03
月神香耶side
私の懸念事項はもうひとつあった。
雲雀君だ。
私が行方をくらませている間、雲雀君は律儀にも山南さんのところに通って修行を続けていたらしい。当然、山南さんから私の状況は聞いていたはず。
やむをえない状況だったとはいえ、自分の修行を後回しにされたことにたいそうへそを曲げたようだ。
私は帰国した翌日の午前中、おっかなびっくり並小のいつもの屋上にやってきた。
「あれ……?」
雲雀君は屋上にいなかった。
ちゃんと授業を受けるようになったのだろうか。
その場で首をひねっていると、次の瞬間、驚きの校内放送が流れた。
『月神香耶。今すぐ応接室に来な。来なかったら咬み殺す』
「え゛」
『五分以内』
「えぇええ!!?」
思わず携帯で時間をチェック。
やばい。
「応接室ってどこ!?」
叫びながら屋上の扉を開け放った。
「――はぁ、はぁっ、はぁごほげほ!」
「すごい息切れだね。運動不足なんじゃない?」
「やっかましいわ!」
自分を褒めたいと思う。五分でたどりついた。こっちは校内知らないんだからな。
応接室とやらの入り口付近でぜーはーやっていると、今度はいきなり目の前に金属のかたまりが飛来してくる。
「のぁっあぶっ!?」
がぃんっ、と音を立てて私の刀の柄と交差したそれは、雲雀君の愛用トンファーだった。弾かれたトンファーは戸に突き刺さる。
「久しぶりだね。香耶」
「手荒い歓迎!!!」
雲雀君は四年の間にすっかり新選組クオリティーに進化したようだ。私に愛刀“狂桜”を出させるとはやるな…!
それはそうと、忘れないうちに言いたかったことを伝えないと……と、私は深呼吸して息を整えた。
「……雲雀君。ごめんね。黙って留守にしちゃって」
「………」
難しい顔になった雲雀君に近づく。ソファーに座ってる彼の隣まで近寄って、しゃがんで顔を覗き込んだ。
「…………」
「…………」
むっつりと黙り込んでる雲雀君。うーん…やっぱ気難しい彼が一番の難関だったかな。
しかし、暫し待っていると雲雀君は意外なことを言い出した。
「ねぇ。その『雲雀君』って呼ぶのやめてくれない。そうしたら許してあげる」
「はい?」
「僕の名前。覚えてないなんてことはないよね?」
切れ長の目でにらまれる。
怖ぇ。ここで覚えてない、なんて口走ろうものなら、もう片方のトンファーも飛んできそうだ。
「……恭弥君?」
「駄目」
「あれ? 間違えた!?」
「違う。呼び捨てにして」
「えぇー……わかった」
まぁ、雲雀君が……じゃなくて恭弥がそれで、長期不在を水に流してくれるって言うならいいけれど。
「それにしてもなんで応接室? 恭弥が占拠しちゃっていいの?」
「いいんだよ。この学校は僕のものなんだから」
「僕のって…………え!? 君の私物ってこと!?」
恭弥の暴挙に驚いたりつっこんだりしていると、そのうち外の廊下からばたばたと騒がしい音が聞こえてきて。
応接室の戸を蹴破って、ひとりの児童が飛び込んできた。
「香耶さんなんで学校にいるの!?」
「あ。総司君!」
たぶんさっきの校内放送を聞いて駆けつけてきたんだろう。
もう私と総司君の仲は改善されたわけだし、私が並小に通っていたことを隠す必要はない。
「君、5年B組の沖田総司だね。なんでここにいるんだい。今は授業中のはずだよ」
「どの口がそれを言ってるのさ。雲雀君だって僕と同じクラスじゃない」
総司君は殺気立ちながら、私の腕をぐいぐい引っ張って恭弥から距離をとる。しかし反対の腕を、今度は恭弥につかまれた。
「僕はいいんだよ。それより応接室の扉を壊したんだから、大人しく僕に咬み殺されなよ」
「応接室の戸は最初に恭弥が壊したんじゃ……」
ぎろりとねめつけられて言葉を切った。
だって総司君によって蹴り倒された戸には、いまだ恭弥のトンファーが刺さったままだし。
恭弥は総司君のつま先から頭までしげしげと眺めて、挑発的に目を細めた。
「へぇ。咬み殺し甲斐がありそうだね。沖田総司」
「雲雀君って香耶さんの弟子なんでしょ。なら期待を裏切らないでよね」
「待て待てあんたら私が裂ける! 二つに裂ける!」
私を挟んで左右から腕を引っ張りあうのはやめて欲しいのだけど。君らが全力でやるとシャレにならん。
二人とも満足に武器も持ってないのに一触即発の状態だ。
私の悲壮感あふれる叫びに、二人の手が一瞬緩み、やっと自由になった腕を引き抜いた。
いつものように喧嘩は好きなだけしろと言いたい所だが、ここは学校の応接室。あとで新選組本部に修理費用の請求書が届くようなことは避けたい。
ならばと私は立ち上がった。
「注目ー。今から30分以内に、校舎を傷つけずに私を捕まえられたほうを勝ちにする。勝ったほうには何でも好きなものをひとつだけ進呈するよ」
「え」
「本当!?」
なんだか二人の目の色が変わった。
私は開いてる窓に足をかけ、小さな野獣ふたりを振り返る。
「ちなみに私は反撃します」
「「えぇ!?」」
「それじゃ。Ciao!」
そうして私は校舎の外に飛び出した。