肆-01

風間千景side



「ひゃあああ!」

ざぁぁぁ……。

急な大雨に見舞われて、悲鳴をあげながら走る女。
その声に聞き覚えがあって、俺は傘(からかさ)を上げてそいつを見た。

あの髪。穏やかな波のように流れる銀色の髪。見間違うはずが無い。
香耶だ。



彼女はとにかく雨をしのごうと、どこかの商家の軒先に駆け込んだ。

はぁ、と吐く息が白い。
陽が出ていれば暑いくらいだとは言え、季節は秋。雨に濡れた身体は熱を奪われ、冷え切っているだろう。
俺は、下を向いてかたかたと震える香耶の前に立ち、その肩を抱いた。


「世話の焼ける女だ。京の市街で行き倒れる気か?」

「え……」

香耶は、はっと顔を上げた。昔と変わらない縹色(はなだいろ)の瞳が俺を射抜く。

「千景くん……」

暖を求めてこわばっていたその背中から力が抜けた。



俺の名を呼ぶ、耳に心地良い声。
心が浮き立つ。



「着物、濡れちゃうよ?」

「ふん。おまえは自分の心配をしていろ」

俺は香耶の軽い身体を片手で抱き上げ、傘を差して陰雨の中に足を踏みだした。

「ひとりか。いつもうるさいおまえの番犬どもはどうした」

「番犬どもって……新選組の仕事はべつに私を守ることじゃないんだけど。今日は千鶴ちゃんにしか出かけることを言ってこなかったんだ」

「そうか」

好都合だ。


「あれ? ちょっと千景君、どこに行くの。屯所じゃないの?」

「暫く付き合ってもらうぞ。暴れるな。用が済んだら帰してやる」

「ならいっか」

無防備な女だ。警戒心がかけらもない。
そうしてたどり着いたのは、馴染みの呉服屋。

「風間様、本日はようおこしやした」

「この娘になにか見繕う」

「へえ。どうぞ中へ」

「え、まじで? お金どうするの?」

「おまえは俺を馬鹿にしているのか。いいから黙ってその濡れた服を脱いでこい」

尻込みする香耶を店の奥に押し込んで、着物を見立てる。
ひとりで着付けができないと告白する香耶に、店の女総出で身支度を整えさせた。



「ち、千景君……笑わないでね」

しばらくののち、おずおずと店の奥から姿を見せた香耶は、大胆な染め分けの振袖をまとい、髪を結い上げた美しい姿で。

「ほう……」

思わず感嘆の声をあげた。
十人が十人とも振り返るほどのあでやかな風采だ。


「……目立つな」

「それ褒めてるの?」

「さあな」

にやりと笑ってやると、香耶は頬を膨らませた。
そして、そのまま香耶の着物と刀を店に預け、ふたりで店を出る。
外は雨が上がり、雲の隙間から陽の光が差し込んでいた。


「ねえ、どこにいくの」

「これから内輪の宴がある。おまえは俺のそばに座っているだけでいい」

「宴? それって、まさか薩摩藩の……」

「いや、家のほうだ」

「へぇ、鬼の宴会かぁ。私なんかが行っていいのかな?」

「かまわん。酒でも飲んで笑っていろ」

「お酒飲ませてくれるの!? やった、行く行く! それって、不知火君や天霧君も来るんだよね。楽しみだなぁ」

香耶は上機嫌に笑った。不知火や天霧に会えるのがそんなに嬉しいか。

「不知火は来ん。家が違うからな」

「あ、そっか。残念。会いたかったな」

ちっ。不知火め。もう香耶に会うことは許さん。

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