02
風間千景side
「頭領におかれましては、このたびの御勤めまことに精励され、その感謝と慰労、そして今後の更なるご活躍を祈念するしだいでございます」
「我々一同、衷心より感謝の意を表し、小宴を催させていただきました」
家臣の挨拶を聞き流し、香耶を眺める。
香耶はというと、料亭の内装をきょろきょろと見回しては落ち着かない様子だった。
「ねぇ千景君……おもいっきり上座じゃないか」
「頭領が上座で当然だろう」
「……私、場違いな気がしてきたよ」
「そのような繊細な神経をおまえが持ち合わせているのか?」
「ちょっとそれ失礼じゃない?」
「くくっ、頬が膨らみっぱなしだぞ。まるで童子のようだな」
「誰のせいだと思ってるのさ。もう」
軽口を叩きあっているうちに、香耶の緊張もほどけていく。
しかし周囲のいぶかしげな視線は、香耶に集中したまま。
やがて豪勢な料理が運ばれてきて、香耶はやっとこの空気も気にならなくなったようだ。
歯を見せて笑い、俺と対等に酌み交わす。
これでいい。おまえらしくいれば。
俺だけを見て、笑っていればいいのだ。
「頭領は血筋のよい女鬼を娶り、より血の強い子をなさねばなりませぬ」
「ふむ。里にも女鬼はいるが、やはり京の鬼姫が頭領の妻にふさわしい血をお持ちではないか」
「しかし里には反対意見もありますがね」
「縁のある娘を頭領の妻にして力を得ようとする者もある」
家臣どもが下座で言いあうのを耳に入れる。その内容に思わず舌打ちをした。
「俺が女を連れてきているというのに血だの子だの」
「しかたありません。風間の婚姻は、風間だけでなく彼らの大切な仕事でもあるのですから」
俺の呟きに天霧がそう答えた。
わかっている。ただ釈然としないだけだ。
「しかし香耶殿を連れてきてどうするつもりですか?」
「べつに。今日の縁談避けになるだろう」
隣の香耶に視線をやる。
もしこいつが鬼だったならば……。
いや。そのようなこと。考えても詮無いことだ。
しばらくすると、銚子を持って進み出てきた鬼の一人が、香耶へと視線を向け俺に問うた。
「頭領。そちらの方は?」
「俺の女だ」
「ごふっ!」
俺の答えを聞いた香耶が酒を吹いた。
「しかし、その娘は人間では……」
「心配はいらん。頭領の務めは果たす。だが、今は」
香耶の身体を引き寄せ、俺は不適に笑った。
「これがあればいい」
「これっんぅぅ!?」
そして強引に唇を奪った。
一瞬で座敷が静まり返る。
香耶の顔が朱に染まる。顔を離すと、くたりと俺に身体を預けた。
恥ずかしいのか怒っているのか、手が微かに震えている。
俺は彼女の耳元に唇を寄せて囁いた。
「帰りたいか?」
「……帰るもんか。たらふく食って元を取ってやる。くそぅ。いまので一気に酔いが回ってきた」
「ふっ、それでこそおまえだ」
その後はにわかにざわめく会場に目もくれず、俺は香耶との会話を肴に杯を傾けた。
「千景君、今日はありがとう」
ほろ酔いで上機嫌の香耶を、俺が西本願寺に送り届けたのは、宵の口の時刻だった。
「君ってさ……」
ほんのり紅色に染まった顔をそむけると女の色香が匂いたつ。
「なんだかんだで意外に紳士な性分だよね。ちょっと見直した」
「ふん。次に会うときには今日の礼をしてもらうぞ」
「はぁ……せっかく見直したって言ってるのに」
きらびやかな着物をまとい、ころころと表情を変える香耶をこの目に焼き付ける。
いま、ここで香耶を連れ去ることなど造作も無いことだ。
だが……、そうして手に入れた香耶は、きっと香耶ではなくなるのだろう。
「あ、そうだ。これ」
彼女は荷物の中から、何かちいさなものを取り出した。
「南京玉の根付だよ。君にあげる」
それはギヤマン細工の小奇麗な根付。
「手作りだから簡単なやつだけど」
「これはおまえが作ったのか」
「意外かな? 私って不器用そうに見える?」
「ああ」
「ぐあっ、即答!? まあいいさ。こういうこと気が向いたときしかやんないもんね」
「これはあの番犬どもにもやったのか?」
「え、ううん。千鶴ちゃんにはあげたけど。それは自分用に作ったやつ」
「そうか……」
ならいい。
俺は香耶からその根付を受け取って、懐に仕舞った。
「着物と食事のお返しには程遠いけどね」
「これでいい」
そう言って、俺は宵闇に身をひるがえす。
「またね、千景君」
手を振り見送る香耶に、俺は薄く笑って応えたのだった。
根付の入った懐に、そっと手を当てて。
俺ともあろうものが。
らしくない……な。