10
雲雀恭弥side
学校の屋上で香耶の修行をはじめてしばらく経った。
筋力づくり、体力づくりは意外にも人並み程度といえる範囲のものだ。僕がまだ子供だという理由もあるらしい。過度に鍛えて体の成長の妨げになっては本末転倒だと。
それより重点を置いているのは気配を読み分けること、危機を予測・察知すること、五感を鍛えることなどだ。
それから僕のレベルに合わせた勉強……特に語学に関して徹底的に叩き込まれる。
「雲雀君。この問題集を追加です」
「……わかった」
休日には香耶が住んでる新選組本部での修行。僕を見てくれるのは、おもに香耶と山南だ。
「それから」
ひゅっと首もとに丸めた紙束を添えられる。
「注意力散漫になってますよ」
「ぐっ……」
そこらへんのチンピラなんかとは比べ物にならない手練だ。このひとも、香耶も。トンファーを出す暇もなく押さえ込まれる。
「まぁ、小学一年でこれなら上出来だよ。ね、敬助君」
「ええ。焦りは禁物ということです」
遠い……。たぶん、並盛の頂点には立てても、このふたりの上には立てないんだろうと思った。
「雲雀君、こないだ上級生を返り討ちにしたんだって?」
「……なにか文句でもあるの」
「ない! もっともっと喧嘩しろ。有象無象を叩きのめしたくらいで満足するな」
「わかってるよ」
僕の目標は貴女を叩きのめすことだからね。
そう言ったら貴女は笑うんだ。期待してるよって。
香耶は周りにいる大人とは違った。
僕の言うことを真剣に聞いて、真剣に応えてくれる。その結果が今の状況だ。
他人を傷つける行為にいい顔をしない大人と違って、むしろ喧嘩上等とまで言ってくるし。学びたいと言った僕に容赦なく問題を突きつけてくる。
「ただし、殺すのも殺されるのも無しだ」
この単純なルールさえ守れば、なにをしても貴女は僕のそばにいてくれるから。
「おまえ、雲雀恭弥だな」
「──! なに、」
その日、僕はいつものように、並盛と隣町との町境にある新選組本部へと向かっていたら。
知らない男たちにいきなり名前を呼ばれて、振り返る暇も無く身体を拘束された。
「これが“灼月”の弟子か? あっけないものだな」
「この餓鬼がいれば“灼月”が釣れる!」
男たちの会話を聞いていると、自分の置かれた状況が大体把握できた。
“灼月”の弟子、というのが僕のことだとすると、こいつらのいう“灼月”は香耶だということだろう。
僕は車に乗せられロープで縛られる。移動してたどり着いた先はどこかの使われていない倉庫だった。
……つまり、僕は新選組に対する人質にされたのか。ムカつく。
しかし、次に僕のもとにやってきたのは、誘拐犯の男ではなくて。
「うぎゃぁあああ」
「くそっ……灼月……っ」
ばぁん!
閉じ込められていた区画のパーテーションのドアが吹っ飛んだ。
「……香耶」
「やあ雲雀君。五体満足かな?」
香耶の姿を見て安心した……りすることはなかった。
返り血でブラウスが赤く染まり、顔にも飛び散っている。右手に日本刀を、左手に鞘をたずさえ、その得物からも血が滴っている。
僕は香耶のその得物を初めて見た。その得物で、あの男達を殺したんだろうか。
血まみれの香耶は僕の姿を見て、無表情だった顔に薄く笑顔を乗せた。かつかつと靴の音と共に近づいてきて、その刀で僕を拘束していたロープを切った。
そして上着のポケットに手を伸ばし、携帯を操作し始める。
「もしもし。歳三君、十番組をよこしてくれない? いや殲滅。新興の暴力団。うん。よろしくね!」
新選組に迷惑をかけてるこの状況が、くやしい。
僕は、僕は……香耶を、
「! ……香耶!!」
「灼月──!」
「!?」
誘拐犯の男の一人が香耶の背後に現れた。拳銃を構えて。
僕は目の前の香耶を押しのけて、無理やり男の前に飛び出した。