参-01
雪村千鶴side
香耶さんの苦しそうな咳だけが部屋に響く。
「ごほっごほ、ぐしゅっ」
昼間、香耶さんが風邪だと発覚してからおよそ半日。
いつもはおかず争奪戦にも参加している香耶さんが、今日は夕食の席に顔を見せなかった。その時、幹部の皆さんに、彼女の風邪のことが伝えられたのだけれど……。
その日の夜、香耶さんの病床を見舞ったのは、永倉さん、原田さん、平助君の三人だった。
「香耶、風邪引いたときは身体をあっためるのがいいっつうからな」
永倉さんがそう言って、どん、と香耶さんの枕元に置いたのは、彼いわく取って置きの酒、というものらしい。
「新八っつぁん、今こんなもん飲ませたらぶっ倒れんじゃねえか」
「いやでも、ほら、病人には卵酒ってやつを飲ませるといいんだろ? な、左之」
「卵がねえじゃねえか」
「あの、卵酒には他にも砂糖や蜂蜜、生姜などがあるといいんですけど……」
私の言葉に永倉さんは悪びれもなくからからと笑った。
「悪い悪い、急な話だったからな。都合つかなかった。まあ仕方ねえからこれでも飲んで、早く風邪治してくれよ」
「ふぁ……ありがと」
布団の縁で隠れた香耶さんの口元がもごもごと動く。
原田さんは、布団からのぞく彼女の赤く上気した頬に触れた。
「結構熱ぃな。ちゃんと飯食って薬飲んで寝とけ。そーすりゃ治るんだろ」
「そーだぜ、香耶がいねえと、土方さんは機嫌悪ぃし、総司はなんか上の空だし、一君はいつにもまして天然だし……とにかくみんな調子狂って大変なんだよ。だから早く元気になってくれよ、な」
「そっか……わかった」
いつもの自信家っぽい笑みじゃなくて、儚げな微笑を浮かべる香耶さん。
そんな彼女のかんばせに、みんな見とれて呆けたような表情を浮かべた。
「……治ったら甘味屋にでも連れてってやる」
「うん」
「じゃ、じゃーな! 俺、あしたもまた来るかんな!」
「うん」
「あ、あしたは卵を買ってきてやる!」
「そこまでしてくれなくても大丈夫だよ。私にはこのお酒で充分。……ありがとう。みんな」
熱に浮かされてると素直になるんだ……香耶さん。
にぎやかな三人はすぐ部屋を出て行った。
私も彼らを追うように、桶の水を換えに外に出ると、三人は廊下の隅に集まって話をしていた。
「……ちょっと俺、やばかったな…」
「…ああ俺も。赤い顔で笑った顔が、なんか誘ってるみてえでさ」
「お前ら相手は病人だぜ。ま、否定はしねえが」
「だよな。左之さんもそう思うだろ? 今のあいつに、男を近づかせるはまずいと思う」
「――ねえみんな、なんの話してるの。まさか香耶さんをねたに不埒な想像でもしてるんじゃないよね」
「「「げっ、総司!!」」」
男の人って……。
いきなり現れた沖田さんが三人を追いかけて行ったのを少し離れた廊下で見送って、私は桶を持つ手に力をこめた。
今の無防備な香耶さんを、下世話な男の目から守れるのは、きっと私しかいない……!
私が香耶さんを守らなくっちゃ!!
そんな私のささやかな決意は、すぐにもろくも崩れ去ることになる。