魂の遍歴

9

NRCの入学日から数日前のことだ。同じ学校の生徒のうっかりお隣異界訪問に巻き込まれた結果、「記憶を取り戻してしまう珍事」の原因も判明した。
いつだかの死の末、冥府で必ず飲まされるはずの記憶を消す川の水をきっちりと飲めずに次に旅立たされた所為だ。それも一度ではなく何度か。後の人が躓いてぶつかってきたせいで飲む寸前で溢してしまい、そのまま前に進まされてしまったのだ。不慮の玉突き事故。ある意味で悲しい事故だったのだが、流石に問題では無いのだろうか。
その次に死に至り冥界へ下りた際にちょっと文句を言ったら、うっそだろ? という珍獣を見るような目で見られた。ちょこまかと動き回っていた冥界の仕事を任されている部下も半笑い。遺憾の意。自分の意志では無いんですけど、とジト目になったがサラッと流された。
責任者の謝罪と言えば、

「アッ、ごめんネ。いやぁ多分当時はまさかとは思っていたかもしれないけどすっかり覚えてないや。おそらく勢いって言うか? そのまま送り出しちゃったっぽいんだよね」

この謝罪とも言えない返答である。
軽い。軽すぎる。流石にこれはクレーム案件だろうに。冥府へのクレームはどうやって何処にだせばいいのだろうか。死んでからしか出せないとか理不尽が過ぎる。そして再度クレームを出したとしてもきっとそのままポイッとゴミ箱行きだろう。簡単に予想ができてしまう。
ズキズキと過去生の記憶を思い出したとき特有の鈍痛に顔を顰めながらデュースは怨嗟の声を上げた。云百年に一度有るか無いかという確率の事故。

「滅多に無いことだし、宝くじ当たった的な感じで『逆にラッキー』みたいな、ね?」

全然ラッキーじゃない。気安い口調でそう告げた冥界の蒼い神に見送られた記憶が薄ぼんやりと残っている。ヒラヒラと手も振られたように見えたのは気のせいか単なる記憶違いか。なお、その玉突き事故被害に遭う殆どが己であることをデュースは知らない。幸運値はおそらくゼロに近いのだろう。

記憶を消す水を飲み損ねた状態で転生を片手で数えきれるだけの回数分繰り返している所為でバグが起きている。
それに加えて過去の因果が今に絡みつき圧迫していることも、その様々な因果と外因が複雑に混ざり合った結果、過去生の記憶をランダムで思い出すことになっていることも、彼本人はおろか冥界の支配者も気付いていない。


そんな事実を抱えた彼が、グレートセブンになぞられ設立された寮を知り何も思わないわけが無かった。入学届けと共に送付された書類の中にそれを見止めて何とも形容しがたい表情を浮かべる。右手で額から目元にかけてを覆い深く息をついた。
寮の掲げる精神や信念を考えればデュースは自分がイグニハイドに選ばれる可能性を無視できなかった。何せ勤勉でなければ知識不足が祟り、死への直通ルートが広々と大口を開けて待ち受けていた前々世だったので。懸命に仕事や勉学に励むことが身に染みついてしまっている。
だが、出来るならば、心境が複雑すぎるのでイグニハイド寮は遠慮したいところだ。
――そんなフラグを立てたからだろうか。

「……う、うぅう、む……汝の魂のかたちは、…………ハー、……イグ………………いや、ハーツラビュル!!」

闇の鏡に長考された。迷いすぎでは? ジットリとした視線を鏡に向ければ心なしか目をそらされた気がする。闇の鏡に浮かぶのは仮面のような影なので実際はどうだか分からないが。
なお、イグニハイドと言われかけたことを察した時に無条件で顔が険しくなったのは見逃して貰いたいものである。元ヤンの顔が表に出ていたとか、そんなことは無い。無いったら無い。
無事に回避できたことで気が緩んだのかドッと疲労感を憶えてデュースは静かに息を吐く。なお、自身が組み分けられた寮が別の意味で地雷が埋まっていることなど気付きもせずにデュースは眠たげに目を瞬かせた。

順調に寮の選定が進み、式は滞りなく終わるはずだった。イレギュラーな出来事が発生したらしく学園長がこの会場に戻らない。会場がざわめき騒がしさすら感じるようになった頃になってようやく学園長が戻ってきた。式典服を着た足取りのおぼつかない誰かを連れて。
魔力が無い人間。鏡の選定間違い。聞こえてくる言葉の節々を拾ってデュースは半眼で闇の鏡と学園長を見据えた。完全なる学園の不祥事ではないか。今にも倒れそうにフラフラとしている魔力無しと断言された渦中の人物を気の毒そうに見やった。――瞬間、なぜか青い炎が踊った。照明の落とされたくらい部屋と青い炎。どこか冥界を彷彿とさせる光景にデュースはぞわりと総毛立った。反射で右手が左腰に伸びるが空振りする。当然だ。刀は帯刀していないのだから。
程なくして寮長の二人が魔獣を討伐に身を乗り出した。そう時間を置かずして騒動は終息。そんな波乱があった入学式および寮の組み分けが終了した。

いや、しかし。どうにも既視感を覚えてならない。おそらく前世記憶の内どれかに引っかかっているのだろうが、果たして何に対して反応したのか自分でも分かっていないのだ。
首輪を嵌められ学園の外へと放り出されたまん丸とした魔獣をぼんやりと見送った際の既視感。単なる勘とはいえ、無視してはいけないような気がしてならない。首筋にチリチリとした不快感を憶えながらデュースは顔を歪めた。





斯くして彼は複数の過去生を内に秘めたまま生きている。
すれ違う誰かの肩に乗っている手。宙に浮く生首。生きている人間に紛れて動く身体の一部。地面から生えている腕。今日もデュースの視界にはバグでも起こしたかのような光景が映り込む。稀に生きている人間と判別できないくらい鮮明に人ならざるモノが視えている。
入学してからもまた度々それらに関する事象を対処してきた。視える以上気付いてしまうため、首を突っ込む羽目になっているのはある意味不可抗力である。自分が踏み入らなくとも問題無い場合は放置していた。
だが、そうも言っていられない事象も当然存在する。つい最近だと寮長のオーバーブロットに乗じて害を為そうとするモノをどさくさに紛れてお還り願った。寮長の首、手足に絡みつく鎖は完全に無くなりはしなかったが最近では細くなりつつある。重畳である。

くぅ、と欠伸をかみ殺して講義を受けるデュースの視線が黒板から逸れた。
教壇の斜め下にビタンビタンと陸に打ち上げられた魚のように跳ねる何かがある。眠たげに瞼を閉じることによってそれから視線を逸らした。再度瞼を開いた視界の隅にルチウスがそれを咥えて教室の外へ出て行くのを確認。チラリと流し視れば、それは手のような形をしている。ルチウスの濁った鳴き声に不機嫌そうだな、とだけ思うと黒板に書き加えられた説明をノートに書き写す作業に戻るのだった。


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2020.7.29.支部に投稿しました
2021.12.30.別館サイトに掲載

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