02

風間千景side



月が雲に隠れて、暗闇の中ぼんやりとそれは姿を現した。
白髪に爛々と狂気に輝く赤い瞳。
まがい物へと姿を変えた、俺の想い人。

「は、ぁ……っ来るな…」

苦しげに眉根を寄せて、俺から離れようとする香耶を、俺は腕を掴んで引き留めた。
ただそれだけの刺激で、彼女の瞳に狂気の色が宿る。

「やめ…っ」

その衝動に抗おうと喘ぐ姿が酷く扇情的で。
知らず、俺の咽が鳴った。



俺は腰の刀で自らの左手の親指を浅く切る。
刀は童子切安綱。指の傷は、すぐには塞がらない。
傷口からは鬼の血がじわりと溢れ、ゆっくりと雫を作ってゆく。

それを赤い瞳で食い入るように見つめる香耶。
俺はほんの少し口角を上げて、その指を見せ付けるように彼女の眼前に持ってきた。

「俺がいいというまで口を開けるな」

「……っ」

その血を、紅を引くように、柔らかい唇に塗りつける。
それは蒼白の肌を引き立て、えもいわれぬ艶を放った。

「鬼の血は初めてだろう。一瞬で渇きが癒える。舐め取れ」

「ん……」

香耶の赤い舌が、唇の血をちろちろと舐める。目を閉じ、口の中で味わって、ごくりとそれを飲み込んだ。

「は、ふ…ぅ」

じっと様子を見ていると、浅かった呼吸が落ち着いてきた。

雲から月がのぞき、路地裏に光が差し込む。
汗と血に湿った前髪の隙間から、うっすらと潤んだ縹色の瞳がのぞく。
俺は、汗で張り付いた白銀の髪をそっと払い、細い顎を持ち上げて顔を上げさせた。


「俺を見ろ」


その瞳に俺を映せ。
その唇で俺の名を刻め。


「香耶」

「……千景くん」


恨むか。おまえの意思を無視し血を飲ませた俺を。

「この先、おまえは俺の血だけを求めろ」

熱い唇を無理やり奪えば、血のにおいが鼻を通る。
それに眉をしかめるが、俺はさらに香耶の口腔をむさぼった。

「ん……っは、ちかげく、んっ、千景……っ」


香耶が俺の頭にしがみつく。
その頬は涙に濡れて。
口付けは、さらに深く。


ああ。まるでおまえの心までをも手に入れたようで。
哀しい錯覚を覚える。

「香耶…」

もう二度と俺から離れられないおまえは。
今、何を思う?



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