堵のあまり机に突っ伏すほど脱力する。
が、更に疑問が鎌首をもたげた。
(…………偽造したわけじゃ、無いよな?)
疑心暗鬼になると、とことん疑り深くなる性格だった。杞憂だというのに嫌な予想が無限にポコポコ沸いてくる。手汗がひどい。これで違法行為でもしていたら一人でデュースを育ててくれた母親に顔向けが出来ない。
困ったときの文明利器。スマホを取り出して検索する。そして出てきた結果に別な意味で頭を抱えるのだった。
どうやらこの世界での免許取得可能な年齢基準は変わらないが前世に比べると少し緩いようだった。二輪免許取得は十六才から可能という点は同じ。だが、教習所と保護者の許可を得て走る場所などの制限を掛ければ取得可能となる誕生日から数えて半年前から免許が発行できるらしい。その際は制限とは口ばかりにならぬよう、マジカルホイールに指定区間以外に侵入すると警告音が鳴り、エンジンが強制的に止まるマジックアイテムを装着される。そして十六才の誕生日を過ぎてからそれを然るべき機関に外してもらい、正式に制限無しのマジカルホイールを乗り回せるようになる、というわけだ。
大抵は誕生日のその日に解除申請に向かうらしいがデュースのマジカルホイールはその制限付きのままだった。何しろ十六才の誕生日付近は過去生の記憶と知識との戦っていた時期。他に意識を裂くだけの余裕は無かった。
つまり以前のデュースがマジカルホイールを乗り回していたのは違法行為ではない。ギリギリ。……速度制限的な面ではもしかしたら法に触れているかもしれないが。
まあ、車庫に堂々とデュースのマジカルホイールが置かれている時点で答えは分かっていたようなものだ。早く気付けという話である。
はぁあ、と肺が空になるほど息を吐き出してデュースはふらふらと立ち上がった。財布を確りと持ちジャケットを羽織ると玄関へと向かう。不良達に移動制限付きであることを告げれば特に問題はあるまい。内心でそう呟くデュースの顔は酷くくたびれていた。運転というのは中々に集中力や体力を使うのだが、その前から随分と疲れている。
そんなデュースを見て目を丸くした母親に「ちょっと走ってくる」とだけ簡潔に告げて車庫に向かうのだった。
余談ではあるが、国によって魔動車やマジカルホイールの免許取得年齢は異なっている。小型二輪の免許なら十四才から取得出来る国があると知りデュースが何とも言えない顔を晒すことになるのだが、今は関係ない話だ。
◇
鬱蒼と生い茂る木々を切り開くように山道が敷かれている。見晴らしが良いとは言えない道だ。枝葉の合間から差し込む木漏れ日がデュースの目を時折刺激した。木々の間にチラホラと仄白いナニかが見えたり、道路のど真ん中に人を模した影が倒れていたり、常人には見えない異形が併走してきたりとデュースの視界は忙しない。想像以上に精神が疲れることにげんなりしつつ、ハンドルを握る手に力を込めた。
安全を考えて完全防備のため風を肌で直にあたる事は無いが、出しているスピードはそれなりであるため風圧を感じる。そうして、マジカルホイールにまたがり山道を駆け上がっていく最中のことだ。
――ぎっ、銀の弾丸が来たぞッ!!!
――何でぇ!? ここ最近全然来なくなったから安心していたのに!
――引退したってのァ嘘だったのかよ!?
何だかとても引っかかる声が聞こえた。
明らかに人ならざるなにかが蠢いていると思ったら聴こえてきたのがこれである。
今日久々に車体を走らせているのはデュースだけだ。およそ約二ヶ月ぶり。他は毎日とは言わないが週に何度か峠を攻めているらしい。異形が恐れて距離を取る対象というのは消去法でデュースということになる。――要するに、あの人ならざるモノ、常人には視えない異形達が阿鼻叫喚の体で逃げ回る原因が自分。そう頭の中で答えをはじき出した。納得は出来なかったが。
(……つまり、人ならざるモノにとってのヤベェ奴判定されてる系走り屋になってたわけ? そんなことってある??)
