02

月神香耶side



真夜中。
廊下に点々と落ちている液体。
屯所をふらふらと徘徊していた私は、それを見つけたとたんに足が止まった。


あれは、血痕だ。


「……う」

まずい。
血液から目が離せない。ざわざわと総毛立つ。

目を離さなきゃ。
離れなきゃ。

頭でそう思ってても、本能が足を向かわせる。
廊下にしゃがみこんで、指で血をすくった。


「………総司くん?」


なんとなく。
においで、総司君の血じゃないかと思った。

浮かぶのは。
もうずっと触れてない、薄茶の髪。吸い込まれるような深緑の瞳。



「総司君……っ」

吸血鬼の本能を無理やり押さえ込んで、血痕の先へと走り出した。

嫌な顔されるだろうか。
血痕は、中庭の井戸まで続いていて。
こんこんと咳の音が聞こえる。
私は足を止めた。


そうか。
彼は、労咳だ。


「──ぐ、ぁ」

濃い血のにおいに、めまいがした。
これ以上、近づけない。


私は廊下の陰に身を潜めて、息を詰める。

髪は、いつのまにか真っ白になっていて。
こんな姿を、彼に見せたくなかった。労咳で苦しんでる総司君の血が欲しいだなんて。こんな浅ましい姿。

それでも、少しでも近くで、彼の気配を感じていたくて。
たとえ、彼に嫌われたって。


身体を丸めて膝に顔をうずめ、吸血衝動をやり過ごす私は、そっと近づいてくる気配に気付かなかった。



「そこにいるのは誰?」

はっと顔を上げる。
私の姿は、未だ夜陰の中。物陰に潜む私からも、総司君の姿は見えない。

でも、わかる。彼が、私に刀を向けていることが。

このまま黙っていれば、私は彼に斬られるのだろうか。
ふっと密やかに笑うと、笑った気配が総司君にも伝わったのだろう。彼からは苛立った気配が返ってくる。

私がふらりと立ち上がって、“狂桜”を抜くと。


どん、と彼が闇の中に踏み込んできた。


鋭い殺気と、髪を巻き上げるほどの剣圧が、なぜか心地よくて。
私は刀を下ろしたまま、そっと瞳を閉じた。


総司君に殺されるなら、それは幸せなこと。
私が自分を殺したくなる前に。

どうか。
君の手で。


刃が首に食らいついた。
薄く皮膚を切り開いて、そして刃はぴたりと止まる。
凶器がそれ以上動かないことに、私は内心、落胆しながら瞳を開いた。

でも。

総司君の驚愕と悲痛に染まった表情を見れば、心のどこかでそれを嬉しく思う自分がいて。
そんな自分を、私は益々嫌悪した。

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