「まだ足りないです!」
「マジ、かよ!」
「これでも、多いつもり、だったんですけどね……!」
「さすがに、弄られたまま云十年干上がっていた場所を、どうにかするってなると、きついですねぇ!」
遠慮の欠片も無く地面に向けてウォーターショットを叩き込む。水を大量に放出しているはずなのだが、からからに乾いた地面は容易くそれを吸い上げていく。地中深くまで水が干上がっているその場所は、つい先程デュースがとある魔道具を回収して処理した場所でもある。
魔道具が埋め込まれてかなりの年月が経っていた。それを掘り起こして破壊したは良いものの、崩れたエネルギーバランスが戻ることはなかった。
元凶を取り除いたため比較的ましになったが、変わることなく地から立ち昇る熱気。ジワリと汗が滲む。
埋め込まれていたのは炎の力を強く宿した魔道具。動物は火を嫌う。故に、動物が生きるため頻繁に訪れる場所に設置したのだろう。
──かつて湖だった場所の近くに。
正直、最初は訳が分からなかった。火の勢いを弱める水辺の付近に何故、と。
考えてみるとある意味で納得のいく配置ではあった。その行動に賛同は出来ないが。目的としては魔道具の威力緩和。完全に排除する予定ではなかったのだろう。
……とはいえこれもただの憶測でしかないが。
しかし魔道具を埋め込んだ者たちの思惑は外れた。
魔道具の勢いは削がれることなく、山の環境バランスを崩すに至った。動物たちが徐々にとはいえ大量に場所を移動したことから始まり、木々が枯れ、水が涸れるに至るまで。原因の全てとは言わない。だが一因であることに変わりはない。
強い炎の魔道具と周囲の木々の崩落によって大地の力が増し、最終的に水が負けた。それがこの一帯がひどく乾燥している理由だ。
原因である魔道具は取り除いたため、少しでも自然エネルギーのバランスを正常に戻せるチャンスでもある。その解決法として大量の水を必要としていた。……何とも物理的だと思わなくもないが、今一番手っ取り早い方法なのだ。やむなし。
「……協力ありがとうございました、これで何とかなりそうです。あとは、任せてください」
三人とも汗だくになった頃、デュースはようやく制止の声を上げた。二人をある程度離れた場所まで下がらせる。
どの方法を取るべきか。右手を顎に当てて逡巡したのち、深く息を吐き出した。
体が重く感じる。両腕を胸の前まで上げ、デュースは口を開いた。
「あまねく──」
両手で印を組みながら意図をもって歩を進める。唱えるのは古英語での祝詞──祈りの言葉。歩いた軌跡が陣となり術式の一部となる。
この術によって水の力を補助し、大地に根深く浸みわたっていくよう手伝うことにしたのだ。見た目では特に変化はない。乾いた大地と、一部分だけ水の浸み込んだ地面があるだけだ。
気怠さに一瞬ふらつくが、すぐさま体勢を立て直す。思ったよりも霊力の消耗が激しい。
時折地面から飛び出た石に躓きそうになりながらも、待機させた二人の元に戻る。その最中、改めて周囲を見回した。かつては湖畔だったというのに健康な木々の一つもない。
魔力を宿したままの魔道具の残骸は大方取り除いた。今回の一連に関する元凶ともいえる魔道具も掘り起こし破壊した。残るは鳥のような形をした存在が坐する場所に散らばる複数のみだ。
正常とまではいかないものの、ある程度バランスを整えられたのではないだろうか。これ以上何かをする、となれば大規模な雨乞いをするほかない。今出来るのはここまでである。
必要とされる祈祷や古代魔法などは本来大掛かりなもの。長期間をかけて備えて場を整え、複数人で挑む案件である。
その真似事など、天地がひっくり返っても今のデュースにできるわけがない。そうでなくともデュース自身も本調子では無いのだ。しかも手元にあるのは必要最低限の霊具だけ。出来ることに限りがあった。
そもそも、決して小さくない山の循環を整えるなど、一介の人間が一人で担うことではない。それこそ精霊や神霊の領域だ。
「とりあえず終わりです。これ以上できることはありま──」