過去生の記憶を持たずに居た過去の自分は視えないながらもヤバイ何かを蹴散らしていたらしい。文字通り物理的に。なるほど予想と違わず車体に着いていた錆のような赤はこれだったか。知らぬ間に除霊(物理)をやらかしていたのか。そうか。
……知りたくなかった。
何ともおかしい話だ、前々世では物理で解決したことは両手に収まるくらいしか無い。前世は何となく感じる事はあったもの視る、聴く、などの霊感スペックは特に無し、物理などもってのほか。いやだが、しかし。そう否定していくが常人には聞こえないはずの悲鳴はまだまだ聞こえてくる。
デュースはマジカルホイールで山道を駆け抜けながらチベットスナギツネも斯くやと言わんばかりの虚無を顔に浮かべた。不良達がテッペンと称する休憩所に着くまでその表情がピクリとも動くことは無かった。幸か不幸かそれに気付いた者は居ない。
山道に入り、それなりのスピードを出して走り抜けること数十分。山中に幾つか点在している見晴らしの良い駐車場に入るとデュース達は一度ここで休憩を取る。山頂に近いわけでは無いが、今日共に走った不良たちが「テッペン」と呼んでいる場所だった。なぜそう呼んでいるのか、誰が言い始めたのかは知らない。
特に誰かと話すこと無く車体に寄りかかるデュースに話しかける者は居ない。先んじてつるむつもりは無いと忠告していたためだろう。機嫌を損ねて「交通安全のお守り」が居なくなるのを避けたいが為に言い分を聞き入れているだけだと思われる。現に今もチラチラと視線を感じるのであながち間違いでも無さそうだ。
デュースは山に入る前の道中で購入したアイスティーのペットボトルを何気ない仕草で開けた。ペキリと音が鳴る。同時に目だけを動かし視線を滑らせ、周囲に何が居るのかの把握に努める。人の言語が通じ、話が理解出来そうな人ならざるモノを探しているのだ。アレならば話も通じそうだな、と目星を付けてデュースは一歩踏み出した。
「ちょっとあっち行ってくるわ。すぐ戻る」
「分かった」
不良達に一言断りを入れ、そして滑るように歩を進める。視線は一点に固定されたまま動かない。
人ならざるモノというのは何も人型ばかりではない。手、目、足など部分的に現れるモノもあれば、中には動物や蟲のような姿を取っているものも居る。形を持たないどころか霞のような靄のようなものも居るがあれはあれで厄介な存在だ。
デュースが狙いを定めた相手はその中でも動物に近い存在。実在する動物が複数種類ミックスされたような見た目の異形だった。細々と聞こえてくる会話に、コミュニケーションを取れるだけの知能があると判断したのだ。そっと気付かれぬよう抜き足差し足で近づいていく。気配遮断のスキルは日に日に磨きが掛かっている。
(……確証を得ない限り対処のしようも無いしな、とりあえずあの辺のやつを……)
憶測で物事を量りたくなかったのだ。間違いに気付か無かった場合に悲惨なことになるのは経験済み。過去に学んだ結果である。
音も無くしゃがみ込むと、犬のような兎のようなよく分からないその動物もどきの首根っこを掴みヒョイッと持ち上る。デュースはとりあえず気になることを聞いてみることにした。……のだが。
「……ちょっと聞きたいことがあ」
「ぎょぉぉおおおおおあああああア゙ア゙ア゙!?!!??」
断末魔が如く悲鳴を上げられた。この一匹を残して他の異形は脱兎のごとく消え去る。デュースの目が死ぬ。疑惑が核心に近づいてしまった瞬間だった。
「大丈夫、何もしない」
「ごわ゙い゙よ゙ぉ゙お゙お゙ォ゙ォ゙オ゙ン゙ッ」
「俺、無害、怖くない」
「ヴォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙ン゙ン゙!」
デュースが端的に分かりやすく、単語で語りかけるが上手く会話にならない。
どこかで聞いたことのあるような濁声で犬とも兎とも言えない異形は泣き喚いた。恥も外聞も無く噎び泣いた。だって怖い。普通に怖い。
単体で居るなら別に困らない。この人間の周囲を護るように広がる薄い光は害意を持って近づかなければ、たとえ異形であっても驚異的な作用をもたらすものでは無いのだから。存在自体が悪霊寄りとなるとその限りでは無いが。
