壱-01

沖田総司side



僕達は、縁側で二人、いざよう月……まさに十六夜を見上げていた。

白い寝巻きと、透き通るような肌、銀色の髪、澄み切った瞳。
月明かりに照らされて。
なんだか、とっても神聖な生き物が横にいるみたいだった。
僕は、月なんかには目もくれないで、月を見上げる香耶の姿ばっかり見ていた。
ふと、彼女は懐から鼈甲の簪を取り出しながら、僕に言う。

「総司君、これをあげる」

細い手でそれを僕に差し出した。僕は、その頼りない指に、無骨な手を添える。

「あれ。これ、僕と一緒に買いにいったやつだよね」

「うん。自分じゃ髪は結えないけど……でもこれは、ずっと私の宝物だった」

「香耶……」

ぎゅっと彼女の手を握った。

儚く笑う香耶。病のせいで、やせて萎えた身体。
明るく照らされた髪が、なんだか羽みたいに見えて。すぐにでも、どこか遠くに飛んで行ってしまいそうで。

……怖い。

「…………いらない。香耶が持ってなよ」

「どうして?」

「だって、まるで……」

まるで、形見みたいじゃないか。これを受け取ってしまったら、もう彼女は生きることを諦めてしまいそう。
そんな気がしたから。

「まだ、もうちょっと、後でもいいよね……」

香耶の身体は、もう限界で。
全てが終わって、二人で暮らすようになってから、酷使し続けた身体と魂に、ついにひびが入った。



そのことに、僕が初めて気づいたのは、二人で暮らすようになって半月も経たないころのことだった。
たまたま、剣術を教えている道場から、早く帰宅できる日があった。

『ただいま。香耶』

いつもの帰宅時間なら、可愛いお嫁さんが玄関で出迎えてくれるのに、その日はそれが無かった。
いつもより早いし、それは仕方ないよね。
きっと裏で洗濯でもしてるとか、それとも近所へ山菜でも摘みに行ってるとか、そんなところだろう。
そう思ったのだけれど、その考えはすぐに覆されることになる。

すぐ隣の土間に、人の気配を感じて、僕は仕切られた戸を開けた。

『──香耶!?』

『あ……れ、総司くん……』

香耶は、土間の隅でうずくまっていた。
僕はあわてて駆け寄って、彼女の真っ青な顔を覗き込む

『どうしたの。どこか痛いの? 苦しいの?』

『とうとう見つかったか……早いよ、帰ってくるの』

僕の問いには答えず、文句を言いながらも、香耶は安堵して表情をゆるめた。
僕は、微かに震える彼女の身体を抱き上げて、上がり端にそっと降ろす。

『香耶……っ、しっかりして!!』

『わたし……もう、終わる……』

『何言ってるの……? 終わるって何!?』

思わずその身体を揺さぶると、彼女はふつりと意識を失った。
ぞくり、と背筋が凍る。
彼女に忍び寄ってくる、どうしようもなく暗い影。

『香耶っ!!』

──死。

『あ……ど、どうしようっ……いやだっ! 目を開けてよ!!』

今までに無いくらい取り乱した僕は、香耶の身体を抱き上げて、あてもなく家を飛び出した。
彼女の身体は不老不死。重い病に冒されてはいるけれど、病状は進まない……はずだった。


あれ以来だ。
僕が夜、目覚めるたびに。朝日が昇るたびに、隣で眠る彼女の呼吸を確かめて。
温かいこと、脈があることを、確かめて。
そうやって悪夢から目を覚ます毎日。

「君は僕の気持ちなんて、ちっとも分かってない」

香耶から顔を逸らして、庭に生えてる雑草に視線を移す。
香耶が、小さく息を吐いて苦笑したのが、気配で分かった。
彼女は手にしていた簪を、そっと懐に戻した。

「ごめんね。迷惑ばっかりかけて」

迷惑……?
たしかに君には手を焼かされるけど、迷惑だなんて思ったことは無い。

「こんな厄介なのが、妻でごめん」

「──香耶」

僕は低い声で、彼女の声を遮った。

「やっぱり君は分かってないよ。僕は、香耶に一秒でも長く生きてて欲しい。少しでも長くそばにいて欲しい。僕は苦労なんて感じてない。だって、君だけが僕の生きる希望だから。だから……君も生きることを諦めないで」

「私が死んだら総司君も死んでしまうの?」

「…………」

それには答えなかった。
ただ、僕の左手が、勝手に腰の刀を探す。もう刀を差さなくなってだいぶ経つと言うのに。

「私は君に何もあげられなかった。妻らしいことも何ひとつ」

「僕は香耶がいるだけでいい」

欲しいのは、君だけだ。

「総司君は欲が無いな。それに物好きだ」

「言ってくれるね。香耶には欲しいもの無いの?」

「私の欲しいもの?」

ほんの少しだけ、言うか言うまいか迷うそぶりを見せたが。
真剣な瞳が、僕の目を捕らえた。


「……子ども」

「……え?」

「総司君の子が欲しい」

「……っ」

「叶うなら、今でも」

君は……

………死ぬ気なの?



もうその身体は、出産には確実に耐えられない。
でも、香耶の瞳はどこまでも真摯だった。

「君の子を、たくさん、たくさん産んで。うるさくて、いつも誰かがなんかやらかしてて、呆れるくらいどうしようもなくて。懐かしい。
そんな、家族を……」

ぽたり。
彼女の頬から涙が零れ落ちた。

「君とつくりたい」

「香耶……」

目を閉じれば見える、新選組のみんなの顔。
そう。
あんな家族が作れたら、きっと楽しいだろうな。

「私にも、希望をちょうだい」

僕は彼女の濡れた頬を、そっと拭う。
壊れないように、やさしく抱き寄せて。

君が僕にくれた希望を、君に返すことができるのなら。

「わかったよ。……でも、できるだけ負担はかけられないから……香耶は満足できないかも」

「いいよ」

それでも、お互いを感じてるあいだは、きっと、ただただ幸せだから。


「………ありがとう」

そう呟いて瞳を閉じた彼女の唇に、そっと唇を重ねて。
僕は女神を抱いた。

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