霊具を収納するポーチを片手に、デュースがそう声を上げた途端。ふと巨大な影が差した。
「下がっていてください」
巨大な何かが降りてくる場所をすぐさま割り出し、デュースは疲れの滲んでいた顔を引き締めた。ソレとの間に立つようにジャックとジェイドを自身の後ろに下がらせる。
まず見えたのはクジャクのような尾羽。それにより三人の目の前に降り立とうとしている巨体がなんであるかを悟った。怪鳥と断じられていた、精霊とも土地神ともいえる存在。それが今、此処に降り立とうとしている。
──なぜ此処に。そもそも移動しないのではなかったのか。
デュースの頭には疑問ばかりが飛び交った。もし推測が外れてしまっているとするならば、自身のみならず二人を危険に曝してしまっていることになるのだ。焦燥で鼓動早まる。いつでも動けるよう片手にマジカルペンを握り直し、片手に印を結んだ。
風が強く吹き付ける。びょう、びょうと空気が唸る音が絶えず響いている。
降り立つ成人男性の二人分はあろうかという巨体。だというのに着地音も無ければ地面への振動も無い。それがより一層常ならざる存在であることを表しているようだった。
黒々とした巨躯はその翼を静かに折り畳む。つい、と顔を動かし水気を帯びた場所へ、そして湖だった場所へと向けた。一切の動作が止む。次いでゆるりと目が細められる。三人の存在など眼中に無いようだ。
その瞳に何が映っているのか、デュースには分からない。
「……此処で、私たちが出来ることは終わりました」
直視せぬよう敬意を込めつつ頭を下げ、両手を重ねて小さく拝した。ぽつりと囁くように告げる。
言葉が届くのか、そもそも通じているのか。それは分からない。
鳥のような形をしたソレの嘴が薄く開かれる。轟くような吹きすさぶ風の音が、徐々に穏やかなものへと変化する。それが応えだった。
おもむろに翼を広げてソレは羽ばたき飛び立つ。重力など感じさせない動きだった。すぐに見えなくなっていく巨躯を見送って三者三様に息を吐いた。
こうして、禁足地と化した一帯の元凶ともいえ得る部分が解消されたのである。
──とはいえ完全に解決したわけではない。特にこの山に引っ張られた三人にとっては。
「……なあ、アイツが居た場所の魔道具の残骸、まだ処理してないよな?」
「……警戒して後回しにしたからな」
「……あともう一つ、僕たちはどうやって帰りましょう」
「……それもなんですよねぇ……」
大きな問題が二つ、残っていた。
□
この山に引っ張られる直前までに居た場所へ、もしくは直接学園へ。どうにか帰還するための手段はないのか。顔を突き合わせて意見が交わされる。
ああでもない、こうでもない、と会話を募らせた結果──。
「……まあ、繋がった地点に戻るのは妥当ですよね。魔道具の残骸も処理しきれていない物もありますし」
「だな」
「可能性が一番ありそうですしね」
向かうのは魔道具の残骸の影響により引っ張られ、放り出された場所。鳥のような形をした存在と邂逅するに至った、今回の一連に関する接続地点ともいう場所。そして、まだ問題の一つである魔道具の残骸が複数散らばっている場所でもある。
幸いなことにあの付近の残骸にはほとんど触れていない。転移術を発動させる類のものがあるかもしれないのだ。
「……あの鳥モドキ、どこかに飛んで行ったが……あの巣にもどったんじゃないだろうな」
「ううん、戻ってると思うぞ」
「じゃあどうやって残りの残骸回収するつもりだ。専門家がどうにも出来なかったヤツだぞ」
ジャックの顔に険が刻まれた。
相手が一筋縄ではいかない存在であることを、公にされている情報と自身の本能で知っている。
さらに厄介なことに、三人とも汗だくになるほど魔法を使った後である。余力は多少残してあるとはいえ、これ以上無理をするのはあまり良くない。デュースに至っては陰陽術まで使用しているため疲労は割増だ。ジャックの言うことは至極もっともだった。
「……まあ、多分何とかなる。どうにも難しそうなときは僕が何とかするよ」
どこか諦めが滲んでいるようにも見える表情でデュースはジャックの肩に軽く手を乗せる。