だがこの人間と、移動する道具、マジカルホイールとやらが合わさると異形達にとってはもう災害レベルだった。なぜならいつも通り魔のように現れる。人間や生きて実体を持つ存在にちょっかいを掛けようとしている中に。異形達が心の準備をする間もなく。
過去の彼は視えていなかったのだから当然銀のボディは止まらない。異形も急には止まれない。結果、悪意も害意も持ち合わせたままこの人間と操る機械にぶつかり爆散四散。儚く散った同胞を何体も見てきた。
異形達の楽しみはイタズラなのだ、悪意や害意を持ってすることもあるが、単純に驚かすことが生きがいになっている節もある。ソレが存在意義だと考えてすら居る。在り方など早々変えられるものでは無い。
そして、異形と一言でまとめても生者に害意や悪意を持つものばかりではない。今デュースに持ち上げられている犬とも兎とも言えない異形もまた人間や他の生物に害意など持ち合わせていない個体だった。だから身の危険は無いはずなのだ。
だが、自分と近しい存在が爆散四散する様を何度も見てしまったら恐ろしくもなる。まさにその人物の手によって無造作につかみ上げられた異形は唯々震えるほか無かった。
「聞け」
「ウッス」
しびれを切らしたデュースの双眸に睨まれ、異形は泣き喚いていたのが嘘のようにスンと姿勢を正して息を止める。本能に忠実だった。頭があるとは言えそこに脳が本当にあるかは分からないが。
「ちょっと尋ねたいことがあるんだが良いか?」
「ハイ」
「銀の弾丸って何の事を言っているのか教えてくれないか」
「ヒュエッ」
眼光鋭く異形を見据え、デュースは端的に問いかけた。長引かせてもいたずらに時間が過ぎるだけだと判断したためである。
相手が奇声を上げた事にはこの際気に掛けないことにする。努めて感情を乗せないよう意識しながら言葉を紡いだ。
「エット、ソノ、アノ」
「何を言われても危害を加えない」
「……本当に?」
「本当に。何なら言霊をもって宣言しようか。今この瞬間に君から何を言われても、私は君に危害を加えない」
デュースの声と言葉に力が込められたのを直に感じて異形の目はまん丸に見開かれた。確かに今宣言された事は覆されないのだと、簡易的な誓約のようなものが成されたのだとストンと理解する。不思議な感覚だった。
「えっと、「銀の弾丸」っていうのは、アンタのことで……」
そして続けて訥々と告げられた内容は先述の通りだ。内心で怯えながらも説明を終えた犬とも兎とも判断できない異形はそろりとデュースを見上げる。
「……分かった。ありがとう、協力感謝する。もう行って良いぞ。……マジかぁ」
彼は片手で額を覆っていた。異形から怖々とした視線を受けたデュースは静かに地面に降ろす。許可が出たと同時に異形は脱兎の勢いでその場から立ち去った。それを視界の端で見送ってデュースは深くため息を吐く。座り込んでしまいたかった。
厨二臭を感じさせる通り名で呼ばれていたことに目眩を覚えたのが先か、そう呼ばれるようになるまで何かをやらかした過去の自分に戦くのが先か。ガクリと肩が落ちる。
――銀の弾丸。銀という物質の性質から悪魔、吸血鬼などを撃退できると考えられている。西洋の思想だ。お守りのように持たれることもある。護身用の拳銃と共に所持するのだとか。そして比喩表現としての言葉でもある。その場合の意味合いは、敵や厄介な対象を一撃で仕留める、葬ることが出来る者、実力者などを指す。
また、単純に文字通りの銃弾のことでもある。鉛よりか性能は落ちるらしいが。オカルト的な護身用として実際に実用の物も存在しているのだという。とはいえ、この世界でどのような扱いをされているのかは知らない。
だが、その例えをされたと言うことは、存在自体が魔を蹴散らすものだと認識されているのだろう。視えていなかった過去のことは分からないが、森に潜んだモノたちのざわめきやあの異形の反応を見る限り余程何かをやらかしたのだろう。実際デュースのマジカルホイールは錆びた赤色に染まっている。実例があるせいで完全に否定できないのだ。
お前が武器になるんだよ、ってか。笑えない。
