転生したら、名探偵コナンの世界の住人になっていました。主要人物は遠くから眺めているだけで十分なんです! 主人公に会いました。
「梓さん、安室さん、すみません。お先に失礼します」
「千束ちゃん、お疲れ様。指お大事にね」
「気を付けて帰ってくださいね。お疲れ様です。あ、それから、余計なお世話とは思いますが、きちんと消毒してくださいね」
「はい、ありがとうございます。ご心配おかけしました。お先に失礼します」
時計を見れば、バイトの終了時刻だった。
1度事務から出て店内の様子を伺い、お客さんもまばらだったため、私は梓さんに仕事を引き継いで上がらせて貰う事にした。
2人に挨拶をして、軽く会釈し喫茶ポアロを後にした。通り過ぎる前にチラッとポアロの外観を前にして、何とも言えない感情が湧き上がる。
生前死ぬ前に見た映画の中で、安室さんが傷だらけの姿でポアロのドアを開けてコナン君と鉢合わせ、会話をしていたシーンは記憶に新しい。
「あれ?千束姉ちゃん。こんにちは」
ぽけー、とポアロを眺めていたのが悪かったのかもしれない。未だにゆめうつつな心境の中にいた私は、いつの間にか後ろにいた主人公に声をかけられるまで時間を忘れていた。
ハッとしてやや視線を下に下げれば、体は子供、頭脳は大人な主人公が私を見上げていた。うん、可愛い。見た目はめちゃくちゃ可愛いランドセルを背負った男の子がそこにいた。
「こんにちは、コナン君。おかえりなさい」
「ただいまー!あれ、千束姉ちゃん、その指どうしたの?」
と、好奇心旺盛なコナン君に問いかけられて、私は苦笑いを浮かべた。
「あー···、これね。割れたお皿を片付けようとして指切っちゃったの」
「大丈夫?千束姉ちゃん、血苦手なんでしょう?」
「···え?」
(血が苦手?···"私"が?)
「···ん?」
不思議そうに首を傾げるコナン君に焦りを抱いた私は、慌てて取り繕ったような説明をした。転生して前世を思い出したからもう血は大丈夫!などと口が裂けても言えない。
眼鏡の奥の青い瞳が、私をジッと見つめている。
「え、えーと···ちょっとしか切って無かったし。ほら、今はもうこの通り!ありがとうね。コナン君、心配してくれて」
「ならいんだけど···」
「それよりも、ほら。もう暗くなって来たから、早く家に入らないと、蘭ちゃんが心配するよ?」
「···、わかった。じゃーねー!千束姉ちゃんも気を付けて帰ってねー!」
子供らしく元気に腕を振るコナン君に応えるように、私も小さく手を振った。コナン君の背を見送った後で、私もテクテク歩いて帰路につくけれど、先程のコナン君の観察眼には···。
考えるのは止めよう。
だって転生してしまったものは、もうどうにもならないのだから。
泣いたって、叫んだって、現状は変わらないのだから。
でも···、テレビの向こうの憧れていた人達に出会えた事が、少なからず私の中に温かさを残してくれていた。
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