前々世において、必要に迫られ習得するに至った能力、知識、役割、それ等を披露することにならなければ良いのだが。そう内心で呟き小さく息を吐いた。
斯くして鳥のような形をしたソレは元の場所で待ち構えていた。いや正確には、己の定位置に戻ってきていただけであり、三人を待っていたわけではないが。
「居るね」
「居るな」
「居ますね」
予想と違わない光景。十分な距離を開けた場所からソレの様子を確認する。それぞれの顔には複雑な表情が浮かんでいた。不在など端から期待していなかったとはいえ、やはりどこか口惜しさを覚える。
「……うーん、こればかりは仕方がない」
誰にともなく呟き、デュースは小さく肩をすくめた。
ふと前方から風が吹きつける。だが拒絶を感じさせるものではない。両腕で顔面を庇い、何が起きているのか把握しようと薄目を開く。同様に風の煽りを受けた二人は、それぞれ身を屈めるか顔を伏せていた。チラリと目配せして彼らの動きを制する。
黒々とした巨躯がそう離れていない岩場の上へと移動していた。羽ばたきによって生じた風だったのだ。まるでわざわざ場所を開けたとも思える行動。ひくりとデュースの片眉が動く。
「ちょっと行ってきます」
歩を進めれば少し開けた場所に近づいていく。ちょうど自分たちがこの場所に
完全に広場となっている場所に足を踏み入れる直前に、デュースはひたりと歩みを止める。確実に固有の領域だと分かっている場所へ無断で踏み入るわけにはいかない。
一つ深く息をして口を開こうとした。──その瞬間のことだ。
コロン、と透明な二つのガラス玉のようなものがデュースの足元に転がる。顔を上げれば、ただ岩場の上から静かに見下ろす巨躯があるだけ。視線を動かさないソレはデュースが拾い上げるのを待っているかのようだった。
(審神者時代に相手してきた苛烈な御方たちとは全然違いすぎて、正直調子が狂う……)
何とも複雑な胸中のまま、デュースは小さなガラス玉のような二つを拾い上げた。
それぞれ一か所ずつ切れ目があり中は空洞。ガラス玉と言うよりは鈴の中身が入っていないような形にも見える。試しに揺らしてみるが特に変化はない。音もしない。
……お礼、なのだろうか。デュースは目を瞬かせてジッとそれを見つめた。
次いで、音もなく美しい黄昏の羽根が一枚ずつ出現する。デュースと、数メートル離れた場所で見守る二人、それぞれの前に。
毛が抜け落ちたみすぼらしい羽根ではなく、艶やかな光沢を帯びた羽根だった。ひらり。腕の半分もあろうかという程に大きなそれを慌てて掴み、そして瞠目する。
(……ある意味成り行きで解決したようなもんだったのに、ヤベェもんを貰ってしまった……。土地神っぽい、って感覚間違ってなかったのか。ってか、元素が形を持った存在じゃ無い? ……でも風の性質も持ち合わせているのか、風の加護っぽいのもある……うわ……)
口端が引き攣ったのは無意識だった。とんでもないものを与えられてしまった。今更ながらに冷や汗が滲む。
──生まれてから死に逝くまでの道のりが、より良いものとなるように、後悔に苛まれることが無いように。
そんな祈りの込められた代物。
何故デュースがそれを断じられるのか。それは前々世において刀剣男士の主としての審神者ではなく、神社関係者としての審神者の役目を担うこともあったことに関係している。今回は巫女などの神の声を聞く者はおらず、直にデュースが聞いているというかなりイレギュラーな状況ではあるが。
「……
深く頭を垂れてデュースは拝した。応えるかのように風が穏やかにそよぐ。
その数メートル後方から様子を窺っていたジャックは寂然とした空気に目を細めた。
(……こんな奴だったんだな、デュースって)
毅然と自分たちの前に立ち、常ならざる存在と対峙するデュースの背。よくもまあ、こうも他者を庇いながら立ち回れるものだ。
状況判断能力と言い、知識と言い、こいつの頭はどうなっているんだか。……そう考えたジャックは後日、デュースの小テストなどの成績を聞いて首を傾げることとなる。とはいえ、それはまた別の話だ。