山道を駆け上がった時に浮かべたチベスナ顔を再び晒すとデュースは何度目になるか分からないため息を吐く。カサリと木の葉が一枚目の前に落ちた。
海には出る。そういった話を良く聞くだろうが、山にも同じようにあまり良くないモノが存在している。今までそれ等から不良達が大した害を受けていなかったのは共に走るようになったデュースの存在が大きかったのだ。ある意味で「交通安全のお守り」という認識は間違っていなかった。最早交通安全の域に収まらないのではないだろうか。実のところデュースは何となく察してはいても理解したくなかった。
デュースは自覚していないのだが、かつて審神者として生きた過去生を持つ彼は刀剣男士たちの加護をその身に受けていた。まさに研ぎ澄まされた抜き身の刃。白刃の煌めき。紫電一閃。――それも相俟って白銀の弾丸などと言われているのだが、おそらく現時点でデュースが気付くことはないだろう。指摘する者も居なければ彼自身がその加護に気付くことは無いのだから。当たり前のように傍にあるものが特別なのだ、と。近すぎると却って気付かないものだ。
時を超え世界を越え、転生を経てもなお献身的に主を守らんとする付喪神の加護。一振りでは耐えられずとも何十もの刀剣達の願いと祈りが折り重なり成した鋼の加護である。
新たにもたらされた情報の衝撃に、デュースは何故かスコンともう一つ過去生の記憶を思い出してしまう。キツネの獣人だった記憶だ。なぜ、今。もう脳の容量は一杯一杯だ。呆然とそれを頭で受け止めたデュースは頭を抱えた。が、すぐさま首を振り立ち上がる。
もう何もかも考えるのが面倒になった。
(……あー、うん、よくわかんないけど、これからも何かあったら轢こう)
なんという「殴れば早い」の体現。だがデュースの思考は今世の肉体に則しているため割と脳筋だった。最終手段として手札に置いておくことにしよう、と頭の隅で呟く。そしてデュースは虚空を見つめて考えるのを止めた。むつかしいことわかんない。人はこれを現実逃避という。
◇
そうこう過ごしている間にも何故か過去生の記憶が増えていく。過去生三つで終わりでは無かった。何がトリガーになるのかも分からず新たに過去生を思い出す。あの山道を走り、銀の弾丸などという大層な通り名を知ったその日を皮切りに。最早どれがどの順番の過去生なのか判断できないくらいまで増えている。
軽率に増えるせいで情報処理能力の限界を迎えつつあった。張り詰めた糸のような状態で過ごしていたのだが、つい先日限界を迎えて倒れてしまったのだ。パッタリと。
奇しくも髪を短めに切り、完全な地毛の色に戻ったその次の日のことだった。教室で目眩を起こした末にバタンキューしたせいで一時教室全体が騒然。この頃にもなるとクラスメイトとはある程度の友好かつ良好な関係を築き始めていたため、少しばかり心配をかけてしまったようだ。……だが無理に根を詰めて勉強をしすぎたせいで倒れたのだと思われているのは誠に遺憾である。勉強が出来ないわけでは無いのだ、ただちょっと、土台が危ういだけで。
幾度か新たに過去生を思い出すことを繰り返す内に、デュースはある法則に気付いた。――人ならざるモノと関わり、酷いショックを受けると記憶を取り戻してしまうらしい。その結論に辿り着いた衝撃でまた一つ過去生の記憶をインストールしてしまった。暖海に生きる魚だったらしいがサメに捕食されて死んだ魚生の記憶。
過去生の記憶というのは稀に死に際までワンセットなためトラウマがどんどん増えていく。現時点でトラウマ確定なのは刀、ギロチン、ムカデ、クモ、ヘビ、サソリなどの凶器や有毒生物が主。
自然と近しい場所に実家があるせいで地雷がそこかしらに転がっていた。今日もデュースは涙目で虫と格闘する。
「ひっ、むりむりむりむりっ! おあ゙っ!?」
この日は芝生を丸焦げにして母親に怒られるのだった。
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2020.7.29.支部に投稿しました
2021.12.30.別館サイトに掲載
マジカルホイールに関する免許取得可能年齢や規定など捏造してます。