弐-01

月神香耶side



「──香耶、か……!?」

とうとう、見つかってしまったか。



“それ”のときは、誰にも見つからないように宵闇に隠れてやり過ごしていた。
新選組の屯所の隅で、たった一人。私は獣のように身を縮めて呻く。

「はぁっ、はっ…ぐ、ぅ」

血が欲しい。
咽が渇いて、どうしようもない。いっそこの忌まわしい咽に刀を突き立てて、取ってしまったら楽になれるのだろうか。

鮮血が、欲しい。

建物の影に身を滑らせて、ひたすら衝動に耐える。
地面にうずくまると、肩から零れ落ちるのは、銀色にも似た、白い毛髪。

ああ。
自分じゃあ確認のしようが無いけれど、きっと瞳の色は……。
欲して止まない赤色なのだろう。


月明かりが私を照らす。

ここじゃ、まずい。
映すな。照らすな。
こんな自分は誰にも見せたくない。

敵だろうと仲間だろうと騙し通してなんでもないふりをしてきた。
けれどここは、血の匂いに溢れていて。
見つかるわけには……。

「はっ……ぐぅ…」

自分の腕に噛み付けば、ぶつりと皮膚が裂ける音。脳髄を刺激する血の香り。
あふれ出る血潮を、私は地面に落ちる前に舐め取る。

「はぁっ、は、」

なんて浅ましい。
でも、これでいい。



ざり。

鈍った頭が、ほんの微かな地面を踏みしめる音を認識する。
私の、ではない。

「何者だ」

聞きなれた声に、反射的に顔を上げる。
さらりと、夜風が彼の黒髪を撫で、私の白髪をも揺らす。


「と、しぞ…くん」

「──香耶、か……!?」

ああ、なんで。
なんで来ちゃったの。

「おまえ……その姿…」

「来る、な」

逃げなきゃ。

嘘。逃げたくない。
彼に飛びついて、その温かい首筋に食らい付いて、美味しい美味しい血を飲みたい。

嫌だ。嘘。飲みたくなんかない。
嘘。やっぱり飲みたい。
嫌だ。こんなの嫌。

「あっ……がぁっ!」

「香耶!」

「来るなあああ!!」

「馬鹿野郎!」

歳三君は苦しみだした私を心配して駆け寄ってきた。
それは嬉しいけれど、今は苦しい。温かい掌が私の身体に触れると、気が狂いそうになる。

「……っ、いつからだ?」

「は、ぁ、最初、から」

「馬鹿野郎が」

それ、二回目だよ。歳三君。
彼は、私の酷い有様になってる右腕を手にとって、その綺麗な顔を思いっきり歪めた。

「大馬鹿野郎」

もう腹も立たないけど。
だって。そんな、泣きそうな顔で言われても。

「は、はっ、ぅっぐ」

ぎりぎりと唇を噛んでいると、歳三君はそこに指で触れてくる。

「口開けろ」

「ぅ、」

そして空いてる右手で刀を抜いて、彼は自分の腕に刃を滑らせた。

「ぁ、どうして……っ」

「俺が勝手にやったことだ。俺を恨め」

なぜそんなことを言うの。
なぜそんな目で見るの。

君の傷口に、卑しく舌を這わせる私の醜い姿を。
君は、散りゆく桜でも見るような目で。




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