一つ一つ魔道具を拾い上げては干渉しあわないよう遮断していく。核となる部分や魔法石が砕けているものは完全に壊れているため、あまり警戒しなくとも良い。しかし、形が損なわれることなく残っている物も多い。
(思ったより多いな……ってうわ、これ魔力吸い上げるヤツじゃん。あっぶな、触る前に気づいてよかった……)
魔物や魔獣と似た存在──怪鳥であると考えられていたことからの策だったのだろう。動力でもある魔力を削げばあるいは、と。しかし魔力を持たず別な力を持つモノであるからして、無意味に終わったことが容易に想像できる。
一人で黙々と処理をしていると、ジャックが作業に加わった。どうやら待っているだけの状況に焦れたらしい。一拍遅れてジェイドもこれに加わる。
そうして魔道具の残骸、破損はしていないが魔力が尽きた物の回収と処理が進んでいく。決して少なくない数を片付けなければならない状況に募る苛立ち。デュースは無意識のうちに幾度か舌打ちをしていた。それを聞き留めたジャックが目を瞬かせていたが些細なことである。
大方の処理を終えた頃、ジェイドがふと目を見開く。とあるものを見止めたからだ。
「あっ、あれは……!」
彼の眼はある一点にくぎ付けだった。その真上の岩場に羽を休めている巨躯が坐したままである事などお構いなしに突き進んでいこうとする。さすがのデュースもこれには焦った。いや、誇張なしに一瞬何が起きたか分からなかった。
「待ってください、待ってください先輩、一応片付いたとはいっても不必要に近づかないで……!」
「ですが! あれを見てください! 限られた条件下でしか育たないという──」
目の前の存在には害意がないと判明した途端にこれだ。自身の興味関心に対する優先度が高いと見える。デュースの頭の隅に、ある意味での要注意人物として書き留められた。
「僕が今回巻き込まれたのはきっとこの出会いのためだったんです!」
「ふんっ!」
「ぅぐッ」
埒が明かないと判断したデュースにより、鳩尾に一発。たまらずジェイドは呻きその場に蹲った。どんなに鍛えていようと頑丈であろうと、人体の急所に鋭い一発を食らえば誰だってこうなる。
容赦ないその一撃に、ジャックは少しだけジェイドに同情した。そう、ほんの少しだけ。とはいえ好奇心による衝動に任せて動こうとしたことに関しては全く理解が出来ない。半分以上は自業自得だと思っている。
「ただでさえ、帰り方が分からん状態なんですよ。慎重に行動していただきたいです」
「……それに関しては申し訳ありません」
急所への打撃を受けて少し頭が冷えたのか、ジェイドはわずかに目を逸らす。
「ですがあれは、数年に一株でも発見されるかどうか分からない薬草なんです」
「……薬、草……? あの、キノコに見えるんですけど」
「そうとも言います」
「そうとしか言わなくないですか?」
つい先日似たような会話をした気がする。しかしデュースは気のせいだと思うことにしてジェイドを半眼で見やった。
視線を上げて岩場の上の様子を窺えば、ただ羽を休めている巨躯が見えるだけ。特に何が起きているのかは気にしていないようだった。
ほくほく顔で目当ての
ほぼ同時に、その視界の隅で大きな嘴が何かを咥え上げた。え、と顔を上げた瞬間にはもう眼前に迫っていた鈍いきらめき。
ポイッと、何かを投げてよこされたのだ。反射的に掴み取ったデュースは、手を開いて放られた物体をまじまじと見つめた。宝石のような石が嵌め込まれたペーパーナイフ。──つまり魔道具だった。それが何であるかを理解して思わず声を上げる。
「あっ」
「「えっ?」」
吐息が零れるような小さな驚きの声。聞き留めたジャックとジェイドは振り返り、目を見開いた。
青く透明な魔法石の光が揺らめく。まばゆい光が溢れた次の瞬間、移転時独特の浮遊感に襲われる。
──そして、次の瞬間には緑豊かな森に居た。
何という既視感。数時間前の強制転移に見舞われた時の状況とひどく似ていた。
──────
2021.5.8.
2022.1.15.別館サイトに掲載
学生に解決される禁足地案件〜!