母と子と入学許可証

8

コン、と。また一つ。
国中が圧政に苦しむ中、平等を謳い片っ端から処刑を促した暴君。それに意見し首をはねられた裁判官だった過去生を思い出した。このツイステッドワンダーランドにおいて過去に滅びた国。暴君が良いように国の全てを操り国民の多くが飢えに苦しみ命を落としていった。その圧政の元、弱き者を裁かなければなかったのがかつてのデュースだ。なまじ実力が在ったせいで最高責任者に祭り上げられてしまったのは完全なる失敗だろう。
裁判官という立場上毎日のように審判を下さなければならなかった。明らかに罪に問えない事情を持つ国民を相手に法律を掲げ、罰を言い渡さなければならなかった。どれほどの苦痛だったか。暴君の命令で首を落とされた瞬間は逆に安堵したものだ。もう自分が国民を殺さなくて良いのだ、と。
その翌日、魔法史の授業でその過去生について触れられるとは思っていなかったデュースはペンケースをひっくり返した。
暴君が名君と呼ばれ、自分の過去生であった裁判官は完全なる悪役にされていた。あの野郎やりやがったな、とデュースは渋面で悪態をつく。単なる想像でしか無いが、おそらくはあの暴君による情報操作が行われたのだろう。その時に裁判官だった自分が生きていれば全力で阻止したのだろうが死後に行われた物事に介入は出来ない。歴史というものは生きている人間が築き上げていく。それが真実であろうと虚構に満ちていようと。事実が塗りつぶされ権力者の良いように改竄されることなど多くある。それもまた一つの歴史だ。語り継がれていく、というのはこういうものなのだ。……理解はしていても納得はしないが。
その日の夜は勉強を一際せずにすぐに寝た。完全なるふて寝である。





母親はデュースの一挙一動に意識を向けている。少しでもデュースの声が大きくなってしまったら、それだけで肩を跳ね上げさせる。上手く取り繕っては居るが表情が強ばる。乱暴な物音を立てでもしたらそれこそ取り繕えないほど表情が無くなる。そう、母はデュースの荒々しい行動や言動に怯えていた。怯えると言っては大袈裟かもしれないが、良くない反応をするのだ。
前世での性別が女性だからデュースはそれに気付けた。記憶をインストールする前は全く気付いていなかったし前々世の記憶のみだったら違和感を覚える程度で終わったかもしれない。いや、気付くには気付いたかもしれないが理由は分からず終いだろう。

何故。どうして。原因は何だ。記憶を辿れば自然と答えは出た。
デュースにとっての父親に、母親にとっての夫に当たる男のせいだ。いや、決して家庭内暴力があったわけでは無いことは分かっている。母親と祖母の会話の節々に気になる点があった。そう、デュースは覚えている。過去生の膨大な記憶に翻弄されながらも思い出せるほど確かに。それは根強くデュースを蝕む事実だった。
彼女がデュースを身籠もった直後に父親に当たる男はフラッと身をくらませたのだ。無責任極まりない行為だ。
このツイステッドワンダーランドという世界では、女性が大切にされる。グレートセブンとして崇められる人物も女性が大半だ。そんな世界の中で、合意とは言え相手を身籠らせた末に逃亡などと言うのは重罪であった。今もその行方は分かっていない。
二人の間に愛が存在していたのかは定かでは無い。だがデュースの母親の心には深く傷が残った。
どれだけ気丈に振る舞おうと胸に巣喰った悲しみや怒り、苦痛や不安は無くならない。そんな彼女が自身の母――デュースにとっての祖母に何度も連絡を入れるのはある意味当然のことだった。彼女の思考はいつも「自分が悪いのでは無いか」という地点に落ち着く。そんなことはけっして無いというのに。自分に何か理由があってあの人は居なくなったのでは無いか、自分の育てが悪いから息子はどんどん悪い方に行っているのではないか。いくら祖母に宥められても一度底まで落ちた思考は中々前向きに変えられない。
息子であるデュースも一度疑心暗鬼に駆られると疑り深くなる。こういった所は似たもの親子だった。誰も指摘する者は居ないが。
デュースが良くない行動を起こすと彼女は自分を責める。その姿を見て彼はふがいなさと苛立ちで反抗的な態度を隠せなくなる。その行動で彼女は更に自分を責める。完全なる悪循環。
決してこの母子の仲が悪いわけではなかった。共に買い物に出かけることもある。互いの頼み事も快く引き受けるくらいには関係は良好だ。だが、どうしても無理が出た。祖母も自身の娘である彼女を悩ませる相手の男を許せるわけも無く、態度や言葉に苦渋が滲み出ていた。デュースのことを憎く思ってはいない。だが複雑な思いは抱いていたらしい。
そんな空気を敏感に感じ取り、過去生の記憶を思い出す前のデュースは歪み荒れていたのだ。言い訳にも聞こえるかもしれない。だがこれが事実だった。

