09
雲雀恭弥side
「ほうほう。ここが並盛小学校か」
屋上で昼寝していると、いつの間にか知らない女がフェンスのうえに座っていた。
「貴女、なに? ここは部外者は立ち入り禁止だよ」
っていうか、なんで屋上から入ってきたの? あたりまえだけど玄関は一階だよ。
僕の声に振り返った女は、僕の姿を見て驚いたように空色の瞳を見開いた。授業中のはずのこの時間帯に、屋上にひとがいるなんて思わなかったのだろう。
「部外者じゃないもん。一応児童の保護者だもん」
「保護者の見学なら職員玄関脇にある事務室で許可を取りなよ」
「やだ。だってこのことは総司君には内緒にしておきたいんだもの。あの子私のことが嫌いだからさ」
見つかったら面倒だから、ってなんでもないような顔をして、そのひとは笑った。
だから屋上からこっそり学校に侵入したって言うの?
でもそれってさ、
「通報されても文句言えないよね」
「!……すみませんっしたぁ!!」
女は僕の脅しに態度を180度変えて平謝りしだした。
女は月神香耶、と名乗った。並盛小学校一年B組、沖田総司の自称保護者。
「雲雀君も一年B組? 総司君とクラスメートじゃない」
授業にも出ずこんなところで昼寝してる僕。実は授業にはほとんど出たことが無い。
「勉強しないと進学できなくなっちゃうよ?」
「僕は優秀だからね。小学一年の授業なんてやってられないよ」
「身体は子供、頭脳は大人か!?」
いまどきの子供はどうなってんだと香耶は不条理を嘆いた。
香耶はその日から毎日並盛小学校の屋上にやってきた。
普段、小学校の屋上は児童の立ち入り禁止だから、誰かに邪魔されるようなことはない。
香耶は、体育の授業で1-Bが校庭に出てきたときに、その様子を屋上から眺めるくらいで、あとは僕と会話して過ごすことが多かった。
話題は社会情勢についての討論からテレビ番組の話まで多岐にわたった。
正直言って学校の授業よりこっちのほうが楽しい。
ある日、僕は香耶にずっと聞きたかったことを聞いてみることにした。
「雲雀君それなに?」
「トンファー。祖父の形見」
「祖父!? トンファーが形見って……どんなじいちゃんだ」
「ねぇ、貴女、戦える?」
僕は真剣な目で香耶の空色の瞳を覗き込んだ。
香耶は一瞬だけ言葉に詰まるようなそぶりを見せ、やがて観念したようにうなずいた。
「……日本刀で人を斬ることを前提とした戦いならできるよ」
香耶がある程度戦えることは、いままでの身のこなしからわかっていた。
けれどずいぶんと回りくどい言い方をする。それって剣道をたしなんでるということじゃないの?
「僕をもっと戦えるようにして」
「そのトンファーで? 君はどうして強くなりたいの」
どうしてだって?
「だって……群れる草食動物のままなんて僕は嫌だ」
「草食て……」
「目障りな群れを駆逐して、並盛の頂点に立つ」
「末恐ろしい小学一年生だな」
香耶はしばらくなにやら考え込んでいたけれど、トンファーを握る僕の手元を見てため息を吐いた。
「膂力が足りない。……私の教えを受けると言うならば途中で根を上げることは許さない。それは逆に君を危険にさらすからね」
僕はうなずいた。
僕の隣に座っている香耶が、ふいに腕を動かす。
たったそれだけの動作で、しっかり握っていたはずのトンファーが僕の手から離れて香耶の手へと移っていた。
「!……どうやって、」
「ま、小学校卒業までにはものにできるかな」
香耶は棍の部分を持って笑っていた。
校庭では1-Bが体育の授業を受けていたけど、香耶の空色の瞳は、もう僕の姿しか映していなかった。