転生したら、名探偵コナンの世界の住人になっていました。主要人物は遠くから眺めているだけで十分なんです!
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  • これは色々と宜しくない状況のようです。


    ポアロのバイトから帰って来た私は、まず疲れを癒すべく、お風呂に入っていた。

    「···はぁー」

    体を洗い、入浴剤を入れた湯船に浸かれば、お湯の温かさに疲れが抜けて行くようだった。と、同時にお風呂場と言う所は色々と考えてしまう所でもあり···。

    止めて置けばいいものの、お風呂の天井を眺めながら色々と物思いに更けていた。小さくなってしまった名探偵(工藤新一)に、公安警察のトリプルフェイスの異名を持つ降谷零、黒の組織に終われ危うく命を落としかけたFBI捜査官の赤井秀一。

    今も黒の組織で情報を集めるべくスパイに務めるCIAの水無怜奈。組織から命からがら脱走を果たした灰原哀(宮野志保)。

    そして、この物語の大きく関わりのある元凶である黒の組織。私は、彼らの正体を知ってしまっていると言う事。

    私の立ち位置、1歩間違えれば危うく私の命が···。

    (何て、そんなわけないか)

    私は考えるのを放棄した。
    だって私はただの一般人。
    日本の人口から考えて黒の組織の人間に関わる確率なんて、宝くじの大当たりを引くに等しい物だと思う。…100歩譲って事件に巻き込まれる可能性は…、否定出来ないけれども。

    (普通に生活してれば問題ないか···)

    とりあえず明日はバイトがお休みなので、午前中ゆっくり過ごしたら美容室に行こう。ついでにお買い物もして気分転換に美味しい物食べに行こう。





    …で、早速出かけたら人質に取られるってどういう事。これって何?転生の特典とか言うやつなんだろうか。

    「動くな!少しでも動いたらこの女を殺すぞ!」

    背後から身動き出来ないように拘束され、首筋にはチクリと肌に食い込むナイフ。

    (…地味に痛い。これ絶対プツンと行ってるやつ!)

    「テメェも動くんじゃねェ…」

    「…ひっ!」

    (何がどうしたらこうなるのぉ!!!)

    私達(?)は刑事さんや機動隊員の方々に円を書くように囲まれていた。何処かの刑事ドラマで見たワンシーンのような光景が目の前に広がっていると言うわけだ。

    「金だ!金を用意しろ。一千万だ…しなければ」

    「ひぃっ!!」

    ─ザクッ…。

    (殺される!!)

    私は髪を引っ張られたと思った瞬間には、片方の髪がざっくりと切られていた。恐怖を感じて私は身を固くした。はらりはらりと散っていく髪が、スローモーションに見える中で、ものすごい強烈な速さてサッカーボールが飛んで来るのが見えて、そこからはもう一瞬だった。

    「ッなんだ!?」

    「確保!!!」

    サッカーボールは犯人の手に持っていた包丁を吹き飛ばし、隙を着いた警察官に確保されていた。
    わけも分からず混乱したまま、私は腰を抜かしてペタリと地面に座り込んだ。

    「千束姉ちゃん!大丈夫!?」

    「コナン…君?」

    半ば放心状態のまま、コナン君を見上げた。
    真剣な顔つきのコナン君を見た瞬間、理解した。
    あのサッカーボールはコナン君の打った物なのだと。

    「あ、ありがとう…」

    「何が?それよりも、立てる?」

    そっか。
    そうだよね、と私は彼の秘密をそっと胸の奥にしまい、差し伸べられた手を取ったのだった。

    (いつか、この恩を返せる日が来るといいな…)

    そんな事を思いなが、立ち上がった。

    その後は刑事さんに病院に連れていかれ手当をされて警察署に行き、あれこれ質問攻めにやっと解放された頃には夜だった。

    「………」

    見上げ夜空は既に星が散りばめられていて、疲れた私はそれをずっと見上げていた。少し冷たい夜風が気持ちいい。今まで普通に何事も無く生きて来た私にとっては、人生初の大きな事件だった。こんなふうに人質にとられる何て事無かったし。

    (…どうやって帰ろう)

    パッパー!と急に響き渡るクラクション。
    音につられた方を見れば、車を止めた安室さんが車から出て来た。

    「千束さん!」

    「え、あ、安室さん。どうして…」

    「コナン君から電話をもらったんです。とりあえず乗ってください。迎えに来ましたから」

    流れるような動作で助手席のドアを開ける安室さんに、ここまで迎えに来てくれた事に断れるはずも無く、疲れもあった事もあり、私は甘えさせて貰う事にした。

    「…首と、その髪」

    車内の中から流れる景色をぼぅ、と見ていると、安室さんがふと口にした。安室さんを見れば、ハンドルを握る手に力が入っているようにも見えた。前を見つめる青い瞳は険しく、眉が額に寄っていた。正義感が強い安室さんの事だから、きっと「何であの時いなかったのだ」と思っていたんだろう。

    「あ、これは…」

    ちょっとの傷で首に巻かれた包帯。
    ざっくり切られた髪はアナクロなアシメントリーを作っていた。

    「傷は大した事ありません。ほんのちょっと切れただけで、髪は元々…今日切りに行く予定でしたし。だからその、大丈夫です!」

    今日の出来事は流石に驚いたけれど、1度死んだからか、こんな小さな傷では大した事ないと思えてしまえるし、髪はまた揃えればいいと、安室さんの気持ちも考えずに、私は安易な考えをしていた。

    「大丈夫なわけがあるか!!」

    驚いた。
    まさか安室さんが一瞬、降谷零の鱗片を見せたのだ。

    「…!?」

    「いや、すまない。怒鳴ったりしてしまって」

    細められた視線は、何を想うのか考えてしまうだけで胸が苦しくなった。

    軽率だった。
    彼は残された側の人間で、しかも友人の4人を亡くしているのだ。その胸の内を思えば…。どんな人間でも、1度関わりを持ってしまったら、他人だからと切り捨てられる事が出来ようか。

    (……ごめんなさい)

    「…い、いえ。ご心配おかけしました」

    「いえ。ただ、これだけは約束してください。いつなんどき、連絡が取れる状況にある時は、必ず僕に連絡してください。必ずです。いいですね?」

    「は、はい…」

    私の返事を聞き取った安室さんの柔らかな笑みを、私は多分、忘れる事は無いんだろう。


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