彼がデュース・スペードとして産まれるが為に歪んだのか、歪んだ為に彼がデュース・スペードとして産まれたのか。果たしてどちらなのか。答えを知る者はまだ誰も居ない。





デュースは割と頭で考えるよりも先に手や足が出る事が多い。体が動いて事が終息した後になってからハッとするのだ。ああ、こうすればもっとスッキリ終わったじゃないか。そう気付いて頭を抱える事などいくらでもあった。むしろほぼ毎回のようにこれを繰り返している。……人はそれを能筋と言うのだ。精神的な中身はどうであれ、全ては肉体に則しているため当然と言えば当然である。
今日も今日とてデュースは召喚した漆塗りの刀を鞘に収めたまま振るう。懸命に習得した真言や他呪術よりも手頃にパパッと害あるモノを制圧できて、少しだけ虚しさを覚えた。

家に帰るなりトタトタと慌ただしく母親に駆け寄られたデュースは面食らって玄関で立ち止まった。なにやら興奮気味に手紙を掲げている。差し出されたそれを受け取りデュースは目を瞬かせた。

「デュ、デュース! これ! これ見て!」
「んん? 何これ」
「入学許可証よ! ナイトレイブンカレッジの!」
「ほぉん?」

どこかで聞いたことのある名称だな。学校で聞いた気がしなくも無い。そう内心で呟きデュースは首を傾げる。全くもって事の重大さを理解していなかったのだ。

「ナイトレイブンカレッジよ! 魔法士養成学校の中でもトップクラスの名門校! ああ信じられない嬉しいわ、本当に、デュース! ああそうだわお祝いしましょう!」
「お、おう? そんなに喜ぶことか?」
「喜ぶわよ当然」
「アッハイ」

キョトンとする息子に母親は真顔で詰め寄る。思わず両手を挙げて無抵抗の意を示しながらデュースは一歩、二歩と後退った。
急に表情が抜け落ち真顔になる所や突然冷静になる所など、とても血のつながりを感じさせる親子である。
入学許可証と共に同封された資料がテーブルの上に広げられている。チラリとそれに目を向け、どことなく既視感を覚えて首をかしげるのだった。





命を賭して戦場の前線に立った前々世、物質的な争いでは無く求められる物も敵対する相手も特殊。目視できない力も働く。拠点となった本丸も特殊隔離空間に居たとはいえ何よりもどこよりも危険な前線基地だ。
デュースはその過去生で審神者として戦場に身を置き、自身が刀を振るうことは無くとも部隊の指揮を執った。そして、陰謀蠢く政府の上層部と水面下で冷戦を繰り広げ、歴史修正主義者とは別に身内の膿である魑魅魍魎ヤベェ奴らとの攻防を繰り広げていた一人である。余所向けの笑顔が胡散臭いと言われ続けて数十年。

