02
香耶の意向に沿って甘味屋を三軒ほど周り(香耶が口に入れる食物の七割は甘味だ)家路につく。
だが途中でにぎやかな通りから人気の少ない道へと入った。俺もそれについていく。
家に帰る道ではない。
疑問に思って隣を見ると香耶はもぐもぐと団子を食べ歩きながら俺にも一本差し出した。
「つけられている。気付いていない振りをしていろ」
低い声で釘を刺される。
いきなりの命令形に心臓が跳ねた。
ぎこちなくうなずいて団子を受け取り周囲に意識をめぐらせる。(その間香耶は、食べ終えた団子の串を何故か一本一本路に捨てていた)
暫く注意してようやく押し殺された気配を認識できた。
「ふぅん…そこそこ手練だね」
ぼそりと香耶が呟いた。どうやら辻斬りや追い剥ぎの類ではないらしい。彼女に手練と言わしめるとはどれほどの刺客であろうか。
「君子危うきに近寄らず、だよ、一君。君は帰ったほうがいい。彼の狙いはおそらく私だろうからね」
それを聞いて俺は香耶を横目で睨みつけた。
「そんなことができるか。あんたには恩がある。必要ないかも知れぬが俺に助太刀させてくれ」
俺がこう言うとわかっていたのだろう。香耶は小さく息を吐いただけでそれ以上何も言わなかった。
俺が食べ終わった団子の串を懐紙に包んでいるところで、香耶が手を差し出したのでそれを彼女に預けた。
もっていた木刀を右手に持ち替え、左手はいつでも刀に手をかけられるようにあけておく。
香耶の世間話にあいづちをうちながらも、俺の頭の中ではじきに始まるであろう斬り合いの事で頭がいっぱいだった。
完全に人気が途絶え、どこかの寺の門前に差し掛かったところで、刺客は殺気を放ち俺たちに向かって駆け出した。
「月神香耶だな。ともに来てもらう。断ればここで斬り捨てる」
「いやいや君 すでに殺る気まんまんじゃない」
横薙ぎの刃を軽くかわし距離をとる。香耶が刀を抜く気配はまだない。
彼女はちらりと俺に視線をやった。
見ていろ、と。
刺客の男のするどい踏み込みを紙一重で避ける。相手の腕に、先ほど俺から預かった団子の串を突き立てて(先ほどから串を吟味していたのはこのためだったのか)懐に入る。
そして掌底を水月(みぞおち)に打ち込んだ。
やはり女の力での当て身は軽い。一連の攻撃にも男はくぐもったうめき声を上げて僅かに動きを止めるにとどまった。
だがその隙を逃さず、間髪入れずに彼女は……男の金的を膝で蹴り上げた。
「ごふぉおお!!」
これには刺客もたまらず悶絶した。
あれは綺麗に入った。見ているだけで痛い…気がする。
俺は青ざめて動けなくなった。
「さてこいつをどうしようかな。あのあたりの木に逆さに吊るしておこうか。手伝ってね一君……はじめくん?」
俺の硬直が解けるまで暫しの時間を要した。
「……あんたは何ゆえ狙われているのだ」
「言われる前に言っとくけど身に覚えはないよ。……最近はおとなしくしているからね。人を斬らない努力もしてるし」
なにやら最後に不穏な言葉が聞こえたような気がしないでもなかったが。
「可能性として考えられるのは……私に個人的な恨みがあるやつらのしわざとか。ほら、ちまたでは感謝の数だけ恨みを買うとよく言うし」
それはあんただけだ。じゃじゃ馬め。
「それとも私を捕らえて、政治的な取引の材料にしようとしてるとか? これでも顔は広いほうだからね。危険人物ともとられるのかな」
だからと言って会っていきなり命まで狙うか?
もしや大老の……いや、やめておこう。俺の読みが当たっていようが外れていようがいい予感はしない。これ以上勘ぐっても身を危うくするだけだ。
「心配は要らないよ。私はどこにも属していないし、政治を説くつもりもない。
そう在るうちは、私は君のただの友達」
「そう……か」
釈然としないが理解はした。つまり香耶にとってはこういう事が日常茶飯事なのだな。
俺にしたみたいに、どこかで気まぐれにお節介を焼いているうちに、いつの間にか厄介ごとを拾ってきたというわけだ。
こうしてようやく家に帰り着いた。
「一君。私はすぐにでも発とうと思う」
「……発つ?」
香耶は基本的にここに寄宿している。夜中いないことはしばしばあるが。
とにかく俺に稽古をつけている間、寝床を提供するという約束だった。だというのにここを出て行くということは、俺の稽古は中止ということになる。
「もともと君を見つける前までは、ここまで江戸に長居するつもりじゃなかったんだ。さっきも言ったけど私はあちこちで面倒事に首を突っ込んでいるからね。罪はぎりぎりで犯してないつもりだけど。
とにかく刺客がやってきたということは、時間切れ、ということなのさ。いずれここに身を寄せていることも明るみに出る。君はともかく君のご家族に迷惑をかけるのは本意じゃない」
俺はともかくとはどういう意味だ。
「私は逃げ隠れでもしながら旅を続けよう。君は君の信じる道を進めばいい。私はその道の先で待っている。この世に籍を置いているうちは必ずね」
言って彼女は俺に竹刀を投げ渡し、きびすを返した。
本当に行ってしまうのだな……。
「では……稽古の続きは再会の後で」
「いいとも。そのときはまた君の住まいを借りるよ」
「ああ」
うなずいて、俺は香耶の後姿が見えなくなっても、見えないその背をずっと見続けていた。
次に会うときまでに俺はもっともっと強くなってみせよう。
あんたが認めてくれた右差しのままで、その背に追いつくことができるように。
数年の後、宣言どおり俺たちは再びまみえる事となる。
血と争いの都、京で。