本丸乗っ取りに関しても対処、後始末に携わることが多い地位に立っていた。
なお、本丸の乗っ取りや強奪に関しては歴史修正主義者が見習いに成りすまし内部に侵入するパターン、高官の身内がやらかすパターン、私欲に駆られた人間がやらかすパターン、この三つが主だった。高官の身内が権力を笠に着て、というのは表立って囁かれた事情だが実際は異なるケースも存在していた。前線に立つ審神者たちや術者たちの戦力を削ぐために頭ゆるゆるな上層部の一部を狙った計画だったのだ。
戦時中に正攻法だの卑怯な手段だの言っていられない。敵も手段を選ばなかった。
獅子身中の虫であるそれらの多くを相手にしていたのがデュースを含めた比較的前線に立つ者達だ。最前線の審神者には戦いに集中してもらうため、という名目のもとに前線に立つ人間の中でもそれなりに立ち回れる者が選出されていた。つまりは適材適所である。……有名な家同士の派閥やら何やらもあったせいでギスギスしていたが。戦時下においての内部分裂や上層部の足の引っ張り合いがフィクションの産物では無いのだと、関わるようになって初めて知った。
審神者業務の他に、そういった厄介な事件や面倒ごとの対処ばかり回ってくる。そのため実力はもちろんのこと、察しの良さや要領の良さを求められた。お世辞にも要領が良いとは言えなかった彼がその立場に居続けて無事だったのは偏に慣れである。

彼が様々な案件に引っ張り回されていたのにはもう一つ理由がある。
審神者――本来の意味、役割とは。神を身におろした者の言葉が真に神託であるか判断する者、神からの神託を受けその解釈や意味を伝える者のことを指す。歴史改変と修正の戦争下において散々使用された「審神者」という役職名。実は実際の意味とは異なっていた。分かりやすいラベルとして使用されただけである。
そんな中、デュースの過去は真の意味で審神者としての役割を担える人間だった。何しろ出自がそういった血筋なもので。それを重宝されたのだ。実力もさながら特殊な官職の資格も持ち合わせているとなると当然のことだった。
後ろ暗いことにも首を突っ込まざるを得なかったし、トラブルや事件なんて物は向こうから嬉々として飛び込んできた。文字通り刀を引っ提げて。

殺すか殺されるか。陥れるか陥れられるか。欺き欺かれ、謀り謀られ。味方にさえ欺瞞に満ちた目を向けられたことなど幾らでもある。
戦争に関わる、それもそれなりの立場を持って立ち回る、というのはそういうことだった。もはや他人を欺き己を偽ることに抵抗など欠片も無い。戦場においては目的のためなら相手を蹴落とすのも厭わない。躊躇した者から先に命を落とす。
とはいえ最初の頃は決断するまで良心の呵責に駆られ躊躇する事の方が多かったが。だがもう彼は一度決めたら迷わない。一瞬でもぶれたら隙が出来、ヒビが入り、立て直せなくなると身をもって知っているからだ。
そんな場所や環境に身を置いた人間が、真っ当な精神を保てていたのは偏に常に傍にあった付喪神の存在が大きい。

表に向ていた顔はどうであれ、曲がり間違っても清廉潔白などと評される人間では無かった。デュース自身もそれを自覚している。誰かのため、全ての過去未来のため、そんな高尚な考えなど持ち合わせていない。あるのは自身の生活を蝕み脅かし命の危険をもたらした歴史修正主義者達への憤怒と苛立ち。
元々生家が霊能力を持つその筋の家系であったこと、傍系とは言えかつてのデュースがそれなりの力を持っていたことから強制的に徴兵された。それもあり余計に苛立ちは募った。

かつて敵方に歴史改変される前には彼にも心を許していた誰かが居たのだ、と。政府内部に潜り込みそれなりの役職に就いた叔父がそう言っていた。言われてみればそうだった気もするが今となっては分からない。何せ覚えていないので。審神者となれる霊能力があれば歴史が改変される以前の状態を覚えている、違和を感じる、そういった例は報告されているが、彼に限って言えばそれは当てはまらなかった。逆に周囲が覚えていて近しい存在だった彼自身が忘れていたのだ。だからやはり、誰かのために戦場に身を置いたわけではない。

(まあ確かに無性に胸がつかえるような感覚に襲われるときは、あったけど。憶えてないしな)

憶えていない以上何を言われても問われても、知らないものは知らないのだ。
真面目、品行方正と言われたとしても、それは円滑に物事を進めるために取った手段の一つでしか無かった。取り繕わない素のままでいた期間など本丸の中だけ。
まあ要するに、そんな魂の遍歴を持つデュースがNRCに存在するという闇の鏡に選ばれるのは至極当然のことだった、ということである。


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2020.7.29.支部に投稿しました
2021.12.30.別館サイトに掲載

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